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魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました  作者: ゆうひかんな
番外編 トゥテ飛竜研究所の治療師は一身上の都合により逃走中

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番外編第七話 竜の乙女の称号と竜騎士からの贈り物


 相変わらず必要最低限のとき以外で部屋から出してもらえない状況が続いていた。


 その代わりにハサイードは時間の許す限りタチアナの部屋を訪れる。

 迎えるタチアナは呆れた顔で椅子に座ったままだ。

 王族に対して無礼極まりないが、それを咎める人間は誰もいなかった。

 

「竜の乙女、私が?」

「そうだ、あの場の思いつきだけど言葉の響きが良い。優美で気高い君にふさわしい呼び名だと思う」


 エンリルの治療を終えた後、機会を設けて竜騎士全員で話し合ったそうだ。

 竜の乙女という称号を新設し、タチアナに仕事を依頼する。

 仕事とはもちろん竜を癒す仕事だ。


「以前から竜騎士の間では魔法で竜を癒す稀有な存在がいるのではないかいうことがささやかれていた。研究所の成果だけでは説明のつかない奇跡が起きている、これは竜を知る竜騎士だからこそわかる感覚だ」


 たとえばルミナのように、周囲があきらめかけていた状態でも助かったという奇跡。

 ただ実態がつかめず、奇跡の担い手を探そうにも手がかりがなかったというだけだった。


「それがまさか研究所に隠れていたとは思わなかったよ。灯台下暗しとはこういうことをいうのだろうね」


 治療場でタチアナと話しながらハサイード様がほんの少しだけ考え込むような仕草をしていたこと。探りを入れるような言葉に、極めつけは見つけたという彼の台詞。

 すべてはタチアナのような奇跡の担い手がいると予想していたからこそのものだった。

 今思うと迂闊以外の何物でもない。


「そういえば私がここにいることを研究所に伝えているの?」

「研究所の基盤となる知識や技術は国が与えたもの。設立資金も国が出資しているし、我々にとって国の機関の一つという認識だ。問題はないよ」


 つまり伝えていないと言うことか。言外で察したタチアナは深々と息を吐いた。

 研究所で働く人間が突然いなくなったのに、そうですかで済むわけないでしょう!

 本来なら研究員が研究に充てる貴重な時間を慣れない捜索に費やしたわけだ。不可抗力とはいえタチアナの胸が痛む。


「君を竜の乙女と呼ぶことは父の承認も得ている。父は君の働きを大変喜んでいたよ。褒賞に何か贈り物をしたいそうだ。何がほしい?」


 贈り物とは竜騎士がタチアナに支払う治療の対価のこと。タチアナに一言の相談もなく、彼らが勝手に決めた給料に代わる仕組みだ。

 もちろんタチアナは抵抗した。結局意見が通ることはなかったけれど。


「では自由を。ここから出して、研究所に戻してちょうだい」

「ダメだ、それは絶対に許可できない」

「望む物を与えるのが褒賞だと思っていたのに。話の通じない相手と話すのは本当に疲れるのよ」


 せっかくお給料をもらっても囚われたままでは使う機会なんてないから、贈り物はその代わりだ。

 辺境伯家からは早速、エンリルを癒した対価としてドレスと靴が届いた。

 しかも「これから必要になるだろう」という迷惑な手紙付きで。


 この贈り物という仕組みが使用人の目にはどう見えているのか、わかってやっているのかしら?


 対価を与えておきながら、彼らはタチアナに竜を癒す力があることを周知していない。偶然、治療に立ち会った侍女達には口止めをしているから表向きタチアナは王子の客人扱いのままだった。

 タチアナの存在を知らしめることで誘拐や危害を加える人間が現れることを防ぐためだとか、もっともな理由を挙げていたけれど、得体の知れない客人に高位貴族から高価な贈り物が次々と届くのだ。

