第十五話 予想していた展開と違いました
カーテンの隙間から差し込む光に意識が浮上する。
……朝か。あくびをして、大きく手を伸ばした。どこでも寝ることができるという自負のあるアンジェリーナだけれど、さすが王家御用達。ベッドの寝心地は最高でした。魔力も完全に回復しています!
昨夜、アンジェリーナが案内されたのは特務部隊本部にある客間のひとつ。てっきり牢屋的なところだろうと思っていたけれど、こういうところがリゾルド=ロバルディア王国は良心的だ。さりげなく寝巻きやタオルも用意されていたしね。セントレアなら間違いなく身ぐるみ剥がれて地下牢に鎖で繋ぐ幽閉コースだ。客間の廊下に見張りの兵士が控えているくらいなら全然余裕です。
さて着替えますか。鞄から着替えを出して手早く身につける。顔を洗い髪をとかしたら、薄く化粧を施す。髪も肌もセントレア王国では酷使されていたからボロボロになっていたけれど、今は手入れも行き届いてうるツヤのサラサラ。気分もあがります。そして最後に戦闘服代わりの紫色のローブを身につける。
最後に鏡で全身を確認した。ワンピースは飾りのないシンプルなものだけれどローブを着れば華やかで上品な印象に仕上がった。勝負のときは見た目の印象も大事です。気合い負けしていては損しかありません。
コンコンと、控えめなノックの音が響く。はいと返事をして扉を開けたらとんでもない人達がいて、思わず扉を閉めた。今度は強めに叩かれたので、仕方なくそっと扉を開ける。
「なぜ扉を閉めた?」
「ええと、幻覚を見たような気がして?」
「まだ寝ぼけているのか。相変わらず意味不明なことを」
それはそうでしょうよ、いつもより煌びやかな騎士服を身につけたジルベルト隊長とフェレス副隊長が扉の外に並んでいたら誰だってそう思うはずだ。苦笑いを浮かべたジルベルト隊長が手を差し出すので、そっと手を重ねる。ほんの少しだけ心臓が跳ねたけれど、それには気がつかなかったことにした。
「お二人揃ってということは護送ですか?」
「まあ、そんなところだ」
否定されないところが悲しい。今はどっちかというと卑劣な悪役だから仕方ないか。ここから国外追放を勝ち取るところまでが腕の見せどころだ。廊下を歩きながら、ポツリポツリと会話を交わす。
「部屋を調べた。明らかに嘘とわかる書き置きと、対魔対策に役立つ貴重な情報が記された書類が残されていた」
「……」
「嘘つきのアンジュと、献身的なアンジュ。どちらが本物の君なのだろうな」
アンジェリーナは小さく笑った。
「どちらもです。私にはどちらも捨てがたくて、結局どちらかを捨てきれませんでした」
清廉潔白にもなれず、悪に染まることもできない。どっちつかずで中途半端な存在がアンジェリーナだ。
「だからこそ、今ここにいます」
「……」
「最後まで迷惑をかけて申し訳ありません。これまで助けていただき、ありがとうございました」
直接お礼をいう機会は二度とないかもしれないから。アンジェリーナは無言になった二人に背を向けてたった一人、扉の前に立つ。扉が内側に大きく開いた。
「セントレア王国聖女筆頭、魔除けの聖女アンジェリーナ様」
高らかに入場を告げる声があがって、アンジェリーナは謁見室と呼ばれる部屋に足を踏み入れた。議会を開催する場でもあるそうで、ずいぶんと大きな部屋だ。そこには、すでにリゾルド=ロバルディア王国の重鎮と呼ばれる人々が顔をそろえているようで、失礼にならないようアンジェリーナは顔をあげたまま視線は心持ちさげる。
うわー、針のむしろだ。チクチクどころかザクザクと視線が突き刺さる。
二年前のことを根に持たれているのだろう。さすが正々堂々が信条のお国柄、気に入らない相手には容赦ないところがいっそ清々しい。会場の真ん中に控えるよう指示があって、私の背後にはジルベルト隊長とフェレス副隊長が並ぶ。
「ウィフトギルス・リゾルド=ロバルディア国王陛下」
すかさずアンジェリーナは礼の姿勢をとった。おばあさま仕込みの『とりあえずこれさえできればなんとかなる』というもので、古式ゆかしい型ではあるが、そのほうが建国以来続く魔除けの聖女らしいということで代々型を受け継いでいるのだ。
なーんてもっともらしいこと言っているけれど、実態はただ単に新しい型を覚えるのがめんどくさかっただけだろうけれどね。おばあさまの性格からして絶対そうだ。そんなどうでもいいことをつらつら考えていると、正面のあたりに衣擦れの音がして最上段の椅子に座る気配がした。
「魔除けの聖女アンジェリーナ、顔をあげよ」
口調も声音も思っていたよりは悪くない感触だ。さすが公明正大と評される賢王ウィフトギルス様、怒りに任せて冷静さを欠くことがないとはさすがだ。粛々と姿勢を戻してアンジェリーナは顔をあげた。アレ、誰かに似ている?
