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魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました  作者: ゆうひかんな
第三章 ヴァディス=スワラティの天船と竜の乙女

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第十七話 命がけの対価と、哀れな竜の末路


 ふと気がつくとアンジェリーナの目の前にはコカトリスの新鮮な肉が置かれている。採れたての、すでに下ごしらえが済んだものだ。

 アンジェリーナの瞳がキラキラと輝いた。


「なんて気が利いているのかしら、あとは切って揚げたら完成じゃないの!」


 ほくほくとした顔でアンジェリーナは切り分けた肉をたっぷりの油で揚げていく。

 あっという間に皿の上には揚げ物の山ができた。


 ああなんてこと、ここには幸せしかありません!


 コカトリスの肉は揚げたてが一番美味しいの。

 アンジェリーナは早速揚げたての肉を串に刺して、塩をつけた。

 ああ芳ばしい良い香りがするわ、ではさっそく。


「いただきまーす!」


 大きく口を開けて、肉を噛み締めようとしたその瞬間。


 ――――目が覚めた。


 見慣れない天井があって、がばりと起き上がる。


「おー、ようやく起きたか。おまえ、丸一日寝ていたんだぞ!」


 扉の外から王子殿下が姿を現した。

 手に水差しを持っていて、水をコップに注いでくれる。

 飲み干したアンジェリーナは勢いよく振り向いた。


「ど、どうしたアンジェリーナ、おまえの顔色が真っ青な」

「お肉は?」

「……は、肉?」

「採れたてで、揚げたての。今が最高に美味しいコカトリスのお肉はどこですか!」


 アンジェリーナの視線がお肉を探してさまよう。

 脂が滴るところを、まさにかぶりつこうとしたのです。香辛料とスパイスの良い香りまでしたのですよ。

 すると王子殿下がかわいそうな生き物を見る目をした。


「そうかー、寝ぼけているのか。肉を食べる直前で夢から覚めたんだな。そりゃ残念だった」

「え、夢。あれ、ここどこ」

「普通は真っ先にその疑問が浮かぶはずなんだが」

「ですがちゃんとお肉を切って油で揚げたのですよ!」

「そんなにおなかが空いているのか。ルベルの餌でいいならそこにあるぞ?」


 部屋の隅に何かいる、でもあれはアンジェリーナの求めるお肉じゃない。


「人間用がいいので、あとで普通のごはんください」


 夢だったのか。現実を受け入れたアンジェリーナはがっくりと肩を落とした。

 人にとって最大の不幸は、幸せな夢から覚めるときかもしれない。


「あれ、ジルベルト様は?」

「ジル、不憫なやつだなぁ。あれだけがんばったのにコカトリスの肉より後回しにされて」


 大袈裟に王子殿下は涙を拭う真似をする。


「あいつはアンジェリーナが目覚めるまで側にいると、ここで粘っていた。とはいえさすがに洞窟からアンジェリーナを背負って戻ってきてそのまま寝ずにいるのは体に悪いだろう? だから湯浴みのついでに隙を突いて意識を刈り取り、寝床に転がしてきた」

「は⁉︎ 刈り取っ、転が……死んでませんよね!」

「もちろん生きている。というか、そもそも俺に隙を突かれる時点であいつも限界だったという証拠だ」


 ジルは昔から一人で抱え込みすぎなんだよ。

 呆れたように笑って、王子殿下はベッドの脇にある椅子に座った。


「騎士は何かあれば気配で起きるように訓練されている。わざわざ起こさなくても、そのうち突撃してくるだろうからそれまでは寝かせておいてくれ」

「いいですけれど。そこまでして……大丈夫ですか?」


 主に王子殿下が。すると彼はにこやかに笑った。


「大丈夫だ、友情がある」


 ダメかもしれない。

 アンジェリーナは真っ青な顔で肩を震わせた。

 ジルベルト様がちょっとでも長く寝ていてくれることを祈るしかないわね。


「で、この隙にアンジェリーナと直接話しておきたかった」

「直接話したいって……何でしょう?」


 顔には出していないつもりだけれど、態度には出てしまったかもしれない。


「そう警戒しないでくれ。すでにジルとは話がついている」

「ジルベルト様とですか?」

「そうだ、ちなみにアンジェリーナが意識を失ったあとのことだが」


 うっかり寝てしまったアンジェリーナはジルベルト様が背負って洞窟を抜けたそうだ。紫水晶に残した魔法と、洞窟に入る前に置いた魔道具の補助もあり無事に入口まで戻ることができた。

