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忙しい一日

「ねえ起きて、早く学校行くわよ」


目を開けると金髪の少女が見えた、顔がぼやけていて確実とは言えないが多分一ノ瀬で間違えない。



彼女が魔法使いであると知った夜から約二週間後の今日、俺は高熱を出して自室のベッドに居た。

今朝、彼女に起こされ、気が付いた時には既に体温は三十九度を越していた。



朝よりはマシになったな……。

朝はかなり近かった彼女の顔もぼやけて見えたが、今は部屋全体がくっきり見えている。

体を起こして分かったが考えは少し甘かったらしい、怠さと頭の重みが一気に全身へのしかかった。

未だにクラクラする頭を抑えながら体温計の表示画面に目をやる。


「三十八度五分……」


呟くときには喉が渇いていたため水を取りに一階のキッチンへ向かった。

ふらつく足で階段を下りるのは意外にも難しい。

やっとの思いで手に入れ、椅子に腰かけてそれを飲んでいると玄関の開く音が聞こえた。

俺の居るリビングに向かってくる足音、おそらく一ノ瀬のものだが今ではそれすら二つに分裂して聞こえた。

部屋と通路を隔てるドアが開くと、目に映ったのはやはり制服姿の彼女だった。

少々急ぎ足でこちらにやってくると俺の額に手を当てておおよその体温を確認し始めた。


「まだ熱があるわね」


呟いた彼女声が聞こえた頃、再び強い怠さに襲われた。


「ほらまだ寝てないと、肩貸すから部屋戻るわよ」


もう少し水が欲しかったが今の状況では何も言えない。


「重いわね、それに汗かいてるじゃない」


悪態をつきながらも病人の世話しっかりと済ませている。

ふと思い出したが昔もこんなことあった。

あの時も今みたいに俺が熱出して、そんな時は爺ちゃんが横に居てくれたんだっけ……。

昔の記憶を掘り出していると、横から「聞いてる?」と彼女の声が聞こえてきた。

返事の代わりに手を伸ばした。

何かを掴んだ気がするが記憶は既に曖昧だった。



あれからどれだけの時間が経ったのかは分からない。

仰向けの状態でスマホの画面を確認した、時刻は四時半。

まだこんな時間かと思いながら横を見た。

そこにはベッドの端に寄りかかって寝ている一ノ瀬の顔があった。

近さに驚いてとっさに体を動かした、よく見るといつの間にか一緒に手を繋いでいる。

動いた揺れで運悪く彼女は目を覚ました。


「お、おかえり」


欠伸をかく彼女にぎこちない挨拶をした。

窓から射しこむ夕日のせいかは分からないが彼女の顔が少し赤く染まっている様に見えた。


「た、ただいま」


病人だったからか今回は剣を向けられずに同じくぎこちない返事が返って来ただけだった。

一ノ瀬は急いで手を放し、慌てて後ろを向いて「ご飯できたら呼ぶ」とだけ言い残して部屋をでて行った。


「はあ……」


何となくベットの上で一回転すると肩が当たった。

顔を向けてみた。


「女の子……?」


見間違いではなかった、確かに俺の寝ている隣には知らな女の子がいる。

驚き、急いでベッドから出ようと後ずさりをして頭からベッドの下へと落ちた。

なかなかな痛みが体を襲った。

音を聞きつけてやって来た彼女の声が廊下から聞こえる。


「大丈夫?」


急いで来たらしくやって来た一ノ瀬は制服の上にエプロンを着た姿だった。

この時にある程度の事をされると覚悟していた。


「こ、これは違うんだ、起きたらいきなり隣に居て」


弁明の余地なしと言わんばかりに握りしめられた拳、それが炎をまとって俺の顔面へと飛んで来る。

拳をかわそうとする気力もなく当たるのを覚悟した。

