第十六話 なぜ魔女は無能で役立たずになったのでしょうか
絶対零度というか表情に温度を感じさせないジルベルト隊長がアンジェリーナの肩を引き寄せ、笑っているのに命の危機を感じさせるフェレス副隊長がアンジェリーナの手を握っていた。
間違いない、この体勢は完全に捕獲されている。
「グレアム・べアズリース伯爵子息。無駄な時間とは国王陛下の御前でずいぶんと傲慢な台詞を吐いたな?」
「それとも審議の場で一方的に他人を貶めるような発言を繰り返すのは命が惜しくないという意思表示ですか?」
まさか……今度こそ息の根止めて黙らせるとか?
どうしよう、邪竜よりこわい。アンジェリーナの肩が震えて、歯がカタカタと音を立てた。その様子が側からはべアズリース伯爵子息に脅されたように見えたようで、場の空気がアンジェリーナに同情的なものに変わる。盛大に誤解されているようだけれど悪くない流れだ。
すると国王様が不愉快という顔でべアズリース伯爵子息にこう尋ねた。
「審議に入る前にひとつ確認したいのだが、魔除けの聖女は無能で役立たずで間違いないのだな」
「はい、そうです!」
「では無能で役立たずな聖女など放っておけばいいだろう。どうせいまさら連れ戻したとしても何の役にも立たない。それを国に連れ戻し、鎖に繋いで幽閉までして何をどう働かせる気なのだ?」
鋭い指摘にべアズリース伯爵子息は沈黙した。お見事です、アンジェリーナは国王様に拍手喝采を送りたかった。でも肩を押さえつけられ、片手がふさがっているので身動きひとつとれません!
「そ、それはですね。魔除けの聖女は聖女筆頭のため、国の一大事に逃げ出すとは他者に示しがつかないというか……」
「だが無能で役立たずなのは昔からなのだろう。では別の者を筆頭に指名すればよい。仕事を全うする有能な人物を最高位に抜擢する。そして無能で役立たずの人間は聖女の身分を剥奪して平民に落とせばいい。そのほうがより他者に示しがつくだろう。少なくとも私ならそうする」
反論したもうひとりの使者――――グイド神官もまた沈黙した。どうしよう、国王様が素敵すぎる。うっかりしなくても惚れてしまいそうだわ。するとなぜかアンジェリーナの肩を抱く手に軽く力がこもって、ほんのり強く手を握られた。なんでか冷気が両側から増している。ちょっと待って、なんでかそこはかとなく怒られている気がする。あっさり息の根を止められる前になんとか助命を……そうだわ、自己アピールするのよ、私の利用価値を全面に押し出して!
「発言してもよろしいでしょうか?」
「もちろん。自由に発言してよいと許可したはずだ」
「ありがとうございます。ではまず私が無能で役立たずと呼ばれるようになった理由を説明いたします」
するとグイド神官は強い口調でさえぎった。
「聖女アンジェリーナ、あなたはセントレア王国との契約により能力を秘匿することになっているはずだ!」
「そんな契約は結んでいませんよ。先代か、他の聖女のことと間違えていませんか?」
グイド神官は目を見開いて、あからさまに顔色を悪くした。ほんと昔から私に興味がないのよねー。どうしてこんな人が使者として遣わされたのかな。セントレア王国ってそんなに人材が薄いのだろうか……っとそうじゃない、話がそれた。
「それよりもグイド神官は私の力のことをご存知だったのですね。聖女らしくないと、たびたび神官長に私の解任を求めておられたのに。おそらくこの期に及んで、ようやく神官長あたりから直接聞かされたのでしょう」
「っく、そ、それはその……」
「うす気味悪い、冷酷な女。だから魔女なんて不名誉なあだ名をつけられるんだ、でしたっけ」
しまった、聞かれていたのか。そう言わんばかりにグイド神官は青ざめた。
「魔女とは……君は聖女なのだろう?」
