【エピローグ】 Il vento continua... 風は止まらない!
それから、およそ二百年後のこと。 吹きすさぶ冷たい風が、一面の砂丘を撫でていく。ここは南イタリアの眩しい海岸ではなく、灰色の雲が垂れ込める、荒涼とした新大陸の砂浜だった。
粗末な木造の作業小屋の前で、二人の男が巨大な複葉のグライダーを前に議論を交わしていた。彼らの手は油と木屑にまみれ、その目は狂気にも似た知的な光を宿している。
「やはり、ただ翼にカーブをつけるだけじゃ駄目だ。横風を受けた時、機体をコントロールできない」 兄と呼ばれる男が、図面に鉛筆で激しく線を書き込みながら言った。 「尻尾(尾翼)で方向を変えるだけじゃない。鳥が旋回する時、翼の先をどう動かしているか……それと同じ機構が必要だ。翼そのものを、風に合わせて『ねじる』んだよ」
弟が、自転車の修理で鍛え上げた手で、グライダーの翼の端に取り付けられたワイヤーを引いた。 ギギギ、と音を立てて、布張りの翼がわずかにたわむ。 それはかつて、地中海の海辺で一人の少女が帆布を縫いながら感覚で掴み、一人の学士が数式で描こうとした「風との対話」の、より洗練された姿だった。
「風の圧力を正確に測る『風洞』が必要だな。僕たちの計算と、現実の空気の動きを同期させるための」 「ああ。ダ・ヴィンチの羽ばたき機なんかに用はない。僕たちは、風の数式を解き明かすんだ」
二人は顔を見合わせ、泥だらけの顔でニヤリと笑った。 彼らは知らない。自分たちより二百年も昔、遠いアズーロの海辺で、同じように風のロジックに魅入られ、重力に喧嘩を売った若き男女がいたことを。
しかし、科学と情熱のDNAは、血の繋がりがなくとも、風に乗って必ず次の時代の異端児たちへと受け継がれていく。
吹き抜ける強い海風が、兄弟の足元にある設計図の端をパタパタと揺らした。 彼らの背後、冷たい砂丘の向こう側で、人類が完全に空を支配する「その日」の夜明けが、静かに、だが確実に近づいていた。
Il vento continua...
風は止まらない!
— Fine —




