第三話 逃げたのに捕まってしまいました
「おい、そこのおまえ!」
「はいはい」
「その髪と瞳の色は……!」
「ああ、コレですよー!」
手に持った色変え魔法薬の瓶を揺らす。中身は当然空っぽだ。
「珍しい色に変わるというから試してみたのですけれど、皆から避けられてしまって」
「っと、そうか。そりゃ騙されたんだ。珍しいといったら珍しいが、それは無能で役立たずの聖女の色じゃないか」
「失敗したなー、珍しい色ならモテるかなって思ったのだけど……」
「はっは、災難だったな! 次からは気をつけろよ!」
いかつい顔をした兵士に出国証明書をもらって国境検問所の門をくぐる。セントレア王国は入国審査は厳しいけれど出国審査はかなりゆるい。しかもこの色変えの魔法薬は聖女のお手製で、セントレア王国の定番のお土産物だったりする。旅行者が浮かれて魔法薬を使うことはよくあることだ。
まさかこの状況で、黒髪と紫水晶色の瞳がそのままだとは思うまい。案の定すんなり解放されて、以降は見咎められることもなく人の流れに沿って街道に出た。
「どっちの方向に行こうかな」
道は二股に分かれている。右がセザイア帝国、左がリゾルド=ロバルディア王国。セザイア帝国は周辺国でもっとも栄えている。最新の流行と商業の発展に力を入れている国だ。そしてもうひとつ、リゾルド=ロバルディア王国。こちらは歴史のある国で、幾たびも国難に見舞われながら懸命に立ち上がってきた魔法と騎士道精神で有名な国。
「うん、リゾルド=ロバルディア王国に行こう!」
左の道に足を向けた。どんどん歩き続けて、やがて森の中へ。整備された街道を外れ、足場の悪い森の中の道を選択したのには理由があった。
街道には旅人を狙った強盗や人攫いが出ると聞く。戦闘と名のつくものとは無縁のアンジェリーナにとって、強盗や人攫いのほうが魔獣よりも脅威だ。逆に魔のつくもののほうが安全だったりする。なのでためらうことなく森の奥へ奥へと進んでいく。
だからまさか、こんなところで人に会うとは思わなかった。
「旅人が、なぜこんな危険極まりない森の中に?」
「み、道に迷いまして?」
夜になったので野宿に良さそうな平地を探していたのよね。そしたら野営中の小隊にうっかり鉢合わせてしまった。それで事情聴取のために隊長と副隊長のテントに連行されたの。でも相手の素性がわからないので本当のことは言えない。
「あなたの名前は?」
「アンジェリーナです」
「旅行にしてはずいぶんと軽装だな。武器もないのか?」
「はい、荷物は少しずつ揃えていこうかと思ってましたから。それと武器は使えないので持っていません」
「よくここまで無事だったな、運がよかったとしか言いようがない」
服装や装備から灰色の髪をした鋭い目つきの男性が隊長さんで、焦茶色の髪をした柔和な表情をした男性が副隊長さんらしい。
「それで、どこから来た?」
「セントレア王国からです」
「……セントレアか」
国の名前に反応して二人は表情を暗くする。おやおや、どうしたのー?
小さく首をかしげると、二人はハッとしたような顔をして苦笑いを浮かべる。
「すまない。実は我々はリゾルド=ロバルディア王国からセントレア王国を目指してやってきたのだ」
「ああ、そうなのですか! 旅の途中だから、こんな森の中で野営を?」
「いや、二ヶ月以上前に到着している。だが入国の許可が下りなくて待機しているところなんだ」
「え、それはずいぶんと待たされていますね!」
何を考えているのだろう。他国からの客人を二ヶ月もこんな森の中で待たせて大丈夫なのだろうか?
「こちらが助力を願う立場だから、待たされても文句は言えない」
「隊長、それ以上は……」
副隊長さんがあわてて止める。でしょうねー、その先には危険と厄介事の香りしかしません。巻き込まれたくないアンジェリーナはヘラリと笑った。
「大変ですねー、がんばってください。では私はこれで」
「セントレア王国には魔除けの聖女がいると聞いて、彼女を派遣してほしいと要請にきたんだ」
部下を制し、言葉を被せるようにして隊長さんはあっさりと答えた。しかも王からの親書まで携えているという。アンジェリーナは内心で頭を抱えた。しまった、一番関わりたくないのに捕まっちゃったよ!