ジルベルト隊長は眉根を寄せた。アンジェリーナは皮肉げに口元を歪める。
「魔除けの聖女の頭の文字と、最後の文字を繋いで魔女です」
「誰がそんな意地の悪いあだ名を」
「貴賤関係なく国民一丸となって、でしょうか。不気味な黒髪、意地悪そうな紫の瞳、青白く生気のない顔。性格は見た目に出るから、きっと性格も冷酷で性根が腐っているに違いない。いいところがまるでないだから聖女ではなく魔女だと」
「そこまで……ずいぶんひどい言われようだな」
「さらには目を合わせると呪われるとか、声を聞くと魅入られるとか、触れるとバカになるとまで言われるようになりました。神殿も否定せず放置していたので、根も葉もない悪い噂はずいぶんと庶民に広がっていたようです」
「本当か、グイド神官」
「ええと、そこまではその……」
否定しないのは肯定とみなす。
フェレス副隊長は労わるようにアンジェリーナの手の甲をそっとなでる。謁見の間にいるリゾルド=ロバルディア王国側の人間は皆、一様に厳しい表情を浮かべた。彼らはアンジェリーナの噂が作られたものだということに、だんだんと気づきはじめている。だが相変わらず空気の読めないべアズリース伯爵子息はアンジェリーナを蔑むような眼差しで睨みつけ、強気な態度を崩さない。
「嘘偽りなくすべて本当のことではないか。冷酷で性根が腐っているからセントレア王国を見捨ててリゾルド=ロバルディア王国に媚びを売っている。節操なしの、あばずれが。さあ、これ以上セントレア王国の名を穢す前にさっさと帰るぞ。ったく余計な手間をかけさせやがって、駄目聖女が!」
舌打ちをしたべアズリース伯爵子息は兵士の制止を無視して、アンジェリーナに近づくと不躾にも手を伸ばす。その手をフェレス副隊長が強く弾き、ジルベルト隊長が守るようにアンジェリーナの体を胸元に引き寄せた。
「なっ、不敬だぞ!」
「不敬はどっちだ。王の御前で死にたいのか?」
「っ!」
「我が王は聖女アンジェリーナが自らの言葉で説明することを望んでいる。それをそっちの神官と結託して話をさえぎり、罵倒して話をそらす。挙げ句には強引に連れ去ろうとした。不敬以外のなにものでもないだろうが」
ジルベルト隊長は声を荒げるでもなく、使う言葉が乱れているわけでもない。ただ格が違うというか、気迫が桁違いというか。空気が読めないベアズリース伯爵子息でさえも思わず黙り込んだ。さすが、人の上に立つ人だけある。
「聖女アンジェリーナ、続きを」
「はい」
「それ以上話すな、この裏切り者が!」
鬼のような形相をしたグイド神官にアンジェリーナはにっこりと笑った。あなたの言うことなんて誰が聞くか。彼があまりにも騒ぐので兵士に押さえつけられたうえで一時的に魔法で声を奪われた。真っ青な顔で声もなく叫ぶ彼を一瞥する。どこまでも自分の都合のいいようにしか考えられない人なんだな。
「魔除けの聖女の能力は、人に害を及ぼそうとする魔とつくものから国と民を守護することです。私の場合、祈りも潔斎も厳しいとされる修行すらいりません。ただ、そこにいるだけで勝手に能力が仕事をしてくれる。それが強みでもあり、弱点でもあります」
「弱点とは?」
「魔除けの聖女が怠惰とされるのは、そもそも能力を使う状況がないからなのですよ。人は自分の目で見たものしか信じません。たとえば同じ聖女でも、厳しい修行を積んでいる聖女の姿と、ぼんやりと怠惰に過ごしている聖女の姿を見たとき、どちらの能力が高いと判断しますか?」
「やはり修行を積んでいるほうだろう」
「普通にそうでしょうね。そのうえでセントレア王国は建国以来、一度も魔獣や魔物に襲われたことがありません。それは魔除けの結界があるおかげなのですが……。セントレア王国では、生まれてから死ぬまでの間に一度も魔獣を見たことのない人がほとんどなのですよ。見たこともないものを恐れよというのは難しいのです」
