番外編最終話 竜の乙女の伝説と、猫の尾のような穂先の行方
「あったかもしれないし、なかったかもしれない。全部想像ですが、こんな感じかなと」
話し終えたアンジェリーナは、地面に生えたふわふわとした猫の尾のような雑草を引き抜いた。
ゆらゆらと揺らしながら柔らかく吹き抜ける風に目を細める。
アンジェリーナの隣に並んで腰を下ろしているジルベルトは難しい顔をした。
「主な登場人物はハサイード王と、のちの初代調薬の聖女マリエル、兄である聖騎士リアムか」
「はい、書物に出てくるお二人の名前をお借りしました。実際、お二人は初代と仲が良かったようですよ。それとハサイード王とラディーカ王妃の不仲は歴史研究家の記録に残されていますし、金貸しの女性とのやり取りは感謝する記述が初代の日記に残されていたのでそれを参考にしました」
のほほんとしたアンジェリーナの声を聞きながらジルベルトは顔色を悪くする。
「アンジュの話は全部想像だ。題材は亡国セントレアで神殿に残されていた記録に伝承や伝説、それに魔除けの聖女にだけ伝わる内容も含まれているだろうし、スワラティ竜王国で調べた内容やアンジュの感じたこの国に対する印象も加味されている。ありそうな展開を重ねただけの作り話に過ぎない。それはわかっているのだが……」
ジルベルトの眉間にぐっと深い皺が寄った。
「本当に魔除けの聖女同士で血のつながりはないんだな? 作り話とは思えないほど容赦ない逃げっぷりに、血に刻まれた何かがあるとしか思えないのだが⁉︎」
若干顔色の悪いジルベルトにアンジェリーナはニヤリと笑った。
「おばあさまが遡って調べた限りでは血のつながりはないそうですよ。清々しいくらいに他人だそうです」
「そんな状況で王位を引き継ぐなんて、どんな地獄かと」
「初代は温厚で優しい人だったそうなので、これくらいで済ませたのではないでしょうか」
「これくらいって……竜の乙女を失ったら王の周囲に敵しか残らないじゃないか。自業自得とはいえ、一生続く罰はキツいぞ」
ジルベルト様は元王太子、我が身に置き替えるとちょっと刺激が強かったかもしれない。
アンジェリーナは苦笑いを浮かべる。
「書物では温厚で優しいと評される初代ですが、実のところ個性的で型破りな方でもあったようですよ。彼女は自身のことを記録に残しませんでしたが、神殿の日誌や次代の覚書にはそれなりに記述が残っていまして。うれしいことがあると踊っていたり、地面でごろごろするのがお好きな方だったようです。それである日、地面で転がっていたのがいきなり起き上がって『私、これから地面の聖女になる』とおっしゃったとか」
「地面の聖女……魔除けとまったく関係ないじゃないか」
「本当ですよねー。ですが結構本気だったようで、『本質が変わるわけないから問題なしよ』と言ったらしいです。次代もおばあさま大好きなので『おばあさまが良いなら問題なしですね』と答えたそうで、二人揃って神殿に称号を変えたいと掛け合ったので今度は神殿側があわてて……そんな記録が残っていました」
本人に自覚はないと思うが、初代には人を振り回す悪女の才能があったのではないだろうか。
のほほんとした顔で話すアンジェリーナにジルベルトは頭を抱える。
「話を聞けば聞くほどアンジュがもう一人いるとしか思えないのだが?」
「いや、いくら私でもそこまでぶっ飛んでいないですよ。だいたい地面の聖女と名乗ったら、今度は土壌改良しろとか、草木の生えない地面に生やせとかいう無理難題を押しつけられる未来が決定じゃないですか。さすがにそこまで称号と実態が違えば無能の役立たずと呼ばれても文句なんて言えませんよ」
「だよなぁ」
「初代はセントレア王国建国の功労者の一人ですから当時は発言力があったのでしょう。憶測ではありますが神殿が規範を作り、魔除けの聖女の称号を定めた裏側にはこういう事情もあったのかもしれませんね。規範に定めれば神殿の承諾なしで称号を変えることはできませんから」
こうして治療師はセントレア王国聖女筆頭魔除けの聖女になった。
そこまで話したところでアンジェリーナは首をかしげる。
「ただ、ちょっと理解できないところもあって」
