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魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました  作者: ゆうひかんな
本章 魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました

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第二十四話 こんにちは、またお会いしましたね


 役目を放棄して逃げ出した魔除けの聖女アンジェリーナが、リゾルド=ロバルディア王国で捕縛された。そしてセントレア王の要請に従い、彼女の身柄は近日中に強制送還される。帰国後の彼女の処罰については私財没収のうえ、生涯幽閉と決まったそうだ、と。


「魔女は処刑しろ!」

「そうだ、無能で役立たずは聖女なんかではない!」


 私財没収、生涯幽閉など生ぬるい。自分がいなくなればセントレア王国にどのような災いが訪れるかを知りながら無責任にも義務を放棄したのだ。国を荒廃させた魔女に責任を取らせるためには、処刑と聖女位の剥奪という誰よりも重い罰がふさわしい。


「あんな冷酷非情な人間が聖女であってはならない!」


 無能で、役立たず。そこに非情、冷酷などという新たな悪評が付け加えられた。国民はすでにアンジェリーナが逃げたことを知っていたが、聖女アンジェリーナが逃げた理由までは知らされていなかった。事情を知らない彼らは、国がなぜ聖女アンジェリーナを生かしておくのか理由がわからないままだ。貴族も平民も身分に関係なく魔除けの聖女アンジェリーナを憎んでいる。魔除けの聖女という悪役を糾弾することで彼らは奇妙な一体感と高揚感を得ていた。

 

 それがセントレア王の狙いであることも知らずに。


 国民がいなければ国が成り立たない。だからセントレア王は国民をなんとしてでも国に留めておきたかった。そこで魔除けの聖女への憎しみを煽ることにしたのだ。責務を果たすことなく国を捨てた魔女こそが悪、苦難に負けず神とともに戦い続ける自分達こそ勇者であり正義であると煽ったのだ。


「悪しき魔女に制裁を!」

「我々の手で悪を滅ぼすのだ!」


 国民の要請を受けて、セントレア王は聖女アンジェリーナに制裁を与えると発表した。まず帰国する際は反省の意をこめてセントレア王国には自力で戻ってくるようにと告げた。どれだけ時間がかかろうとも途中で賊に襲われようとも助けてやるつもりはないと。


 そしてセントレア王国内では命を奪う行為でない限り、聖女アンジェリーナに報復を行なっても罪には問わないとした。彼女へ与える罰のひとつであると対外的には取り繕っていたが、実際には国民の不平不満の捌け口として利用することにしたのだ。


 そんな四面楚歌の状況で聖女アンジェリーナがセントレア王国に到着した。


 事前に帰国を知らされていた多くの国民が国境検問所に詰めかける。報復のためであることはもちろんのこと、枯れたようなカサついた肌、不気味な黒髪に意地悪そうな紫の瞳をした醜い容姿を嘲笑ってやろうと待ちかまえていたのだ。そしてついに聖女アンジェリーナが国境検問所に到着した。彼女はにこやかに笑いながら兵士に声をかける。


「こんにちは、()()お会いしましたね!」

「っ、きさまが魔除けの聖女だったのか」


 色変え魔法薬の話は嘘だった。騙されていたことに気がついて兵士は睨みつける。そして仕返しとばかりに声を張り上げた。


「魔除けの聖女が来たぞー!」


 兵士の叫び声が聞こえて、人々の視線が一斉に向いた。


「え、あれが魔除けの聖女⁉︎」

「醜いと評判のって、あれが?」

「……まさか、別人じゃないのか⁉︎」


 黒髪に紫の瞳。唯一無二とされる色の組み合わせだから彼女が魔除けの聖女に間違いはない。だが、聞いていた話とは全然違う。枯れていると揶揄された肌は白く透明感のある艶やかな肌に。魔女のようで不気味とされた黒髪はしっとりと濡れて風になびくとキラキラと光を弾いた。そしてどんよりと濁っていた薄紫の瞳は光と影が絡まり合う神秘的な紫水晶の煌めきを取り戻している。造作の整った顔立ちは高潔さと慈悲深さを感じさせ、まさに神が遣わした聖女と呼ぶにふさわしい優美な容姿をしていた。見違えるような変化に人々は呆然として言葉を失う。


 これではまるで魔除けの聖女の代わりに我々が醜くなったみたいだ。


 今では自分達のほうが肌はカサつき髪や体が傷ついてボロボロになっている。服だってそうだ、自分達は薄汚れているのに彼女が着る質素な白のワンピースや豪華な紫色のローブは一切汚れていなかった。しかも長い道のりを歩いてきたにしては疲れている様子を見せていないのもまた腹立たしい。


 我々は地位も名誉も財産も大切なものは全部失われたというのに。かつての自分達のように豊かで清らかに生まれ変わった聖女の姿がさらに人々の憎悪をかき立てる。


「許さないぞ!」

「さあ、とっとと歩け!」


 待ちかまえていた兵士達は魔除けの聖女を捕らえて王城へと連行しようとした。ところがどういうわけか国境線の上に設置された門の内側に彼女は足を踏み入れることができない。兵士の強い力で無理やり引き入れようとするも不自然な動きで彼女の体が外へと押し返されてしまうのだ。すると兵士の脳裏に、ひとつの可能性が浮かびあがる。


