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魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました  作者: ゆうひかんな
第三章 ヴァディス=スワラティの天船と竜の乙女

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第二話 これはもしかしてご褒美でしょうか


 刻戻しの魔法で兵士の腕を治したアンジェリーナは深く息を吐いた。

 今日はいつにも増して刻戻しの魔法を使ったなー。

 霊薬ではなく、アンジェリーナ自ら刻戻しの魔法を使ったということはそれだけ重症者が多かったということだ。


「嘘だろう、また手が使える!」

「痛みがない、しかも左半身が元どおりに動くぞ!」


 兵士達は信じられないという面持ちで互いに肩を叩き、生還を喜んでいる。

 聞けばスワラティ竜王国は水が貴重で、魔獣や魔物の数が多いから聖水も常に品薄だとか。

 大げさではなく命に関わるくらいにひどい症状の人もいたから解毒と浄化が間に合って本当によかった。


「彼で終わりだ、おつかれさま」

「ジルベルト様もおつかれさまでした!」

「この人数を治療したんだ、最後までよくがんばったな」


 人の喜ぶ顔はアンジェリーナにとってご褒美だ。

 緊張が解けて、心地よい疲れが全身を包み深く息を吐いた。

 すると救護所の敷物の上に座るジルベルト様の手が伸びてアンジェリーナを膝の上に乗せる。


 そう膝の上……、なぜに膝の上?

 アンジェリーナは途方に暮れた顔でジルベルト様へと視線を向ける。

 

「あの、ジルベルト様」

「何だ?」

 

 視線の先には銀色の瞳を柔らかく細めた至極満足そうな顔がある。

 アンジェリーナの心臓が一瞬動きを止めた。

 いつもはおっかないジルベルト様が、かわいい生き物に見える。

 再び動き出した心臓の鼓動を確かめるようにアンジェリーナは胸を押さえた。

 ……これってご褒美かしら?


「治療に魔力と体力をずいぶんと使っただろう。つらくないか?」


 労わる言葉と、心配そうな声。

 慣れた手つきで髪をなでられたアンジェリーナは甘えるように胸元へ身を寄せる。

 やっぱりご褒美だったか。

 近くで見ていた王子殿下が呆れた顔でつぶやいた。


「噂どおりの溺愛だな」

「いいだろう」

「あれ、そういえばジルベルト様は王子殿下に敬語を使わないのですね」


 いまさらだけれど、あまりにも自然でようやく気がついた。

 ジルベルト様は王太子だったけれど、今は元がつくから相手のほうが立場は上だ。

 真面目だから、普段はこういうところもきっちりしているのに。


「アレスティオ――――アレスか、私的な場で敬語を使ったら絶交といわれた」

「えっ、そこまで⁉︎」

「ジルが敬語を使うとな、俺が叱られているみたいでこわいんだ」

「あー、それはまあ」

「普段から叱られるようなことをするからだろう」


 さらっと言い返して周囲を見渡したジルベルト様が訝しむように眉をひそめる。


「それにしてもアレスの配下は精鋭揃いのはずだ。それがここまで苦戦するとは、相手は?」

「ヒデラ・ドートだ、しかも育ちすぎて中型から大型に移行する寸前だった」

「厄虫が相手だからこれだけの被害が出たのか!」


 納得したようなジルベルト様の声にアンジェリーナはおばあさまの知恵袋をめくった。


 ヒデラ・ドート、別名ヒデラ砂漠の厄虫。


 ミミズのようなぶよぶよとした表皮に巨大なからだ、大きな口には細かい歯が無数に生えている。雑食で、砂と一緒に生えている植物や生物も見境なく飲み込んでしまうのだとか。

 一方で、砂漠のゴミや動物の遺骸など不要なものを処分する役割も担う。

 古語で死を意味するドートの名にふさわしく、酸を含んだ唾液には毒があり、解毒が間に合わなければ数時間で死に至る。成長するに従って気性が荒くなるから幼虫のうちに討伐することが重要だとか。

