第十二話 二ヶ所目はサウラ峡谷、王の見回りと竜の呼び笛
役に立たない無能であれば、国王様が私をお城に招くことは二度とない。
「何か悪どいことを考えていませんか?」
振り向くとそこにはジャミル様が怪訝そうな顔をして荷物を抱えている。
「アンジェリーナの場合、良いことも悪いことも全部顔に出るのが不憫ですね」
「何ですって!」
さらに言い返そうとするとジルベルト様に首根っこをつかまれた。
「落ち着け、相手にするな。ジャミルの思う壺だ」
「いいじゃないですか。少しくらいアンジェリーナをからかっても」
「うるさい、おまえは絶対ダメだ」
「ジルが大人げないと思ったらジャミルが戻ってきたか。じゃあいくぞ!」
すでに慣れたもので王子殿下はさらっと受け流す。
なんとなく納得いかない顔でアンジェリーナはガマロへと近づいた。
さてゴーグルをと、借りた物を手に取ったときジャミル様が手に持った袋を差し出した。
「アンジェリーナ、あなたにはこれを」
「何でしょう?」
「開けてみればわかりますよ」
簡易な袋に包まれていたのは女性物のゴーグルで、レンズは透明度の高い青。
そう、前回ガマロに乗ったときにジルベルト様が注文した商品が届いたそうです!
「早いですね、もっと時間がかかると思っていたのに」
「ゴーグルはほとんどが竜王国内の工房で作られているからですよ。今回は時間がないので既製品の中から良い品を選びましたが特注も受けているそうです」
「今までの物よりも薄くて軽い。しかもまぶしくない!」
レンズ越しに空を見上げると青く見える。アンジェリーナは目を丸くした。
頭に固定する紐と顔に固定する枠の色は黒に近い紫で、枠の外側にはさりげなく小さな装飾がついている。
かっこいい、大人っぽいデザインで素敵だ。
代金はとお財布を出したら、今後魔道具として改修する予定なのでジルベルト様が負担してくれるという。
セザイア帝国でもらった貝殻と同じように思い出と宝物が増えたわ。
「ありがとうございます! ジルベルト様に、ジャミル様も!」
アンジェリーナは二人を振り向いて、大輪の花がほころぶように笑った。
あまりにも素直に笑うから、なんだか調子が狂うな。
普段の油断ならない表情とは明らかに違う。同時に同じことを思いながら、不意打ちを食らった二人は不自然に視線をそらした。
ジルベルトだけでなくジャミルも顔が赤くなっている。
だから互いに顔を合わせない、というか相手に赤くなっていることを知られたくなかった。
顔をそむけたまま、そっけない口調で会話を交わす。
「腹立たしいが、趣味がいいことだけは認める」
「それはどうも」
「代金の請求は私に」
「承知しました」
表面的には冷静なふりをしてジルベルトは手綱を握り、どうにも落ち着かない気持ちを抱えたままジャミルは自分のガマロに向かって手を伸ばした。
「おーい、準備はまだか。先に行くぞ!」
「あ、ジルベルト様。ゴーグルつけるのを忘れていますよ!」
「すまない」
しっかり動揺している。
おそろしいな、アンジェリーナが相手では鍛えたはずの平常心なんて欠片も役に立たない。
自分と同じようにゴーグルをあわてて装着するジャミルを横目に見て、ジルベルトはガマロの手綱を引いた。
アンジェリーナを乗せたガマロは順調に砂漠を移動して目的地へと到着する。
砂岩でできた山を二つに深く切り分けたような崖が見えたところで、先頭を走る王子殿下は片手を大きく上げた。
「ここだ。このサウラ峡谷が竜の練習場になっている」
サウラ峡谷は観光名所でもあるそうで山肌の表面には独特の縞模様が見える。常時吹き抜ける風をつかみながら悪天候でも問題なく飛ぶことができるように狭い場所で飛ぶ練習をするそうだ。
アンジェリーナは峡谷の谷底を指した。