「きさま、セントレア王国の聖女のくせに我が国に対して悪意を抱くとは何事か!」


 そう、結界の聖女リオノーラの張る結界はセントレア王国に対して悪意を持つ人間や対人用の兵器を弾く。その結界を通過できないということは、彼女がこの国に対して明確に敵愾心をもっているという証だ。すると聖女アンジェリーナはためらうことなく背を向けた。


「これでは入国できませんね、ではそういうことで!」

「待て待て待て待て、入国しないで困るのはおまえだろう!」

「どうしてですか、私は困りませんよ?」


 聖女アンジェリーナは悪びれもせず、にっこりと笑って首をかしげた。


「そもそも私が国を出た理由を知っていたら、悪意を抱くなというのが無理だっていうことくらいわかりそうなものですけれどねー?」

「……この無能で役立たずが、生意気に!」


 事情を聞かされていたらしい兵士は右手に握った赤い旗を掲げた。すると音もなく聖女リオノーラの張った結界が解除される。王城から見やすいようにわざわざ赤い旗を掲げたのだろう。用意周到というか、戻ってきた魔除けの聖女が結界に阻まれる可能性があることは事前に予期していたというところか。


 悪いことをしたという認識はあるみたいね。


「さっさとしろ!」

「はいはい、了解ですー」


 聖女アンジェリーナはするりと門を潜り抜けた。そして睨みつける人々の目の前を堂々と歩いていく。


「この恥知らず!」


 誰かの叫ぶ声とともに雨のように小石が降り注いだ。聖女アンジェリーナの姿は石礫と土煙に隠れてあっという間に見えなくなる。

 王は命に関わる制裁を禁じたが、石を投げて当たるくらいならば命に関わることはないと人々は判断したのだろう。だが数が増えれば命に関わることもあるということを人々は忘れていた。絶え間なく降り注ぐ石に、やがて人の頭よりも大きな石が混じったことで、兵士達は焦った。


「やめろ、やめるのだ。それ以上は死んでしまうぞ!」

 

 これはガス抜きなんかではない、当たりどころによっては致命傷になる。そう判断した兵士達はあわてて止めに入った。ところがようやく小石の雨が止んだあと、人々は目の前の光景に驚愕する。


「あら、皆さまどうされましたの?」


 聖女アンジェリーナには傷ひとつついていなかった。服も汚れひとつなくきれいなまま、王城に向かう足取りも軽快そのもので無理をしているということもなさそうだ。彼女は艶やかなままの黒髪をなびかせて、固まる人々にこう言い放った。


「きっと神が罪のない私を憐れんでお救いくださったのでしょう。そうでなければ、無能で役立たずの魔除けの聖女にこんな奇跡が起きようはずもありません」

「なんだと!」


 罪のないという言葉に激高した人々は聖女アンジェリーナに向かって高火力の炎を放った。水で押し流し、強風を吹きつけ、瓦礫で押し潰そうともしたのだ。そこには命を奪うなという王の命に背くような殺傷力の高い魔法が含まれていたけれど、我を忘れた人々は気にも留めない。彼らにすれば、無能で役立たずの聖女よりも自分達のほうが劣るという現実のほうが受け入れがたかったからだ。

 ところが力を使い果たし、膝を突いた人々が目にしたのは、先ほどと一切変わらない聖女アンジェリーナの姿だった。


「もう満足かしら?」

「なぜだ、こんなことが……」

「では先を急ぐので失礼します。ああ、そうそう。たまには聖女らしいことを言っておきますね」


 彼女は皮肉げに笑った。


「聖女は力の強さが神に愛された証とされています。遠く離れた異国ではそういう人間のことを愛し子と呼ぶそうです。国や神殿はひた隠しにしていましたが、私の魔除けの力は影響範囲も精度も歴代で最高値なのですよ。国境線どころか、魔獣対応区域まで魔除けの結界を張っていました」

「嘘をつくな、魔除けの結界は王妃レオノーラ様が張ってくださっている!」

「ではなぜ王妃レオノーラ様が王城にいるにも関わらず魔獣に侵入されたのでしょうね?」

「っ、それは……」

「愛し子ではなかったとしても、私にはわかります。これは神が課した試練だったのです。他国のように魔除けの力に頼り切ることなく自力で魔獣の侵略を退けて見せよという厳しくも深い愛ゆえに与えられた試練でした」

「何を馬鹿げたことを!」

「不思議に思いませんでしたか? 被害者だと訴えたにも関わらず他国の対応が冷ややかだったことを。あれは呆れていたからなんですよ。周辺各国では身分や立場に関係なく、魔獣を自力で退けることが常識だからです」