だが顔の皮膚が炎で焼かれる感覚はどれだけまっても来ない、恐る恐る目を開けると炎をまとった彼女の手は目の前で止まっていた。


「もしかして」


そう言って口にして拳を引いた。


「和也、シルフって読んでみてくれない」

「シルフ?」

「そうよ、早く」


理由を聞きたいが今はおとなしく従った方がよさそうだ。


「……シルフ」


呼ぶと寝ていた女の子が反応した。


「ふわあぁ……おはようございます主様、御用でしょうか?」


年に似合わない丁寧なあいさつをする女の子。


「これは一体どういう事だ」。

「あれ、お呼びになりませんでしたか?私が主様の精霊であるシルフです」

「これが一ノ瀬の言って精霊……」

「多分ね。こんにちは精霊様、私は魔法使いの一ノ瀬千咲と申します」


一ノ瀬がいきなり敬語を使ったことに対して驚いてしまった。


「千咲様ですよね、主様の目を通して何時も見えておりました」

「そう、なら自己紹介は省くわね。それと早速質問なんだけどいいかしら?」

「はい、何でしょう?」

「シルフは今日の夕飯なんだけどパスタでいいかしら?」

「大丈夫です、それでお願いします」


突然現れた精霊の事を説明しないうちに、一ノ瀬はシルフを連れて下へと降りて行った。



説明をしてもらえたのは夕食の後だった。


「精霊っていうのがどういう存在かは前に説明したわよね?」

「ああ、魔法の上位的存在だって」

「和也は覚えてないらしいけど前に言った通りあの子がアンタと契約してる精霊なの、精霊は前みたいに見えない状態で主の事を守ることもあれば今みたいに人の姿として出てきて主を守る場合もある」

「よく知っていますね」


だが一ノ瀬はまだ分からないことがある顔をしていた。


「でもなんでいきなり人の姿で現れたんだ?」

「そうそれ、私もそれが気になってた」

「それは主様が私の力に慣れ始めたからです」

「それはどういう言う事?」


一番関係ある俺よりも一ノ瀬の方が知りたそうに見える。


「本来精霊というのは今の私の様に人型の方が力を存分に出せます、ですがそれをするには契約者である主様が私の力に慣れておく必要があるのです。最近は敵からの攻撃を防ぐときによくお助けしていたので主様の体も私の精霊力にかなり対応しているようです。もし契約している精霊の力に慣れていなければ死ぬ可能性もありますので」


突然知らされた死の可能性に腰が引けた。


「でも安心してください、私と主様の今の繋がりは仮契約、これで死ぬことはありませんのでご安心を」

「そうなのか?」

「何か気になる点でもありましたか?」

「ただシルフは何で仮契約中の俺を守ったりしてくれるのかなって」


本当にただの疑問だった。


「もちろん主様のことをお慕いしているというのもあります、残りの理由は主様のお爺様からの命だからでしょうか」

「爺ちゃんからの?」

「はい、今から十年くらい前の事です。あちらの世界で魔法軍の演習を暇つぶしに隠れて見学していた

のですが、その時運悪く跳んできた攻撃魔法が翼に当たってしまったのです」

「でも精霊ならいつも俺を守ってくれる壁みたいなやつで防げたんじゃないか?」

「一応は私も名の知れた精霊です、そのくらいは理解してました。ですからその程度のことで色々と騒ぎを起こすわけには行かなかったのです。ですが当たった攻撃魔法が運悪く精霊にも効果のある珍しいもので、雨の降る中一時間ほど動けずにいたのです。そこを助けてくださったのが和也様のお爺様である一原東矢様、その時から既に私はこの家にお世話になっているのです。小さい頃の主様はお気づきになられていませんでしたが」


