11.カウンセリング
「僕の見解は一旦こんなところです。小春さんの初診の時に治し方はないと断定してしまったけど、乙葉さんや、他の人との関わりの中でもしかしたら改善方法が見つかるかもしれないなって、今は感じてます」
葛西先生はカルテを閉じながら、にこやかに言った。
「よかったじゃん! ってことは私も改善の余地はあるんですか?」
乙葉が葛西先生を見つめながら言う。
「もちろん、そういうことになるけれど、乙葉さんは自分を変えたいと思ってるんですか?」
「乙葉はこのままでいいでしょ。……私と違って、このままで幸せな人生だし、周りも幸せにしてるよ」
「私もこのままで別に困ったことはなかったんですけど、やっぱり診断的に見て普通ではないってことですよね? 診断を受けるようになってから、普通に生きるってどういうことなんだろーって思うようになったから、この特性が抑えれるならそっちの方がいいのかなーって」
乙葉は少し遠い目をしながら言った。
「普通なんてないですよ。人間みんなどこか変わってるんです。確かにお二人は特性上異質なので、特異体質ではありますが、それは悪いことではありません。環境や関わる人、経験によって人間は変わるものだし、人それぞれ違うからこそ面白いんです」
「全てが平均的で何も悪いところがない人こそAIみたいで怖いですよ」
葛西先生は、たくさんの悩みを抱えた人の話を聞く専門家だ。
彼の言葉には、温かいけど重くて優しい空気が含まれている。
いつも弱音を吐かない乙葉が、素直に自分の気持ちが吐けるのも彼の特性のおかげなのかもしれない。
「人間って難しいですねー。これからどんどん難しくなってくのかなー」
「人生経験の中で色々学んでいくうちに、年相応に楽になっていきますよ。僕もお二人のような年代の時は色々悩んでましたし、大人や世間に対して反発したがってました。10代後半や20代前半がある意味1番悩みが絶えない時期だと思ってます」
どこか懐かしむような口調で葛西先生はそう言った。遠い昔を思い出してるようにも見える。
「30代、40代、50代、60代、いくつになっても、その年だからこその悩みは尽きないものです。少し酷な話をすると歳をとっていけばこの世にいる時間のタイムリミットが近づいてきたりして諦めがついてくるのもあるんだと思います」
その言葉は重いはずなのに、不思議と淡々としていて、どこか優しかった。
「悩みがあるってことは人生と向き合ってるってこと、若いからこそできる悩みの種もあるわけだし、若いうちは悩んでなんぼです」
「あんなに嫌ってた大人にいつのまにかなっていて、でも中身は意外と子供のままなんですよね。そんなもんなんです。一丁前に語彙力とか経験値だけ増えてそれなりに大人っぽく振る舞えてるけど」
そう言って、どこか自嘲するように小さく笑った。
「だから、あまりちゃんとした大人になろうとか、普通になりたいとか気負いすぎなくて大丈夫ですよ」
少し間を置いてから、穏やかな声で続ける。
「みんな案外、手探りのまま生きてますから」
「先生の言葉は誰よりも身に沁みますわー」
乙葉は小さく頷きながら、しみじみと噛み締めるように言った。
私は、若い自分が悩んでいる今は変なことではない、むしろ素晴らしいことなんだと、全肯定されたような気持ちになった。
大人になった自分はまだ想像できないし、案外このままなのだろうけど。
それでも、少しだけ大人になれていたとしたら、今の私のことを愛おしいと思えているのだろうか。
若かったなーって思える日が来るのだろうか。
そんな自分が想像もつかない。
先生の言葉を聞いていると、まるで未来の自分がそっと抱きしめてくれているみたいだった。
「大丈夫だよ、見守ってるよ」と言われているような、不思議な安心感が胸の奥に広がる。
私だけは、私を愛していられるような人生を歩みたいな、とは思う。
この先、どんな人と出会うのだろう。
どんな悩みの種が生まれてくるのだろう。
悩みは、もしかしたら今よりもっと重くなっているのかもしれない。
それとも案外、軽くなっているのかもしれない。
それは今の私にはまだわからない。
人は大体100回くらい春を経験すれば、大体その人生の終わりにたどり着く。
現時点では、人生の終わりなんて途方もなく遠いゴールのように見える。
けれど、そうやって数えてみると、意外と短いもののようにも思えた。
あと何回、春を迎えるのだろう。
そう考えると、この悩みの時間さえも、人生の一部なのだと思えた。
広い広い宇宙から見れば、私一人なんて小さな塵のようなもの。
それでも、私の中で渦巻いている悩みは、まるで壮大な宇宙みたいに広がっている。
自分だけがこんなにも悩んでいるのだと思っていた。
けれどきっと、みんなそれぞれに、自分だけの壮大な宇宙を抱えて生きている。
誰にも見えないだけで、その宇宙の中では、今日もいろんな星が生まれては消えているのかもしれない。
数年先の自分も、世界情勢も、何もわからない。
でも、不思議とほんの少しだけ、ワクワクしている自分がいた。