 念のためとジャミル様が差し出した解毒剤を飲み干して、王子殿下は深々と息を吐いた。


「立て続けに魔獣の大移動が起きただろう? あの時期は数が増えて、しかも大きく育つみたいでな。討伐が追いつかなくて見逃してしまったらしい」


 不運な旅人の通報があってようやく発覚したという。 

 本来、ヒデラ・ドートは日光に弱いから夜にしか姿を現すことはない。日差しの強い昼間は地中に穴を掘って暑さをしのぎ、夜に活動する。一方で旅人は夜になると魔獣や魔物が活発に動くので、危険の少ない昼間に砂漠を渡るから鉢合わせすることなんてない滅多にないはずだった。

 それが昼日中に、ひょっこり顔を出したと。


 そもそもうっかり顔を出した巨大ミミズがアレなのだが、無防備な状態でこれまたうっかり目撃した旅人も相当びっくりしただろうなー。


 もしかするとシーサーペントのときのように、間隔の短くなった魔獣の大移動によって魔のつくものの習性が狂わされているのかもしれない。

 アンジェリーナは立ち枯れた枝の隙間から杏色の砂漠を見つめた。

 砂漠とは広くて果てが見えない、まるで砂の海みたいだ。

 セザイア帝国の海は母のように生み育てる命のゆりかごだった。けれどスワラティ竜王国の砂漠は試練だ。厳しく過酷で、いかなるときも命がけ。実力だけでなく運も試される。

 兵士達はアンジェリーナに感謝の言葉を口にしながら王都へと帰還していく。

 隣に王子殿下が並んだ。


「霊薬とアンジェリーナ嬢の魔法で兵士が全員無事に帰還することができた。深く感謝する」

「こちらこそ、機会を与えてくださってありがとうございます」

「まさか本当に聖水を使うことがないとは。すんなりと信じてあげられなくて申し訳なかったな」

「人の命がかかっていますから判断を誤るわけにはいきませんもの。実績があるやり方を信じるのは当然ですし、指揮官という立場もあります。あの場でいきなり信じろというのは難しいでしょう」


 アンジェリーナのやり方は一般的な治療法とは異なる。どれだけ優れた技術を持っていても機会を与えてもらえなければ無能で役立たずという悪評を払拭することもできない。


「それでも最後は任せてくれた。私にとってその差は大きいのです」

「そういう台詞が出るということは、きっと人と違うというだけでずいぶんと苦労したんだな」

 

 共感するような表情で王子殿下はゴーグルを外した。すると特徴のある瞳が露わになる。鮮やかな色の虹彩に黒い瞳孔が縦に細く伸びていた。

 これが竜の目――――竜と契約した騎士の瞳は騎竜の瞳と同じものに変化するという。そして竜の目は二つとないと言われるほど虹彩の色は千差万別。


 唯一のものを、互いの身に宿して対とする。これが竜騎士と騎竜との契約の証。


 王子殿下の虹彩は太陽のようなオレンジ色、角度によって金や銀の光が混じっている。

 アンジェリーナはセザイア帝国で見たファイアオパールという宝石を思い出した。遠く離れた異国では極楽鳥花の石とも呼ばれて珍重されているとか。ジルベルト様の星水晶のような銀の瞳もきれいだけれど、これもまた趣きの違う美しさだ。

 厳しさと温かさの共存する色鮮やかな瞳に魅せられてアンジェリーナは感嘆のため息をついた。


「太陽を思わせる美しい瞳ですねー、っとすみません!」

 

 思わず口から出ていたことに気がついてアンジェリーナはあわてて口元を押さえる。

 褒め言葉だとしても容姿のことを安易に言うものではないわね。

 すると王子殿下は目を丸くして、次の瞬間くすぐったそうに笑った。


「いいんだ、こわがる人が多いからそう言ってもらえるのはうれしい」


 他国ではこの色鮮やかな虹彩と黒く縦に伸びる瞳孔を気味が悪いと忌避する者もいるのだとか。

 驚きはするけれど嫌な感じはしないな。

 アンジェリーナと視線を合わせて王子殿下は胸を張った。


「この竜の目が竜騎士の誇りだ。アンジェリーナ嬢は趣味がいいな!」

「ありがとうございます!」


 褒められるのはうれしい。深く考えることもなく単純にそう思っただけだ。

 アンジェリーナが微笑むとジルベルト様が面白くなさそうな顔をする。

 どうしたんだろう、先ほどから機嫌が悪いような?

 彼は深々と息を吐いて無言のまま立ち上がると、アンジェリーナを肩にするっと担いだ。

 捕獲された、どうして?

