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前編

沢山煎じられた話ですが、ウォーミングアップに書きました

 バナウ王国は周囲の国と陸続きではない、島国の王国だ。海の幸が豊富なこともあり、船の技術も近年は発達したことから王国は程よく繁栄しており、食うや食わずの時代では無かった。

 敵が攻め込みにくい土地柄と、口の達者な国民性からか平和で、些か女性の気性も強い国であった。

 簡単に言えば領土が広いわけでも、輸出に出せるほどの資源もない国を滅ぼしても、得られる利益がないという認識である。


 その国の社交界に久しぶりに激震が走った。

 現国王と王妃が二百二十年ぶりに離縁すると決まったからである。


 この世代は何もかもが異例で王家はスキャンダルを幾度も晒してきた。国民は『嗚呼また王家がやってしまったか……』と天を仰ぐ。

 

 王妃の名はキリエ。キリエはスタイラー公爵家の次女で大変真面目で大変優秀で、大変キチキチとした性格であった。

 リチャード・バナウ王には婚約時から恋人がいた。舞踏会で出会ったという伯爵家の娘と王太子は恋に落ちた。二人は学園時代から仲を深め周囲の反対を押して何がなんでも結婚したい!と声をあげていた。その様子にキリエも当時王太子であったリチャードとの結婚は無理だと思っていた。だが周囲の大人はそれをよしとせず、国王陛下、キリエの実家、貴族院のゴリ押しによって歪な関係は始まってしまう。

 結婚式は異例の三人で行った。

 前王や貴族院の長老たちが婚約者として推したのはキリエ。リチャードは恋の熱でケイトリン伯爵令嬢とどうしても結婚したいと陛下に懇願したが彼女の能力値の問題で叶わなかった。

 ケイトリン伯爵令嬢は朗らかで人気者ではあったが、学ぶということがあまり好きではなく成績も下から数えたほうが早い劣等生。

 婚約の話が上がった時も自分は『社交』で王太子をお助けします!と、公言するような危うい女性であったのだ。王家の華やかな部分の意味を履き違えている!と誰もが眉間に皺を寄せたがケイトリンは気にすることはなかったという。

 確かにケイトリンの華やかさはデビュタントから群を抜いており、リチャードも王太子時代にひと目で恋に落ちた。

 若い恋は盲目とはよく言ったものだ。

 国政に携わる重鎮たちが王妃としての資質はキリエである、と何度諭しても聞く耳を持たず却って王太子の態度を意固地にさせてしまったのも否めない。

 キチキチした性格のキリエは決して容姿が劣っている訳でもなければ、センスが悪いわけでもない。海運業も手がけるスタイラー公爵の家の者としてそれなりに着飾り、女性としての雰囲気は悪く無かったが、黒髪焦茶目の落ち着いた容姿がリチャードの好みに合わず、いつも似合わないヒラヒラしたドレスを贈られ社交界では嘲笑されることも多かった。

 リチャードはケイトリンのような柔らかな金髪をカールした髪の大きな瞳の女性が好きだったのだ。そしてふくよかな胸も。


 キリエはリチャードより一歳年上で姉のように王太子を支えてきた。

 なので結婚を推し進める当時の王に逆らうこともなく、リチャードの我が儘を受け入れた。いや受け入れざるを得なかった。


 公爵家であるスタイラー家は王に忠誠を誓うことで多くの利権を手に入れてきた家であり、バナウ王国そのものであったのだ。家と王家の仲を誰よりも理解している賢女キリエは父親の立場も考え、姉の利益も弟の結婚も理解した上で首肯した。

 リチャードが王太子時代にあまりに婚約者のキリエを蔑ろにするものだから流石に心が折れそうになったこともある。

 王妃はリチャードを溺愛しているため知らぬ顔。

 前王からは『このような馬鹿げた婚姻を結ぶことを許してくれ』と私室で謝られたこともある。

 王太子が父王と揉めに揉めた結果、側妃を寵愛するリチャードはケイトリンを優先し、キリエを辱めるような結婚式を提案した。それが『三人合同結婚式』だ。


 あの日、ケイトリンはキリエを見下すことができた素晴らしい一日だと思い出に残し、キリエは一日中頭痛が止まない表情筋が死滅した日だと捉えている。


 リチャードはケイトリンに似合うように仕立てたドレスと同じものをキリエに贈り、宝石は十三代王妃が胸元につけたエメラルドのネックレスをキリエに。ケイトリンには他国でオーダーした驚くほど高額なサファイアのネックレスを贈った。