「深いところが見えるように、近くまで寄ってもいいですか?」
「仕切りの奥に行かなければいいぞ。暗くてわかりにくいかもしれないが、裂け目の底が抜けているんじゃないかというくらいに深いところがあるそうだ」
アンジェリーナはガマロを降りて仕切りのすぐ手前まで歩いた。
ゆっくりと魔除けの力を広げて、魔のつくものの気配を探る。
……いない。気配は感じるけれど、どれも竜のものではないな。
けれど、別に気になるものが一つ。
アンジェリーナの口角が上がる。
「ジルベルト様、アレに見覚えがありません?」
「あれは」
見開いたジルベルト様の視線が崖の上にあるものに釘づけとなる。
「魔獣の墓場の近くにあった、聖女の防御陣と同じもの」
「ちなみにジルベルト様は魔獣の墓場の切れ目が他国まで続いていると言っていましたが。どこまで続いているか、その目ではっきりと終わりを確かめたことはありますか?」
「……それは、どういう意味だ?」
「魔獣の墓場も、この場所も。雰囲気が似ていますよね。たとえばあの岩肌がえぐれた様子は、まるでのたうつ蛇が苦しんだ跡のように見えませんか」
ただ、ここに残されたのは痕跡だけ。魔の巣窟で感じたような強大で禍々しい実体の気配はどこにも残っていなかった。本体には近づいているけれどまだまだ遠い、そんな気がする。
「ちょっと期待していたのですけれど残念ですねー」
さて、ルベルの気配はどうだろうか?
さらに奥をのぞき込んだとき、隣に立つ王子殿下が服から取り出した細い小さな管を吹いた。
ピィーーーー!
鋭く高い音が峡谷に響く。
「何ですか、それ?」
「呼び笛だ。音の高さに違いがあってな、一頭の騎竜に一種類だけ割り当てられる。この呼び笛はルベル専用のものだ。この峡谷に人は入れないから、こうやって笛で呼ぶ」
笛の音は風に乗って奥まで響き、竜に届くと。
「なるほど!」
「いつもならこの音を聞けばすぐ戻ってくるのだが……やはりいないみたいだ」
反応がないというのなら、もう少し遠くまで気配を探ってみるか。
アンジェリーナは魔力を手繰った。
すると何かの気配を察知して視線が導かれるように空へと向いた。
「あれは」
アンジェリーナは思わず声を上げる。
四人の視界に大きな翼を羽ばたかせる竜の姿が映った。
「ああ、呼び笛の音でここに俺がいると気がついたようだ」
竜は耳がいいからな。王子殿下は合図するように大きく腕を上げた。
「あれは父の騎竜……きっと王の見回りだな」
「王の見回りですか?」
「ああ。竜王国国王は一日に一度、必ず騎竜に乗り国内を見て回る。目的地があってそこまで移動する場合もあるが、あんなふうにただ上空を飛ぶだけで、ぐるっと国を一回りして王城に戻ることもある」
「ぐるっと一回り。広大な国土の上空をですか!」
「竜の翼があればたいした時間はいらない。それにああして飛ぶことで野生の魔獣や魔物が多少はおとなしくなる。抑止力というか、自分が竜に狩られると思うから縄張りの内側で下手な動きはしないものだ。ただ残念なことに、いつまでも覚えてるわけではないので時間が経つとすぐに効果が薄くなってしまうがな」
だから記憶に刻むよう、毎日欠かすことなく地上を睥睨する。
威風堂々とした竜の比翼が太陽を遮って地上に大きな影を作った。
「あの姿を見ると国民は皆、安心感を覚えるそうだ。魔獣や魔物という脅威にさらされても、自分達は竜という強大な力に守られている。だから、安心して暮らすことができるのだと。そのためにも王は竜騎士でなくてはならない」
竜と竜騎士はスワラティ竜王国の誇りであり、希望だ。
王子殿下はゴーグルを外して憧れのように目を細める。
アンジェリーナはその濁りのない眼差しをうらやましいと思った。
本来ならば魔除けの聖女も、魔のつくものから人を守護する希望となるはずだったのに。