 いつになく強引な態度に思わず目を丸くする。


「ちょっと待ってください、まだ悪いことはしていませんよ!」

「まだって何だ?」


 しまった、ついうっかり。

 慣れた様子でアンジェリーナを捕獲したジルベルト様は王子殿下を軽くにらむ。


「用事が済んだのならもう帰るぞ」

「あっ、すまない。一番大切な用事が残っていた!」


 途端に思い出したのか立ち上がった王子殿下は顔色を悪くする。

 担がれた体勢のままアンジェリーナは彼の表情を読んだ。

 これは大事なはずの用事をすっかり忘れていましたという顔だなー。

 苦笑いを浮かべるジャミル様と共にジルベルト様は振り向くこともなく救護所を後にする。


「まさか自分がここに呼び出しておいて、大事な用事を忘れたとは言わないよな」

「ヒデラ・ドートの討伐で頭がいっぱいだったが、こっちも緊急事態なんだよ!」


 どうやらこの方は、ちょっと抜けているところがあるらしい。

 なんとなく似たような台詞をどこかで聞いたような気がするけれど、それはさておいて。

 呆れた顔をしたジルベルト様の背中をアンジェリーナは軽く叩いた。


「ジルベルト様、話しにくいので降ろしてくださいな」

「ダメだ」

「ええと?」

「距離が近い」

「は、何の距離です?」

「これならいいだろう」

 

 ジルベルト様はそのまま両腕で支えるようにして、するりとアンジェリーナを抱え直した。

 アンジェリーナは彼の腕に支えられながらジルベルト様の顔を見下ろす。

 これ、たて抱っこだ……子供にするやつ。

 呆気に取られたアンジェリーナの顔を見上げてジルベルト様はくくっと笑った。

 

「身長差があるから、このくらい高さのあるほうがアレスと話しやすくないか?」


 ぐっと呻いたアンジェリーナは軽くにらんだ。

 意地悪、また子供扱いして!

 だけど腹立たしいことに頭の位置が上がったおかげで話しやすくなった。


「おや独占欲ですか、見苦しいですね」

「うるさい、誰のせいか胸に手を当てて考えてみろ」


 からかうようなジャミル様の台詞を切り捨ててジルベルト様はアンジェリーナに視線を向ける。

 仕方なくそのままの体勢でアンジェリーナは王子殿下の顔を見上げた。


「手紙には依頼内容が書かれていませんでした。ですから依頼とはヒデラ・ドート討伐のことだと思っていたのですが……違うのですか?」

「全然違う、というかもっと個人的な相談だ」


 ジャミル様も含めた三人にだけ聞こえる距離で王子殿下は声をひそめる。


「竜騎士の仕事にも関わることで、あまり人には聞かれたくない」


 ジルベルト様はアンジェリーナを抱き上げたまま、さっと周囲に視線を走らせる。


「ここは人が多い、まずは場所を移そう」

「では場所を借りてきますね」


 ジャミル様が近くの商人に声をかけて空いているテントを借り受ける。

 テントの周囲は開けていて、目隠しの布もなければ荷物などの遮るものも置かれていない。四本の支柱に雨や日差しを避ける屋根代わりの布しかない簡易なものだ。

 人に聞かれたくない話をするのにいいのかな。アンジェリーナは彼に問うような視線を向ける。


「内緒話をするときは、こういう開けた場所を選ぶのです。物陰で誰かに聞かれる心配はないし、不審者が近づいてもすぐにわかるでしょう?」

「なるほど!」

「ちなみに、あえて聞かせたいときはいかにもという雰囲気の場所を選ぶといいですよ」


 ジャミル様の背後に黒い何かが見えた。

 やだ、こわい。どういうわけか、この人はこういうときが一番生き生きとしている。


 王子殿下とジャミル様が敷物に座るとジルベルト様はアンジェリーナを下ろして自分の膝の上に乗せた。

 隣に座る二人の視線が生温い。

 いいのです、これはがんばったご褒美なのです。


「それでアンジェリーナに相談したいことは何だ?」

「俺の騎竜――――ルベルという名前なのだが、最近様子がおかしいんだ」


 王子殿下は真剣な顔をする。

 なんと相談内容は騎竜のこと。予想もしていなかったアンジェリーナは目を丸くした。



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