「そんなにか」
結界が正しく機能していれば、国内に魔のつくものが侵入することはなく、魔とつくものはセントレア王国に寄りつかない。魔が寄りつかないから魔除けの聖女は聖女らしい仕事をしなくなる。
「だが、そもそもセントレア王国に魔が寄りつかないのは魔除けの聖女がいるからなのだろう。それはきちんと仕事をしている証明ではないか」
「表立って聖女らしい活動を何もしていないのに?」
「ああ、なるほど。祈りも潔斎も厳しい修行もしていないから、さぼっているようにしか見えなかった」
いるだけで効力を発揮する魔除けの結界があるから、たまに忘れたころに湧いてくる魔物を退治すればそれだけで用が足りる。アンジェリーナは微笑んで首をかしげた。
「さて、本当に何もしていなかったのか。結果はセントレア王国の現状を確認されれば一目瞭然かと」
誰もが深く考え込んだ。建国以来、一度も魔獣に蹂躙されたことのないセントレア王国が、国内にある魔力だまりから魔獣が湧き、結界の外からも魔獣が次々と侵入しているという。神殿にはヘレナを筆頭に有能とされる聖女が欠けることなく揃って、結界の聖女リオノーラ様が王城には変わらずいらっしゃるというのに。
国王様は盛んにうなずいている。そろそろ本題に入る頃合いかな。
「本来は聖女を庇護する立場にある国が現状を放置してきた理由についてはひとまず置いておいて。無能で怠惰、役立たずと評される私を聖女として神殿に留め置いたのは、いざというときに命がけで奉仕させることができるから。奉仕される側の一般人相手に命をかけて当然とは言えません」
「いざというときに命がけで……君は一体、何をさせられてきた?」
「いろいろありますが、たとえば昨日と同じようなことをですよ」
アンジェリーナは魔の巣窟を振り返った。謁見の間からも不気味に蠢く魔力だまりの様子がよく見えた。コポコポと音を立てて、時折魔獣のものらしい足や頭の一部が見えた。膨張から破裂して活動は鎮静化したけれど、止まるわけではない。
ちょうどいい具合に魔狼が生まれた、しかも三頭。あらー、けっこう力を削いでいるはずなのに魔の巣窟の主はがんばるわね。連携をとりつつ見張りの兵士が応戦しているが、魔獣のほうが優勢。でもちょうどいい、アンジェリーナはジルベルト隊長を振り向いた。
「この場から彼らの援護をしてもよろしいですか?」
「そんなことができるのか?」
「もちろん」
距離がある場合、標的が捉えにくいために魔法を発動すると周囲の兵士を巻き込む恐れがある。でも私なら造作ないこと。アンジェリーナの視線が標的をとらえた。そして魔獣にむかって手を伸ばす。
「燃えろ、燃えろ。惑う魂は灰となれ」
今まさに兵士の頭上から襲い掛かろうとした魔獣が一瞬にして燃え上がり灰となって崩れ落ちた。他の二頭も同様に燃え尽き灰となる。だが兵士達には傷ひとつついていなかった。彼らの呆然としたような表情が、理解の追いついていない心情を物語っている。
「こんな遠隔で、なんという精度……」
誰かの呆然とした声が聞こえる。一見するとそう思いますよね、でもね実は意外とそうでもないのです。じっとアンジェリーナの手元を見つめていたジルベルト隊長がつぶやいた。
「火属性のようであるが系統が違う。ただ燃やすのではなく、特定の相手にのみ作用する魔法ということか」
「よくわかりましたね!」
ほとんど正解、魔法に限れば隠し事はできなさそうだ。アンジェリーナは魔の巣窟に視線を戻した。
「あら、怪我をされた方がいるようです」
しかもあれは重症だ。
魔狼に噛まれたのだろう、血が大量に出て腕があらぬ方向へと曲がっている。兵士は剣を取り落として膝をついた。あれでは傷は治っても今までのように剣を握ることは難しいかもしれない。フェレス副隊長が顔色を変えてジルベルト隊長に囁いた。
