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魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました  作者: ゆうひかんな
本章 魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました

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第十九話 うまい話には裏があるというものです


 もうダメかもね。


 そういえば謁見のあと、おばあさまは寂しそうな顔をしてつぶやいた。てっきりセントレア王国の兵士に魔獣退治の経験を積ませることかと思っていたが、もしかするとあのときすでにこんな未来を予想していたのかもしれない。


 アンジェリーナの脳裏に値踏みしていたセントレア王の顔が浮かんだ。終始、人ではなく物を見るような視線を向けられていたら警戒するなというほうが無理よ。同じ見極めるでも、国王様の視線のほうが血が通っている。


 沈黙を破ってグイド神官は口を開いた。まるで懇願するような、痛みに耐える表情を浮かべて。


「賓客としてもてなすことを約束する。君だって生まれてから神殿で育てられたという恩はあるはずだ。せめて一度くらいは王国に戻ってくれないか?」

「戻ったらどうしてほしいのです?」

「魔除けの力でセントレア王国を救ってほしい。君に優しかった人間も少なからずいるはずだ。人としての優しさが残っているのなら彼らに恩返しをしてくれてもいいだろう」


 恩返し、人としての優しさ!


 耳に聞こえのいい言葉で誤魔化そうとしても無駄というもの。リゾルド=ロバルディア王国の人もなんとなく心が揺れている。騎士道精神に則った、誠実で情に厚い人達だ。


 だからつけ込まれる。


「……だそうだ。どうする、魔除けの聖女よ」


 アンジェリーナは顔をあげて国王様と視線を合わせた。すると彼はほんの少しだけ口角をあげる。ジルベルト隊長に顔を向けると、同じような表情をしていた。

 騎士を血肉とすれば彼らが頭脳。情報戦では遅れをとっても人を見る目は確からしい。アンジェリーナはにっこりと笑った。警戒したのかグイド神官は引きつった笑いを浮かべる。


「お断りします」


 経験をもとに、誤解されないようスパッと断った。


「どうして⁉︎」

「グイド神官は()()()()()()()()()るという異国のことわざをご存知ですか?」

「……は、何のことだ?」

「逆にお聞きしましょう。無能で役立たずと評判の私をどうやったら賓客として扱えるのです?」

「もちろん、手を尽くして受け入れる体制を」


 アンジェリーナは口元を歪めた。


「それができるのなら、なぜ今まで放置されてきたのですか?」

「っ、それは」

「優しくしてくれた人なんていませんでしたよ。嫌がらせをされるか、無関心かの違いです。無関心を優しいと解釈するという話はちょっと聞きませんよね」

「……」

「とにかくうまくやってくれ、でしたっけ。連れ帰ったとしても、周囲とうまくやるのは私の責任なのでしょう。それを他人事というのですよ」


 それにね、今のセントレア王国が魔除けの聖女に優しいわけはない。


「国民には私の不在をどう説明する予定なのです?」

「……それは、これから調整して」

「都合の悪いことは全部隠して、無能で役立たずな魔除けの聖女は勝手に仕事を放棄して逃げたとでも発表する予定でしょう」

「そんなことはない!」

「いや、そんなことはあるぞ」


 国王様はセントレア王が寄せた親書を手に取った。


「ここにしっかりと書いてある。聖女アンジェリーナは無能で役立たずという評判に耐えかねて勝手に仕事を放棄して逃げた、と。全ては婚約者との関係が拗れた彼女が気を引くためのワガママが原因で国や神殿には瑕疵はない。速やかに返却願いたいとな」


 そして無駄に幅をきかせてくる愛憎劇……べアズリース伯爵子息のドヤ顔が本当にムカつく。


「堂々と浮気するし、生理的に無理なので大嫌いなんですけれど。どうして誰も信じてくれないのでしょうね」

「それにしても返却とは、まるで物のような扱いだ。聖女アンジェリーナを駒と勘違いしているのでは?」

 

 国王様は不快そうに眉をひそめる。ああ、盤上の駒ね。なんか私の扱いにピッタリくる。さすが賢王様、うまいこと言うなー。アンジェリーナはグイド神官を振り向いた。


「ここまで追い込んでおきながら、自力でうまいことやってくれはいくらなんでもひどいとは思いません?」

「いや、それは国とも調整してなんとかする。だから一度だけでいいから国に戻ってくれ。そうすれば救われる人がたくさんいるのだ。国民は住居を失って路頭に迷うこともなく、兵士はこれ以上傷つかなくて済む」