「どんなところだ?」
「初代がスワラティ竜王国でのことを日記や覚書に一切書き残さなかった理由は情報が漏れることを恐れてのことだと思います。ですが、同時に魔寄せの力がもたらす効果は一時的なもので、時間が経てば効果が薄れるという認識もあったせいだと思うのです。離れたら執着も消える、だから記録に残さずとも後々問題にはならないだろうと。実際にアレス様も、ルベルも。魔寄せの力による効果は一時的なものでした」
だからこそ、アンジェリーナは不思議でならない。
「竜の乙女を壁画に描いてまで残し、竜騎士に語り継いだという竜王国の執着が到底理解できないのです」
「たしかにな」
ジルベルトは思案する顔で青さを取り戻した空を見上げる。
まるでその先にあるものを見極めるように、目を細めた。
「参考として聞きたい。アンジュは話に出てきたように魔寄せの力が解除できないということがあったのか?」
「ないですね。ただし内側を白く塗り替えて、そこからいつ瞳の色が紫に戻るのか。都合のいいタイミングを選ぶことができないということは普通にあります」
「つまり、いつ戻るかは神の思し召しということか」
天を見つめたまま、ジルベルトは深々と息を吐いた。
「聖女に手を出したわけだ、人間側も試されたのかもしれないな」
「どういうことです?」
「聖女に与えた力を使いこなせるか、王の資質を試した。初代の近くにいて、もっとも深く魔寄せの力の影響を受けたのはハサイード王だろう」
アンジェリーナは目を丸くする。
聖女の力を使いこなせるか試されたなんて。まるで亡きセントレア王のようではないか。
「アンジュの予測では、初代は捕まってから逃げるまでに時間がかかったとしている。期間は最低でも一年と見込んだけれど、実際はもっとかかっているかもしれない。その間も竜騎士は常時魔寄せの力の影響を受けているわけだ。決して短くはない期間を力の影響下にあれば、感化されて、行動に出ることもあるだろう」
「もしかして精神や肉体だけでなく、好意も強化されたとか」
「精神面が強化された結果、肉体や能力が鍛え上げられてさらに向上する。相乗効果というものだな」
ジルベルトの言葉にアンジェリーナは青ざめた。
赤い瞳をした竜の乙女は竜騎士の好意を引き出し、高揚感を与えて精神面を強化する。しかもそれだけでなく、好意の強度が増すほどに相乗効果で肉体や能力が増すのだとすれば……。
手放したくないだろうな、誰にも奪われないよう閉じ込めるのも納得だ。
「日常的に影響を受け続けていたら、力のせいか、それとも愛なのか。本人ですら区別がつかなくなるだろうな。そう考えるとハサイード王は本気で竜の乙女を愛していたのかもしれない」
「竜の乙女が頑なに否定した偽りの愛は、竜騎士にすれば本物の愛だった。報われることのない愛が天罰ということでしょうか」
救いがない、アンジェリーナは深々と息を吐く。
だがジルベルトにすれば本当におそろしいのはそこではなかった。
「結果だけ見ればハサイード王は竜の乙女への愛を原動力に王となる願いを叶えたわけだ。劣勢を一気に覆す、 奇跡的な逆転劇のように後世の竜騎士からは見えたのかもしれない」
「勇気によって困難を跳ね返した始祖王のように、でしょうか」
「竜の乙女のおかげで竜は力を取り戻し、国難を乗り越えて今に至るまで国が存続している。再び困難に見舞われたとき、後世の竜騎士が竜の乙女の再来を願ったとしても不思議ではないだろうな」
竜騎士から、竜騎士へ。
語り継がれることで竜の乙女はいつしか奇跡を象徴する存在になった。
「年々、薄くなっていく竜の血。見方によっては竜王国存続の危機だ。いつしか竜騎士にとって竜の乙女が唯一の希望に思えたのかもしれない。それこそが竜王国の竜の乙女に対する執着の正体だ」
「そこまで拗れると、もはや竜の乙女への愛とは呼ぶことはできないですね」
「愛と執着は紙一重だ。受け取る側の感情で良くも悪くも姿を変える。そう考えるとおそろしいものだな」
ジルベルトが何気なくつぶやいた言葉を耳が拾ってアンジェリーナは眉を下げた。彼の答えをわかっているつもりだけれど、どうしても聞きたくなってしまう。
