番外編⑧ 星を掲げた日 ― 創業者・星崎賢治 ―
昭和63年。
バブル景気に沸く都市の外れ、廃工場を借りたばかりの夜。
**星崎賢治**は、油で汚れた作業着のまま、解体途中のプレス機の前で座り込んでいた。
外では風が唸り、建物が軋むたび粉塵が舞う。
だが、賢治の視線は一点だけを見ていた。
手元の古びた設計図。
その端には子供の字でこう書かれている。
「人を救う機械を作りたい。
世界でいちばんいいものを作る。」
それは亡き父――町工場の職人が書き残した走り書きだった。
賢治は深く息を吸い込み、呟いた。
「親父……あんたの夢、俺が拾うよ」
◆原点となる夜
工場立ち上げに集まったのは、退職した熟練工、職を失った若者、夢を諦めた技術者―― “周縁の人間”ばかりだった。
資金も実績もない。
ただ、賢治の掲げた一言だけが希望だった。
「世界一を目指す。」
笑われることを恐れず、堂々と言った。
「ここでは、“安く作る”ためじゃなく、“誇りを残す”ために製造する。
設備が古いなら叩き直す。人がいないなら育てる。
数字で測れない魂まで含めて、世界一だ。」
その言葉は、夜の工場に染み込むように響いた。
◆初めての挫折
だが現実は甘くなかった。
元請け企業に頭を下げ、単価交渉に屈し、
技術は認められてもコストで切り捨てられた。
「いい製品だが、うちの基準じゃ高すぎる」
営業帰りの車内で、賢治はハンドルに額を押しつけながら呟いた。
「……“いい物”と“売れる物”が一致するとは限らないのか」
その夜、工場で機械の前に立つと、一人の職人が言った。
「賢治さん。俺らはあなたに付いてきたんです。
だから、俺らを“数字だけのメーカー”にしないでくれ。」
賢治は拳を握りしめた。
そしてその場で誓った。
「数字に魂を飲ませるのではなく、魂を数字に宿す。」
これが、後に会社の文化となる。
◆企業名を決めた日
登記直前。
賢治は机に向かい、会社名の候補をいくつも並べていた。
「星崎工業」
「つばさ技研」
「サミット精工」
どれもしっくりこない。
ふと視線が工場の天井に向いた。
穴だらけの屋根の隙間から、冬の空に星がひとつだけ見えていた。
その瞬間、胸の奥で言葉にならない感情が固まった。
技術は点で終わらず、線になり、星座になる。
人が去っても、残る光で未来を導く。
「星を鋳込む工場……星鋳精工」
その名を呟いた瞬間、賢治は強く確信した。
「いつか、この工場が誰かの道しるべになる」
それが、会社名の由来だった。
◆創業期の言葉(後に社是となる)
立ち上げから三ヶ月後。
賢治は社員たちを前に短く話した。
「ここにいる全員は、“過去を捨てなかった人間”だ。」
「だからこそ、誇りを未来に残す仕事をしよう。
世界一になるのは、数字じゃない。魂だ。」
「灰色の工場に、星を降らせる。」
その言葉に、古い機械の音が応えるように鳴動した。
◆賢治の独白(晩年)
数十年後。
引退した賢治は静かに工場を見下ろす高台に立っていた。
時代は変わり、会社は危機も衰退も経験した。
だが工場には、かすかな光が残っている。
「俺が作ったのは、星座の最初の点だっただけだ。
あとは後の者に任せる。」
賢治は薄く笑った。
「星を繋ぐ者が現れるなら、それでいい。」
遠く、夜の工場に灯る点滅が、星のように揺れていた。