 さすが神官だけあって、情に訴えるところがうまい。ただ、さっきからずいぶんと国に戻ることに固執するな。私が国に戻ったとしても間違いなく針のむしろだ。監禁され、鎖で繋がれる未来しか見えない。それなのに一度だけでいいから、というのは矛盾している。一回連れて帰れば、あとはどうにでもなるということから推測すると……。


「ああ、そういう魂胆ですか!」


 アンジェリーナはぽんと手を叩いた。顔色を悪くしたグイド神官を横目に、ジルベルト隊長はアンジェリーナの顔をのぞき込んだ。


「魂胆とは?」

「先ほども申し上げたとおりに、私の扱う魔法は対魔特化なんですよ。ですから自分の防御力をあげるために使う魔法――――対人特化の魔法が一切使えないのです。だから隷属させる魔法や拘束系の魔道具とわかっていても、処置されてしまえば無抵抗で受け入れることしかできません」


 たとえばジルベルト隊長は身体強化の魔法が使えるし、フェレス副隊長は自分に治癒をかけることができる。だがアンジェリーナはいわゆる対人特化の魔法が使えないので自分に防御系の魔法をかけること()できない。


「私の場合、対人戦において無能で役立たずなのは間違いないので否定できないのですよ」

「ということは、まさか!」

「グイド神官にお聞きします。国は聖女にどんな指示を出したのですか? 魔除けの聖女が自ら望んで隷属するような魔道具を宝具の聖女に依頼したのでしょうか。もしくは調薬の聖女に思考を支配するような魔法薬か、解毒剤を対価にして服従させるための毒を作るよう依頼したのでしょうか?」


 まさかそこまで。顔色を悪くした周囲の人々からは、そんな心の声が聞こえてきそうだ。


 性格から予想して、相手は調薬の聖女ユリアンネ様だろうな。魔法薬か毒かはわからないけれど国に戻れば一服盛られて、あとは国の意向に沿うやり方で処理する算段だった。だからチャンスは一度きりでいい。


「セントレア王国がそんなことをするわけがないだろう。おまえは聖女の価値すら貶める気か!」

「逆に聞きたいのですが私の状況を見て、なぜしないと明言できるのですか。私の価値を貶めたのは国ですよ?」

「……」

「あなたは国の何を知っているのです?」


 聖女の国における、光と影。魔除けの聖女によって次々と明かされるセントレア王国の闇の深さにリゾルド=ロバルディア王国の人々は戦慄した。


「私が無能で役立たずという噂を助長するような態度を取り続け、不要ならと国を出ればワガママだから戻ってこいと強要する。だったらはじめから否定すればよかったじゃないですか。見えていないだけで魔獣や魔物を寄せつけない結界を張り、はぐれた魔獣を狩って国を守っているのだと認めればよかった。違いますか?」

「認められなくても、きちんと責任を全うするのが聖女だろう!」

「では聖女に手当てを支給しない国こそ責任を果たしたと言えるのですか?」

「それは……支給担当官が勝手にやったことで国は悪くない」


 燃え盛る審議の場に新たな燃料をアンジェリーナは投入した。無支給のことはどうやらグイド神官も聞いていたらしく事情を知っているためか歯切れが悪い。

 さっきまでどっちつかずだったリゾルド=ロバルディア王国の面々が完全にアンジェリーナ寄りになった。そうよね、仕事のやりがいも大切だけれどお給料だって超大事。日々のモチベーションに関わります。すると国王様は呆れた表情を浮かべた。


「まさかと思うが無給で働かせていたのか?」

「いえ、決してそんなことはございません。きちんと支払われていました!」

「正確には先代が生きていたころは満額支払われていましたね。それが私の代になって無能で役立たずと噂が立つようになると徐々に金額が減って、五年前から今日に至るまで無支給です」


