番外編第一話 トゥテ飛竜研究所の治療師
番外編です。アンジェリーナはほんの少しだけ出てきますが、メインは初代おばあさまの話になります。アンジェリーナのお話が良いという方は、ここでそっと閉じていただけると幸いです。
アンジェリーナがスワラティ竜王国を出発した後のこと。
魔力だまりの周辺でちょっとばかり素材採取をして……残念ながらコカトリスはいなかった!
現在地は森を抜けた先にある見晴らしのよい崖の上。
休憩中に周囲を探検していたアンジェリーナは立派な石碑を前にして首をかしげる。
「トゥテ飛竜研究所跡、と書いてありますね」
風雨にさらされて読めないところもあるけれど、なんとか解読できる文字をアンジェリーナは指でたどった。
「トゥテは勇気、竜王国始祖王の言葉が研究所名の由来なのですか」
アウェルサ・トゥテ・レペッラ――――勇気によって困難を跳ね返せ。
長き旅路で苦難に見舞われるたび、こう叫んで始祖王は人々を鼓舞したそうだ。
逆境は人を強くする、そんな意味を持つ言葉でもあるらしい。
その先を繋ぐようにジャミルが石碑の文字を視線で追った。
「始祖王ヴァディス=スワラティは騎竜トゥテのためにこの研究所を開設した。国は資金だけでなく天船に積んできた竜に関する知識や書物を与えて設立されたのが、この研究所の始まりのようですね」
「ああ、そういえば俺もここの話を聞いたことがある。竜騎士の数が減って利用価値が薄れたから研究所を閉鎖して、代わりに記念碑だけを残したとか」
「おもしろそうですね、竜の研究所ですか!」
「たとえばザイルのような人物が働いていたのかもな。彼は竜舎の管理者でもあり研究者でもある」
「そうなのですねー!」
続くアレスティオの言葉にアンジェリーナはうなずいた。
それから思い出したように、ふふっと笑う。
笑った顔を見て、ジルベルトは小さく首をかしげる。
「どうした、アンジュ?」
「初代の残した覚書には竜の話が多いのです。おそらく研究成果ではと思わせるような覚書も残されていました。単純に竜の研究が好きだったのかもしれませんが……もしかしてここで働いていたとか。そう考えると、この場所にも初代と竜の乙女とを繋げる手がかりが隠されていたかもしれませんね」
「初代魔除けの聖女か。想像のはるか斜め上をいく行動力がありそうなところなんかはアンジュと似ていそうだな」
「褒め言葉ですか、それ?」
初代は自分の過去に繋がることは何一つ書き残してはいないが、実際に竜王国を知って、彼女の残した覚書を読めば、なんとなくこの国にいたのではないかと思わせる痕跡があった。
初代魔除けの聖女、彼女の名はタチアナ。
アンジェリーナはジルベルトにだけ聞こえる距離で、そっとささやく。
「ジル、もし初代が竜の乙女だったとして。どうやって天船から逃げ出したのでしょうね?」
「実際に自分がその立場にならないと方法なんて想像もつかないな。アンジュはどうだ?」
「そうですねー、これは私の想像ですけれど。たとえば、こんなお話はいかがでしょう?」
――――
スワラティ竜王国、トゥテ飛竜研究所。
ここは飛竜のための研究所ではあるが、知識を元にして騎竜の治療も行っていた。
タチアナの仕事は騎竜専門の治療師。今は亡き先代の治療師である「おばあさま」から直々に指導を受けて業務を引き継いだ。皆がそう呼ぶからタチアナもおばあさまと呼んでいるけれど、同じ黒髪に紫水晶色の瞳をしていながら二人の間に血の繋がりはない。
隣国の職業紹介所から斡旋を受けただけの正真正銘、他人である。
タチアナは診療録の文字を目で追いながら、運命が変わった日のことを思い出す。
あの日、職業紹介所の建物にタチアナが入ってきた途端、紹介員の顔色が変わった。すぐさま呼び止められて、目の前に一枚の求人票を差し出される。
それがトゥテ飛竜研究所の騎竜専門治療師の職で。
他国に移住することにはなるけれど研究所では寮の個室が与えられて、お風呂も完備。朝晩の食事つき、給与も破格で有給休暇までついてくる。
「雇用する側の条件は黒髪に紫水晶色の瞳をしている女性ということだけです。ね、あなたにぴったりなのよ!」
しかも経験値や知識ではなく容姿の特徴だけが相手側の出した条件だそうで。
条件を聞いたタチアナは別の意味で青ざめた。
「それしか条件がないなんて冗談ですよね。行ってみたら給金が安いとか、裏では労働環境が劣悪とか。もしくは研究所は隠れ蓑で実は怪しい商売をしているお店だとか!」
「失礼ですね、うちはそんなところに斡旋なんてしませんよ! 条件は異なりますが男性も女性も何人かこちらの研究所に紹介しています。連絡を取ることもありますが、苦情を言われたことは一度もありません」
