第十九話 それぞれが選んだ道
スワラティ竜王国建国記念式典、当日。
国同士を繋ぐ転送機から続々と各国の要人が姿を現す。国境検問所にも観光客や商人が押し寄せて賑わっている。そして寄せる人波とは逆の方向を目指して歩く旅人――――アンジェリーナは出国審査に人の列ができているのを見て、しまったという顔をした。
「あれ、帰りのほうが審査は厳しいみたいですねー!」
「自覚はあるだろう。アンジュがいろいろやらかしたからだ」
「人聞きの悪い、こっちが仕掛けたわけではありません。仕掛けてきたから返り討ちにしただけじゃないですか!」
「程度の問題だ、これ以上警戒させてどうする」
「まあ、元々竜王国の国境検問所は出国も入国も審査はそこそこ厳しいことで有名ですから。下手に悪目立ちしなければ平気だとは商人の間でよく言われることです。ですがアンジェリーナは特に気をつけてくださいね」
ジャミル様がからかうような顔をする。
ひどい、そんなに言わなくても。
二人の顔を見ながらアンジェリーナは企む顔で笑った。
「大丈夫ですよ、少なくとも出国できないということはないはずです」
一人ずつ別の列に並ぶように言われて、ジルベルト様やジャミル様と離れた。
隣の列に並ぶジルベルト様の顔に心配という文字が浮かんでいる。
過保護だなー、だから大丈夫ですって!
「おい、そこのおまえ!」
「はいはい」
「その髪と瞳の色は……!」
いつかのような状況で兵士に見咎められてアンジェリーナは彼の正面を向いた。
視線が合ったのでにっこりと笑う。
「ええと、この髪と瞳の色が何でしょう?」
すると彼は若干哀れむような顔をする。
「竜舎の人間が噂をしていた。黒髪に紫水晶色の瞳をした娘は竜に嫌われていると。竜王国は何よりも竜を尊ぶ国だ、嫌われているなどと知れたら嫌がらせをされるかもしれない。出国したら我が国に来てはダメだ、いいな?」
あら、けっこう良い人みたいだ。
「ご忠告、感謝いたします」
「最後に……ヒデラ・ドートの討伐で怪我を治してくれてありがとう」
彼は声をひそめる。
この展開は想定外だった。アンジェリーナは目を丸くした。
「では、あなたはあのときに」
「ちぎれかけた腕が元どおりになったから、こうしてまた剣が握れる」
「それはよかったですね!」
「さっきのやり取りで周知したつもりだが。黒髪だけでも目立つから絡まれないように気をつけろよ」
兵士は一瞬だけ柔らかく笑って、厳しい表情で声を張り上げた。
「よし、いいぞ。通れ!」
「ありがとうございます。これからもお仕事がんばってくださいね!」
魔除けの力が、巡り巡って良い結果をもたらした。何だか最後に得した気分だ。
軽く手を上げて応じると、兵士は再び厳しい表情で前を向いた。
満面に笑みを浮かべたアンジェリーナは堂々と検問所を突破する。
その先には微妙な顔をしたジルベルト様とジャミル様が待っていた。
「だから言ったでしょう、出国できますよって」
「セントレア王国再び、という光景だな。騙された身としては素直に喜べないのだが」
「当時の状況が目に浮かびますねぇ」
「下手に誤魔化そうとするから怪しまれるのです。堂々としていればいいのですよ」
私のふてぶてしいは悪さばかりするわけではありません!
軽やかに笑って、アンジェリーナはスワラティ竜王国を振り向いた。
豪奢な王城、ヴァディス=スワラティの天船は今日も健在。
内部でどれほどの混乱が起きているかわからないが、表向きは優雅そのものだ。
「そういえば忙しくて王子殿下にお別れの挨拶ができなかったですねー」
「おー来たか、遅かったなぁ」
アンジェリーナがつぶやいたときだ、木陰から聞こえてはならない声がした。
「王子殿下、ルベルも。って何で揃ってここにいるのです!」
状況が読めなくて三人揃って言葉を失う。
あなたたちが主役でしょう。そのために命がけでがんばったのですよ!
青ざめた顔でアンジェリーナが振り向くとジルベルト様もジャミル様も首を振った。
二人も知らないということは、完全に想定外ということか。
「式典は、お披露目はどうしたのです⁉︎」
「それどころではなくなってな。お披露目は中止だ、式典の規模も縮小となる」
大きな荷物を背負う王子殿下の背中に覚悟のようなものを感じて、アンジェリーナはそっと声をかけた。
「何があったのです?」
「何がって身に覚えがあるだろう、アンジェリーナ?」
ありますけど。というか心当たりしかありません!