 聖女がいないのなら武器をとって戦えばいい。自分でできることをなぜやらないのか。他国の目にはただ甘えているようにしか見えなかった。


「私がいなくても力を持った聖女がいるのだから、彼女達が助けてくれるはずでしょう? 兵士や軍隊のほうが、魔除けの力よりも役に立つのではなかったのですか? だからあなた方は魔除けの聖女を無能で役立たずと見下すことができた」

「……それは、そうだが。役目を放棄したのは認めるだろう」

「認めるもなにも、無能で役立たずだと評価したのはあなた達ではないですか。だから人々の魂の安寧と平穏のために魔女は退場しました。それなのに役目を放棄したって自分勝手にも程があります」

「でもそれは、知らなかったから!」

「我々のことを何も知らないくせに無能で役立たずと評価したのですよね。反論があるなら聞きますよ?」


 誰もが魅入られたように口をつぐむ中、アンジェリーナは聖女にふさわしい柔らかな笑みを浮かべた。


「ですが王国の民が成長した証だとすれば喜ばしいこと。そこで慈悲深い神はこうお考えになりました。魔除けの聖女を無能で役立たずと評価するのならセントレア王国に魔除けの聖女はもういらない」


 ――――だったら自分達でやってみせろと。


 人々の表情にとまどいの色が浮かぶ。そんなに怒ることなのか。多少やり過ぎたかもしれないが、ほんの少し意地悪をしただけじゃないか。まさかこの程度のことで見放されたりはしないよな?


「ですから私を処刑したとしても新たな魔除けの聖女が生まれてくる保証などどこにもありません」


 誰もがハッと息を呑んだ。生まれたときから当たり前のように恩恵があったから、一番大切なことを忘れていた。さまざまな表情が浮かんだのをみてアンジェリーナは冷ややかに笑う。気がついたとしても、もう遅いけれどね。人間は信じたいものだけを信じるようにできている。だが信じたくなかったとしても、これが真実。


「恩恵が失われたとき、あなた達を誰が守るのかしら?」


 人々は開きかけた口を閉じる。

 そんなつもりではなかった、こんな大事になるなんて思ってもみなかったから。


「さあ、結果はいかがでしょう。自分が正しいと思うなら、今までの行動をもう一度振り返ってみてください」


 聖女アンジェリーナは豪奢な紫のローブをひるがえして力強く王城へと歩き出した。背中に縫い取られた三種の宝具が陽の光を浴びて燦然と輝く。人々の目には力を取り戻したローブの輝きと、曇りのない澄んだ瞳がどちらに正義があるかを示しているように思えた。

 聖女アンジェリーナは行った先々で繰り返される報復を受け流しつつ、一直線に王城を目指す。そして王城に到着すると、すみやかに捕えられて地下牢へと繋がれた。奇しくもそこはかつて愛のために国を捨てようとした魔除けの聖女が閉じ込められた場所と同じだった。


「……ずいぶんと元気そうだな」


 調薬の聖女ユリアンネを連れて姿を現したセントレア王はつまらなそうな顔をした。報復によって死にかけているところを助けてやる代わりに、薬を飲ませるつもりだったのに。民も兵士も貴族も、使えない駒ばかりだ。

 だが魔除けの聖女の味方はどこにもいないのだから調子に乗っていられるのも今のうちだけだ。セントレア王は調薬の聖女から薬瓶を受け取ってそれを牢内に転がした。瓶は小さな音を立ててアンジェリーナの靴先で止まる。


「まずはそれを飲め。話はそれからだ」

「嫌だと断ったら?」

「自分で飲むか、無理やり飲まされるかの違いだ。無能で役立たずのくせにこれ以上手間をかけさせるな」


 牢番の兵士がこれみよがしに武器を鳴らす。話し合う気がないというのが丸わかりだ。アンジェリーナは深々と息を吐いた。


「私の身柄と交換で解毒剤をリゾルド=ロバルディア王国に渡すという約束はどうされるつもりですか?」

「そんな約束など知らんな」

「あら、ずいぶんとあっさり約束を反故にされますねぇ」

 

 そんな気はしてた。これが自国の王だなんて本当嫌になる。するとセントレア王は薄らと笑った。


「リゾルド=ロバルディア王国への罰だからな」

「どういうことです?」

「魔除けの聖女はセントレア王国のもの。それを奪う目的で手を出した。だから天罰がくだったのだ」


 自業自得、そう吐き捨ててセントレア王はアンジェリーナを嘲笑った。


「きさまをかばって剣で刺されたそうだな。馬鹿な男だ、魔除けの聖女に関わらなければ長生きできただろうに」

「……」

「まったく魔除けの聖女とは昔から変わらず愚かな者ばかりだ。愛や情に惑わされて、自ら捕まりに戻ってくるとは!」


 勝利を確信している王は高らかに笑った。無表情のままアンジェリーナは拳を強く握る。まだよ、まだ。できるだけ時間を引き延ばすの。


「ですが本心では私が戻ってくるなんて期待していなかったのではありませんか? だから聖女殺しという禁じ手を使うことにした」


 

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