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魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました  作者: ゆうひかんな
本章 魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました

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第二十三話 さあ、反撃の布石を打ちましょう


「異議あり!」


 セントレア王国側から声があがった。べアズリース伯爵子息が真っ赤な顔をして、騎士に取り押さえられながら激しく抵抗する。


「我々は罪人の引き渡しを求めてこの国までやってきたのだ。それを逆に引き渡せだなんて意味不明なことが認められるか!」


 ジルベルトは嘲笑うように声をあげた。


「なぜだ。聖女アンジェリーナは本来セントレア王国が償うべき罪すら、その身に引き受けると言うのだぞ。国を存続させるために駒のように人を切り捨てる貴国にとっては好都合な展開ではないか。それとも切り離してあらためて貴国に責任を問うこともできるが、どうする?」

「そ、それは」

「あなた達は聖女らしくないとさんざん彼女を貶していたが、最後の最後に彼女の自己犠牲によって国が救われたわけだ。感謝しても文句を言うのは筋が違うと思うぞ」

「っ!」

「どちらにしろ、ここから先は我が国の領分。罪人の引き渡しに感謝する」


 ジルベルトの皮肉混じりの返答に王は軽く口角をあげた。先ほどから彼らはアンジェリーナのことを罪人と呼んでいるが、顔や口調からはそう思っていないことが丸わかりだった。すでにどのように処遇するかも心算があるのかもしれない。


 罪人とは名ばかりで、魔除けの聖女が奪われようとしている。セントレア王国側からするとそうとしか思えない状況だ。王は彼らの退室を促すように軽く手を振った。


「話は以上だ。取り急ぎ持ち帰り、事後策を検討するといい」

「……っ!」

「ちなみにだが、我が国は魔除けの聖女のおかげで魔獣の大移動による被害はほぼなかった。あれだけの規模でありながら死者が出なかったというのは奇跡に近いことだ。ついでに周辺国においてもまったく被害が出ていないことも確認している。貴国とは違い、我々は連携して魔獣の大移動を食い止めるつもりだったから、彼らからも大層感謝されてな。この際だから魔除けの聖女が助力してくれたことも喧伝しておこう」


 つまり魔獣の被害に苦しみ、右往左往しているのはセントレア王国だけということだ。


「対魔戦について他国からの助力はないものと思ってほしい。直接伝えずとも、賢明なセントレア王であればご理解いただけよう」


 アンジェリーナの証言によってセントレア王国が魔獣の大移動から自国だけを守るために他国を切り捨てたことは明らかになった。切り捨てる者は、切り捨てられる。それこそ自明の理だ。べアズリース伯爵子息の顔色は真っ青になった。


「そんな、我が国はどうなる!」

「勝手にしろ、それだけだ」


 吐き捨てるように答えてジルベルトは口角をあげた。


「ただし、アンジェリーナや我が国に手を出したら容赦しない。貴国とは違い、我が国は魔獣の大移動のために鍛え上げられた魔法師や魔法剣士がほぼ無傷の状態で揃っている。騎士道精神に則り、正々堂々とお相手いたそう」


 周囲からは、目には見えないけれどゴゴッと音がするくらいに闘気が噴き上がった。強面のおじさま方だけでなく、冷静沈着のはずの国王様ですら魔のあとに王がつくアレに見える。アンジェリーナでも倒せない魔がこんな近くにいた。騎士道というか戦闘狂。お国柄か、もしくは血なんだな。アンジェリーナは引いた、ドン引きだ。