 ここ大事なので強調しておく。聖女だからといって国のために無償で働かせて良いわけではない。たぶん手当ては支給担当者が着服したのだろうな。


「つまり無能で役立たずという噂が原因であれば、国も無罪とは言えないな」

「そう思いますよねー」


 するとグイド神官は声を張り上げた。


「証拠はあるのか、手当てを受け取っていない証拠などないだろう!」


 手当ては現金で手渡しだから、普通は無支給の証拠なんてあるわけないよね。ただそれが普通じゃないから、堂々としてここにいるのだけれど。


「証拠ならありますよ」

「そ、そんなバカな」

「握りつぶされそうでグイド神官には渡せなかったのですよね」


 さらっと皮肉ってからアンジェリーナはローブのポケットを探る。どこだっけ、あったあった。アンジェリーナは、なかなか厚みのある紙の束を取り出した。


「支給調書です。手当てが間違いなく聖女に支給されたか金額等を確認するための明細ですね」


 するとジルベルト隊長は目を丸くした。その表情が子供っぽくてアンジェリーナはクスッと笑う。


「そんな紙の束をポケットによくしまってあったな」

「あ、このポケットは収納らしいですよ。魔除けの聖女専用です」


 他の人には聞こえないように耳元でそっと囁いた。セントレア王国の人間に聞かれたらどこで手に入れたと難癖つけられそうだもの。ちなみに普段肩からさげている鞄にも空間を広くして時間を止めるという魔法がかかっているそうだ。これもまた魔除けの聖女専用。見た目はどこにでも売ってそうな平凡な鞄なのだけれどね、使ってみたらとても高性能だった。

 

「我々の使う収納の魔法とは違うな。もしかして失われた魔法とか?」

「そうみたいですね。セントレア王国の宝具の聖女ならレシピがあれば作れそうですけれど」


 あの子の手に渡るとなんでも容赦なく分解するから嫌なのよ。しかも気の済むまで分解して元に戻さない。そのうえ分解したことを咎められるとアンジェリーナが壊したのだと人のせいにするのだ。そういえば仲間の聖女にはクセの強い人しかいなかったわねー。いい思い出がほとんどないのよ。


 よく今まで無事に生きてこれたな。ため息をつきながらアンジェリーナはグイド神官の前で紙の束を揺らした。


「そ、そんなもの知らない。捏造だ!」

「この支給調書は神官による手当ての着服を防ぐことが目的らしいですよ。だから国は極力神官に知られないように配慮しつつ運用していたのでしょう。実際、過去にそういうトラブルがあったことが発端ではじまった仕組みだそうですから」


 このあたりはおばあさまが教えてくださった知識なので、まず間違いありません。


「そんな……」

「まさかと思うのですが本気で知らなかったのですか。神官長あたりならご存知と思いますけれど?」

 

 アンジェリーナは首をかしげた。グイド神官はどれだけ信用がないのよ。もしくはそんなこと事前に知っててあたりまえの認識だから神官長もあえて教えなかったのか。


「ですが手当てが支給されていないのならば支給調書を渡さないのではないでしょうか」

「良いところに気づかれました。普通はそう思いますよね!」


 フェレス副隊長の疑問はもっともです。ですが、セントレア王国の腐れ具合を甘くみてはいけませんよ?


 アンジェリーナは紙の束から二枚を抜き出してフェレス副隊長に渡した。一枚はおばあさまが生きていたころのもの、もう一枚は直近のものだ。両方を見比べて彼は呆然とした表情を浮かべる。


「直近のものは金額が空欄になっている。つまりわざわざ手当てが支給されないことを知らせてきたのか」

「そう判断しますよね。しかも律儀に毎月送って寄越すのです。実際にここ五年間は神殿の担当者から手当てが手渡しされたことはありませんし、支給担当官に問い合わせても返事がありませんからそういう趣旨なのでしょう」


 わかりやすい嫌がらせだ。無能で役立たずの聖女に払う手当てはないということかな。アンジェリーナは乾いた笑いを浮かべる。


「しかもこの支給調書、発行者名を見てもらえますか?」

「セントレア王の名だ」

「そういうことです」


 支給調書を作成するのは担当者だけれど、聖女の手当てを支払うのは国からだもの。発行者名がセントレア王になるのは当然よね。この状況で国は無関係ですと言えないはずだ。

 グイド神官は青ざめた顔で「だから監査官は支払われていないことがわかったのか」とか呟いているが、国から監査が入ったのなら王も知っているはずだ。このまま握り潰す気満々なんだろうなー、きっと。


「さて、グイド神官。これについては聖女の活動を支援する神殿の怠慢でもあると思うが、どう思うか」

「わ、私はお答えできる立場になく……」


 そう答えるしかないよね。べアズリース伯爵子息は話についていけなくて黙ったままだし。……まさか私に振られたからわかりやすく落ち込んでいるなんてオチはないよね。ないない、絶対にない。そんなこと言われてもいい迷惑だ。


「だいたい、いまさら私にこだわらずともセントレア王国には魔除けの聖女が管理していた三種の宝具がそのまま残されているではないですか。魔獣の大移動が直撃したならともかく、降って湧いて出た程度の魔獣や魔物ならそれさえあれば余裕で撃退できるでしょう」



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