4.知らない男
死ぬ前に、もう一度だけ、と思い、手紙を書いて投函した。そのときのあたしの気持ちを全部書いた長い文章で、遺書のつもりだった。
一週間だけのつもりで返事を待っていたら、六日目に病院から一枚の葉書が送られてきた。
そこには汚い字で、「スーシーさん。二十四世紀が、お母さんに会いたがっています」とだけ書かれてあった。
何もあたしの言葉に応えてくれなかったが、それでも彼女が「スーシー」という名前を覚えていてくれただけで嬉しかった。
けれど、文章の意味はよくわからない。思い切って、病院に面会に行こうと考えた。
ママがいないのを見計らい、家を出た。久しぶりに外を歩くと、風景が眩しく迫って目眩がした。
車道を行き交う自動車が、自分に向かって飛び込んできそうで怖い。歩道の脇に逃げるが、塀に沿って黒ずんだ残雪が固まっていて転びそうだ。
後ろから耳障りなベルの音が近づき、自転車に追い抜かれる瞬間に舌打ちされた。あたしがそんなに邪魔だったんだろうか。こんな道を平気で飛ばしていく自転車を、信じられない気持ちで見送った。
まるで、映画の世界に入り込んでしまったような違和感。足が竦み、深呼吸する。
駅につき、切符を券売機で買おうとしたら、小銭を数えられずに困った。財布のなかの千円札をあるだけ入れ、一番下のボタンを押す。
電車に乗り込んでから、間違えて別の線に乗ってしまったことに気づいた。車内アナウンスが早口で、知らない駅の名前を告げる。気持ちが焦るが、どこで乗り換え、引き返せばいいのかわからない。
あたしは壊れてしまったのか。
他の乗客が笑いながら見ている気がし、何度も確認してしまう。ケータイも置いてきたから、助けも呼べない。
ママ!
あんな言い争いをしたあとで、いまさら都合良すぎると思いながら、あたしはママに助けてほしいと願った。
黒羽根の天使の姿もない。彼は、あたし以外の人がいる場所は嫌いだ。
そのとき、「大丈夫か、静香ッ」。懐かしい声で呼ばれた。
顔を上げるとパパだった。
いなくなったはずの、本当のパパ。
気がつくと、あたしはベッドの上にいた。
知らない男が横にいて、煙草をふかしている。あたしたちは裸だった。
「お前、ラリってんじゃないの」。男が言った。
すべてがわかって、涙が込み上げた。
初めてのラブホテル。パパだと思った男に連れ込まれたのだ。
「ちゃんと帰れるか」
あたしは応えなかった。
「お前さ、痩せてるけど、ちゃんと飯食ってんの」
その一言で、あたしは彼が、もしかしたら優しい人かもしれないと思った。でも、そんな思いは次の一言で打ち消される。
「気持ちよかったから、もう一回ヤッてもいいか」
感情のないセックスのあと、あたしは男に、片木律子が入院する病院への行き方を訊ねた。
「車で連れてってやろうか」。男はそう言い、あたしは首を縦に振った。