10.リーフムーン・ファンクラブ
朝五時。
お兄ちゃんからのメールでたたき起こされた。老人並に早起きだ。
夕方に外でご飯を食べようと言う楽しいお誘いメールだった。
「夕ご飯はいらない」とお母さんに言ったら、
「そう、なら私も外ですませちゃうね」と、はじけるような笑顔を見せた。デート、楽しんでね。
朝の日課、ラジオ体操を終えた後、特にやることも無いので少し早目の電車に乗ることに決めた。
始業時刻、四十五分も前に駅に着いた。
駅前通りをまっすぐ進み、角を左に曲がってコンビニを通りすぎると、南校の校舎とグラウンドが見えてくる。野球部員がかきーんと小気味よい音を立てて、白い硬球を空へと飛ばす。
後ろからソーエイソーエイという野太い掛け声と、荒い息、シューズが地を蹴る音が迫りくる。
早々に歩を止めて脇によけた私の横を走りすぎた、ひと際背の高いランナーが、くるりとこちらを振り向いた。
三瀬だった。目が合った一瞬に、唇がおはようの形に動いた気がするけど、声は聞こえなかったから気のせいかもしれない。
「リーフムーン」
「リーフムーン!」
「リーフ……」
サッカー部員の接近とともに徐々に大きくなり、やがて遠く消えていった謎の呪文が耳に残る。
リーフムーンって、新しいアニメのタイトルかな? サッカー部なんてキングオブリア充って感じだけど、アニメ(魔法少女ものらしいと勝手に推測)を見たりするんだろうか。
校門を潜り抜け正面玄関に入った時、背後で、「ぎぃえぃっ!」と嬌声が青空に響き渡り、驚いて足を止める。
グラウンドをぐるりと囲むフェンスに張り付いた女子の集団が、サッカー部の練習風景を眺めながら、声援を送っているらしい。「ごなゆぎぐぅうううん」と叫んでいる。
朝から元気だ。
もしかして、あの女子の群れの中に、昨日一緒にクッキーを作った乙女たちもいるのだろうか。もしもそうだとしたら、あのほんわかとした空間で、皆で和やかに過ごした時とは違いすぎてこわい。
さてと。
たどり着いた下駄箱で、私は三つの異変に気が付いた。
一つ目に、上履きの上に三通の封筒が乗っていること。
二つ目に、上側の棚枠に張られた私の名札の上に、『bitch』と油性ペンで落書きされていること(解らなかったので調べたらどうやら雌犬という意味らしい)。
最後に、上履きの中に黄金色に輝くぴっかぴかの画鋲が仕込まれていた。
思い出されるのは昨日の放課後に聞こえた絶叫だ。
あの時に廊下から誰かが私たちの様子を見かけたのだとしたら、クッキーを食べさせ合っていちゃついているのだと勘違いをしたかもしれない。
そんでもってその目撃者が三瀬のファンなら、逆恨みでこういうことをするかもしれない。
一通目は、差出人の記載が無い若草色の封筒だった。
中には封筒と同色の便箋が二枚収められ、一枚目は白紙で、二枚目には一言『好きです』と書かれていた。
二通目のピンクの封筒の中からは、最悪のぶつが現れた。
三瀬が私の指を食べている写真が入っていた。裏には、『橘葉月は死ね』とストレートなメッセージがある。
こういうのは本当にやめてほしい。こちとらストレスで免疫力が下がったら再発の危機だ。死までの距離が他の健康な女子高生と比べて格段に近いのだ。洒落にならない。
三通目には、差出人の名前がある。
水戸武士さんからのその手紙が、一番の衝撃を私に与えた。
『リーフムーン・ファンクラブ、第一回会合へのお誘い』だった。
葉(leaf)月(moon)
ってことか。私のファンクラブか。
やめてください! 本当に心から。
三年三組の水戸武士さんに今日中に会おう。そして、ファンクラブ結成を阻止しようと、固く心に誓った。
その時、
「橘さん。私、その写真撮ったの私だよ」
肩口に触れる手と同時に聴こえた声にふり向けば、ツインテールに眼帯姿の緑青さんがそこにいた。
「死ね」なんて直接的な言葉を書きつけた犯人が、堂々と目の前に立ち、早々に自白することに激しい違和感を覚えた。
「その写真をばらまかれたくなかったら、私の言う通りにしなさい」
緑青さんは背が低い。私の目からつむじが見える。アニメのヒロインみたいな硬質な声だ。大きくてまん丸の瞳には、なぜだか私への敵意が微塵も浮かんでいない。笑うと猫のように目が細くなる。
「私と、友達になってよ」
世の中いろんな人がいるものだな。
この人は、何故私と友達になりたいのだろうか。
別に断る理由も無いので、「いいよ」と答えた。
こうして私に友達ができた。