2.片木律子
同じ病室に、自分はロボットだと言う女の子がいた。動作がギクシャクしていたが、操られているからだと言う。
「カリクメサン、オトナシサン……」
よく聞き取れなかったが、そんな独り言を呟いていた。造語だろうか。
眼鏡をかけた太った女の子。左後頭部に円形脱毛がある。枕元に古い号の漫画雑誌。そんな彼女が、なぜか気になった。
話しかけてみる。
「こんにちは」
「はい」
「あたし、リスカで入れられちゃったんだけど、あなたは?」
「私はロボットで。途中から入れ換えられてしまいました」
「えっ、何それ」
「ロボットにされてから、遠隔操作されて。私が変だから、お母さんも私を疑います」
「そんなことないよ。あなたは人間でしょ」
「ロボットです」
初めはそんな会話だった。
別のある日。今度は向こうから話し掛けてきた。
「あ、静香さん」
「ごめんね。それ、あたしの本当の名前じゃないの」
「あなたもロボット」
「ううん、そうじゃないけど。あたしは天使から、死後の名前を貰ったの。だからその名前、言われたくないんだ」
「私は空間手術でロボットにされ、家ではお母さんが毎日」
「あれっ、もう名前の話題はいいの?」
「カリクメサン」
「それも、名前みたいだね」
「オトナシサン」
「なんか笑える。あなた、不思議だよ」
「片木律子と言います」
「あ、片木さんね。よろしく」
あたしは彼女に、自分の本当の名前を言うべきか迷った。天使からは、誰にも教えちゃいけないと言われている。
「あのね、あたしの本名は長くて難しいから、ここでは全部言えないの。スーシーって呼んでもらってもいいかな」
「スーシー」
「そうよ、片木さん。あなたはこの世界と自分と、どちらが間違っていると思う?」
「ロボットですけど」
「どうして、あなたはロボットなの」
「二十四世紀に訊いてみます」
「二十四世紀って?」
「私はそこから、操作されてます」
「面白いね。片木さんは」
そのとき、あたしにはまだ、片木律子の本当の悲しさがわからなかった。
8時と12時と18時になると音楽が流れ、みんな一斉に廊下に出る。ワゴンから各々の食膳を受け取る。
拒食の患者は詰め所の前に集められ、看護士に監視されながら無理矢理食べさせられていた。
ご飯はベチョベチョ。味噌汁は変な臭い。オカズは油まみれで、まるで豚の餌だ。これじゃ拒食を治すどころか、食事がよけい嫌いになりそう。
拒食患者の仲間に入れられ、見張られるのは嫌だったから、我慢して半分だけは食べた。だけど片木律子は、こんなマズイ料理でも残さず食べてしまう。
「片木さん、すごいね」
「はい」
「あたし、ここの料理嫌いなんだけど、いつもよく食べれるよね」
「わかりませんが」
「えっ」
「わからないです。ご飯のことは」
「美味しいとか、マズイとかは」
「わかりません。私に味覚が必要でしょうか」
「えと、それじゃ、なんで美味しくないのに食べちゃうの」
「空間操作ですから。スーシーさん」
片木律子と話していると楽しかった。二人で過ごす時間が増えてから、黒羽根の天使は現れなくなった。
変テコで面白い会話は、嫌なことを忘れさせてくれる。だけど、戸惑いもある。いくら彼女と仲良くなれても、クダラナイ世界はなくならない。ここを出たら、また虐められる。
今度こそ、ちゃんと死ななくっちゃ。