「やはり魔寄せの力は……赤い瞳はおそろしいものでしょうか」
――――
どこか沈んだようなアンジェリーナの声にジルベルトはハッとした。
「違う、おそろしいのは人の心で赤い瞳のことではない。アンジュの赤い瞳は勇気と威厳の象徴じゃないか」
それに、とつぶやいてジルベルトはアンジェリーナの目元に指先で優しく触れる。
「きちんと調べたわけではないが、私に竜の血は流れていないらしい」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「私は紫の瞳も好きだから」
軽く目を見張って、アンジェリーナの瞳が瞬いた。
アレスティオが言っていたように竜の血が濃いほどにこの紫の瞳を忌避する。だがジルベルトが真っ先に惹かれたのはこの紫の瞳だ。
誤解されないように、悲しませることのないように。ジルベルトは言葉を重ねる。
「アンジュの紫の瞳も好きだ。フィラニウムの花のような淡い紫が、深淵を映したような濃い紫に変わるところを隣でずっと見てきた。氷のように冷えた硬い色が、笑うと柔らかく溶けることだって知っている。紫のあわいにわずかな赤が混じって、朝焼けのように染まるところを偶然見つけたときはずっと見ていたいと思うほどに美しい」
と、そこまで言ったところでジルベルトはアンジェリーナにあきれた視線を向ける。
「アンジュ、今のはわざと言わせたな?」
「いいえ、決してそんなことは」
「じゃあその邪悪な表情は何だ。『引っかかりましたね』とはっきり顔に書いてある」
「邪悪って、失礼な」
などと文句を言いながら、ジルベルトの視線の先でアンジェリーナの目と口がにんまりと弧を描いている。しかも頬はほんのり朱に染まって、顔は満足そうに緩み切っていた。
褒められて幸せだと言わんばかりの表情がジルベルトを直撃した。
自分から言わせるようになるなんて……いつの間にかアンジェリーナが腕を上げている。
動揺するジルベルトにアンジェリーナは無邪気な顔で追い討ちをかけた。
「ふふ、ごめんなさい。これはですねー、がんばった自分へのご褒美なんです」
しかもジルベルトの褒め言葉がご褒美だそうで。
赤らんだ目元を押さえて、ジルベルトは完全に沈黙する。
こういうところに私が弱いとわかってやっているのか、どうなんだ。
「ジルは私のほしい言葉をくれるでしょう。だから答えをわかっていても、つい聞きたくなって」
「アンジュ、ちょっと待て。今立て直すから」
アンジェリーナの言葉は最後まで聞かないと……と頭ではわかっていてもジルベルトには限界だった。
理性はちゃんと仕事をしているのだろうか。ちょっともう、自分が一番信用できない。
「ジル、そろそろ休憩は終わりだ。出発するぞ!」
アレスティオの声にジルベルトは片手を上げて合図をするとアンジェリーナに手を差し出した。
「とにかく、うっかり拐われることのないように手は握っていてくれ」
「もちろん、望むところですよ」
素直に手を差し出すアンジェリーナはいつものようにかわいいだけだ。これが意図的なのか、無意識なのか。でも表情からはどうにも読めなくて。
まあ元気だし、幸せそうだからいいか。
ジルベルトはこれ以上深く考えることをやめた。
「あ、あっちの方角に魔力だまりの気配がしますね。行きましょう!」
風のように自由気ままなアンジェリーナの声がする。
猫の尾のような穂先が、ジルベルトを翻弄するようにふわりと揺れた。
番外編にも関わらず、こんな長くなるとは思いませんでした
↑書いた本人の言う台詞ではありませんよね、すみません。
ハサイード王については、ざまあというほどの具体的な内容はありませんがジルベルトの「地獄」という言葉にその後を察していただけたら幸いです(ちょっと想像しただけでも、さらに長くなるので書きませんでした)
途中まで書き上げて、でも最終的には三章で使うことのなかった初代おばあさまのお話ですが削除するのはもったいなくて残していました。
皆様の暇つぶしになればと思い、こちらに掲載しております。
最後までお読みいただきありがとうございました!




