番外編⑩ 交差する影 ― 木原 × 湊 再会編
春の夜明け前。
静まり返った成形ラインの前で、湊はタブレットを膝に置き、黙々と設定値を調整していた。
重量波形の揺らぎ、金型温度、潤滑バランス。
現場の癖は数値に変換され、静かなリズムで流れていく。
「……もう少し、だな」
タブレットに走る波形が安定し、湊は小さく息をつく。
その瞬間――背後から声。
「優しいやり方だ。
壊さずに変えようとするやり方。」
湊の手が止まった。
振り返ると、ラインの影にひとり立っていた。
木原翔真。
外部コンサルに転じて以来、会社に姿を見せるのは数年ぶりだった。
◆再会の空気
「来るなら連絡くださいよ」
湊は立ち上がりながら言う。
「サプライズの方が、現場の空気がよく見える。
予定された視察じゃ意味がない。」
「相変わらずですね」
「お前も変わってない。
いや――“変わり方が変わった”か」
木原は成形機に手を触れ、静かに言った。
「お前、昔は“正しさの証明”をやってた。
今は“正しさを翻訳してる”。」
湊は一瞬、言葉に詰まる。
◆価値観の再確認
「俺はな、ずっと“変えるためには壊すしかない”と思ってた。」
木原は機械音を聞くように目を細める。
「壊して、生まれ変わらせる。
犠牲が出ても、未来の方が重い。」
「……今もそう思ってるんですか?」
「思ってる。
だが、お前のやり方も“嘘じゃなかった”らしい。」
湊の胸に熱が走る。
「認めてくれるんですか?」
「違う。」
木原はすぐ遮った。
「俺はまだ、お前のやり方を“選べない”。
だが“否定できない段階”には来た。」
湊は静かに頷いた。
一致じゃなくて、交差。
妥協ではなく、理解。
◆新たな提案
「それで……今日は何しに来たんです?」
湊が問いかけると、木原はポケットからUSBドングルを取り出した。
「見せたいものがある。
俺が今作ってる“壊すためじゃない改革ツール”だ。」
「名前は?」
「まだコードネームだけだ――」
木原は短く言った。
『RE-TRACE』
過去の決断と影響を可視化し、未来の選択負債を減らす分析ツール
湊は息を呑む。
「壊すためじゃなく、選ぶためのツール……?」
「お前のやり方を見て、気づいたんだよ。
壊す前に“なぜ壊す必要があるのか”を明確にする必要があるってな。」
湊は笑うでもなく、ただ静かに受け取った。
「……一緒にやりませんか、それ。」
「違う。」
木原は背を向ける。
「俺は隣じゃなく“外から”やる。
お前とは役割が違う。」
「でも、いつか――」
「ああ、いつかは分からないが……」
木原は扉に手をかけて振り返る。
「お前と同じ方向を向けるなら、その時は“敵じゃない”立場で立つ。」
その言葉に含まれた温度は、かつての刺々しさとは違っていた。
◆湊の独白(木原が去った後)
工場に再び静寂が戻る。
始業前の空気は淡く、薄青の光が機械の表面を撫でる。
湊は机にUSBを置き、呟く。
「壊すか、守るかじゃない。
“選べるようにすること”が、次の時代なんだな……」
またひとつ、価値観の星が増えた。
その星々が、いつか線になって結ばれるかどうかは――
まだ誰にも分からない。