あれは無事にルベルを発見して丸一日、そこからさらに二日の療養期間を経てベルビナを出発した後のこと。アンジェリーナはマハラベイユを経由して王都へと向かう途上で、想定外の出来事に巻き込まれた。
商隊が魔物に襲われていて、今にも命を奪われそうな子供がいたのだ。毒針を刺す寸前で、武器では到底間に合わない。だからアンジェリーナが魔寄せの力を使ったのだが。結果的にそれが悪手だった。
たまたま近くを飛行中だった騎竜にまんまと捕まってしまったのだ。
通常なら躾の行き届いた騎竜が人を拐うなんてことはしない。おそらく魔寄せの力に狂わされたのだろう。そして竜の契約者である王子殿下の異母弟であるクレメンス第四王子……長いから残念王子でいいか。
竜の背に乗った状態で、彼に赤い瞳のことがバレた。
竜の血が濃いほど、深く強く竜の乙女に囚われる。言い伝えのとおり、強烈な思慕を向けられたのでアンジェリーナは速攻でお断りした。
ときめく要素なんて欠片もない。話で聞くのと現実では大違いだわ。
記憶に残しておくのも嫌なので綺麗さっぱり忘れましたが!
アンジェリーナは兵士の動きを視線で追った。
たぶん国境検問所で出国審査が厳しかったのはそのせい。彼らが本当に探していたのは黒髪に紫水晶の瞳をしたアンジェリーナじゃない。
紅玉のような赤い瞳の娘、竜の乙女だ。
「こっちは仕掛けてきたから返り討ちにしただけなのですが、迷惑ですねー!」
「そうは言ってもな。あいつはアンジェリーナにお断りされた後、騎竜にも愛想を尽かされた」
騎竜契約の破棄。王子殿下の言葉にアンジェリーナは目を丸くする。
「あら、それは大変でしたね!」
「うれしそうに言うな。クレメンスは竜の目を失ったんだぞ。おかげで王城がとんでもない騒ぎになっている」
彼の竜もまた、騎士と決別するという道を選んだわけか。
王子殿下はすっと瞳を細める。
「アンジェリーナ、竜に何かした記憶はあるか?」
「うーん、どうでしたか」
誤魔化すように笑うとジャミル様がアンジェリーナに生温い視線を向ける。
ええそうです、都合の悪いことは事前も事後にも言わない主義なのですよ。
あきらめた様子で王子殿下は深々と息を吐いた。
「だから今日の式典で我々のお披露目は中止。クレメンス共々、参加を見合わせるよう父に言われた。混乱を避けるために王と王太子だけが騎竜に乗った姿を披露する」
「せっかくの機会なのに、もったいないですね!」
竜騎士が騎竜契約を一方的に破棄されるのは不名誉。
残念王子の処分がどうなるかは、これから決めるらしい。
「それと新たな懸念が噴出してな。クレメンスが脱落したことで王位継承権の順位が変わってしまった」
そもそも平民の血を引くアレスティオが王になれる確率はぐっと低かった。それが竜騎士となったことで実は次代の王となる確率が上がっていたのだ。三年前からその状態ではあったけれど、それでも王太子の下には残念王子がいたので目立たず気にもされていなかった。
それがいなくなって、王太子に何かあればアレスティオが王になってしまう未来が現実味を帯びてきた。竜の血がもっとも薄いとされる王子が王になるわけだ。
ちなみに他の側室の王子で竜と契約できた者はいない。
「俺が王になることに反発する者は多くてな。追い落とそうと画策するくらいならいいが、彼らが真っ先に狙うのはルベルなんだよ。なぜなら竜王国の王になるには竜騎士でなくてはならない。王子同士が竜を奪い合うようなことがあっては、下手をすると国そのものが滅んでしまう」
今後、水面下では後継者争いが起きる可能性があるわけか。
だから彼らにルベルを傷つけられることのないよう、王子殿下は竜を連れて国外に出ることを望んだ。
そこまで聞いたところでジルベルト様が深々と息を吐く。
「事情はわかった。だが国王陛下は出国を許可したのか?」
「もちろん。竜の血に固執していた父も今回の一件を通じて思うところがあったらしい」
竜騎士は、竜がいるからこそ。竜がいなければ竜騎士ではいられない。
これ以上醜い姿を見せて愛想を尽かされてはたまらないと思ったらしい。ルベルが望んでいると伝えたら、あっさり折れた。
「ルベルを連れて必ず戻ると魔法契約を結ばされたが、その程度で国を出られるならそれでいい」
ルベルのためか。いかにも竜騎士らしい選択だ。
アンジェリーナは王子殿下の隣で羽ばたく小さなルベルに視線を向ける。
契約主が優しい人でよかったわね!
「それにしても成体になったルベルは、こんなふうに自分の意思で体を小さくすることもできるのですか!」
実は第四王子の騎竜によって拐われたアンジェリーナを成体になったルベルが迎えにきてくれたのだ。
漆黒の艶々としたからだが日差しを弾いて。あれは最高にかっこよかったわー!
