いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪ その9
アルリビドは王太子権限により、臨時特別議会を召集した。
これは国王のみならず、王妃・王太子と、選ばれし20名の高位貴族からなる貴族院議会の会員なら召集可能な、国益に関わる例外的なものだ。
会員の3分の2が合意すれば開かれるものである。
普段の召集とは違い、2日前に議会開催の連絡が届くことになる。
参加は強制で、当主不在の際は次期後継者が参加しなければならない。
ただ3分の2の議員は既に周知しているので、今回知らないのは、残りの議員と国王夫妻だけとなる。その残りの中には、ファルコ侯爵とウェジナ伯爵も含まれていた。
既に協力を取り付けた大公の伯父と、公爵の叔父になるミュータルテの兄弟にも連絡済みで、当日参加する連絡を得ていた。
◇◇
アルリビドはトリニーズやジョルテニア、アルリビド、辺境伯ダグラス、アズメロウの父ジョニーを中心に、他にも多くの貴族を味方に付けていた。
全ての貴族がアルリビドに全面的に協力的ではないが、隣国に蹂躙される可能性と、既に隣国の貴族に国政を荒らされた事実を知り、手を貸すことにしたのだった。
「愚かな国王に育てられた王子よりも、次代に相応しい者がいるかもしれない。けれど今は、国を荒らす者を放置できんから、取りあえずの協力じゃ」
「お前さんは親のせいで、スタートからマイナスの評価となる。覆すのは困難ぞ」
「内乱が起きれば、一族郎党が死罪となる。それを回避する機会と思い、精一杯やることだ!」
議会に賛同してくれたからと言って、必ずしもアルリビドを次期国王にとは思い切れないようだ。
アルリビドの伯父に当たる大公ガルドレイや、叔父の公爵サヴァラはさらに辛辣だ。
それもその筈で、国王ミュータルテには何度も諫言し裏切られてきた。補佐の申し出にも、「何を今さら」と一蹴されていた。
「俺は既に腹を括っている。もし話し合いがうまくいかなければ、謀反覚悟で軍を動かす。そうなればアルリビド、お前の命もないものと思え」とガルドレイが。
「僕も芸術活動は後任に譲り、ガルドレイ兄さんのサポートに回る。もう夢は追わない」と、サヴァラも言う。
それでもガルドレイ達は、ミュータルテを切り捨てられず、自家から王都周辺の民への食料支援をしていた。
王都が、何とか維持できていたのも頷けた。
さすがに遠方の支援までは、資金が及ばなかったようだが。
だからこそ、アルリビドにきつい言葉もかけるのだ。
一部議員の声にあがった一族郎党は、前国王夫妻・国王夫妻とアルリビドになる。
ガルドレイとサヴァラは臣籍降下している為、王族とは別の籍であり、もし粛清があれば、彼らのうちの一人が王位に就くことになるだろう。
きついことを言う者達も、本当はアルリビドに期待していた。独りよがりにならず、周囲の協力を得ることができ、何より親と一緒に欲に溺れず、反面教師として文武両道に成長していた。
両親の行動を止められない自分を悔しく思い、戒めながら努力していたのを、彼らは見てきたから。
◇◇◇
いろいろ調整している間に、議会当日になった。
まずは国王への罷免要求。
国費の使い込み他国から価値のない物を購入したこと、国王夫婦揃っての不貞(その相手も他国の間諜)、政治を蔑ろにし、任せた部下に使い込みを許した(気付いていなかった)罰等など。
調べるほどに罪深く、救いようがないほどの多さだ。
証拠書類や、証言の調書、証人などを並べると、国王夫妻とそれに関わる貴族は顔色を悪くしていく。けれど騒ぎ立てることはない国王夫妻は、覚悟が出来ていたのかもしれない。
すぐに落ち着きを取り戻して、許可を取り発言していく。
そして証拠全てに、気付かずにいた不正にも責任を取ると告げたのだ。
「……罪は全て認めよう。けれどオーロラに罪はない。何も知らないのだ。だから罰は俺、いや私と王妃だけにしてくれ。愚王である私が招いた罪に、減刑を望んだりしないから」
「私が悪いのです、オーロラのことは。それだけは王には関係がないのです。全て私の罪です。でも叶うことなら、オーロラには慈悲をお願いしたいです。
私はずっと、死罪を覚悟していました。けれど娘には……温情を願います」
国王夫妻は言い逃れをしなかった。
二人とも、すぐに毒杯を賜っても構わないと言う。
もうずっと以前から、息がうまく吸えていないような、そんな苦しさに支配されていたから。
焦ったのは側近と、役職に就きながら横領などをしてきた者達だ。
まずは、宰相になっていた王妃の甥が足掻いた。
「あ、嘘、叔母様。あっさり罪を認めるなんて……。あ、あの私は違います。国王に命じられて動いてただけで、悪いことはしていません」
それを侯爵であるトリニーズが、彼へ証拠を突き付ける。
「嘘は後が辛くなるだけだ。俺達が調べたんだ。漏れはない」
「そ、そんな、こんなことになるなら、宰相なんてしなかった。全部返すから助けてよ。あぁ、嘘だ……」
それを皮切りに次々と悪事を働いた貴族が、騎士達に捕縛されていく。
「私は命令されただけだ! 金を返せば良いのだろう?」
「俺達の調査はかなり昔まで遡るぞ。お前らに返せる額ではないと思うがのぉ。まあ返す額で、多少は減刑はあるだろうがな」
「遡るだと。いつまでだ! いつまで……あぁ」
さらに他の役職に就いていた経理や備品購入の担当者、建築物や橋や道路の管理や保持、増設や設立する担当者、外交の担当者などから、驚くほどの水増し請求や直接的な横領が発覚していた。
「わ、私は上司命令で逆らえず」「私は、親の代から継いで仕方なく」「私はあいつに誘われたのです」「女がたらし込んだから……断れなくて」「少し小遣いが欲しくて。だってみんなやってるから」「国王だって国費を使い込んでるから、俺達だっておこぼれを貰って何が悪い!」
「悪いだろう。税金は民の努力の証なのに。私欲で使って良いものではない」
アルリビドは彼らに、静かに語りかけた。
いつも穏やかな彼の表情は、鋭く彼らを睥睨し、口調も次第にキツくなっていく。
「それなのに、僕は止められなかった。しわ寄せはいつも弱い者へ行く。僕達は耐えられても、地方部では娘が身を売り、食べる物がなく子が死に、自らを養う為に奴隷に堕ちた者もいた。
それを僕は知らないで暮らしていた。調査を続けるほどに、被害の多さに絶望したよ。
お前達の贅沢全て、その悲しみの上にあったのだ。今さら逃れられると思うなよ!」
静まり返った会議室には、彼の言葉だけが響いていた。
皆が聞き入り、そして言い訳を止めて項垂れた。
多くの者は自分の行為による結果を知らない。知っていても目を逸らし、不正を続けてきたのだ。
家族の為に、娘の為にと言い訳しながら。
その家族は、何処までこのことを知っていたのだろう?