「現場に戻って、私が治癒を」
「よろしければ、それも私が」
「えっ!」
まさか、そんなことまで。フェレス副隊長は絶句する。すると高位貴族の中から、豊かな髭を蓄えた老齢の男性が叫んだ。
「……は、バカな。魔獣に負わされた傷の手当ては手順が複雑なのだぞ!」
「傷跡を水で洗い流し、聖水をかけて浄化する。そのうえで治癒の魔法をかけて治療を行うことがもっとも効率がよく、患者に負担がかからない。治癒の魔法を使える人間がいなければ魔法薬で炎症を抑えつつ、医師の診察を受けて完治をめざす。ただどちらにしても治療には限界があり、特に咬傷は魔獣の歯形によって傷口の形状が複雑で、痛みなどの後遺症が残りやすく、完治はほぼ絶望的とされる。また歯牙に付着している魔素や毒が組織内に付着することにより、感染症などを発症する頻度が高いため長期にわたる経過観察を要する」
「わかっているではないか、では……!」
「よい、やってみせよ」
「我が王よ、ですが患者の命だけでなく騎士の命運もかかっているのです」
「だからこそだ。この期に及んでできないとは言わせぬぞ?」
「仰せのままに」
厳しい表情を浮かべた王の命に従い、アンジェリーナは先ほどと同様に手をかざした。
「聖なる導き手、刻戻し」
アンジェリーナの詠唱と同時に、兵士の腕が白色の温かな光に包まれた。光が止んで、傷口に目を向けると誰もが言葉を失う。曲がった腕が正しい位置に戻っているではないか。後遺症のひとつである痛みもないようで、本人は難なく腕を曲げ、再び剣を握って歓喜の声をあげた。窓越しにアンジェリーナと視線が合うと、兵士は深々と感謝の意を示す礼の姿勢をとった。アンジェリーナはにっこりと笑って手を振り返す。
よかったねー、完治して。人々は圧倒的な力の差を見せつけられて絶句する。
「軽微な怪我については医師による診断と治癒や回復の魔法の領分です。よろしくお願いします」
アンジェリーナは彼に視線を向けた。あのおじいちゃん、たぶんお医者さまだ。そして呆然としたフェレス副隊長と、苦笑いを浮かべるジルベルト隊長に気がついて誇らしげに胸を張る。ふふ、驚いたでしょう!
「あれは、なんの魔法だ?」
「先代からは、聖なる刻戻しの魔法とだけ伝えられております。一般的な魔法にたとえるなら水属性の洗浄、聖魔法による浄化と、無属性の毒無効、治癒と修復の魔法を重ねがけしたものでしょうか」
「つまり複数の属性の魔法を併用したと……どうやったらそんな高度な技が使えるのだ⁉︎」
おじいちゃんがグイグイと詰め寄ってくる。いや、そんな聞かれても……魔除けの聖女が使う魔法は独特で説明が難しいのです。謁見の間に渦巻く人々の熱狂と困惑。想定していた展開とは全然違う。黙ってアンジェリーナを観察していた王が口を開いた。
「魔を退ける結界を張り、魔を滅ぼす魔法を操ることができ、完治が困難とされる魔獣の咬傷まで治した。それなのになぜセントレア王国はそなたを無能で役立たずだと評価しているのだ」
ふと、背後から強い視線を感じたので振り向くとグイド神官が激しく首を振っている。
――――それ以上は言うな。
アンジェリーナは薄く笑った。あなたは私の言葉を聞きもしないのに、なんで私が従わなくてはならないの。どうして彼を使者に立てたのか、セントレア王国の気がしれないわ。
「理由は大きく二つあります」
まず、ひとつめ。魔除けの聖女を擁護する立場にある国が現状を放置してきた理由に繋がる、もっとも大きな理由。アンジェリーナが意地悪く口角をあげたことで絶望の色に染まったグイド神官の目が大きく見開かれる。
「魔除けの聖女の力は対魔特化なのですよ」




