純粋なる狂気2 ※他者目線
フェレスは心底うれしそうな顔をして、指折り数えながらセントレア王を追い詰めていく。
まず機能していないに等しい軍隊はあっさりと制圧、内政もすでに機能不全に陥っていたため各部署の業務は停止。公爵家を筆頭とした高位貴族については家を守ることを優先したためか、館や領地に閉じこもったまま出てこない。
「王家を守ろうとする高位貴族からの抵抗はありそうだと思っていたのですが。そこまでの愛国心はなかったようですね。アンジェリーナへの仕打ちをみれば大体予想はつきましたが王家に対する態度としては冷たいものです」
「なぜ抵抗しないのだアイツらは! あれだけ目をかけてやったというのに」
「人を見る目がなかったということでしょう。民についてはずいぶんと数を減らしていたこともありますし、ほぼ無抵抗だそうです。神殿を掌握したというのも理由としては大きいでしょうね」
アンジェリーナ無双の現場にやってきた神官長はそのまま捕えられた。捜査の目をかいくぐって身を隠していたはずが、王城での出来事を聞いて、いてもたってもいられなかったらしい。飛んで火に入るなんとかというやつで、アンジェリーナが魔法陣で転移したあとあっさり捕獲された。神官も聖女も、神官長が捕えられたと聞いてからはおとなしく指示に従っているという。
「正直なところ、本隊が到着する前にここまで片づくとは思ってもいませんでした」
「そんな、バカな……」
「思っていたよりもあっけなかったですが、国が滅ぶときはこんなものなのかもしれませんね」
フェレスは肩をすくめた。聖女の国、セントレア王国。それは広告としての呼び名ではなく、実情をよく現していた。結界という目眩しを取り去ってみれば聖女に頼り切っていた国の姿そのものだ。
「対人特化のリオノーラ王妃の結界、対魔特化のアンジェリーナの結界。両方が揃っていたからこそ、今代のセントレア王国は固く守られていた」
二人の聖女がもたらす恩恵が失われた今、もう国として機能できるとは思えない。
「それでは現状を踏まえて今後の方針をお伝えします。なお各国とは協議済みですので、もう結果は覆らないと思ってくださいね」
「横暴だ!」
「おや横暴とは。そろそろ自分の立場というものを自覚なさったらいかがですか?」
リゾルド=ロバルディア王国の手でセントレア王国は陥落した。今はリゾルド=ロバルディア王国の規律に基づいて粛々と物事が進んでいる。
「あなたがアンジェリーナにしたことと同じですよ。権力と権限でもって本人の意思に関係なく従わせる。違うというのならどこが違うか聞きますよ。時間はまだたっぷりありますし」
柔らかく笑うフェレスをセントレア王は睨みつけた。この男はいつも余計なことばかりする。政治的な駆け引きという分野では誰よりも厄介な男なのだ。
「まず、セントレア王国の領土については三分割され、隣接する三国が統治します。土地と同時に領民も三国が受け入れることに決まっていますが、領土の取り分については三国で調整中です」
いきなり領土の話になったことでセントレア王は仰天する。こんな短時間で、まさかそこまで話が進んでいたのか⁉︎
「いまさら驚くようなことではないでしょう。アンジェリーナを通してセントレア王国の実情を知ったときに遅かれ早かれ必要になると判断しただけです」
「……」
「領民についてはそのままですが、貴族については身分を剥奪し、平民に落とします。そのうえで各国の裁量により新たな爵位を与えることになるでしょう」
役に立つ人物にはふさわしい爵位が与えられる。だがふさわしくないと判断されれば相応の扱いになるだろう。
「ちなみにセントレア王国の現状については、我々が見聞きしたことをそのまま各国に余すところなく情報提供するそうです。さて、どう判断されるか見ものだ」
閉じこもっているだけでは爵位は守れない。そのことに気がつけば、貴族はあっさり寝返るだろう。
「ただうまく取り入ったとしても情報を抜き取られて、切り捨てられそうですけれどね。そのときはきっと、無能で役立たずだからという理由になるのでしょう」
貴族だけじゃない、国民もまた各国では無能で役立たず扱いされるだろう。
「だって歴代最高の呼び声高い魔除けの聖女を無能で役立たず扱いしたのですよ。大事なことが何も見えていなかったという証ですから」
フェレスの口元が誇らしげに弧を描く。
