6.ゲロまみれ
翌日の午後7時、約束した駅の改札に、確かに順子は一人きりでやってきた。
おどおどする彼女をミニバンの後部座席に押し込み、あたしも並んで腰を下ろす。
「走っていいよ」
運転席で待機していた男は振り向かず、アクセルを踏み込んだ。
「この人は?」
「あたしをレイプした人」
「えっ」
「何言ってんだ。同意の上でヤッたんだろ」
「覚えてないけど」
順子は体を小さくし、「私、静香と二人きりで話したい」と言った。
無視する。
「何処、行くの」
「話しやすいとこ」。ぶっきらぼうに応えた。
順子がケータイでメールを打つそぶりを見せたので取り上げ、窓を開けて投げ捨てた。
「ひどいと思ったでしょ。けど、あんたらだって、あたしのケータイ取り上げて壊したよね」
「ごめん」
「本気で悪いと思ってる?」
「思うよ」
「だったら、あたしを殺してよ」
「そんなの、できないよ」
「じゃなきゃ、あんたを殺すから」
男に、国道沿い見えてきたファミレスに入るように言う。
「死ぬ前に、お腹空いたから何か食べよう。久しぶりだね。あたしたち一緒に食べるの」
「静香……」
家族連れ、カップル。平和な店内にあたしたちのテンションは異様だ。店員も雰囲気を察したのか、奥の席に案内される。男は苛立たしげに煙草を取り出し、吸い始めた。
「俺、ビール飲むぜ」
「飲酒事故で死ぬのもいいわね。じゃ、あたしたちも付き合うから」
「私、アルコール駄目だよ」
「なんだ、いいじゃん。食べ物も頼もう。唐揚げと餃子と豆腐ハンバーグ」
ジョッキビールと料理が運ばれてくる。
「お金はこの人が払うから、気にしないで。ケーキも食べようか。ほら、ちゃんと飲んで」
「ビールにケーキか。最低だな、お前」
「うるさいわね。あんたも、もっと飲みなさいよ」
「ごめん、静香。私、トイレ行きたくなった」
「じゃ、あたしもついていく。逃げられちゃ嫌だから」
「お前らトイレに行ってる間に、俺の方が逃げちゃうかもよ」
「駄目よ。あなたも重要な役なんだから。なんなら、殺す前にこの女、抱かせてあげてもいいよ」
「もう、そんな気ないよ、俺」
狭いトイレの個室に、二人で一緒に入る。
「恥ずかしくて、出ないよ」
「あたしだって、もっと恥ずかしいことされたでしょ」
「でも」
「ふざけんなッ」。頬をひっぱたいた。
啜り泣きと、排尿の音がタイル壁に響く。
三人で酔っ払い、もつれるように店を出た。入り口の階段を下りたところで順子がしゃがみ、嘔吐する。
「あー、汚い。服についてんじゃん」と詰った。
男がついに、「なあ、もうこんなことやめようぜ」と言い出した。
「わかったわよ。あなたたちとはここまでね。けっきょく、あたし一人死ねばいいんだ」
すると順子が立ち上がり、据わった目で睨みつけ、「お願い、死なないで」と言った。
「うるさいな。もう許してやるから帰れよ。あたしの命はあたしのだ。あたしが殺して何が悪い!」
駐車場に並ぶ他の車を蹴飛ばす。車道に飛び出し、クラクションを鳴らされた。びっくりして転倒する。
惨めで、情けない自分が笑えた。もう、どうでもいい。
暴れるあたしを男が捕まえ、ミニバンに押し込めた。順子も続いて乗り込んでくる。
車が走りだす。スピードを上げ、赤信号に突っ込んだ。
あたしはハイになり、大声で歌を歌った。順子がまた吐き、あたしもつられてゲロを吐いた。車を汚された男が何かを喚いている。窓を全開にしたが臭いが去らない。
風が吹き込んで暴れる。
急ブレーキ。急発進。