 そのときの状況を思い描いてアンジェリーナは頭を抱える。

 先日は抱っこ、今度はおんぶか。扱いが完全に子供だ、不覚だわ。


「どうした?」

「いえ、どこで間違えたかなーと思いまして」

「それで現在地は採掘場の近くにある空家だ。行く前に掃除しておいてよかったな!」


 洞窟から戻ってすぐにアンジェリーナをこの部屋に寝かせた、と。

 ここまで話したところでようやくアンジェリーナと視線を合わせた王子殿下は顔をまじまじと見る。

 そして心底安心したように、ほっと息を吐いた。


「こうして改めて見ると普通の顔だよなー。地味で落ち着くというか、緊張感がない」

「いきなり何です、人の顔を何だと思っているのですか!」


 なんて無礼な!

 ですが、思わずそう言いたくなる気持ちもわかりますが。

 王子殿下は目元を押さえて深々と息を吐いた。


「正直に言う。あの赤い瞳にはぐらっときた。ジルがいなかったら本気で危なかったかもしれない。

「そこまでですか……」

「俺は竜の血が薄いからあの程度で済んだが、他の竜騎士だったらもっと危険だろうな。衝動に突き動かされてアンジェリーナを拐って速攻で監禁するくらいは余裕だろう」

「さらっとおそろしいことを言わないでいただけます⁉︎」


 ちなみにあのとき瞳の色が赤に染まったのは、腕に纏わせた魔力の鎧が剥がれ落ちて魔に侵食されたから。緊急事態とはいえ詰めが甘い。これは課題だな、次から気をつけよう。

 アンジェリーナは申し訳ないという気持ちで眉を下げる。


「赤い瞳のことを黙っていたのはそれが理由です。ただ、結果的には王子殿下を騙すことになってしまいましたが」

「いや、むしろ当然だと思う。こちらこそ不快な思いをさせて申し訳なかった」

 

 頭まで下げてもらって、こうしていると理性的で誠実な人だ。

 望まずとも囚われて、下手をすると人生すら狂わせる。竜の血に魔寄せの力がもたらす弊害はこんなところにもあったわけだ。

 アンジェリーナと視線を合わせた王子殿下は真面目な顔で口を開いた。


「この場で約束する、誰にもアンジェリーナの赤い瞳のことは言わない」

「私としてはもちろんありがたいのですが……騎士が王の命令に背くわけでしょう?」

「俺の願いを叶えるためアンジェリーナは命をかけてくれた。ならば俺だって命がけで報いるのが当然だろう」


 ジルベルト様を介して、魔法による制約を自らに課したという。

 アンジェリーナは目を見張った。ここまで言ってくれる人は初めてだわ。


「ちなみに今の私を見るとどんな気持ちです?」

「チビだなー、ちゃんと飯食っているか?」


 ですって。いやもう何なのよ、この扱いの差は!

 つまり赤い瞳のときだけ竜の乙女は竜騎士の好意を引き出すわけか。非常に限定的な強化の魔法、好意によって高揚感を与えて精神面を強化する。

 ジルベルト様が言うには、人の使う魔法の威力は精神面で上下することもあるらしい。

 竜騎士は強化されたことでいつも以上の力を発揮することができた。だから竜の乙女を得た竜騎士は他の者を押し除けて、王になることができたわけか。


 でも王になったとして、彼は本当に幸せだったのかしら?


