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魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました  作者: ゆうひかんな
番外編 トゥテ飛竜研究所の治療師は一身上の都合により逃走中

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番外編第二話 ヒデラ・ドート討伐と騎竜ルミナ、赤の力


 懐かしくおばあさまのことを思い出していると扉を叩く音がする。

 返事をすると扉の隙間から研究員が顔を出した。


「タチアナ、患者だよ」

「今行くわ」

 

 タチアナは彼が差し出した竜の診療録を受け取った。

 普段は彼のような研究員の仕事を手伝って、特別な治療が必要と判断されたときだけこうして仕事を任される。タチアナは歩きながら次々と書類に目を通した。


「緊急性が高く、薬や器具では十分に対処できない状態ということね」

「魔獣の大移動が起きた後だから、数だけでなく全体的に凶暴性が増して力も強くなっている。我々の研究成果や知識だけで、あそこまで傷が深ければ手に負えないよ」

「ちなみにどんな魔物と戦ったの?」

「従者が言うにはヒデラ・ドートだそうだ。しかもすでに大型まで育ち切ったものだそうだよ」


 タチアナは息を呑んだ。

 

「大型……厄虫どころか、もはや厄災ね!」


 ヒデラ・ドートの場合、大型まで育つと毒の威力がさらに増すとされていた。そこまで育つには数十年と時間がかかるはずなのに今まで見つからなかったなんて、よほどうまく隠れていたのだろう。

 魔獣の大移動を経て成長速度が上がっている、もしくは餌となる魔獣や魔物が増えたことと無関係ではないかもしれない。


「だから竜騎士が討伐したのね。対処されたのはどなたなの?」

「ハサイード第五王子殿下だよ」

「あら、経験豊富な公爵家や辺境伯家ではないのね」

「両家ともに別の討伐があって竜騎士が不在だった。そこで王家に緊急連絡が入って王が殿下に指示したそうだ」


 初代から代を重ねるごとに少しずつ数を減らして、現在、竜王国の竜騎士は十名。現役を退いた高齢の方も含めての人数だから決して多いとは言えない。

 タチアナは現在の王家の状況を思い浮かべる。王子は五人いて、正妃との間に三人、側妃との間には二人。第五王子は王と正妃の間に生まれ、成人しているが一番歳下でまだ竜騎士にはなったばかり。当然のように経験値も低かった。


「いくら上に竜騎士である兄が二人いるとしても、彼自身の経験は浅いし、酷ではないかしら?」

「経験値は低くても優秀らしい。なんとか単騎でヒデラ・ドートを討伐した。ただ自分だけでなく騎竜もひどい傷を負ってね、治療を優先するため真っ直ぐ研究所へ飛んできたそうだ。殿下は我々でなんとかするから、タチアナには騎竜の治療を頼みたい」


 騎竜を引き渡して安心したのか王子は意識を失い、現在治療中だとか。

 タチアナは早足で歩きながら診療録をめくり、竜の怪我の状態を見てさらに眉をひそめた。


「これはたしかにひどいわね」

「ああ、一刻を争う。放っておけば本能に従って命を地に還しかねない」


 内臓の損傷が見られ、しかも咬傷から全身に毒が回っている。

 タチアナの手元にある診療録をのぞき込んだ研究員も眉をひそめた。


「これだけひどい傷を負いながらよくここまで飛んで来ることができたものだ」

「傷ついた竜騎士のためでもあるのでしょうね。竜騎士が騎竜を大切にするから騎竜も期待に応えようとする」


 まさに誠意と献身だ。互いを大切に思い合うなんて、ちょっとうらやましいかも。

 タチアナは診療録を閉じて、廊下の最奥にある扉に手をかける。

 この先にあるのが竜の治療場。

 そして竜が本能によって死期を悟る前に、命を繋いで、怪我や病気を癒すのがタチアナの仕事だ。


「じゃあ、ここから先は一人で行くわ」

「わかった。ああそうだ、ひどく暴れるようであればよく効く鎮静剤もあるから声をかけて」

「ええ、そうさせてもらうわ。ありがとう!」


 タチアナは同僚にお礼を言いつつ研究所の通路から屋外に出ると扉を閉めて鍵をかけた。

 通常、竜は怪我をしたり病気になるとここへ勝手に飛んでくる。賢いから誰に教えてもらわずとも治療してくれる場所があることを心得ているようだ。

 だから自由に竜が出入りできるよう治療場には敷地の上部に雨避けの布をつけただけで壁も柵もない。

 今回のように、竜騎士と一緒に飛んでくること自体が稀なことだった。

 タチアナは念のため周囲に人がいないか確認する。

 竜の検査は研究員が行うが、治療師がいるときは先ほどのように鍵をかけて研究員だろうと立ち入りを禁じている。しかも竜の治療場は研究施設とは離れた場所にあって反対側は崖という、よほどのことがなければ人が近づけないようなところにあった。

