紅茶
のどかな茶畑高原。
見渡す限りの緑は晴れやかな朝陽を浴びて、キラキラ光っている。
「今日も良い天気じゃ」
白髪頭のおじいさんは、畑の掃除をしながら、静かな空を見上げた。
『紅茶』
私たちが此処に住み着いたのは、あのおじいさんが居たからだ。
毎朝食べる物をくれて、色々な話を聴かせてくれる。……難しくて、よく解らないことが多いのだけど。
また、おじいさんは茶畑を作っている。
70を過ぎ、広大な畑を一人で育てるのは大変だと思う。
私たちも何か手伝えないか探してみたけれど、一向に思いつかなかった。
白い髪をしたおじいさんは、今日も空を見上げ、微笑みながら、私たちを見つめていた。
最近、雨が降らない。
茶畑の青々しさも、心なしか薄れている。
おじいさんは困ったように首を傾げていた。
(よし! 私たちがなんとかしよう)
皆で集まり、あれやこれやと解決策を考えた。
数時間後、その中で、ある鳩が言った。
ここからしばらく東に進むと、湖がある。
その水を運んでくればいい。
皆、初めは無理と言っていたが、他に冴えた意見も出ず、結局はその案に決まったのだった。
百数羽の鳩の群れ。一羽に一つずつ水を汲める物を持って、湖を目指す。
目的地まで距離半ばといったところだろうか、突然銃声が響き、群れの中の一羽が、血を流しながら地面へ落ちていった。
私たちの姿を不審に思ったのだろう。林の陰から、猟師が顔を覗かせていた。
逃げるようにその場を飛び去る。
枯れた大地の真ん中に、湖はぽつん浮かんでいた。
一見、池と勘違いしてしまいそうなほど小さい。
近辺の鳥に訊いてみると、この地域でも日照りが続いているそうだった。
(水を汲んで帰ろう……)
少しだけ休憩して、私たちは帰路についた。
湖の水を飲んだ者は、誰もいなかった。
今日も雨は降らない。
毎朝の日課になった水汲みのため、東へ向かう。
身体の焼ける思いで飛び続け、湖に着いた時、一同は驚愕した。
湖の水が、完全に涸れていたのだ。
「どうしたのかね?」
不思議そうな顔をしながら、おじいさんは尋ねた。
湖はもう涸れてしまったと伝えると、そうかい、と一言呟き、俯いてしまった。
その直後のことだった。
家の方へ踏み出した瞬間、急に、おじいさんが激しく咳き込んだ。
よろめき、膝から崩れ落ちていく。
私たちは一斉に駆け寄ったけれど、どうしていいかわからない。
ただただ、慌ただしく鳴いていた。
今日も雨は降らない。
雲の影すら見当たらない。
青すぎる空。ギラギラした太陽。
一面の茶畑は、緑を失っていた。
もうすぐ枯れきってしまうだろう。
おじいさんはあれっきり、家から出てこない。
この時、私たちはある決断を下していた。
真昼時、誰かの合図で一斉に飛び上がり、茶畑を見下ろす。
そして皆、手にした硝子や鉄片を、自分の身体に突き立てていった。ボタボタと、紅い血が降り注ぐ。
雨が降らない。それならば降らせればいい。
おじいさんの為なら、死んでも良かった。
無我夢中で、自分の身体を切り刻む。
一体何のために。
目的がわからなくなっても、続けた。
自身の肉塊が落ちていく。
意識の途切れる間際、目に映ったものは、
家から顔を出して私たちを静かに見つめる、おじいさんの姿だった。
他者への依存は度を越すと、自らの身を滅ぼすことになると思います。
それが恋であっても友情であっても。
この物語は結末が冒頭に繋がっています。