 愛する者を奪われる不安が常に付きまとう。自分は相手が必要でも、相手はそうではない。夢から覚めた後の絶望のほうが大きかったのではないだろうか。

 結果的には竜の乙女を失っているわけだし。

 そこまで考えたところでアンジェリーナはゆるく首を振った。

 とはいえ、これはもう昔の話。アンジェリーナにとって大事なのはこれからのこと。


「ジルがいると絶対に二人きりで会わせてくれないだろう? だから今のうちに確認しておきたかった」

「赤から紫の瞳に戻れば全然平気みたいですねー」

 

 それがわかればアンジェリーナも安心して国を出ることができる。

 

「ジルとも話したのだが、このまま俺と契約を交わすことなく出国してくれ。その代わり報酬はできる限り要望に沿うものを用意して渡す」

「契約書がないからどうとでもなる、という方向性をそのまま貫くわけですね」

「そうだ。ルベルが見つかったことはすでに父に報告している。契約書がないということがバレると理由をつけて接触してくるかもしれないから建国記念式典の準備で忙しい今のうちに出国してしまえ」


 ニヤリと笑って王子殿下は軽く片目をつぶる。

 アンジェリーナとしても依頼は果たしたのだから、文句を言われる筋合いはない。

 もったいないなー、王子殿下が竜王国の王様になってくれたらすごくやり易いのに。


「では報酬として魔力だまりに一番近い紫水晶の鉱床をくださいな」

「鉱床? 鉱石ではなくか?」

「はい、鉱石では足りないので」


 ちなみに品質の良い紫水晶の鉱石はものすごく高価だ。

 それを鉱床ごとよこせ、と厚かましくもアンジェリーナは言ったわけだ。

 王子殿下に警戒されるのは当然ですよね!


「何をする気か聞いてもいいか」

「あの魔力だまりは竜にとって害になる。再びルベルのように幼い竜が囚われることがあってはならないので、ここを出発する直前まで、できる限り魔除けの力を紫水晶の鉱床に付与しておきたいのです」


 あれは魔力だまりの役割を超えている、アンジェリーナはそう判じた。


「わかった、手配しよう。ただ鉱床だけではアンジェリーナの利益にならないから、別に報酬は用意しておくな!」

「ありがとうございます!」


 いやもう本当に、気遣いのできる方ですね。


「できれば結界で封じてしまいたいところなのですが、常設型は燃費が悪いので永続的に稼働させることができません。あくまでも一時しのぎの応急処置なので結界が機能している間に対策を立てていただけませんか?」

「もちろん。父にも相談しなくてはならないが王家の権限で入口の封鎖は確実だ。まず住民の立ち入りを禁じる」

「そうしたほうがいいでしょう。特に魔獣の大移動のときは魔力だまりがどんな動きをするかわからないので注意したほうがいいですね」

「おっかないものだな、魔力だまりは。ただ疑うようで悪いが、マグマだまりに似せたくらいで本当に竜が騙せるのか。あいつらかなり賢いぞ?」


 たしかに途方もないくらい確率の低い罠だ。

 でも捕まえる確率は低くても、ゼロではない。そこが問題だった。


「覚えていますか? 騎竜を失った竜騎士のこと」


 ハッとした顔で王子殿下は息を呑んだ。


「ではまさか、騎竜はあの魔力だまりに!」

「簡単に騙されるとは思いませんが……それこそ病や負った傷のせいで見誤る可能性は十分あると思いますよ」


 アンジェリーナも今回のことがあって覚書を読んだときに初めて知った。

 竜は大きな怪我を負い、病に倒れたときなど、自らの回復が見込めないと判断したときは本能で命を地に還すという。還したからだは大地に取り込まれて、新たな生命を育む温床となる。

 古くからの言い伝えでは、たとえばマグマだまりに飛び込むことも竜が地に命を還す方法の一つだとされていた。そして命を地に還すことで魂は別の竜となって再びこの世に生まれ変わるとも言われている。

 まさに命の循環だ。


 アンジェリーナは魔力だまりに手を入れたとき、図らずも残された魔力だまりの記憶を見た。


 かつて一匹の騎竜が寿命を迎え、命を地に還そうとした。ところが竜は病のせいで見誤り、魔力だまりに飛び込んでしまったのだ。

 命の循環から外れてしまったのは竜にとっても想定外の出来事であったのは間違いないだろう。

 そして罠にかかってしまった哀れな竜の末路はどうなったのか。


 蛇ではなく、もう一匹のほうが大当たりでしたねー。


 リゾルド=ロバルディア王国、魔の巣窟。

 迎え撃つ特務部隊とアンジェリーナを襲った魔窟の主の()()()()()

 呪いを撒き散らす邪竜となったものを、ボッコボコにして討伐したなんて言いにくいなー。


次話は竜についてですが、生死に関する内容が出てきます。苦手な方はご注意ください。

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