周辺各国はアンジェリーナを賓客として迎えたいと躍起になっている。本国では水面下で熾烈を極めるアンジェリーナの引き抜きをあらゆる手を使い潰している真っ最中だ。王からも手が足りないからとっとと切り上げて戻ってこいという矢のような催促が……っといけない、つい愚痴が。
「そうそう、すでにセントレア王国を見限って逃げた貴族や民は各国で笑い者になっているそうですよ」
魔獣の大移動を境にして、周囲の同情が嫌悪と嘲笑に変わった。さんざんアンジェリーナを無能で役立たず呼ばわりしていたせいで、むしろ彼らがそう呼ばれるようになったとか。
「まさに自業自得とはこのことですね」
「……っ! なぜ魔除けの力のことがバレたのだ!」
「前回の魔獣の大移動であれだけ甚大な被害がでたのに、今回はほとんどなかった。しかも各国の被害にいたってはゼロだ。歴史を遡って調べても各国の門が開かれなかったのははじめてのことで、あまりにも差がつきすぎる。一体何があったのか、原因は何なのか調べるのは当然でしょう」
二年前になかったもので、今回あったものはなにか。
「ですから我々は戦利品として最強の聖女を手に入れることにしたのです。最大の功労者――――セントレア王国聖女筆頭魔除けの聖女を」
真の狙いはアンジェリーナだ。フェレスはそっと己が手を見つめる。
本当はこの手に落ちてくるのが最善ではあったけれど。
「ご安心ください。その他の聖女も皆、リゾルド=ロバルディア王国が責任を持って保護します。正直なところ、セントレア王国は我が国と離れているので土地を得たとしても管理するのが面倒なのですよ。ですから土地は近隣国に差し上げる代わりに、聖女は丸ごと我が国がいただきます」
土地と領民という金の卵を産む鳥は他国に、聖女という人材をリゾルド=ロバルディア王国が。さすが父上、悪くない落としどころだ。セントレア王は呆然として言葉を失った。
「それで、私は?」
「あなたの処分については、各国と調整中ですがおそらく命はないと覚悟なさってください」
「どうして、どうしてだ!」
「それはあなたが一番よくわかっているのではありませんか?」
あえて処分という言葉をフェレスが選んだのはセントレア王がアンジェリーナを駒のように扱った意趣返し。でも本人はそれどころではないから、きっと気がつかないだろうけれど。
「わからないようですからはっきりと聞きましょう。王でなくなったあなたに何ができますか?」
「……!」
「ジャガイモ一個を秒で剥けるというスキルはさすがに無理でも、食事の支度や掃除や洗濯はできますか?」
「そんなことができるわけがないだろう!」
「それをセントレア王国ではなんと呼ぶか、あなたがよくご存知ではありませんか」
フェレスは冷ややかな眼差しを向けた。
「無能で、役立たずと呼ぶのですよ」
残念なことに、王でもない無能で役立たずを生かしておく理由はなかった。セントレア王――――平民に落とされた名もなき男は膝を突いた。足元に転がる豪奢な王冠や身を飾る装飾品がフェレスの目には滑稽に映る。
「それに亡国の王は生かしておくほうがリスクになる。危機管理の観点からも、そう判断されるのはわりと普通だと思いますけれどね」
死にたくないから、少しでも長く国を存続させようと王は頭を悩ませる。平和な時代は誰よりも臆病な者が王にふさわしい。だからリゾルド=ロバルディア王には変革を望むアンジェリーナの姿は危うく、でも憧れをもって鮮烈に映るのだ。
父もあのやんちゃぶりが意外と気に入っているらしい。
普段は難しい顔をしている人が、暴れん坊の子猫を扱うように着々とアンジェリーナを手懐けていく姿を見たときは呆然としたものだ。自分はまだまだ。そういうところはジルベルトのほうが似ている。だからアンジェリーナは彼を……そして思い出したとばかりに、ポンと手を叩いた。
「ああそうでした、うっかりしてアンジェリーナをかばった兵士のことを詳しく話していませんでしたね」
「そんなこといまさら聞いてどうする」
「とても大事なことなのですよ。これを聞けばあなたはなぜ自分が死を賜るのか理解できるはずです」
より絶望を深めるためにフェレスはすべてを話した。審議の場で何が起きたのかを、そしてグイド神官が誰を刺したのかまですべてをあますところなく。話が終わったとき、男の顔は土気色に変わっていた。