「だからこの国のために竜騎士は必要だ。それはわかっているけれど……誰かを犠牲にしなければ成立しない幸せほど脆いものはない。それを我々はセントレア王国と魔除けの聖女の関係を通じて学んだはずだ」
ああそうだった、王子殿下の言葉でアンジェリーナは忘れかけていた痛みを思い出す。
順調に旅が進んで、過去のことと忘れかけていた。
「王なら余計に忘れてはダメだろう。そんなこと誰よりもわかっている人だと思っていたのだけどな」
王子殿下は竜の背を見送って息を吐いた。濁りのない眼差しに、ほんの少しだけ影が差す。
地上に落ちる影を追いながら視線を下げるとアンジェリーナの手を誰かが握った。
今はもう、顔を上げなくてもわかる。この人は誰よりもアンジェリーナの感情の動きに敏い。
「失ったものを嘆くより、大切なのは今後どう生きていくかだ」
ジルベルト様の言葉に王子殿下は苦笑いを浮かべる。
言葉を探して、アンジェリーナが眉を下げると王子殿下はポンポンと軽く頭に触れた。
「すまない、一番傷ついているのはアンジェリーナだよな」
彼も傷ついているはずなのに、触れる手つきが優しい。
何と返すのが正解なのだろう。そう思うと余計に言葉が出てこないのよ。
浮かない気持ちでアンジェリーナは空を見上げた。
「あれ、そういえばあの竜……」
瞬く間に通り過ぎていく竜の姿を追ってアンジェリーナはつぶやく。
遠目からだけれど、からだの色がなんとなく記憶にあるような。
「竜舎にいただろう、鈍色のからだに青い目をした竜。あれが父の騎竜だ」
「アンジュが喧嘩を売った竜だな」
アンジェリーナは笑顔のまま固まった。
竜舎にいる群れの首領、それをそのまま人の序列に当てはめると……ジルベルト様にだけ聞こえる距離でアンジェリーナはささやいた。
「冗談抜きでバレたら息の根止めて黙らせるやつですね!」
「明るく誤魔化すんじゃない。猛省しろ、自重という言葉を脳に刻め」
思い出したようで、ジルベルト様が胃の辺りを押さえる。
ちなみに竜舎での件は、王子殿下とザイルさんの根回しでアンジェリーナが竜に嫌われた哀れな娘ということで決着している。だからお咎めなしというわけ。
王子殿下は渓谷の奥を見つめて、ゆるく首を振った。
「ああやって仲間の竜が飛んでくると、ルベルは遊びの途中でもよろこんで姿を見せたものだが……出てこないということは残念だがここにもいないようだ、マハラベイユまで戻ろう」
どこに行ったのだろう。
一日目と同様に復路は静かだった。ガマロの上で揺れながらアンジェリーナは思案する。
迷子の竜、大樹の空洞に残されたオレンジのリボン。
痕跡が残っていたということは思い入れのある場所という方向性は間違っていないはず。
……だけど決定的な何かが足りないような。
遊び盛りの幼い竜の思考をすべて上書きしてしまう強烈な記憶のようなもの。
それは一体何か、アンジェリーナにはわからない。
「ジルベルト様、明日もマハラベイユを拠点とするのですよね」
「そうだな、峡谷の先に三ヶ所目の目的地がある」
一ヶ所目はヒデラ砂漠。この場所や王都とは離れているし、場所の並びは関係ないか。魔物の頒布、竜と関係の深いもの。ヒデラ・ドート、アントラリオン。これも関係なさそうだ。
思わずうーんと呻いてアンジェリーナは額に手を当てる。
「あんまり考え過ぎると揺れで酔うぞ」
「ルベルの行方についてジルベルト様はどう思います?」
「情報がなさすぎて、はっきりとは言えない。ただルベルが竜舎をいきなり飛び出したというところが気になる」
まるで何かに呼ばれたようじゃないか?
ジルベルト様の言葉にアンジェリーナは覚書の内容をもう一度思い出す。
どこかにそんな記述があったかもしれない。あれは何のことだったか?




