表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

1.クダラナイ世界

 眠剤を多めに飲んだのに眠れず、音楽を聴いていた。

 天井に逆さまに座っていた、黒羽根の天使が下りてきて、あたしの耳に冷たいキスをした。悲しい気分に満たされる。

 窓の外に積もった雪が乳白色に輝きだす。くだらない一日が始まる前に終わらせたい。カッターを取り、机に置いた左手首に突き立てた。

 天使が歌うように囁く。「もっと深く、……深く」

 鮮血が滴る。



 その頃の東京には、こんな宗教が流行っていた。

 自殺したら、その魂は汚れてしまう。一度ついた汚れは拭うことができず、成仏できずに、命の輪にも二度と加えてもらえない。いつまでも苦しみながらさ迷う。だから自殺はやめましょう。



 どのくらい時間が経ったのか。ドアが乱暴に叩かれ、こじ開けられた。入ってきたママとオジサンが、うるさい声で何かを叫んでいる。

「静香……!」

 やめて。あたし、そんな名前じゃない。

 そんなに揺さぶらないでよ。頭、痛いんだから。

 黒羽根の天使は、ママやオジサンが部屋に入ってくると姿を消してしまう。あたしもそんなふうに、きれいに消えてみたかった。

 だけど、この程度のリスカじゃ死ねない。いつもより深く切ったから、一週間くらいは学校休めそうだけど。

 救急車にはオジサンも乗り込んできた。独り言がよく聞こえる。

 弱ったな。またやられた。何が不満だ。忙しいのに。

 面倒なら助けるなよ。

 あたしが死んだからって、あんたにとって何だっていうの。自分の命は自分のもの。どうして勝手に死んじゃいけないんだろう。

 ママはあの宗教の信者だから、今ごろ家でお祈りしているはず。居間に置かれた安作りの祭壇の前に座り、神妙な顔で手を合わせる。娘を正気に戻して。自殺なんかしないで。

 週末には集会所に出かけ、退屈な講話を聞いたり、歌を歌ったりする。いくらかのお布施もするらしい。

 ママがいくらお祈りしたって、あたしが学校でゲロ野郎どもに虐められる毎日は変わらない。本当の父親を忘れてオジサンをパパとは呼べないし、わざとらしいママの笑顔にも疲れた。

 この世界が大嫌いなんだ。あたしから死を奪うな。

 黒羽根の天使は、むしろこう言ってくれた。

「自分の意志で死にきった者は幸せになれる」

 これがあたしの宗教。

 だから死んでやる。



 オジサンはあたしを病院に送り届けると、さっさと帰ってしまった。

 数日して、あたしは別の病院の閉鎖病棟に入れられた。

 そこは狭くて退屈な場所だったから、病気が落ち着く人もいるが、余計病んでしまう人もいたみたいだ。

 娯楽がほとんどない。テレビカードがなければテレビが見れないし、電話も自由にかけられない。

 仕方ないから、みんな一日ベッドの上でぐったりしてるか、短い廊下を何往復も歩き回る。格子のはまった窓からは雪深い山が間近に見えたから、ずいぶん遠くの病院まで来たんだと実感させられた。

 時間がくると詰め所の前に並び、薬を渡された。飲むと頭がボーッとするし、しばらく登校する心配もないから気持ちはラクになった。

 だけど、自殺したいって思うのは病気なの。

「そんなことないさ」

 黒羽根の天使の声がした。

「病気なのは世界の方だ。こんなクダラナイ世界、終わらせなくちゃいけない」

「どうしたら世界を終わらせられるの」

「君が死ねば、すべてが終わる」

 そうだ。こんな世界は終わらせるしかない。

 クラスのゲロ野郎たち。ひどい暴力を受けた。服や髪をライターで燃やされ、唾をかけられ、キタナイと言われた。土下座しても許されなかった。

 勇気を出して、泣きながらホームルームで訴えたのに、虐められる側に原因があるかのように言われ、なぜかあたしの糾弾大会になった。最後に何もわかっていない先公が、「でもみんな、なんだかんだ言って静香ちゃんのことが好きだから構うんだよね」と言い、全員がゲラゲラ笑った。

 あたしの傷まで、「ミミズみたい」と笑い飛ばした奴ら。全員死ね。いなくなれ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