精霊は楽しそうに微笑んだ。


「なあ、精霊って魔法使えるのか?」

「使えますよ、ほとんどが風属性ですが」

「今度教えてくれよ」

「はい」

「ねぇ、今から魔法見せてくれないかしら?精霊が使う魔法見たことないのよ」

「じゃあこの後に」


話しているとチャイムが鳴った。

その音で血まみれの一ノ瀬と出会った時の事を思い出した。

不安に思いながらインターフォンを覗くと知った顔が見えた。

部屋に居た二人を急いで上に行くよう促した



「どうした?」


少しして扉を開き外に声をかけた。

インターフォンの画面に映っていた二人の顔が突然視界に入った。


「見舞いに来てやったぞ」

「体調の方は大丈夫ですか?」


何処で聞きつけたのかは知らないが今はタイミングが悪い。


「今日で良くなったから明日には学校行くよ」


思いついた言葉を適当に並べて扉を閉めようとドアノブに力を入れて引っ張ったが、既に二人のうちのどちらか足が扉の隙間にねじ込まれ、手遅れ状態。

解決法を考えている暇もなく扉は強引に引っ張られた。

顔を見るなり「意外と元気そうじゃねえか、良かったよ」などと言われた、普段なら嬉しいが今じゃない。そう心の中で叫びたかった。

二人は篠崎直哉と大塚亜紀、どちらもいい友人なのだが、多少強引なところがある。

とにかく病気で疲れ切った状態の体では二人に抗えない。

まあ一ノ瀬とシルフには二階へ行ってもらっているから、二人が上にさえ行かれなければ問題はない。


「どうかしましたか?」


考え込んでいると亜紀が訪ねてきたのでとっさに言い訳を考えた。


「別に大したことじゃない、亜紀と直哉が一緒なのは少し珍しい気がして」

「そうか……まあいいや、見上げもあるから一先ず入るぞ」


どうせ「ダメ」と言ったとしても彼が家に上がってくることは予想はしていた

さぞ自分の家かの様に上がり込んだ直哉に続いて亜紀が「失礼します」礼儀正しく家へと入っていく。

騙されてはいけないのが彼女も決して普通の人ではない、ただ直哉よりほんの少し普通に見えているだけ。



病人にもかかわらずお茶をテーブルに並べたのは俺だった。

こいつらは見舞いに来た自覚があるのだろうか……。


「今日は熱でもあったんですか?」


亜紀が聞いてきた。


「うん、いきなり寒くなったからだと思う、でも月曜らは行けそうだよ」

「そうですか、それはよかったです。和也さんがいないと健一さんも直哉さんも少し退屈そうなんですよ」


健一というのは学校で、この二人以外によく過ごす友達だ。

亜紀の言葉に続いて直哉は言った。


「そうなんだよ、昼休みのバスケもお前が居ないと強い奴いなくてさ、それに課題でも分かんない問題がかなりあるんだよ。だから明日来たらバスケやって勉強教えてくれ。それとこれは今日の課題な、どっちかっていうと来たのは見舞いよりこっちが本命なんだよ」


