番外編第五話 侍女の噂① とんでもない悪女
偏見やネガティブな言い方があります。苦手な方はご注意ください。
スワラティ竜王国王城ではとある噂で持ちきりだった。
二人の侍女は雑巾を動かしつつ、話に花を咲かせる。
「聞いた? ハサイード様が連れてきた平民のこと」
「ええ、神聖な王城内で叫んで暴れたそうね。初めて聞いたときは信じられなかったわ!」
「王城に招かれるなんて栄誉なことなのに何が不満だったのかしら? そんなことも理解できないような人間をどうしてここに連れてきたのかしらね」
しかも相手は女性だという。
堅物で目立たないハサイード=スワラティ第五王子に今まで浮ついた話は一切なかった。
「婚約するにも旨みがなくて貴族令嬢に見向きもされていなかったというのが現実でしょうね」
侍女の口元が嘲笑するように引き上がる。
次期国王になる王太子やスペアである第二王子に比べて、第五王子であるハサイードの価値は低い。
甘く見ているから余計に使用人の口も軽くなる。皮肉げに表情を歪めてもう一方の侍女が指先を唇に寄せる。
「これは内緒だけどね、娘は特別な力を持っているらしいの。だから陛下や他の殿下方も騒動を起こしたハサイード様やその娘を処分できなくて困っているそうよ」
「あなた、そんな詳しいことまでよく知っているわね」
ささやかれた侍女は驚いた顔で目を丸くし、もう一方の侍女は得意げにふふっと笑った。
「ここだけの話、その平民の娘に仕えている侍女の一人がこぼしていたのよ。ハサイード様の寵愛を良いことに、わがままな振る舞いをやりたい放題らしいわ」
ちなみにその侍女は彼女に対する態度が悪いという理由で王城勤務から外されたらしい。
「相手は平民でしょう? その娘のために貴族家出身の侍女が外されるとかあるの?」
「ね、信じられないでしょう。だから異動する前にいろいろ聞いたのよ。腹を立てていたからか、聞けば何でも教えてくれたわ」
平民の娘の名はタチアナ。
一応、ハサイード王子の客人という扱いだが、彼の態度を見れば愛を乞う相手であることは明白だ。
そんな彼女のわがままは食事に待遇といった小さな要望から始まったという。
それがさらに増長して、今は贈り物にドレスや高価な装飾品を要求するようになり、さらに侍女達の制服が気に入らないという理解不能な理由で作り替えを要求。自分好みのものを特注して商人に作らせたとか。
しかも出来上がり見本の侍女服まで取り寄せ、細部まで変更点を指示するという熱の入れようだったらしい。
話を聞いた侍女は呆れた顔をした。
「複数の制服が混在する状況では王城内に刺客が混じっても見分けがつきにくくなる。警備の人間が大変ね。指定のものだけでなく、新しく作った侍女服の意匠や特徴を覚えなくてはならないのでしょう? そういう他人の迷惑とか考えないのかしら?」
「そうなのよね。それが原因で、最近よく侍女と警備の人間が揉めているのよ。私達からすれば支給された侍女服のせいで身元を疑われるなんていい迷惑だわ」
タチアナの行動は規律を乱すだけでなく、危機管理というものを理解できていない証拠だった。しかも自らの好みに仕立てた侍女服を着せたいという時点で侍女の目には下品な行為に映る。
「本当よね。新しい侍女服は全体的に派手だし髪に巻く布……スカーフというのかしら、あれも造りが凝っているから最初はどこかの貴族の専属侍女かと思ったのよ。それがまさか平民付きの侍女服だったとは思わなかったわ」
「なんでも料理に髪の毛が入るのが嫌だから髪に巻くスカーフを流行らせたいのですって。髪なんか入れないのに、失礼しちゃうわよね」
「それこそ恋愛小説の勘違いしている女主人公みたいに、使用人に自分がいじめられるという演出だったりして。誰があなたなんかにかまうものですか!」