 魔の巣窟の上に国を建てたのも合法的に戦えるからだったりして。絶対そうだ、一線は越えないようにしよう。じゃないと確実に血の雨が降る。


「アンジェリーナ?」

「ナンデモアリマセン」


 心を読むな、こわいから。震えるアンジェリーナの視線の先で黙り込んでいたグイド神官が口を開いた。


「もういいですよ、べアズリース伯爵子息。我々には勝ち目がないようだ」

「グイド神官⁉︎ こんなあっさりあきらめていいのですか⁉︎

「無駄に足掻くよりも出直しましょう。それよりも最後に聖女アンジェリーナと直接話してもよろしいか?」

「いまさら何を話す必要がある?」


 身構える人々をグイド神官は笑った。


「聖女アンジェリーナも申していたではないですか。上司として言いたいことくらいあるだろうと」


 なんだろう、この期に及んでいまさらなのに。アンジェリーナが警戒しつつ視線を向けると、ごく自然な動きでグイド神官は、一歩、一歩とアンジェリーナに近づいてくる。

 なのに誰も声を出せず、静止したくても身動きが取れないでいた。王だけでなく、ジルベルト隊長も、フェレス副隊長もだ。彼らもおかしいと思うのに声も出ず、体も動かない。だが部屋に入る前にあらかじめ武器や魔道具を持っていないことは確認済みである。魔法薬だってもちろんだ。なのになんでだろう、アンジェリーナには近づいてくる彼から嫌な気配しかしなかった。


「直接、伝えるようにと言われていたことがあったのを忘れていました」


 そして誰に咎められることもなく、ついに彼はアンジェリーナの目の前に立った。にこやかに微笑む彼を青ざめた顔で見上げたアンジェリーナは唇を噛んだ。たぶん詰んだ、きっと彼は何かやる。

 そう思った次の瞬間、グイド神官が短く呪を唱えると虚空から滲むように短剣が生み出された。持ち手の皮は黒く染めた鮫皮、赤銅でできた剣身の表面には、まるで滴る血のように禍々しい紋様と呪がびっしりと刻まれていた。


「それは、()()()()!」


 アンジェリーナは息を呑んだ。聖女なら誰でも知っているセントレア王国の秘宝。でもまさか、本当に存在したなんて。


「王から伝言です。潔く己が命を捧げよと」


 グイド神官はアンジェリーナの心臓めがけてまっすぐに切先を振りおろす。対人戦闘能力皆無のアンジェリーナには避ける術がなく、剣先を見つめたまま身動きひとつできない。


「聖女はセントレア王国のもの。そうでなければ生きている価値などない」


 グイド神官は自分の正義を疑いもしない眼差しで笑いかける。アンジェリーナは彼の澄んだ瞳から目が離せなかった。彼は魔女を滅するためならば、悪行であろうと許されると信じている。だからこんなにも澄んだ瞳をして簡単に人の命を奪うことができるのだ。


 もう、ここまでか。そうあきらめかけたときだ。アンジェリーナの視界が大きく揺るぎないものにさえぎられる。


「っ、させるか!」

「まさか、術を破ったと……」

「魔法を読むということは見破ると同義だということを忘れるな」


 グイド神官の焦ったような声がしたと思うと、アンジェリーナの体は温かいものに包まれる。今何が起きているのか。混乱するアンジェリーナの視線の先に苦痛に歪んだジルベルト隊長の顔があって、彼の胸の内に守られているのだと知り呆然となった。


「禁足の呪いか。己が命を対価にして身体拘束と失語、精神を混乱状態にする。だが効果は強力でも一時的なもの、禁呪だけに術を破られたときは術者に呪いが跳ねかえる」


 痛みをこらえるようなジルベルト隊長の言葉が終わると同時に、グイド神官は吐血した。術が破られたことで魂を呪詛に喰われたからだ。呪いによる拘束から解き放たれ、ようやく周囲の人々が動き出す。


「ジルベルト!」

「っ!」


 勢いのついたジルベルト隊長の体を支えきれずにアンジェリーナは膝をついた。すると手のひらに生ぬるいものが触れる。錆びた鉄のように嫌な匂い、脈打つたびににじみ出る赤黒いもの。


 これ、血だ。


 膝をついたことで彼の背中に深々と突き刺さる短剣の柄が見えた……そんな、嘘よ。アンジェリーナはジルベルト隊長の服を掴んだ。黒い礼服の背にじわじわと血が滲んでくる。


「どうして私なんかをかばうの。あなたはこんなところで命をかけていい人ではないでしょう!」


 彼の戦場は魔の巣窟のはずだ。断じてずるくて嘘つきなアンジュの隣ではない。アンジェリーナを見上げて、ほんの少しだけ開きかけた彼の口元が苦痛に歪む。


「どきなさい、私が治療する!」


 血相を変えたおじいちゃんを筆頭として、あっという間もなくジルベルトを治療する人の壁ができた。アンジェリーナには越えられない壁、どれだけ大量の魔力があろうと、強力な魔法が使えたとしても輪の外に弾かれる。グイド神官は途方に暮れたようなアンジェリーナを嘲笑った。そして血濡れた指を伸ばし、アンジェリーナを糾弾する。


