血まみれの魔女
この気持ちが何によるものか、は分からない。
黄金色の長い髪をした彼女を見かけると目を離せない、なぜだろうか……彼女とは今まで一言も話したことが無いのに。
そんなことを頭に浮かべて少年は道を歩いていた。
しばらくして家の扉を開く音が物静かな住宅街に響いた。
高校一年の一原和也は部屋に入ると制服のままソファーに寝転がった。
窓から見える暗い外の様子を目に入れると欠伸を一つ、彼は目を瞑った。
*****
眠りについてから数十分が過ぎたころだ、室内に時計がないため正確な時間は分からないが、玄関のチャイムが鳴らされて俺は目を覚ました。
「こんな時間に誰だ」
眠かったがしっかりと愚痴はこぼした。
覚束ない足取りでインターフォンの画面を確認しに行った。だがカメラの映像は黒一色、何も映っていない。
勘違いかと思ったが念のために玄関へ向かった。
「どちら様ですか?」
常識的なことを言いながら扉を開ける。
勘違いか、いたずらか、このどちらかかと思っていた。
だが予想とは異なりチャイムを鳴らしたであろう人が立っていた。
ツインテールの金髪、赤みを帯びた瞳は暗闇でもよく見える。
俺には見慣れた少女の顔だった。
「一ノ瀬!」
驚いて叫んでしまった、クラスメイトの女の子がこんな真夜中にいきなり来たら驚くこの気持ちをどうか分かってほしい。
「あっごめん行きなり大声出して」
「……」
急いで謝ったが彼女からの返事は無い
「もう夜遅いけど何かあったの?」
またしても返事は無かった。
状況が呑み込めずにいると彼女の体はいきなり前方に傾き、やがて玄関の床に倒れた。
「一ノ瀬?」
何が起こったのか分からず彼女の名前だけが自然と口から出た。
「大丈夫か、しっかりしろ一ノ瀬!」
急いで彼女の首に手を当てた。ただの学生でも生死の確認をどこでできるかくらいは知っている。
微かだが脈拍は感じられた
「待ってろ、今すぐに救急車呼ぶから!」
着ていた制服のポケットに手を突っ込んで掻き回してみたがスマホらしい物は手に当たらない。
「クソッ、こんな時にどこに落した」
探すために周囲の床へ手を伸ばすと予想外の感触だった。反射的に手を引っ込めた、何やら冷たい液体を触れたように感じた。
今まで空にあった雲が丁度移動したらしく月光が玄関から差し込んだ。
青白い夜の明かりに照らされた光景は赤黒い海に浮かぶ一ノ瀬だった。
「血……」
恐怖によって口からは声が出ない、腰には力が入らない。できることは腰を落とした今の間抜けな姿をその場に留めることだけ。
続けて起こる奇想天外な出来事——地面に撒き散らされた一ノ瀬の血液がまるで意思を持つかの様な動きで彼女の体内へ戻る——を認識するだけの容量が俺には残っていない。
俺に許されたのは目の前で起こる現実を見ることだけだった。
家のリビング。
俺がクラスメイトの一ノ瀬千咲をソファーに寝かしてから少し経った。
未だに一ノ瀬は目を開けず横になっている。
「これからどうすればいい……」と、ため息混じりに呟いた。
救急車を呼ぶにも生きてはいる、第一出血した血がもう一回体に戻ったあの現象は一体何だったんだ。
頭を抱えるが、それで奇妙な出来事が収まるわけではなかった。
突如として部屋の中央に現れた薄紫色の楕円、見た目はゲームやアニメなどでよく見るポータルの様な
感じだ。
この時点で俺は千咲の心配よりも今日の非現実的な出来事に対する呆れの方が勝っていた。
「今度は何だ、異世界の魔物でも出てくるのか?」
言い終えた数秒後、ポータルらしい物の表面からは動物の角らしき物体が飛び出した。
やがてそれは全身を表し、大きさは二メートルを超えているだろう。だが動物ではない、オオカミの形をした……石像だった。
「ああもう!人の家に、しかも深夜にこんなクソデカイ物を持ってくるなんてどうかしてるだろ」
まともな人間なら他の点で言いたいことがあるんだろう、だがまだ眠いからか頭が回らずに支離滅裂な独りしか出てこない。
だが怒りの矛先である石像を怒鳴りつけることは忘れていない、破壊したり動かしたりすることが不可能だとは分かっているが苦し紛れに両手でそれを叩いた。
石の冷たさと共に骨へ響く痛みを感じた。
少し強くたたきすぎた。
意外に大きな痛みに思わず手を抱えた、後ろを振り返っていると「ヴゥア……」耳に獣の叫び声の様なのが届いた。
猛スピードで嫌な予感が脳内を駆け巡った、慎重に振り返ると先程の石像の目の部分が赤く発光していた。ついでに言えば口の辺りから少量の炎が漏れ出ている。
本能的に頭に浮かんだ選択肢、思考しても同じく〈逃げる〉以外には考えられない。
同時に後ろのソファーで寝ていた千咲の姿が目に映った。
〈逃げる〉頭では分かっていたが玄関と同様に足が動かない、オオカミの石像は鋭い爪を立てて襲い掛かってきた。
「あっぶね!」
背中から倒れた事によってギリギリ生き延びた。
当たり前だが一息つく余裕もなく爪による次の攻撃が行われた。
未だに力が入らない足を見て半分死を覚悟した。
天井から振り下ろされた爪が頭まで後数センチというところまで迫っている。
皮膚に爪が食い込む痛み、骨が砕ける痛み、それらを予知して痛みから逃げる様に俺は目を瞑った。
「……あれ?」
だが不思議と数十秒経っても何の痛みも感じない、恐る恐る目を開くと振り下ろされた爪が突然頭上に現れた半透明な光の壁によって防がれた
「ちょっとそこどいてて」
聞こえたのはソファーの方からだ。
見ると何もなかったように一ノ瀬が立っている。
彼女は指で空中にゆっくりと十字を描いた。するとその場が激しく発光を始め、光の中で何かを掴む動きを見せた。
やがて発光が収まると彼女の手には一本の剣があった。
この場の空間を切断するかの勢いでそれを横一文字に振るった。
振り味を確認したのか、次はそれをブーメランの様にして投げた。
回転する剣のブレイドが硬いはずのオオカミ型の石像を頭から尾にかけて二つに切断した。
石像撃破と共に攻撃が止んだ、加えて同時に俺を守った光の壁も見えなくなった。
愕然としている俺に一ノ瀬が言った。
「あなたも魔法使いなの?」