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魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました  作者: ゆうひかんな
第三章 ヴァディス=スワラティの天船と竜の乙女

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閑話 スワラティ王家の事情、竜の乙女と魔除けの聖女

他者目線、短めです。

 

 執務室でディオネス=スワラティは報告書を机上に戻した。


「事実だけを簡潔に書けといつも言っているのに、これではまるで物語を読んでいるみたいだ。これは報告書を作成する担当者の癖だな」


 手元の報告書は三種類ある。聖女の国と呼ばれたセントレア王国の興亡、同時期に起きたリゾルド=ロバルディア王国の魔獣の大移動の結果、セザイア帝国でのシーサーペント狩りと新たな魔力だまりについて。それぞれ竜王国が集めた情報を元に担当者が取りまとめたものだ。

 一見すると無関係にも思える報告書に共通する名前が一つある。


 国という点を繋ぐ一本の糸――――セントレア王国聖女筆頭、魔除けの聖女アンジェリーナ。

 名を指でなぞって、ディオネスは己が目元に同じ指先で触れる。


「それにしても……魅了が効かなかったのは初めてだな」


 竜の目には魅了の力が宿っている。

 ディオネスも国王に受け継がれる日記を読んで己が瞳に宿った力を知った。そして鍛えることで魅了の強弱、相手を選ぶことができるということも同時に知ったのだ。

 魅了の効果が持続するのは数分だけという弱点はあるけれど、情報を引き出すときや交渉を優位に運ぶには十分だった。竜王国の国王が竜騎士でなければならない理由はここにもある。

 

「けっこう強めにかけたつもりだったのだけれどね、ことごとく弾かれるとは」


 噂では無能の役立たずだと聞いていたが未知なる聖女の力を存分に使いこなしているようだ。

 だがディオネスが求めるのは魔除けの聖女ではない。

 

 さて、どこに隠れているのだろう。我々の竜の乙女は?


 頬杖をついて報告書を眺める。

 かつて一度は捕まえた竜の乙女だけれど、あれほど深い場所に囚われながら竜騎士が王になったのを見届けて忽然と姿を消している。当時描かれた壁画に絵姿が残っているたが、印象的な黒髪と紅玉のような瞳のことしかはっきりとした特徴はわからない。

 我々、竜騎士にとって竜の乙女は切り札だ。竜を意のままに操り、うまくすれば王位すら手に入る。どこに隠れているのかを想像するだけで胸が躍った。

 竜の血を濃く引く者ほど、深く強く囚われる。竜の乙女という呼び名を聞くだけで胸が高鳴るのだから現実に現れたらどうなってしまうのか、おそろしい気もするが……。


 狂わされるとわかっていても、それでも求めずにはいられない。それが竜の乙女だ。


「竜王国も順風満帆じゃない。年々竜の血が薄くなっている。どこかで新たな竜の血を取り入れることができなければ未来のどこかで竜騎士そのものがいなくなってしまうだろう」


 竜の血が薄くなり消えつつあるというのは、竜と契約できる竜騎士の数が減っているということからも、恩恵であるはずの寿命が普通の人間よりも少し長いだけという状況からも推察できる。

 問題を解消するために竜の乙女が鍵を握るのではとされているけれど、過去に一度、竜王国の歴史に姿を現したきりで肝心の竜の乙女は消息不明のままだ。

 ディオネスがアンジェリーナに注目したのは聖女筆頭として、竜の乙女に関する知識を持ち合わせているのではという希望的観測があった。けれど、一番はあの黒髪だった。


 通常の場合、髪や瞳の色は親から子に遺伝する。彼女の血筋に黒髪を持つ娘がいるのではないか?


 だが調べてみると、魔除けの聖女は生まれると同時に神殿に引き取られているから本人も両親の顔を知らない。神官も知らないというから、知っているのはおそらく神官長や上位神官のごく一部のみ。

 しかし、神官長をはじめとした上位神官は国が亡ぶと同時にリゾルド=ロバルディア王国が身元を引き受け、彼らの手で秘密裏に処分されていた。

 まさかこうなることを予想していたわけでないだろうが。余計なことをしてくれる。

 

 ディオネスはため息をついた。どういうわけか不敵に笑うアンジェリーナの顔が脳裏に浮かんだ。

 彼女の髪はたしかに竜の乙女と同じ黒、だが彼女の瞳の色は紫だ。自慢の輸出品である紫水晶と同じ色だし、本来ならば好ましいものと思うべきなのだろうが……ディオネスは眉をひそめる。

 むしろあの深く濃い紫の瞳に見つめられるとどうにも落ち着かないのだ。

 こちらの思惑を見透かされているみたいで気味が悪い。


 あの紫の瞳からディオネスが感じるのは居心地の悪さ、悪い言い方をすれば嫌悪に近い。


 昼食の場で魅了の力を使い、アンジェリーナから竜の乙女に繋がる情報が引き出せたらと思ったのだけれど、結局うまくいかなかった。どうやら魅了と魔除けの力は相性が悪いみたいだ。


 竜舎での件もあるし、そもそも魔除けの聖女と竜は気が合わないのだろう。そう考えると黒髪であっても彼女が竜を意のままに操るという竜の乙女である可能性は限りなく低い。

 我々に強烈な思慕を与えるという竜の乙女の赤い瞳と、嫌悪感を与える魔除けの聖女の紫の瞳。

 両者は間違いなく別物だ。

 ただ一点だけ気になるとすれば……竜の乙女を得て、のちに王となった王子が日記に「竜の乙女に魅了が効かなかった」と書き残していたことだろうか。


 だとすれば、やはりどこかで竜の乙女と魔除けの聖女は繋がっている。

 そう考えると一層、アンジェリーナの血筋には期待できると思った。


「アレスティオがジルベルトと仲が良いというのは好都合だったな。竜の血が薄い息子ならあの紫水晶の瞳に不快感を覚えることもないし、うまくすれば竜の乙女に繋がる情報が得られるかもしれない」


 ゆくゆくは彼女自身をスワラティ竜王国に取り込むというのもありだ。

 この国は他国とは違って伴侶に身分は関係ない。竜の血を一滴でも多く残すことが優先される。


 だったら王子の一人と……そうだ、アレスティオがいいだろう。婚約者もいないことだし、ちょうどいい。


 あわよくば、アンジェリーナの隣からジルベルトを排除してアレスティオに置き換えて。リゾルド=ロバルディア王国の代わりにスワラティ竜王国の影響力を増すというのもありかもしれない。そのためにはできるだけ彼女の傍に置いて少しでも我々に気を許してもらえるよう仕向けなければ。


「アレスティオも国の未来のためだと聞けば、否とは言わないだろう」

 

 

もう一話、続きます。

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