 ボリューム感たっぷりのウエディングドレスはお世辞にもキリエに似合っておらず、全てはケイトリンのついでに用意された物といった感が満載であった。

 特にネックレスはリチャードの色をケイトリンだけ身に纏っているといった印象を与え、貴族たちはあまりの差別に苦笑いをしたほどだ。

 

 社交界では今世の王妃は気の毒だ…………と言う者も居れば、〈国政〉にしがみ付くキリエを嘲笑う令嬢令息も多い。しかしキリエが王妃なら国が安泰であるな……とスタイラー公爵家が煮え湯を飲んでくれたことに胸を撫で下ろす者も大勢いた。


 初夜にケイトリンの元へ迷わず向かったリチャードは、キリエを放ったらかしにしたことで陛下に大目玉を喰らった。その後、キリエの扱いを口煩く言われたことで房事は決まった回数をキリエの元へ向かうことで表面上は繕った形をとった。


 リチャードは結婚後キリエをあからさまに避けるようなことはしなかった。というか出来なくなった。

 王太子妃としてキリエは才覚を発揮したのだ。スタイラー公爵家の後押しも国政で助けられることが多くあり、彼女の優秀さに感嘆することも多々あった。

 リチャードも馬鹿ではない。これだけ助けられている相手に酷い態度を取り続けることに罪悪感を持つようになったのだ。

 結婚当初キリエはどんなに嫌味を言っても受け流し、国政に支障が出ないように取り計らい続けてくれた。半年も経たずにリチャードも己を改めなければと考えるようになった。キリエの姿勢を見て成長したのだ。

 そして『仕事のパートナー』として良い関係を築くようにしようと思い、学生時代のような姉と弟の関係性を築いてきた。

 メインのパーティーではケイトリンを連れて歩いたが、会議はキリエと共に参加したし、旅行はケイトリンと出かけたが、視察はキリエを伴った。


 婚約時代は嫌がらせのように贈った、ヒラヒラのドレスもキリエが想像よりも社交界で侮られる要因になると理解できれば『好きなドレスを作っていい』と彼女に任せるようになった。


 しかし結局六年経てば結果は明白である。

 社交界での認識はキリエは石女として『夫に顧みられない女』の称号をもらうことになり……

 陛下の寵愛を一身に受けたケイトリンには二人の女児が生まれ、そしてついに第三子に待望の男児を授かった。

 この六年間、陛下の寝室はケイトリンとリチャードのものであり、キリエは独寝の場所であったのだから。


 バナウ王国は結局のところ小さくて狭いのである。噂話はあっという間に広がるし、なんなら国民も色々知っているぐらいだ。

 キリエは王太子の誕生に湧く国民のお祭り騒ぎの中、仲睦まじく寄り添うリチャードとケイトリンを見て心にふと冷えるものを感じた。


 キリエのことをリチャードは蔑ろにすることは無くなったが、キリエは所詮お飾りの王妃だ。それにケイトリンは今では言葉通り『社交界』を牛耳っている。

 明るい場所に出ているのはケイトリンで、キリエは事務官や宰相たちとばかり仕事をしている。

 リチャードからは最近はドレス一枚贈られることがなくなった為必要な祭典時にしかオーダーすることはない。

 ケイトリンの方が表に出ることが多い上に、子供の洋服、教師、玩具と経費がどんどん嵩を増す。

 キリエは独りぼっちであるからそんな心配もいらないし、強いて言えば美容にお金を少しかけ始めた……といったところでお金を使うことがない。


 王太子の生誕祭を恙無く終わらせ、なんとなくモヤモヤとした気持ちのまま夕刻を迎えたその日。

 侍女頭のサマンサから話があると告げられた。


「すみません。私妊娠いたしまして……」

「え?」

 いつも冷静なキリエにしては鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまった。


「こんな時期に殿下をお支えできずに申し訳ないのですが、悪阻が思った以上に酷く今月一杯でこちらを辞することをお許し願いたいのです」

 深々と頭を下げるサマンサとは学生時代からの友である。

 伯爵家に生まれ、キリエが結婚した翌年に同じ爵位の文官と結婚をした。サマンサにはいつか〈乳母〉を頼もうと思っていた為結婚の後押しもキリエとスタイラー公爵家で行ったくらいだ。