「ええと、魔除けの聖女にどんな用事ですか?」
「彼女に力を貸してもらいたいのだ。我が国は常に魔獣の脅威にさらされている。二年前に魔獣の大移動が起きて、そのときにもたくさんの兵士が命を落としたばかりだ」
魔獣の大移動のことはアンジェリーナも噂で聞いている。
リゾルド=ロバルディア王国、別名、魔獣の国。かの国は、魔力だまりの上に国がある。濃厚な魔力の恩恵を受けて優秀な魔法師や魔法剣士が生まれ育つ反面、魔獣が湧きやすく、凶暴化しやすいとされていた。
そして魔獣の国にはもうひとつ、湧いた魔獣がリゾルド=ロバルディア王国の一部を通過して他の魔力だまりを目指して移動するという魔獣の大移動と呼ばれる現象が起きるとされていた。押し寄せる魔獣の大群から国を守るため、各国ともにできるだけ事前に対策をとっているものの、規模もわからなければ、いつ起こるかわからないので絶対安全とは言い切れない。
「しかもまだ前回の被害から完全に立ち直ったわけではないのに、すでに次回の兆候が現れている」
「それは……厳しい状況ですね」
「どういうわけか魔獣の湧く間隔が短くなっているんだ」
数十年に一度の間隔だったのが、十年程度の間隔になり、前々回は四年前、前回は二年。たしかに間隔が短くなっている。
「……膨張期なのかもしれない」
アンジェリーナはつぶやいた。魔力だまりは膨張と収縮を繰り返しつつ成長していく。おばあさまがリゾルド=ロバルディア王国の魔力だまりは活発だと言っていたので、まさに今が成長途上なのだろう。もし今回が膨張のピークであれば魔獣の数や凶暴性が格段に上がる。今まで経験したことのない厳しい戦いになるだろう。いくら魔獣と何度も渡り合ってきた国でも、こう続けざまでは最悪、国が滅ぶかもしれない。アンジェリーナが黙り込むと、隊長さんは訝しげに眉をひそめた。
「どうした?」
「いいえ、なんでもありませんよー」
アンジェリーナは、誤魔化すようにヘラリと笑った。
「それで、なぜ魔除けの聖女なのです?」
「以前からセントレア王国には魔除けの聖女がいると聞いていた。我々が調べたところ、セントレア王国は建国以来、魔獣の襲撃に一度もあったことがない。つまり彼女には魔獣を弾き、退ける力があると予測している」
大当たり。アンジェリーナは目を丸くした。セントレア王国民よりも、他国のほうがアンジェリーナの力の本質を正確に把握しているなんて皮肉な話だ。これが知識の差なのだろう。もしくは危機感の違いともいうのかな。
「そこで助力を乞うため、セントレア王国に聖女を派遣してくれるよう要請を出した」
「えっ、そうなのですか⁉︎」
「実は今回が二度目なんだ。我が国が防げなかった魔獣は他国に被害を与える。どの国も積極的に協力してくれるから受けてもらえると信じていた」
答えを聞くまでもない。アンジェリーナに要請の話なんて欠片も聞こえてこなかった。
「どんなふうに断られたのですか?」
「国が協力を求めたら、聖女は『婚約したばかりで彼の側を離れたくないから拒否する』と答えたそうだ」
最低だなアイツら。私に責任を押し付けたのか。聞かされていたらむしろ喜んで行くわ。
「ちなみに前回とはいつのことです?」
「二年前だ」
アンジェリーナは深々と息を吐いた。二年前というのは、まさに国主導でグレアムとの婚約が結ばれたとき。二年前の突然降って湧いたグレアムと婚約にそんな裏があったとは。
しかも、それだけじゃない。
「それで私にこの話をした理由は何でしょう?」
「魔除けの聖女について何か知ることがあれば教えてほしい」
「どんなことが聞きたいですか?」
「噂話でもいい、たとえば人柄や仕事の評価について教えてくれ」
こういうことかと、ようやく理解できた。
「申し訳ありませんが、魔除けの聖女については良い噂を聞かないのですよ」
「……っ、やはりそうか」
「彼女は聖女として無能で役立たずと言われています。それに……」
「それに、なんだ?」
「仕事をサボっているという理由で罰金刑を課されるかもしれないという噂も聞きました」
沈黙が落ちた。彼らの顔にありありと失望の色が浮かんでいる。アンジェリーナは平静を装いつつ拳を強く握った。婚約のことだけじゃない。国が私の悪い噂を払拭しなかったのは、他国からの評価もついでに下げたかったから。
アンジェリーナを貶めるために悪い噂を煽ったのはヘレナだったとしても、国は私の能力を知っていながらわざと否定せずに放置したのだ。むしろ静観することで、より広く遠くまで無能で役立たずだという噂が拡散するように仕向けた。それは私の悪い噂を他国にまで広めることで私の価値を落とし、自国を守るためだけに魔除けの力を利用したかったから。魔除けの力に頼っているくせに、ずいぶんと好き勝手してくれるじゃない。
――――でもこの状況は使える。
「嫌なことを言ってすみません」
「いや、いい。前回の返答を聞いて、うすうすは感じていたことだから」
完全に悪役だな。自分で自分のことを悪く言うのは身を切るようでつらい。でも、未来のためだ。私の本当の価値は私だけが知っていればいい。
「セントレア王国に確認されたほうがいいですよ。彼らが返答を渋るのは、それが理由かもしれません」
「そうだな。どちらにしても、このまま手ぶらで帰るわけにはいかない」
隊長さんは魔道具を手に取った。紋章入りの紙は、たしか国家間のやり取りで使われるもの。専用の封筒に入れればすみやかに担当部署へと転送される。今回はきっとすぐに回答がくるだろう……なんて思っていたら、ホントにすぐ回答がきたよ。いくらなんでも早くない⁉︎
「どうですか?」
「君の言ったとおりだ。はっきりと無能で役立たずだと書いてある。国民の訴えを受けて、罰金刑に処すことを検討中というのも本当らしい。だから派遣するのは見合わせたいということだ」
「でしょうねー」
自分で確認するよう仕向けたことだけど、それはそれで腹立つな!
「この回答を国に報告して、今後の指示を仰ごう」
「それがいいと思いますよ!」
「きっと我々の期待値が高すぎて彼らも本当のことを言えなかったのだろうな……っと、おや?」
隊長さんの視線が手元に釘づけとなる。それから副隊長さんを手招きして二人揃って顔を見合わせた。それからアンジェリーナを見つつ、ヒソヒソと会話を交わす。んー、なんだかわからないけれど、たぶんこれはよくない流れだわ。
「ひとつ聞いてもいいか?」
「はい、なんでしょう?」
「ここに添え書きがあって、『もし黒髪と紫の瞳をした少女を見かけたら至急保護してすみやかにセントレア王国に送り返してくれ』と書いてあるのだが……これはあなたのことだろうか?」
私の不在にもう気がついたのか。意外に早かったな。