知っていたなら、止めた者は皆無ではない筈だ。
「調査は正確なものだ。反論はしても構わないが、無駄だと思うぞ」
アルリビドはそう告げてから、騎士達に罪人を牢へ運ぶように指示を出した。
皆項垂れ、抵抗する者はいなかった。
ファルコ侯爵とウェジナ伯爵も、勿論連行されて行ったのだった。
それはアルリビドの毅然とした態度もあるが、滅多に王都にいない筋肉軍団のトップ、辺境伯のダグラスと子爵のジョニー、男爵メルクラスが睨みを利かせていたこともある。睨んでもいないのに威圧感が半端なく、滅茶苦茶怖かったようだ。
(ヒィ! 逆らったら、ここで死ぬ!)
(逃げたら、蹴られる。即死確定!)
(あぁ、睨んでる。俺を背骨を折ろうとしている気がする!)
(あれはもう、俺を人として見ていない。魔獣を狩る目だ!)
(終わった、駄目だ!)
本当なら、アルリビドの声がけで改心して欲しかったが…………。
さらに逃亡してもステアーの弟子達が、活躍の場を求めて王城の回りを固めていたから。
言わずと知れたダリヤ9歳、リラ10歳、クルミ11歳の3人娘である。
「来い来い! 私のファイヤーアローで!」
「いいえ、わたしのウィンドカッターよ!」
「なんの、ワタクシのシャイニングブレイドです!」
まあ物騒である。
罪を犯した者達は逃亡を図ることなく、彼女達の餌食にはならなかった。
「チェッ」と舌打ちが聞こえたが、誰のものかは分からない。
子供は時に残酷だから、罪人達は辛うじてセーフだったのかもしれない。彼女達に捕まれば、絶対に苦痛の悲鳴が聞こえただろうから。
◇◇◇
その後。
国王と王妃が不在の議会では、アルリビドが王位の継承をすることが決まった。
ミュータルテの兄、ガルドレイが適任ではないかとの声も聞こえたが、彼は「もとはと言えば、俺がミュータルテに国王の重責を押し付けた結果なのだ。そんな者に資格があろう筈がない」と言い、固辞した。
そしてアルリビドを支えていくことを、強く誓ったのだ。それはサヴァラも一緒だった。
「自分の好きなことばかりして、ミュータルテ兄さんを放って置いたのは僕も同罪です。僕もこれからはアルリビドをサポートします」
国王の兄弟の懺悔のような誓いに、彼らを推していた議員も諦めた。そして改めて考え、アルリビドの国王就任を認めたのだった。
正式な就任式は、準備が整う1か月後。
アルリビドは国王就任前の王太子である今、議員一人一人の顔を見てから、深く頭を下げた。
「感謝します。ありがとうございます」
その声に、全員が拍手を贈った。
元々半分以上の支持は得ていたが、全員の祝福に涙が止まらなかった。
「ありがとう、ありがとうございます。頑張って国を、民を守っていきます……グスッ」
国王になれば泣くことは許されない。だから今だけは、心ゆくまで泣けば良いと見守ってくれたのだ。
(良かったな、アルリビド。これからも全力で助けるから、頑張れよ!)
ジョルテニアはことさら強く、アルリビドの就任を喜んだ。彼の頑張りがやっと実が結んだと思いながら。
これから両親の断罪も残るなか、今だけは幸せな気分に浸って欲しい。
◇◇◇
両親や罪を犯した貴族の断罪、他国からの潜入者の排除と関わった隣国貴族への対応、両親の愛人達と妹オーロラの処遇等など。
オーロラは現在28歳で、今も独身である。
彼女の出生は、知る人ぞ知る事実だったせいもあるだろう。
若かりし日の彼女は知らなかったが、あれから10年を過ぎし今、きっと彼女も………………。
国内の政治問題も山積みだが、アルリビドにはまだ頭の痛い決定が待っている。