「ということは、本当にそれだけが条件の破格な扱い……」
「そこまで疑うのなら別の方に紹介しますよ。こういうものは早い者勝ち」
「行きます、受けます!」
「ではすぐに連絡取りますね」
タチアナが勢いよく答えるとにこやかに笑った相談員さんが連絡用の魔道具を手に取った。
思わず受けてしまったけれど大丈夫かしら。
あまりにも胡散臭い、でも今は仕事の選り好みなんてしていられなかった。
魔力なし、魔法が使えない平民。それがタチアナの世間から見た評価だ。
タチアナは十歳のときに教会で魔力なしと判定されている。同時に普通の人が使える魔法が一つも使えないということもわかった。魔法があたりまえのように存在する世界で魔法が使えないとすれば、できないことのほうが多いに決まっている。
「家族で一人だけ黒髪に瞳が紫なんて。先祖返りか、誰に似たんだろうね。困ったものだ」
「魔力なしで、魔法も使えない。家族が無能の役立たずなんて、肩身が狭いよ」
両親はため息をつき、兄妹は冷ややかな眼差しでそう言った。
これ以上迷惑をかけたくなくて成人と同時に家を出た。たった一人で魔力がなくてもできる仕事を探し、細々と暮らしていたけれど、職場に新しい魔道具が導入されると仕事を辞めざるを得なかった。魔力のないタチアナは魔道具が使えないからだ。
そしてとうとうつい先日、最後の収入源だったパン屋さんの売り子の職まで失ってしまった。
いきなり困窮することはないけれど、お金を稼ぐ手段がないというのは厳しい。
音信不通になってずいぶんと経つし、いまさら家族にも頼れないタチアナは仕方ないので過去に門前払いされて足が遠のいていた紹介所へ来てみた。
そうしたら、いきなり怪しい求人を紹介されたわけだ。
「旅費は相手持ちでいいから、すぐに来てもらいたのですって。よかったわね、高収入だし安定した仕事よ!」
……本当に大丈夫だろうか、ますます不安になってきたわね。
あのときのタチアナはそう思っていたけれど。
勇気を出してここに来てみればそう悪いものではなかった。なかったどころか収入や待遇は提示された内容そのままだし、何より上司や同僚が優しい。
そして一番うれしかったことはここに来たことで自分ができることがわかったことだ。
初めて顔を合わせたとき、すべてを察したような顔でおばあさまはタチアナの手を握った。シワだらけだけれど、温かい手をしていて嫌な感じは一切しなかった。
「ようやく会えた。隣国で暮らしていたそうだね。こちらの知るところとは違う場所にいたから、探しても見つからなくて心配していたんだ」
おばあさまは心から喜んでくれたけれど、魔法の使えないタチアナが役に立てることはほとんどない。
今までの経験で、そのことをこを嫌になるほど知っていた。
だから申し訳ないという気持ちでタチアナは頭を下げる。
「せっかく招いていただいたのに、私は魔力なしで皆が使えるという一般的な魔法すら使えないのです。いまさらだけど、お役に立てないかもしれません。ごめんなさい」
「安心おし、私もだ。でも心配いらないよ。我々の魔力は特別でね、普通の魔力測定器では測れないというだけのことだから。ちゃんと魔力はある」
「は、え?」
「使う魔力が違えば使える魔法も違うというのは道理だ。さあ、私の知るすべてを教えよう。知識を得て、技術を身につければ……もう役立たずではなくなる」
ハッとしてタチアナは顔を上げる。
まるで何と言われて育ったかまで知っているような口ぶりだ。
おばあさまと視線が合うと血の繋がりなどないのに、まるで肉親を慈しむような眼差しをしている。自分が初めて知る、愛情に近いもの。忘れかけていた人の温もりに触れたせいで、じわじわと目が涙で潤む。おばあさまはもう一度強くタチアナの手を握った。
「同じ道を歩いてきた者同士だ。仲良くしておくれ」
この日からタチアナはおばあさまの助手になり、技術を学んで。
短い時間だけれど本物の家族のように暮らした。
そういえば一緒に温泉へ行こうなんて誘われていたわね……結局、おばあさまが亡くなって約束は果たせなかったけれど。
タチアナは役目を引き継ぎ、研究所で唯一の騎竜専門治療師になった。
全体的にこんな感じのお話になります。もともと、スワラティ竜王国のお話を書いているときに入れたいと思って書いていましたが、あまりにも長くなりあきらめました。
ところどころに竜王国のお話を補う内容が含まれていますので、分けずにこちらの作品で番外編として掲載しました。断罪は薄め、恋愛についても程々です。
本日はもう一話公開していますので、気に入っていただけたら引き続き、お楽しみいただけるとうれしいです。




