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【短編小説】じゃ、頑張って

掲載日:2025/12/19

 スマホの画面に表示された名前を見て、電話に出ないか出るか2コール中にぐるぐると迷った挙句に3コール目が終わる前に出た。


「お疲れっすー、うっすうっす。どもどもお疲れっすー、うっすうっす」

 何かを言わせる前に一息で喋れるだけ喋り、相手の気勢を削ぐ。──だがそんな事は関係の無い相手もいる。

「いまですか?大丈夫っすよ。何もしてないっす。え?部屋っすよ、自分の。彼女?来てないっすよ、一人っす。はい。いやいますけど。いいじゃないすか。え?名前は教えませんよ、なんでですか。勘弁してくださいよ」


 面倒くさいタイプの先輩、と言うか後輩と繋がっているのは大抵が面倒くさい先輩だし、後輩と繋がっていないのは知らない先輩だ。

「単車っすか?ありますよ、学校行くのに使ってるやつと遠出するのに使ってるやつと二台。はい。どっちも動きます。どっか行くんすか?」

 頭の中で警報器が鳴り始める。

「え?俺だけ?何すかそれ、遊びに行こうって話じゃ……はい、すみません、聞きます」

 面倒くさい呼び出しかと思ったが、そう言うわけでは無さそうだった。


「あー、なんか峠んとこにトンネルあるのは知ってるっす。行った事ないですけど。

 あんまりそっち行かないんで。

 俺、山より海派なんですよね。先輩は山派なんすね、バイクは川崎なのに。

 冗談っすよ、すみません。すみません。ナメてないっす。冗談っす」

 後輩と繋がっている癖に、縦社会だとかナメるナメられるに敏感なのはとても面倒だ。

 どこか遠くに行って欲しい。


 ぼんやりして聴き逃しそうになったが、何とか答えた。

「怖い話は好きっすよ、寝る前とかにYouTubeで聞いたりしてるっす。

 へぇ、そうなんすね。あ、はい。登録しとくっす。グッドボタンするっす。はい。

 え?トンネル?

 あー、あの国道を行った先にある山っすよね、知ってます。知ってますけど行ったことないっす」


 バレないように煙草を咥えて、なるべくスマホから遠くでライターをつけた。

 指先がじわりと温かくなるのを感じながら小さく吸い込んで煙草に火が移った。

「そのトンネルなんかあんすか?え?厭なこと……?

 怖い事とかじゃないんすか、普通」

 細く静かに吐き出した煙がフワフワと回る。


「なんすか、その厭な事が起きるって。とにかく厭なって、ワカんねーっすよ。もうちょっと具体的に教えてくださいよ。

 ……え?できない?

 いや馬鹿にはしてねーっすよ、納得してねーだけですって。本当っす、馬鹿にはしてないっす。マジっす。約束っす。はい」

 言語化をしろと言われてできない人なのは知っているが、それを指摘するとキレ散らかすのは本当に面倒だ。

 ただ話を聞いている間くらいは煙草を吸えるかと思っただけなのに。


「で、なんすかその厭な事って。

 例えばアレすか?気付いたらチビってたとかウンコ漏らしてたとか……そういうんじゃない、っすか。

 え、じゃあ帰りにポリに捕まったとかすか?そうじゃない。

 うーん。ワカんねーっすね」

 会話の行き先が曖昧になってきた。何があったか当てて欲しいのか?おれが代わりに言語化をさせられるのか?

 そう思った矢先だった。



「え?だから行ってこいって?