お茶を飲みながら直哉は封筒を渡してきた。テーブルに置かれたそれから、こぼれた物理のプリントが視界に入った。

良くこんな面倒くさい課題をつくるな、そうは思ったが決して物理が嫌いなわけではない。

そう思いながら問題用紙を睨みつけた。

すると不思議なことに、その紙は何かに引っ張られ俺の手から離れた。

紙が消えていった方を見たがそこには誰もいない。

ただ一枚のプリントが宙で静止している。


「もしかしてこんな問題が分からないのか?」


小さい声だったが、それは確かに一ノ瀬の声だった。

何が起こってるかは分からない、だが直哉と亜紀にバレる前に何とかしようと急いでプリントの方に手を伸ばした。


「ガン」


慌てたために足を机にぶつけた、痛みをこらえて何とか宙に浮くプリントを手にしてソファーに戻った。

「あっ」と彼女の声が聞こえたがそんなことを気にしていられない。

意外にもぶつけた足が痛く、そこを抑えずにはいられなかった。


「かなり強くぶつけたな」

「大丈夫ですか?」


聞こえた二人の言葉は俺に向けられたものだった。

一ノ瀬が俺の家にいることがバレていないのなら、足をぶつけたくらいは何でもない。


「さっきぶつけた所、本当に大丈夫か?」

「だいじょぶ、だいじょぶ」


本当はまだ少し痛むが今はこの二人を帰らせるのが優先だ。


「まあ今日はしっかり休めよ」


篠崎は俺の肩を軽くたたいた。


「そういえば、キッチンに置いてあるのは御見舞いのケーキですからあとで食べてくださいね」


掛けていた眼鏡のレンズを拭きながら亜紀が言った。


「珍しいな、亜紀が自分の分買わないなんて」

「私は買ったお店で食べてきましたから」


こう見えて彼女は食いしん坊なのだ、つい驚いて聞いてしまった。

その後何とか二人を玄関へと誘導した。

巨大な台風が過ぎ去った気持ちでドアに鍵をかける。



「はあ」

「一瞬だったけど今の客は疲れるタイプの客だ、今一番入れてはいけない奴らを家に上げてしまった気がする」


予想をしていなかったわけではない。

独り言をつぶやいてソファーに転がった。


「主様、せっかくですので頂いたケーキでも食べますか?」

「そうだな」

「かしこまりました」


会話の後、精霊本来の役割とは違うことを任せている様な気がしたがソファーからは逃れられなかった。


「それにしても面白い友達ね、名前は確か篠崎直哉と大塚亜紀、だったかしら?」

「知ってるのか」

「クラスメイトなんだから当然でしょ」

「っていうか、今普通に会話してるけど一ノ瀬はどこに居るんだ?」

「ここよ」


声の方を見ると、誰もいなかったはずのそこに突然彼女が現れた。だが不思議なことに顔以外は先程と同じで全く見えない。


「魔法か?」

「ん——部分的には」

「どういうことだ?」

「魔法使いの映画にはよく出てくるでしょ」


そう言って彼女は次に片腕を表した、すると手で布を掴む様な動作を見せた。

振り上げらえれた彼女の手には新たに見えた一枚の布、加えて同時に彼女の全身が現れた。


「透明マントよ、あの二人が来てる間に二階で見つけたの」

「俺の家にあったのか?」

「そうだけど……知らなかったの?」


彼女から渡された布は見ただけじゃ特に変わったところも見当たらない。

一ノ瀬の説明によると、普通の時はただの布の見た目、誰かが体にまとうと布が周囲の背景に同化する仕組みらしい。


「お待たせしました」


難しいことは一先ず置いておこう、シルフがケーキとお茶を入れて持ってきてくれたのだから食べるしかない。

フォークを手に取った時、違和感を覚えた。


「二つあったのか?」


テーブル上を見てシルフに聞いた。


「はい」


既に一つが一ノ瀬の前に準備されている。

特に甘いものが好き、という訳ではなかった。どちらかと言えば塩味の効いた物の方が好みではある。


「シルフが食べてくれ、俺はしょっぱい系の方が好きだから」

「そうですか……本当にいいんですか?……ではお言葉に甘えていただきます」


一ノ瀬の隣に座ったシルフは満更でもない顔でケーキを口に運ぶ。

こうして見ると普通の女の子と何も変わらない。


*****


一ノ瀬が眠った後、俺はシルフを呼んだ。


「何か業様でしょうか?」

「少し聞きたいことがあって。俺の父親と母親について教えてくれないか?」

「すみません、それは一原東矢様との条件付き契約によりお答えできません」

「条件付き契約?」

「はい、条件付き契約とは条件達成により契約に影響を及ぼすものです」

「じゃあ条件を教えてくれ」

「すみません、そちらもお答えできません」

「……そうか、ありがとう」


少しの間方法を模索していたがあまりいいものは浮かばなかった。

眠るか、そう思ってベッドを見ると、ベッドの端に気持ちよさそうに眠るシルフが居た。

思わず笑いが零れそうになった。何とも幸せそうなシルフを起こすのは申し訳ないと思いリビングのソファーで寝るという結論に至った。


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