 そのサマンサが妊娠した。


「お、おめでとう!嬉しいわ。バッカス伯爵も待ち望んでいらっしゃったでしょう。悪阻がひどいなんてきっと心配なさるわ」

 満面の笑みを貼り付けて言えばサマンサは少し苦しそうに微笑んだ。


「はい。主人も大変喜んでおります。ですが私はキリエ様のお側に一生居続けようと思っていましたので本当に心苦しくて……申し訳ございません」




 その後何を話したのかキリエは思い出せない。表情筋は慣れた形でサマンサに笑顔を向け続けた。

 しかしサマンサの言葉の裏に『貴女より先に妊娠してごめんなさい』という言葉が見え隠れしたのがキリエの心を更に冷えさせた。


 サマンサが去った後キリエは聞きたくない話を耳にしてしまう。

 バッカス伯爵はサマンサをとても愛していて本当はもっと早くに子供が作りたかった、だがずっと石女の妃殿下のことを気にして避妊を続けていたらしい……と。浴室から上がる瞬間侍女たちの話を立ち聞きしてしまったのだ。乳母候補の女性が王妃とタイミングを合わせようとするのはよくある話であるが、六年はバッカス伯爵も待てなかったのだ。サマンサの忠誠心に感謝の気持ちもあるが己が気を遣われていた事実に虚しさが込み上げる。


 いつもキリエは(政略結婚なんだから、リチャード陛下が自分を蔑まなくなっただけでも大進歩)と前向きに考えるように心がけていた。

 視察も、会議もキリエの参加が絶対であるし、王宮での座席も王であるリチャードの真横だ。

 しかし退城するときのサマンサの幸せそうな笑顔が心から離れない。家族が増える喜びを六年間も我慢させていたと思うと切なく、そして孤独感が増した。

 

 婚約の話が出た時キリエは家のことを考えてちゃんと決断した。『国のためにも女の幸せは諦めていますから』と父親に向かってハッキリ口にした昔は何も分かっていなかったのだと今では思う。野心家のスタイラー公爵は娘が国の駒になることに『助かる、ありがとう』と言ってくれたがそれは本心だったのかも分からない。

(いや助かっているのは事実か……)と思いたいが、石女と陰口が出回る時点でキリエに多くのものを背負わせていることは明白だ。



 心が冷え固まったように動かず淡々と公務をこなしていたある日事件は起こった。


 赤子の王太子を亡き者にする為に暗殺者が忍び込んだのだ。

 側妃ケイトリンは半狂乱に陥り、王宮は騒然とした。

 キリエは驚きはしたが当然のように陣頭指揮を取ろうと会議室へ急いだ。しかし何故か締め出された。


「申し訳ございません!王妃様には国賓を迎える建国祭の議事を優先して頂きたいと陛下が仰せに」

「でも今はこちらが優先だわ。建国祭の段取りは去年の基準で行えば十分ですもの。私の父の力を借りて解決を急いだほうが良いと思うわ」

「ですが!その!陛下が決められていらっしゃることですので」


 そこまで話してキリエはハッと気がついた。


 (自分が疑われているのだわ)


 側妃が産んだ王太子が狙われたら、それは王妃が起こした事件だとシンプルに皆が考えるだろう。

(私がこんなに国やリチャードに尽くしても事が起これば簡単に疑われる)




 そして是を切っ掛けにキリエはドンドン居場所を失い、会議にも出席することは無くなった。

 事件が起こって三ヶ月。キリエは自室に篭って精神をすり減らしていた。

 そんな中やっとリチャードに呼ばれ、彼から疲れた顔で言われた。


「キリエ……私は君をこの数年は私なりに大事にしてきたつもりだ。ちゃんと王妃としての権威が失われないように態度も改めてきたと思う。君が優秀だったからだ。でもやはり子供を産ませなかったことを恨んでいたのか?」

「どういう意味でしょうか?」

 キリエは首を傾げた。

 キリエとの房事は仕事の一環のように淡々と扱われた。それでも子が出来たら自分にも愛を向ける対象が出来るかもしれない、と何度も考えワクワクと想像した。だがこればかりは授かり物と諦めていた。