 や、いいすけど。けど……はい、はい。

 そうっす、なんかオゴってくださいね。はい、約束っすよ。はい。はい。じゃあ、はい、お疲れっす。はい、今夜、はい。はい。頑張るっす。うっすー」

 スマホを置いてから深いため息と共に煙草の白い煙が部屋に散らばった。


 先輩がアホなのは良い。

 面倒だがイヤな人間でもない。基本的には明るいし、面倒見も良い。もう少し同級生とかと遊んだ方が良い気もするけど。

 しかし厭なこと、とは何だろうか。

 普通は怖いことだと思う。よく聴いている怪談や都市伝説だって怪異が起きるから怖いのであって、厭な事ってのは聞いたことがない。

 それを確かめに行って欲しい、と言うのはどう言うことか。一緒に来てくれ、とかでもない。

 まず先輩が体験して、それをおれに追って体験してほしいと言うことらしい。


「馬鹿じゃねぇの?あのひと。まぁ知ってたからいいけど。

 普通の並ラーメンじゃ割に合わないからトッピング全部に餃子とキャベチャーまでつけよう。ガス代もバカになんねーんだし」

 ヘルメットの中で独り言が割れながら響く。

 怖いかと訊かれれば、少し怖かった。


 先輩に聞いた通りの薄暗い道を慎重に進むと、確かにトンネルが見えた。

「おっ」

 思わず声が出た。

 速度を落として近づいたが、別に何もない単なる旧いトンネルだった。

 プレートの類いは剥がされており、地元の治安を考えさせられた。

 単車を降りて煙草を一本吸ってみたが、当たり前のように誰も通らない。


 覚悟を決めた。

「やるか」

 手を二回叩く。

 一度拝む。

 ……。

 ……。

 ……え?いや、違うって。何だよ今さら、なんでそんな。

 違う、給食費を盗んだの俺じゃねーって!

 絶対やってねーって!

 ふざけんな!

 俺、おまえらと一緒に教室出たろ!

 最後に残ってたの俺じゃねーの知ってるじゃんか!

 ふざけんなよ!なぁおい、誰だよ!

 ハメか?おい、ふざけんなって!


 ……。

 ……。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。


 ……。

 ……。

 俺にはできねぇ。

 いいよそれで。

 終わり、おしまい、もうなし。

 はい、いいから。もういいって。


 ……。

 ……。

 おう、またいつでもこいよ。

 どうせ俺の彼女はお前の元カノだからな、雑に手を出してもいいと思ってんだろ。

 死ねよな。死ねって。なぁ、早く死ねよ。

 それとも死なない程度に怪我する方が良いか?自分で決めろよ。


 ……。

 ……

 どいつもこいつも好き勝手言いやがって。ナメてんだろ。

 申し訳ございませんでした。

 ……。

 ……。

 ……。


 部屋に戻って煙草を5本ほど吸ったところで、ようやくスマホを手に持つことができた。

「お疲れ様っす。

 ……はい、マジでした。すげぇ厭な事がありました。

 はい、説明できないっす。

 はい。間違いないっす。はい。はい。

 メシすか、いや今日はちょっと……はい、明日なら。はい。あざす、ゴチになります。うっす。お疲れ様です」


 電話を切ってから、先輩以外の誰かにもこれを話したいと思って、最後に着信のあった友人に電話をした。


「おう、いま電話いい?

 うん、いやちょっとさ。お前、怪談とか好きだよな。うん。

 お前さ、あそこの峠にあるトンネルの話って聞いた事ある?

 うん。そうか。

 いや、俺ちょっと先輩から聞いてさ、行ったんだよ。そうしたらマジでさ……。

 いや、怖いとかじゃないんだよ。厭なの。すげぇ厭なんだよ。

 説明?無理なんだそれが。だからお前もちょっと行って確かめてみてくれよ。

 え?うん、いいけど今日じゃなくて。ただ本当に厭な事だからな。


 いや、違うんだって。

 缶コーヒーがぬるいとかライターが不良品とかそういうんじゃ……きのこの山がいつも売り切れ?なにそれ?お菓子?

 そういうんじゃないって。マジで。

 本当に厭なんだよ。

 うん。うん。いいよ、馬鹿にしてて。

 お前も行ったらそんなんじゃ済まないからな。

 うん。

 なんでって?いや、やっと聞こえなくなったんだよ、お前に電話したら。

 だからもしかしたらトンネル関係ないのかもな。

 まぁいいや、じゃ頑張って」

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