「正義はセントレア王国にある、悪しき魔女は滅びよ!」


 呪いの言葉を吐いてグイド神官は息絶えた。アンジェリーナは唇を噛む。この男は、より深く私が傷つくとわかっていたからジルベルト隊長を巻き込んだ。だから突き放すべきだったのに、隙を見せた私の失態でもある。座り込んだまま、アンジェリーナは力なく呟いた。


「なんで助けたのよ……私にはあなたを癒すことができないのに」


 なにが唯一無二の魔除けの力だ。どれだけ万能であっても目の前で苦しんでいる大切な人を救うことすらできない。呆然と座り込むアンジェリーナの肩を誰かの手が強く揺すった。


「アンジェリーナ、しっかりしなさい」


 そこには厳しい表情をしたフェレス副隊長がいた。


「あなたが真っ先にあきらめてどうするのですか」

「副隊長……」

「隊長は私の命に代えても助けます。だからあなたは、あなたのやり方で隊長の命を救ってみせなさい」

「私にしか、できないことを」

「わかっているはずです。あなたが無能で役立たずではないことを証明する絶好の機会ではないですか!」


 そうだ、アンジェリーナは無能で役立たずをやめたのだ。負けるものか、選択肢が増えた私にはもっとできることがあるはず。いつものように柔らかく笑って、フェレス副隊長はアンジェリーナの頭をなでた。


「私にはわかります。他でもない隊長本人が、それを望んでいるはずです」


 セントレア王国に、反撃を!


 アンジェリーナが真剣な表情でうなずくと、フェレス副隊長は応急処置を受けるジルベルトの隣に並んだ。本当に人をよく見ている、言葉は厳しくとも優しい人だ。嬉々として追い詰めるところは鬼畜なんだけれど。


 こうしてはいられない。勢いよく立ち上がったアンジェリーナの隣に兵士が駆け寄った。


「アンジェリーナ様、王は別室に移ります。そこで引き続き話を伺いたいとのことです」

「こちらこそ、望むところです!」


 アンジェリーナはジルベルトに背を向けた。待っていて、絶対に助けてみせる。別室に向かう廊下の端では、べアズリース伯爵子息が暴れている姿が見えた。掴まれたり引っ張られたりしたせいで、せっかくの豪奢な衣装がボロボロだ。


「なぜ私が牢に入らねばならない、無関係だとさっきから言っているだろう!」

「セントレア王国の人間が信用できるか!」

「ならあの女だってそうだ!」


 べアズリース伯爵子息が指差す先にはアンジェリーナがいる。すると兵士はいっそう厳しい顔で彼を睨みつけた。


「セントレア王国の出身だろうが関係ない。隊長が命がけで守ろうとした、それが全てだ」

「っ!」

「それに彼女がリゾルド=ロバルディア王国のために邪竜と戦った姿をたくさんの兵士が見ている。我々にとって、意味不明なことを繰り返すしか能のないおまえとは扱いが違って当然だろう」


 見る人は見ているもの。アンジェリーナは表情を消したままべアズリース伯爵子息の横を通りすぎた。


「待ってくれ、君からも取りなしてくれないか。私は無関係だと証言してくれ!」

「それはできません」

「は、アンジェリーナ……どうしてだ、だって我々は婚約者だっただろう?」


 アンジェリーナはこれ見よがしに深々と息を吐いた。


「まさかあんな非道な行いを許す人とは知りませんでした」

「何が言いたい」


 アンジェリーナは、ゆっくりと振り向いた。


「知っていることは正直に全部話したほうがいいですよ。少しでも長生きしたいと思うなら」

「アンジェリーナ、きさま謀ったな!」

「人聞きの悪い。あなたの理屈では拒否される側に落ち度があるのだから自業自得ということでしょう」


 尋問されたとして、話すことはあるのかな。国からの信用が今ひとつだからな、あの人。今回の件に限れば、国はグイド神官にのみ計画を明かして短剣を手渡したのだろう。背後からは厳しさを増した兵士の怒声と、手荒く何かが兵士に引きずられていく音が聞こえる。


「この人でなし、ヘレナではなくおまえが力を失えばよかったのに!」


 でも、二年前の婚約のことは当事者だから確実に証言できるでしょうね。証人になれば身の安全は確保されるのだから、少なくともグイド神官のように命を奪われることはないはずだ。私の言葉には優しさしかないというのに品のない罵声を浴びせるなんて……まるで後ろ暗いことがあると言っているようなもの。このままでは一生収監されてセントレア王国に戻ることも、運命の恋人にもう一度会うこともできなくなる。


 それに再婚約ってなによ、頭沸いているんじゃない?