 使用人の間で噂にならない訳がない。そしてその噂が好意的なものでないこともわかりきっている。


 いっそのこと、赤の力のことを話してしまおうかと考えた時期もあった。


 流れる竜の血が赤の力によって狂わされているだけで、愛ではないのだと。

 けれどそれを理由にして王族に危害を加えたと逆に言いがかりをつけられたらたまらない。赤の力だけでなく、紫の力も竜騎士に都合よく利用されてしまいそうでやめた。

 ただ一つ、ここから逃げるという目的のためにタチアナは表向きおとなしく従う振りをする。


「ならば禁書の閲覧権を私にください。竜に関する知識を深めたいの」

「わかった。禁書庫への入室許可を褒賞として申請しよう」

「こんな願いでもすぐに叶うのにね。たった一つ、誰もがあたりまえに行使できる自由だけはくれない」


 最後まで視線を合わせることなく、冷ややかに言い置いてタチアナは立ち上がった。

 彼と視線を合わせない。それが今のタチアナにできる、ささやかな抵抗だ。

 タチアナの視界の端に映るハサイードの端正な顔が歪んだ。踵を返し、背を向けたタチアナの肩を背後から彼の両腕が包む。耐えかねたように吐息が首筋に掛かった。


「……どうしたら君は私を愛してくれる? 私はこんなに愛しているのに」


 タチアナを抱きしめる腕の力を強くなる。


「閉じ込められたことが不満なのかもしれない。でも私にはタチアナが必要なんだ。できる限りあなたの願いは叶えるようにしたし、衣食住を整えて竜の治療だけに専念できる環境を作った。竜の乙女という称号を与えてあなたにも利益が還元できるような仕組みも作って、生活に支障がないよう手を尽くしてきたつもりだ」

「冗談言わないで。不自由なことばかりなのだけど」


 そう答えてタチアナは深々とため息をつく。

 たとえば頻繁に側付きの侍女が変わる。まるでタチアナが彼女達を手なづけることを恐れるかのように。それが苦痛だと訴えたら何か変わるのだろうか。

 結局彼は自分の願いを押しつけるばかりでタチアナの願いを叶える気はないのだ。

 タチアナが無言で体を包む腕を外すと、背後に立つハサイードは強く拳を握った。


「竜の乙女であるタチアナの立場と地位を強固にするため、私は王になるつもりだ。王になればタチアナに手を出す愚か者は遠慮なく排除できる」


 ハサイードが薄らと笑う気配がする。

 第五王子が王になる、それが夢物語ならばタチアナも笑い飛ばしたのだけれど。

 先日、彼は王から勲章を与えられたという。表向きの理由としてヒデラ・ドートを単騎で討伐した功績を讃えたもの、その裏には竜の乙女を見つけた褒賞も含まれているらしい。

 王になる最低基準が竜騎士であること、そのうえ彼は王太子や第二王子と同じ正妃の息子。

 後継者となれる条件を満たし、タチアナという強みを得た。政務に励み、さらに武勲を重ねていけば王位も夢ではなくなる。

 静かに振り向いて、タチアナはハサイードを睨みつける。


「王になるのは自分のためでしょう。私を理由にしないで」


 温度を感じさせない冷ややかな声。こんな声が出せたのかとタチアナ自身が驚いた。

 ハサイード様の肩が小さく跳ねる。久しぶりに視線を合わせれば彼の頬が紅潮した。

 本当に好きなのね……この赤い瞳が。

 タチアナはこの表情を見るたびに気づかされる。

 赤の力に狂わされているだけで、彼がタチアナを本当に愛しているのではないということに。


「軽んじられてきたあなたが注目を浴びて舞い上がる気持ちはわかるわ。でもね、私は王になってほしいと望んだことはないの。あなたのしていることは自分の欲望を叶えるもので、断じて私のためではないのよ」


 皮肉なことにタチアナの存在が王位に近いところまで彼の背中を押し上げた。

 

「だからって私を理由にされるのはごめんだわ」

「そんなことはない、全部あなたのために」

「あのね、薄々気がついていると思うけれど私は高いところが苦手なの」


 急に話が変わってハサイードは一瞬言葉につまった。


「それがどうした?」

「愛しているのにわからないのかしら。高いところが苦手な私は高い場所で暮らすのも、バルコニーで騎竜の治療をするのもこわいのよ。こわがっているとわかっていて、どうしてここに閉じ込めたままにしておくの?」

