番外編④ 背負う者 ― 社長・天峰圭介 ―
星鋳精工株式会社・代表取締役、天峰圭介。
社長室には、いつも必要最低限の資料しか置かれていない。
壁際には、創業当時の古い成形部品がガラスケースに納められている。
その前に立ち、天峰は小さく呟いた。
「……誇りは残したまま、未来へ行けるのか」
問いは宙に溶ける。
答える者は誰もいない。
◆十数年前の記憶
会社が世界シェア1位だった頃。
天峰はまだ技術部長だった。
会議では胸を張って言えた。
「うちの品質は世界最高です」
現場は熱く、職人たちの目は輝いていた。
技術が文化であり、誇りだった。
しかし、世界は変わった。
海外企業は低コストで市場を攻めてきた。
社内には慢心と疲弊が広がり、
そして――事故が起きた。
国内大手顧客からの契約打ち切り。
株価の急落。
社員の離職。
その時、社長だった前会長は天峰に言った。
「お前が止めていればこうはならなかった」
天峰はその責を背負ったまま、会長からバトンを渡され、社長に就任した。
◆現在・取締役会後の静寂
湊たちの改革報告会が終わった夜、
天峰はひとり会議室に残っていた。
机の上には、四つの名前が並ぶ。
後藤湊:現場と未来を繋ぐ者
綾瀬未来:戦略と合理を担う者
千賀彰人:短期利益と売上を守る者
木原翔真:破壊と再創造を願う者
そして黒田賢吾。現場の象徴。
天峰は彼らの言葉を思い返す。
湊:「壊さずに変える道を探します」
未来:「正しさは人を救うために使うべき」
千賀:「利益を守ることが会社を守ることだ」
木原:「壊さなきゃ変わらない世界もある」
全員が違い、全員が正しい。
「だからこそ……判断は私がするしかない」
天峰は椅子に腰掛け、天井を見上げる。
その表情には疲労よりも“覚悟”があった。
◆別室・株主との会談(秘匿)
その夜、非公開で株主代表との会議があった。
「御社は改革を推進しているようですが――
利益はいつ回復しますか?」
投資家の声は冷たかった。
「労働環境改善?文化保護?
そんなものは株価に反映されません」
天峰は紙束を静かに置き、目を細めた。
「確かに短期で見れば効率は落ち、利益も横ばいでしょう。
しかし、我々は“土台を作り直している最中”です」
「結果がなければ意味がない」
「結果を出します。
――だが、“誠実さを犠牲にした結果”なら不要です」
株主は一瞬黙り、視線を逸らした。
天峰はそこで初めて気付いた。
自分はもう、前社長の影を追っていない。
◆夜の工場・湊との会話
全ての会議が終わった帰路、天峰は工場に立ち寄った。
湊がひとりモニターに向かっていた。
「湊くん」
「社長……まだ残っていたんですか」
「君は“壊さず変える道”を探すと言ったな」
「はい。……無謀でしょうか」
「無謀だ。しかし――期待している」
湊は驚いたように顔を上げる。
「前社長は“世界一という結果”を守った。
私は“世界一にふさわしい姿勢”を守りたい」
湊は言葉を失う。
「企業は数字だけで成り立たない。
数字だけで救えるなら、とっくに誰かが救っている」
湊は息を呑んだ。
「君たち若い世代が、“正しさを伝える方法”を作ってくれ。
私は――そのために盾になる」
その言葉には、孤独ではなく決意があった。
◆社長の独白
湊が去った後、天峰は暗い工場の中を歩きながら呟いた。
「組織を背負う者は、誰かの未来のために矛盾を飲み込む役目だ。」
誇りも、伝統も、利益も、理想も――
本来ならどれかを切り捨てるべきものばかりだ。
だが天峰は歩みを止めない。
「私の仕事は、どれも捨てないことだ。
その苦しみごと背負った先にしか、“世界一”はない。」
照明の落ちたラインの奥。
薄暗い工場に点滅するセンサーの光が、静かな星空のように揺れていた。
天峰は一度だけ立ち止まり、目を閉じる。
「私は、誰かの正義を否定するためではなく、重ねるためにここにいる。」
その言葉は誰に向けた祈りでもなく――
ただ自分の背中を押す灯火だった。