 閨の回数が圧倒的に多いのはケイトリンであるし、月に一、二回の房事で子供が出来るなんて夢なのだな……と。


「私が君との閨で避妊していたことを恨んでいると皆が言うのだ。キリエももう女として下り坂に入るだろう?王太子が愛されているのを見て嫉妬したに違いないと………………」


 キーーーーンと耳が熱くなりキリエはそのまま気を失った。


 暫くして目を覚ますと私室の寝台に寝かされていた。護衛が廊下にずらりと並んでいる気配がしたことから王妃という立場にも関わらずキリエが見張られていることが容易に想像できた。

 

 リチャードからの情報が多くて未だに眩暈がしたが、結局のところキリエは妊娠の可能性がなかった事実を教えられたのだと今更ながらに気がついた。

 月の物が来るたびに一人で涙を流し、最初の三年はサマンサに慰められていた。

 

 リチャードはキリエという王妃の立場上寝所に通ってくれたが子供を儲けることはしたくなく、その為隠れて避妊をしていたのだ。

 どうりで妊娠することも無いわけである。キリエは今年で二十七歳を迎える。

 サマンサの夫もリチャードが避妊していると気がついて、自分たちも子供を作ることに決めたのかも知れない。というか王宮内では隠れた噂としてすでに出回った話だったのだろう。

 避妊薬や避妊具を王が手にするには沢山の部下が間に入るからだ。


 そう考えると沢山のことに辻褄が合ってくるような気がした。

 お頭が軽いと言われ続けたケイトリンも、子供が生まれてから社交界でもしっかりとした『大人の社交』をするようになった。あんなに気ままだったケイトリンだが前王妃が力を貸しているというのはもっぱらの噂だ。これも、キリエが引退した後に国が傾かないように前王、前王妃が考えて行動を起こした結果であろう。


「私は何を勘違いして生きてきたのかしら。要らない王妃なのに議事に必死で参加して国政のあれこれに口を出して。結局幸せな陛下の家庭のお荷物じゃない」

 ケイトリンの子供達は小さな頃から絶対にキリエには近付かないし抱かせてもらった記憶もない。彼女からすればキリエは家庭を壊そうとする『悪』に違いなかった。

 スタイラー公爵は勿論最初は王太子妃の立場であるキリエを散々利用したが、近年社交界で『愛されない妃』の親と言われ、特にリチャードが王に即位した後から徐々に発言力が落ちている。


 見えていたのに耳と目を塞いでいたのは自分だ…………『こんな自分は嫌。私の人生はこのままでいいの?』

思えば自分だって子供の時は夢があった。

 学校で成績が一等になることより、小説に現れるようなヒーローに『君だけの騎士になる』とたくさんの愛を囁かれたい。

 ロマンチックな場所に愛する人と行き、友人に囲まれて美味しい料理を気兼ねなく食べてみたい。

「私、生きている意味がないじゃない」

 思い返せば九年以上キリエは何一つ自由がなく、ずっと他人から愛情を持って接してもらえた記憶がない。サマンサは心の支えではあったが、侍女であり友人である一線は越えることはなかった。

 (リチャードだってケイトリン様だって自分の幸せを追求しているのに私だってそんな幸せな時間を享受したい)

 家族の楽しそうな笑顔は地位や身分に関係ないと衝動的に感じた。

 皆キリエには『王家の責務を果たしなさい』『貴族というのは王家に尽くして当然』と言うがあの二人はそんなこと全く気にせず己の幸せをにまっすぐと向かっている。

 そう気がついてからキリエの行動は早かった。


 まず犯罪者となっては堪らない、と父親を王妃という立場を利用して即刻呼び出し、スタイラー公爵家の弁護士団を編成する。そしてあっという間に無罪を勝ち取った。王太子暗殺を図った犯人は憎たらしいが万が一その罪をキリエが被って仕舞えば斬首である。時間のかかる暗殺の首謀者を探すのではなく『無関係』を立証したのだ。

 事実キリエは無関係であったし、今までの権力を総動員して対処すれば一月で貴族院からも『無罪(無関係)』という結果を得ることができた。暗殺者は捕縛された後リチャード達が取り調べを行っていたので、スタイラー公爵家が口を出す余裕がまだあったことが幸いである。

 ケイトリンがどんなに愛されていても伯爵位の父親でしかないのはキリエには幸運であったと言えよう。ケイトリンの実家からの妨害はほとんど無く(あったがキリエにしてみれば子供の戯れ程度)さらりと躱した。貴族の権力争いにスタイラー公爵家は国で最も秀でている。