「あのときは緊急事態で無理やり成体にしたようなものだから不完全だった。体の大きさにも慣れてないし、飛び方も危なっかしくて。でも今は自分の意思でこんなふうに小さくもなれるし、からだを大きくすることもできる」
今は幼体仕様、王子殿下に抱っこされて満足そうだ。
からだの大きさが変えられるなんて、アンジェリーナは聞いたこともない。
こんなことまでできるなんて、ルベルはずいぶんと恩恵が手厚いみたいだ。
そのときのことを思い出したのか、王子殿下は苦笑いを浮かべる。
「アンジェリーナが竜に拐われて、それを追いかけるためにジルがルベルに自分の魔力を注ぐと言い出したときは大丈夫かと思っていたけれど、結果的には大正解だったな!」
「竜は賢い。それに自身のからだのことはルベルが一番よくわかっている。もともと竜は話せないだけで人の話す言葉を理解できるというから、説明すれば納得して、しかも協力してくれた」
魔力を貯める器は歳と共に成長するもの、そして魔力量が増えれば使える魔法の幅が広がる。だからジルベルト様は拐われたアンジェリーナを追わせるため、王子殿下と一緒にルベルへ魔力を注いだそうだ。
そしてまんまとルベルは成体に変化したというわけだ。
あとで話を聞いたアンジェリーナは驚くよりも呆れた。
いやもう無謀というか、発想が突拍子もないというか。さすがに危なくてアンジェリーナでもやらない。
「相手は竜の器ですよ。魔力切れもなく、二人ともよく生きてましたねー」
「ギリギリだったがな。そこまでしなければアンジュを救えないと思った。それにあと少しのはずが、なかなか成体にならないので焦ったのは認める」
「そのことなんですけれど。たぶんルベルが特別な竜だからということはありません?」
「特別な竜?」
「伝説の存在である陰陽の竜の片割れ、陽竜だからではないですかね? 実際にルベルが成体になった姿を見て私もそうかなと思う程度の確証ですが、魔力を貯める器の大きさが桁違いなのはそのせいだった。だから成体になるのも一般的な竜より遅かったとしたら、どうでしょう?」
ちなみに陰陽の竜は伝説上の生物とされていて実物を見た者はいない、と。
沈黙が落ちる。王子殿下だけでなく、ジャミル様やジルベルト様でさえ言葉を失っていた。
ルベルは王子殿下の腕の中できょとんとした顔をしている。
「陽竜……あの伝承の類にしか存在しない、別名太陽の竜とも呼ばれている? 普通の火竜じゃないのか?」
「能力が似ているから火竜と混同したのかもしれません。王子殿下だけでなく、ザイルさんも気がつかなかったということはこれまた竜王国史上初なのかもしれませんね」
ルベルは初めて尽くしだなー。
陽竜は太陽を司り、火、光、熱を操る。ちなみに対となる陰竜は月、操るは水、闇、冷と。陰陽の竜に共通するのは天候まで変えてしまうというところ。
「私も陽竜は初めて見ましたが、覚書によると太陽の黒点のような漆黒のからだに陽の目を持ち、全身に火の気をまとうとされています。特徴も当てはまりますし、本物なら超希少種ですね」
「超希少種……アンジェリーナ、なんでもっと早く教えてくれなかった!」
王子殿下があせっているけれど、まだまだ。アンジェリーナはニヤリと笑う。
「だって王子殿下に教えたら、竜の序列に従って国王陛下に答えなくてはならないでしょう? 知らなければ聞かれても答えずに済む、違いますか?」
彼はぐっと言葉に詰まった。
もしルベルが希少な陽竜だと国王陛下に知られたら、間違いなく国から出してもらえないだろう。乾燥する砂漠地帯で利用価値の少ない火竜だと思っていたからこそルベルは国の外に出ることが許されたのだ。
ちなみに陽竜なら熱を操って雨を降らすこともできるらしい。
「陽竜の力は強大です。ですが力を操るルベルはまだ幼いところがある。力を振るうときに竜王国にだけ利をもたらすような偏った価値観に染まることのないよう、今のうちにいろいろな国を見せておくといいと思いますよ」
竜は神に特別な力と使命を与えられた存在、人の意思だけで捻じ曲げていいわけはない。
こっちの意図を知ってか知らずか。甘えるように、ルベルはグルルと鳴いた。
がんばれ、飼い主。
今はおとなしくしているが、その竜の子はだいぶやんちゃだ。
微笑んでアンジェリーナは荷物を抱える。
「では、そろそろ行きますね!」
ここから先は、それぞれの選んだ道を。アンジェリーナはそのつもりだった。
すると王子殿下は真剣な表情で口を開く。
「アンジェリーナ、旅に俺とルベルも同行させてもらえないだろうか」
竜は基本火、水、風、土の四つの属性に分類されます。前半部分で説明不足と思われたので、竜舎のお話のところに属性の説明と陰陽の竜の存在にだけ軽く言及する内容を追加しました。後出しになってしまい、申し訳ありません!