「それは」

「愛しているというのなら、この天船を降りて地上で暮らしましょう。話はそれからよ」


 すると彼はタチアナの腕を強くつかんで声を荒げた。


「竜騎士に天船から降りろだと、そんなことができるか!」

「なぜできないの。私を愛しているのでしょう?」


 再び言葉に詰まった彼を見てタチアナは皮肉げな笑みを浮かべた。

 赤の力のせいか、感情の振り幅が大きい。

 いつになく自分が感情的になっている。


「あなたは自分を愛しているの。そのうえ私の愛まで求めるなんて、ずうずうしいとは思わない?」


 そのうえ煽るなんてどうかしている。けれど一度湧き上がった怒りを抑えることができなかった。

 タチアナは遠ざけるように彼の体を強く押した。けれどハサイードは一層腕をつかむ力を強くするばかりで、騎士として鍛えた彼の体は微動だにしなかった。


 ……悔しい、悔しい。何がではなく、全部だ!


 無理やり体を引き剥がしてタチアナは浴室に飛び込んだ。扉を閉めて、鍵を掛ける。激しく扉を叩く音とハサイード様の声がしていたけれど、やがて音を立てながら彼はあわただしく部屋を出て行った。

 静寂を取り戻した浴室で、洗面台に手をついたタチアナは深々と息を吐く。


「どうして私はこんなに無力なのかしら」

 

 タチアナは顔を上げて鏡に映る自分の瞳に指先でそっと触れた。

 自由に力が使えない現状も、孤立無援という状況も。精神力がどんどん削られる。

 そして常に赤の力を使い続けているせいか、タチアナの内側では絶えず甘い誘惑の声が聞こえていた。


 ……抵抗せず、このまま流されてしまえばいい。


 ここに自由はないけれど、衣食住が保証されて高価な贈り物も手に入る。

 偽りの愛だとしても愛されないよりマシ、それ以上を望むのは贅沢だ。

 タチアナの内側ではいつもそんな声が響いているのだ。

 この声のどこまでが自分の本心で、どこからが赤の力に侵食されたせいなのかわからない。

 鏡を見つめたままタチアナは眉を下げた。

 彼だけでなく、赤の力に振り回されているのは私も同じだ。


「これはきついよ……ねぇ、おばあさま」


 思っていたよりもずっと情けない声が出て、タチアナの口元に乾いた笑いが浮かぶ。

 本当に、こんなはずじゃなかった。

 この国に来たのは、一度くらい自分が役に立つ場所で働いてみたかっただけだ。自分にしかできないことがあると胸を張りたい。そしていつかは人並みに恋をして、自分を愛してくれるような人と出会って。そんなささやかな幸せを夢見ただけだった。

 こんなふうに閉じ込められて、じわじわと愛するように追い込まれる未来を望んだわけじゃない。

 タチアナは深く息を吐いて、小さく首を振った。


「だめだ、弱気になっては」


 今の状況が過酷だから忘れかけているだけで、もっとつらいときだってあったはずだ。

 

「負けるものですか。孤立無援の状況で私が私を信じなくてどうする」

 

 深呼吸を繰り返して、タチアナは目を開ける。鏡に映るのは見慣れたいつもの冷たい表情だ。

 よし、もう平気。

 気合いを入れ直したタチアナが扉の前に立つと、ちょうど良い具合に浴室の鍵を外側から開ける音がした。

 青ざめた顔でハサイード様が飛び込んでくる。


「タチアナ、大丈夫か!」

「騒々しい、何事ですか」

 

 タチアナはいつもと変わらない冷ややかな眼差しでハサイードと侍女達を一暼し、背を向ける。部屋に戻ると、呆気に取られた人々の目の前でテーブルの上に置かれたお菓子を一つつまんで口に放り込んだ。


「ああ、おいしい!」


 傲慢で、人騒がせな。男心を踏みにじって顔色一つ変えない悪女。

 今この部屋にいる大部分の人間はそう思っているようで部屋の空気は最悪だ。

 誰にも聞こえない距離でタチアナはつぶやいた。


「おなかがすくのは元気な証拠。大丈夫、まだやれる」

 

 半ば呆れた顔をする使用人達の前で、タチアナはもう一つお菓子を頬張った。

 ……あれ、でもこれ本当においしいな。

 だってしょうがないじゃない。悪女の振りをすると、何でかすごくおなかが空くのよ!


 

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