 もうバナウ王国に未練がない。

「陛下、離縁致しましょう」

 そう告げるとリチャードは大層驚いた顔をした。

「私が身を引けば全て収まると分かっていたのに申し訳ありません」

 そう頭を下げれば

「いや未熟な私たちを助けてくれていたのはキリエだ」と言われた。


 リチャードもこの歳になると流石に理解していたのだ。

 当時十六歳の勉強嫌いのケイトリンでは王妃に成れなかったことぐらい。その余りある才能を六年間、いや婚約期間を合わせれば九年間国に捧げてくれたのがキリエだ。

 子供じみた思考のリチャードを変わらない気持ちで支えてくれたのが姉のように慕ったキリエだと分かっていたのに疑ってしまった。

 だからキリエは冷めた目をするようになり、リチャードは信頼を失ったのだと理解した。

「しかし、離縁する必要はないのではないか?無罪であると立証できたのだし私たちはきっと元の状態に戻れるとおもうぞ」

 リチャードは議事にキリエが参加しなくなってから苦労の連続である。事前の根回しに長けていたキリエの存在を数ヶ月も経たないうちに実感したばかり。バナウ王国の発展にはキリエの力が必要だとひしひし感じていた。


「私我儘を言ったことはないのです…………」


 キリエは真っ直ぐにリチャードを視線で射抜いた。

「私は女の盛りを全てこの国に捧げてきました。矜持も勿論ありましたの。でも、陛下に〈女の下り坂〉と言われたのがとても堪えました」

 リチャードは思わず大きく目を見開いた。


 王太子暗殺事件の査問会が開かれる前にキリエと話そうとあの日は考えた。多くの貴族達からの言葉に惑わされ、疲れもピークを迎えていた時にキリエと対峙した言葉を思い出したのだ。

「確かに私は今年で二十七歳。これから子を産む可能性も低いでしょう。王妃だからと沢山のことに目を瞑ってまいりましたが、『女』という言葉にハッとさせられました。私の幸せをこれからは探しとう存じます。最後のわがままです、どうぞお聞き入れください」

「だが、キリエ」

「陛下!王妃殿下をお縛りになるのはもうやめて差し上げてください!」

 高い声で途中で割り込んだのはケイトリンであった。


「王妃様が今まで我儘を言われたことはありましたか?ございませんよね?これだけ私たちに尽くしてくれた方が決めたのです。陛下は聞いて差し上げるべきですわ」

 ケイトリンは以前は怯えたように距離を取り続けていたのに何故だか急に謝罪してくれた。


 安易にキリエを疑ったことを。

 避妊薬を使われていることを気がつかない筈はない、リチャードと自分がキリエに子を抱かせないことをきっと恨むに違いない、そういつもピリピリしていたのだとも言った。自分の子供が生まれるたびにキリエが自分を憎むのではないかと怯えていたそうだ。

 王女たちやケイトリンが誕生を祝われる祝賀会が行われても変わらずに、淡々と政務をこなすキリエがそら恐ろしく思えた。

「賢くて頼りにされている王妃殿下は私とは違うから……」


 しかしキリエがリチャードの言葉で気を失った時、ケイトリンはキリエが何も知らなかったのだと理解したのだという。


 寝台で静かに涙を流すキリエを見て今まで憎さしか持てなかったケイトリンは『女を捨てて努力を重ねる哀れな王妃』を解放したくなったのだと告げた。


 (言葉にしてしまうその素直さが単純で王妃の資質を問われたのだけれどね)

 あまりにも勢いよく話す側妃の様子にキリエも思わず苦笑いが溢れる。


 (この素直で天真爛漫な性格が国母に向いていると今なら思えるわ)

 ケイトリンとリチャードは常に笑い合って会話していることをキリエは知っている。


 いつも羨ましいと遠目から眺めて心に蓋をしてこの十年過ごしてきたのだ。

 子供を得られないようにしていたリチャードに対して心底冷めきったというのもある。


「離縁してください」


 キリエは今度は柔らかく微笑みながら繰り返した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] しかしまあ公爵家令嬢で且つ王妃にここまでしといて良く反乱招かんかったとも言えますな。 [一言] リチャードはリチャードでも獅子心王とは比べるだけ愚かな人物ですね。 まあ現実中世だと教…
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