「ふふふ、本当よね。自意識過剰か、妄想癖でもあるんじゃない?」
顔を見合わせて、二人は嘲るように笑った。
「それともいじめられたと訴えて、ハサイード様の同情を誘う作戦かしら?」
「どうなのかしら。あのスカーフ、見栄えはいいけど結い上げた髪や髪留めまですっぽりと覆ってしまうのですって。だからおしゃれな髪型にしても他人に見てもらえないって彼女付きの侍女が愚痴っていたわ。無理して流行を作ったところで真似する人なんていないのに!」
地味で冴えない娘が流行を作る。想像したらおかしくて、思わず二人は笑い声を立てた。
すると別の区画を掃除していた侍女があわてた顔で走ってくる。
「ちょっと二人とも、声が大きいわよ。廊下の角を曲がったところまで聞こえるのだから。注意しないと、また侍女長に叱られるわ!」
「ごめんなさい、噂になっている平民のことを話していたらつい」
「ああ、あの娘のことね」
興味があったのか、後から来た侍女も雑巾を手にしてそのままこちらの輪に加わる。
二人の侍女が交わす忍び笑いに、彼女のささやく声が混じった。
「巷で流行りの運命の恋人で、ハサイード様の一目惚れとかだったら面白いわね。相当な溺愛らしいから」
「嫌だ、身分違いの恋なんてあるわけないじゃない。恋愛小説を読みすぎよ!」
しかし、現実にはあってはならないことが起きている。
第五王子は執務や公務をおろそかにすることはないが、暇さえあれば平民の娘に会いに行き愛を囁いているとか。今までとは真逆の行動が人目につかないわけがなく、憶測を呼んで下世話な噂が飛び交っていた。
侍女は周囲を見回して、残る二人にささやいた。
「それはそうと、気がついた?」
「何を?」
「仲間の侍女や侍従の中にもね、平民の娘に肩入れしている者がそこそこいるのよ」
「えっ、そうなの?」
「気づかなかったでしょう。そういう人は皆揃って娘が優しいだの、美しいのだと褒めるのよ。それにちょっとした贈り物をして、ささやかなわがままくらいならこっそり聞いてあげているらしいわ」
三人共に、困惑した表情で顔を見合わせる。
こうなるのも無理はなく、噂の本人は髪や瞳の色は目立つけれどそれ以外は普通の娘なのだ。よほど貴族令嬢のほうが所作が洗練されて容姿も磨き抜かれて美しいというのに、審美眼が狂っているとしか思えない。
しかもどういうわけか、美しい貴族令嬢に見慣れているはずの高位貴族家出身の使用人ほどあからさまに好意を示すのだ。
「にわかには信じがたいわね」
「本当なのよ。もしその人達に悪口を言っていることを聞かれたら、ハサイード様に告げ口されるかもしれないから気をつけたほうがいいわ」
彼らの内側で何が起きているのだろう。
興味津々という顔をした侍女達の口は、一層滑らかに動く。
「ハサイード様の寵愛があるから、周囲が持ち上げているだけではないの? 本当に厚かましいわね!」
「しかも自分を美しいだなんて言わせて逆に恥ずかしくないのかしら?」
「……そうね、それだけならいいのだけど」
侍女の一人が言葉を濁した。
そして周囲の様子をうかがい、さらにもう一段声を下げる。
「彼女を褒めるときの彼らの様子ときたら本当に気味が悪いのよ。まるで魅入られているみたいなの」
囚われているはずなのに皆、幸せだという顔をする。
そうつぶやいて侍女は顔色を悪くした。
残りの二人も顔を見合わせて肩を震わせる。
「たしかに気持ち悪いわね。それが特別な力による恩恵というものかしら」
「わからないわ。どちらにしろ、あの娘には絶対近づいてはダメよ」
視線を交わしてうなずく、彼女達の思いは同じだ。
「ハサイード様はとんでもない悪女を連れ込んでしまったようね」