 物語では真実の愛を阻む壁は付き物だ。困難を乗り越えて結ばれるからこそ誰もがうらやむ愛の物語になる。まさか運命の恋人が聖女でなくなったから私に再婚約を求めた、なんてことは言わないわよねー?

 なぜべアズリース伯爵子息が使者に選ばれたのか。私が好きだからとか妄言吐いてたけれどまさかねぇ。もしそうなら肩書きに惑わされてこんなところまでノコノコやってきたせいで捕まって。真実の愛なら身分差くらい根性で越えるものでしょう。


「婚約を破棄するなら、そのくらいの覚悟をみせてみなさいよ」


 小さく呟いてアンジェリーナは国王様の執務室の扉を開いた。忙しなく働く文官の奥に厳しい表情をした王が椅子に座っている。視線が合うと手招きされたので、あわてて駆け寄った。


「お待たせして申し訳ありません」

「儀礼は省略だ。時間が惜しいので手短かに話そう。今、魔道具経由でセントレア王国に直接抗議した。至急回答をよこせと。それとは別にジルベルトの容態について連絡が入った」


 どうか無事でいて。アンジェリーナは緊張から固く手を握った。


「傷の手当ては終わったそうだ。今のところ容態は安定している」


 アンジェリーナは深々と息を吐いた。よかった、少なくとも彼は生きているらしい。


「だが意識が戻らない」

「っ!」

「それと体内から特殊な毒が検出された。どうやら刃に塗られていたようだ」


 さまざまな治療法を試したが解毒できない。おそらく対となる薬でなければ解毒できないのではないかと。アンジェリーナは唇を噛んだ。調薬の聖女ユリアンネ、彼女が得意とするのは互いを対とするように調合した毒と薬。狡猾なセントレア王は取引に使えるからとたびたび指示して作らせていた。それをこの場で使うとはね。アンジェリーナは深く息を吐いて頭を下げた。


「セントレア王国との確執に貴国の有能な騎士を巻き込んでしまい申し訳ありません」

「謝罪は不要、あなたも我々もセントレア王の狂気に巻き込まれた被害者だ。責任を追及するのではなく、知恵を出し合い共闘すべきところだろう」

「ありがとうございます」


 セントレア王の狂気。アンジェリーナはその言葉をすんなりと受け入れた。王の狂気に巻き込まれてセントレア王国は破滅への道を突き進んでいる。わかりやすく他国を謀ってまで国を守ろうとした時点で、彼はすでに狂っていたのかもしれない。

 王からアンジェリーナに宛てた手紙には国策とか政治的配慮とか立派なことを書いてけれど、ただ単に私のことを信じていなかったのだろうなー。人が狂気に囚われるのは恐怖からだ。未知なるものへの恐れとか。そこがジルベルト隊長との大きな違いだ。


「微力ですが、お手伝いできることがあればなんなりとお申しつけください」


 すべてはジルベルトを救うために。アンジェリーナは立ち上がった。国王様は深くうなずく。彼の背後で扉が大きな音を立てて開いた。


「セントレア王から回答がありました」

「手短かに、要旨だけを」

「はっ、解毒剤と引き換えに魔除けの聖女の身柄を渡せとのことです」


 やはりそうくるか。聖女殺しの短剣に塗られた毒はいざというときの保険のようなもの。アンジェリーナが誰かにかばわれることを想定して取引に使うためのものだ。アンジェリーナは窓の外に視線を向けて空を見上げる。澄み切った青い空は変わることなく美しい。私が守りたいものは、私が決める。眩しいほどの青さを目に焼きつけて、アンジェリーナは国王様に視線を向けた。どちらからともなく歪な笑みを浮かべる。


「私、セントレア王国にまいります」



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