 周囲に人がいないことを確認すると、タチアナは目を閉じて内側を黒く塗り替えた。

 一点の欠けもなく内側を塗り潰して目を開ける。

 静かに振り向いて、扉の脇に置かれた鏡で瞳の色を確認した。


「大丈夫、ちゃんと赤く染まっているわね」


 おばあさまは、この力を赤の力と呼んでいた。

 瞳が紫のときは竜に嫌われる、でも赤い目のときは竜が従順に従う。なんとも不思議な力だ。

 そしてこんなふうに隔離された場所でひっそりと使っているのは、赤の力が人に知られると誤解を生みやすいからだとおばあさまは教えてくれた。

 竜だけでなく、たとえば凶悪な魔獣や魔物ですら癒してしまう。そして魔獣や魔物を使役することもできるという人間にとっては脅威となるような力だからだ、と。


 赤く染まった瞳をタチアナは前方に向ける。

 患者は痛みを和らげる作用がある結界の内側で患者は荒く息を吐き、力なく横たわっていた。

 タチアナは周囲を歩きながら手早く状態を確認する。


「騎竜ルミナ。土竜、騎竜になって二年目。裂傷が二ヶ所、咬傷が大きく一ヶ所。さらに毒による表皮の損傷、一部には壊死しているところもある」


 最後に固く閉じた目元へ手を添える。

 相当な痛みがあるようで、震えるように目蓋が開いた。隙間から月長石のような青白い光を湛えた瞳がのぞく。月明かりを意味する名のとおり、夜の砂漠を照らす月のような乳白色の柔らかい光だ。


「私はタチアナ、あなたの治療師よ。痛いだろうけれど、しばらく体に触れることを我慢してね」


 タチアナの赤い瞳と視線が合った途端、安心したようにルミナは目蓋を閉じた。

 細心の注意を払ってルミナのからだに触れる。

 

「まずは全身に回った毒を排出するところから。少しでも、生きる気力を取り戻さないと」


 赤の力を使うとき詠唱は必要ない。自身の内側を黒く塗り替えて、あとは願うだけだ。

 タチアナが願うと同時に力が吸い取られていく感覚がして、みるみるうちに大きな傷口がふさがっていく。壊死したはずの箇所も欠損を埋めるように少し肉がついた。さすが竜は魔のつくものの中でも特に修復能力が高いとされているだけある。


 ただあまりにも変化が劇的で、いつまで経っても慣れないのよね。


 解毒と同時に内臓の修復を補助したことで、ルミナの呼吸が徐々に落ち着いてくる。

 ところが、そこまで癒したところでタチアナの額にじっとりとした汗が浮かんだ。

 手を離すと荒く何度も息を吐いて、落ち着いたところで艶を取り戻しつつある竜のからだに額を寄せる。


「今日の治療はここまで。魔力が足りないわ……これ以上は私が無理みたい。あなたはからだが大きいし、私の魔力量で一度は無理なのよ。だから数日かけて治すわ」


 技術はともかく、魔力量は生まれつきのもので個人によって量が違うらしい。おばあさまが言うには、タチアナの魔力量は少なくはないけれど、歴代と比べると決して多いと言えないそうだ。

 だから竜の全身に満遍なく力を行き渡らせて治療も施すとなると、大抵の場合、こんなふうに魔力が足りなくなってしまう。


「力不足でごめんなさい。一気に癒せたら、もっとあなたが楽になるのに」


 それでもルミナは甘えるようにタチアナの頬に顔を寄せる。

 表情から判断して、再び生きる気力を取り戻してくれたらしい。それだけでなく、タチアナを励ますように小さな声で鳴いた。

 寄せる信頼と純粋な好意がうれしくて、タチアナの胸の奥がきゅっと痛む。

 本当に竜は優しい。タチアナには人よりも竜のほうが優しいくらいだ。


 ――――赤の力を使うと魔のつくものに染まりたくなる。誘惑に負けないように気をつけて。


 脳裏におばあさまの声が響いて、タチアナは唇を小さく噛んだ。

 たとえこれが赤の力による一時的な好意だとしても、私は竜が好きだ。

 タチアナは己が手を見つめる。


 彼らを殲滅できるという、おそろしい力が自分に宿っているなんて信じたくなかった。


 治療師が使う魔法は魔のつくものにのみ効果を及ぼす対魔特化。魔を生かすも殺すも我々の匙加減一つ。紫の力のときは魔を弾き、退け。赤のときは魔のつくものに寄り添い癒す。


 もし自分が手当てした患者が邪竜になってしまったら紫の力で彼らの命を狩ることができるだろうか?


 おばあさまは、それも我々にとって大切な仕事だというけれど。

 今のタチアナにできると言い切るような自信はなかった。


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