自分の力
あの魔法使の一件から、またしても二週間が過ぎた。
俺は登校中のはずだが、いつの間にか知らない道を彼女に歩かされていた。
念のため聞いてみた。
「今日はいつもと道が違くないか?」
「ええ、今日はスイーツの発売日なの、だから買ってから学校に行くのよ」
こういわれて付いて来たのは良いが、既に家を出てから二十分が経過している。本来なら教室にたどり着いている頃だ。
どうにかして学校へ向かおうと努力は行ったが、それら全ては彼女によって断念された。
気が付けばまた新たな路地へと足を踏み入れていた。
「こんなところ通るのか?」
「そうよ」
既に十分以上は細い路地を歩いている。
「なあ、今から行っても遅刻は免れないが一旦諦めないか?」
「……はぁ、分かったわ、そうしましょ」
彼女は不満げに頬を膨らませて納得した。
歩いた道を折り返してからそろそろ二十分が経つ、そろそろいつもの通りに出てもいい頃合いだ。
「私の勘違いだったらごめん。私が言うのはあれかもしれないけど、この道さっき通った気がしない……?」
実は俺も彼女と同じことを考えていた。
「一ノ瀬はどっちに進めば戻れるか分かるのか?」
彼女は首を横に振った。
「和也は?」
聞かれたが俺の答えも彼女と変わらない。
俺達は現状を多少は理解した。
「一ノ瀬、適当でいいから魔法で何か目印とか付けられないか?」
「壁に色を付けるとかでもいいの?」
「まあ分かれば何でもいい」
彼女は俺が指定した壁の一部を円形になぞった。
壁には赤い丸の印。
「これでどうするの?」
「まずはこの印で行った場所をマークする。今ここには分かれ道が三つあって、俺の記憶だとさっきからこの辺りをグルグル繰り返してる気がする。ってことはこの中のどれか一つが今の無限ループに陥るルートで、残りの二つがケーキ屋か通学路につながってるってことだ」
「なるほど、では適当に一つ一つ進んでいって当たりである三つのうち二つのどちらかに出られればいいってことね」
「そう言う事、早くは初めてここから出ようぜ」
一本目
赤い印を壁に付けて俺たちは歩き出した。
だがどうやら俺たちは三分の一を引いたらしい。
「戻ってきちゃったわね」
二人が立っていたのはもとの三つの分岐点。
「まあ次はどっちに行っても当たりってことでしょ」
二本目
「おかしくない?」
「まあでも最初っからここが間違った道で最後の一本が当たりっていう可能性もある」
三本目
既に見慣れた景色だった。
念のために壁の印を確認したが、赤い丸のマークはしっかりと付いている。
「一ノ瀬、多分だけどこれは……」
「多分そうだと思うは、現状から出る結論は〈魔法〉…‥‥だとしたら和也、周囲の警戒に備えて。もしかしたら敵が襲ってくるかもしれない」
冷たい風がこの静かな空間に吹き込んだ。
だが二人は寒いという感覚を失ったように動かない。
「カラカラ」
それは金属が弱い力でぶつかった様な音だった、二人しかいない空間ではよく響く。
「何の音⁉」
二人は周囲に目を凝らすが特に目立ったものは見えてこない。
数秒の間緊迫した今の状態が続いた。
「これはただ私たちが勘違いしただけなんじゃない」
気を緩めたのはつかの間。
「和也!」
背後から聞こえたのは一ノ瀬の悲鳴。
急いで振り返ると目の前には両腕を手錠の様な物で拘束された彼女と、それを実行した女の姿。
「何してるテメェ、一ノ瀬を放せ」
自らが敵意丸出しで声を掛けた彼女は、こっちの世界ではあまり見かけない恰好をしていた。
フードのついたマントの様な物を来て顔を隠し、腰の辺りには剣かと思えば、代わりに杖をさしている。
「予想通りの反応だ、やはりまだ魔法使いとの戦闘経験は少ないか」
思わず舌打ちが口からこぼれた。
それは怒りがこみ上げたことによるものだ。
「シルフ!」
「はい」
俺の呼ぶ声に応じて背後から徐々に実態を表した。
相手は先手必勝と言わんばかり、すぐに魔法の使用を始めた。
地面と壁の変形による攻撃。
ビルの二階くらいの高さから俺とシルフを狙って落とされる落雷。
その中を精霊が颯爽と駆け抜ける、外壁に設置された換気口やダクト部分を利用してシルフはそれらを容易にかわす。
俺にできるのはギリギリで攻撃を回避することだけ。
「その手を放してください!」
その言葉には明らかに女の魔法使いを敵対する気持ちが含まれていた。
精霊と女は既に勝負を決した距離、今の時点で魔法を発動させてどれほど堅い防御魔法を張ろうと、またシルフの攻撃をかわしたとしても防御魔法なんてものを破壊できる精霊にとっては全て意味をなさない。
シルフは剣を魔法によって構築し女へと振るった。
どうやら一ノ瀬の技をいつの間にか真似したらしい。
結果。
「ガンッ」
聞こえたのは人の肉を切り裂く音でも、魔法使いの頭蓋骨にひびを入れた音でもない。
女は五体満足でその場に立ち続けた。よく見ると彼女とシルフの振るった剣の間には微かだが光の壁が見えた。
「私は一度も『魔法使いだ』なんてことは言っていない、戦う前には相手のステータスくらい調べておくべきだ」
剣を受け止められ、シルフは何らかを感じ取ったらしく、すぐに後方へ退いた。
「流石に精霊のお前は気が付いたか」
「どういう事だ⁉」
俺は訳が分からずその場にいた。
焦っているのかシルフは早口で説明を始めた。
「あの女の人の力もまた、主様と同じ精霊です」
「精霊……!」
敵は俺たちの反応を見て笑みを浮かべた。
「凄くいい、その反応は凄くいい、かなり私の好みだ。けどごめんなさい、私が今必要としているのはこっちの子なの。だから今はさようなら」
暴れる一ノ瀬を捕まえ、こちらに手を振りながら「サラマンダー、魔法界へ帰りましょ」と精霊に呼びかけた、女の背後に青黒い縦長のゲートが現れた。
「おい、待て!」
俺はそういいながら手を伸ばすがもちろん届く距離ではない。
「シルフ!」
再び名前を呼んだ時には既に走り出していた。
彼女ならば余裕で間に合う距離。
ゲートが閉じるまであと数秒と考えられる。
女は何かを口にした、距離があるため声は聞こえなかった。
ただ走るシルフの上にはエネルギーをため込んだと思われる雷の塊が存在していた。
突っ込んだシルフは敵の放った攻撃を体にもろに受け、そのまま吹き飛ばされて女と一ノ瀬は閉じた門へ消えていった。
「大丈夫か⁉」
急いでシルフの所へと駆け寄った「……」返事は無い。
見た所シルフ怪我や傷は見えない。
「だ、大丈夫です主様。雷の攻撃はしっかりと魔法で防ぎましたから、ただ吹き飛ばされた衝撃がかなり……すいません、少しだけお待ちください」
確かにシルフは死んではいなかった。ただ自身の無力さと、この理不尽さに、硬い石の地面へ握りしめた拳を強く叩きつけた。