「とんでもないことを、あの男は」
「ちょうど私も隣にいましてね。危うく巻き込まれるところでした」
どの国の法に照らしても、王族殺しは極刑。
絶望を注ぎ込むように、にこやかに笑ってそう告げた。
「聖女殺しはあなたの指示だということは調べがついています。罪を逃れることはできません」
「……なんでこんなことに」
「なんでとは笑わせる。破滅の始まりはあなただ、お忘れなきように」
フェレスは兵士に合図を送る。護送されていく彼はもう王ではなく罪人だ。
「それでは処分が決まったときに、またお会いしましょう」
名もなき男は虚ろな目をしてうなだれた。兵士とともに出ていく背中を確認して、フェレスは立ちあがる。そして何かに気がついた様子で周囲を見回した。
「それにしても、ここだけは他の牢とはちょっと空気が違いますね……」
地下牢とは空気が澱みやすく、血や腐臭の匂いがするもの。ところがここだけは不快な匂いもなく、どこからか清浄な空気が流れてくるのだ。他の場所よりは陽当たりがいいという理由だけではないような気がする。椅子を戻しつつ、フェレスは清浄な気配の出所を探った。
「このあたりかな」
机をどかすと、隠すようにして壁に刻まれた文字があった。指先を滑らせて、文字を読む。
――――死したのちに、スザンナはオルランドとともに。
フェレスの背筋に寒いものが走った。内容は狂気すら感じさせるのに、清浄な空気はここから流れてくるものだった。だがこの文字列がまとう不可思議な空気はなんだ。フェレスは考え込んでいたけれど、やがてハッと気がついた。
この異質な空気はアンジェリーナの魔力と同じ。魔除けの聖女が魔を退けて弾くときの清浄な空気に近いものだ。
「ずっと昔、愛する男性とともに国を出ようとして無理やり連れ戻された魔除けの聖女がいました。彼女は幽閉されたあと……」
アンジェリーナの言葉が脳裏によみがえった。そうかもしれない、そうではない可能性ももちろんある。でもフェレスには、なぜか彼女だという確信があった。聖女が幽閉されたあと、相手の男は無事だったのだろうか。もしかすると、その男は……。
アンジェリーナは件の魔除けの聖女は幽閉された三ヶ月後に命の火が消えるように亡くなったと言っていた。もし死因が病でもなく、怪我のせいでもないとすれば……まさに聖女の願いが聞き届けられたということだろうか。
純粋さと狂気は紙一重。わかっていたつもりでもここまで深いものとは思っていなかった。
「神に愛されるというのも大変ですね。願いひとつで、己が命すらも左右してしまう」
ここは墓標、聖女が捧げた無償の愛の墓場だ。だからこの牢だけは神によって守られて清廉な気に満ちている。フェレスがこの場所でセントレア王国の終焉とセントレア王の処分を伝えたのは偶然だったけれど、墓標へ捧げるにふさわしい餞となったかもしれない。
あくまでももしかしたらの話で、確たる証拠はないけれど。
可能性のひとつとして我が王には伝えておいたほうがいいだろう。フェレスはざっと牢を見回した。きれいに整えてあるし、置かれている家具も内装も古いものだがそれが逆に効果的だろう。
「いいですね、せっかくですからときどき使わせてもらいましょう」
弔いは盛大なほうがいい。というかアンジェリーナと系統が同じ魔除けの聖女なら絶対に喜ぶ。
このあと、フェレスはセントレア王国の貴族や神官と面会するときは謁見の場に必ずこの牢を指定したという。自分は牢に入って、相手は外に椅子を用意して座らせたままで。
これはどういう趣向なんだ。いたたまれない気持ちでいっぱいの貴族や神官に、遠回しで意図を尋ねられると彼は必ずこう答えたという。
「セントレア元国王に案内された場所がここだったのですよ。これが他国の王子に対するセントレア王国独自の礼儀なのだと学びましたので、作法に従ったまでです。いや、斬新だと思いまして参考にしたのですが……おや、まさか違うのですか?」
違うならそう答えてみろ、思考を読ませない笑顔からはそんな副音声まで聞こえる。微笑みながら出足で反抗心を削り、完膚なきまでにプライドを叩き潰して、最終的には交渉を思いどおりに決着させる。
この鉄格子越しで行われる謁見が対魔獣特務部隊副隊長、フェレス・リゾルド=ロバルディア第二王子の鬼畜……辣腕ぶりを他国に轟かせるきっかけとなったのだが。
これはまた別のお話。