「審議の場では、原則、不敬は問わない。身分差に配慮せず自由に発言してもよい。ただし、発言内容は記録され内容によっては不敬に問われることもある。よいな?」
「承知いたしました、このような機会を与えてもらったことに感謝します」
つまり内容に気をつければ、反論してもいいってことよね!
「それではセントレア王国の使者をこちらに」
王が合図を送ると扉が開いて、セントレア王国独特の衣服を身につけた二人の使者が姿を現した。アンジェリーナは二人の顔を見て目を丸くした。えっと、使者ってこの二人?
なぜよりにもよって……呆然とした表情のアンジェリーナとそのうちの一人の目が合った。彼はアンジェリーナに気がつくと目を見開いて、顔に怒りの表情を浮かべる。そしていきなり大声で怒鳴りつけた。
「この無能、役立たずが!」
無防備なところを怒鳴りつけられたために激しくアンジェリーナの肩が大きく跳ねた。セントレア王国では日常のことだったから慣れていたけれど、リゾルド=ロバルディア王国に来てから当てつけのように怒鳴られることがないので気が抜けていたらしい。アンジェリーナの顔に一瞬浮かんだ怯えたような表情が相手の嗜虐心を刺激したようで、薄笑いを浮かべながら我を忘れて怒鳴り続ける。
「栄光あるセントレア王国を貶めた責任をどう取るつもりだ。無能で役立たずのおまえがいなくなったせいで、建国以来はじめて我が国は不浄な魔獣や魔物に蹂躙されたのだぞ! おまえが魔除けの聖女としての義務を果たさなかったばかりに、たくさんの罪のない民が傷つき、勇敢な兵士達が命がけで戦っている。仲間の聖女達でさえ、無責任なおまえの開けた穴を埋めるために必死で働いているというのに、おまえはなぜこんなところでのさばっている!」
アンジェリーナは困惑した顔で目元を押さえた。なんでセントレア王国はよりにもよってこの人を使者に立てたのかなー。いや、むしろいろいろ手間が省けるから大歓迎なのだけれど。
「しかもなんだ、その派手なローブは。無能で役立たずが偉そうにそんな格好をしたとしても、醜い姿が余計醜くなるだけだぞ。無能で役立たず、さらに不気味で醜いなんて良い所がまったくないな!」
「……」
「はは、いつも大口ばかり叩くおまえがだんまりとはさすがに自分の犯した罪に恐れ慄いているのだろう。安心しろ、肝心なときに役に立たない魔除けの聖女の処罰はすでに決まっている。私財は全て没収のうえ無給で一生涯神殿での奉仕活動。それだけではないぞ、おまえは囚人として神殿の地下牢で死ぬまで鎖に繋がれることも同時に決まっている。国に連れ戻されたら一生陽の下に出ることはできないと覚悟しておくがいい!」
ここまでを一息で言い切った彼――――グレアム・べアズリース伯爵子息はドヤ顔で胸を張った。
「もう逃さないぞ。審議だかなんだが知らんが、こんなところで無駄な時間をかける必要はない。おまえの有罪は確定しているのだからな。さあセントレア王国に帰るぞ。引き続き魔除けの聖女として命がけで働いて、一生をかけて罪を償うのだ!」
本当、バカは助かる。
アンジェリーナは表情が読めないように面を伏せて肩を震わせた。っと、あぶない思わず笑い出しそうになったわ。魔除けの聖女を取り巻く殺伐とした状況を公の場でさらっと暴露してくれるのはこの人くらいでしょう。もう一人の使者も『そんな裏の事情を、今こんなところで暴露しなくても……』なんていうフォローになっていない失言を量産するし、いや本当に私ったら運がいい。
さて反論するかと口を開きかけたところで空気が動いてアンジェリーナの肩を誰かが引き寄せた。そして目元を押さえていた手を別の誰かが優しく引き剥がす。
「怯えなくていい、なんとなく事情がありそうなことは察した」
「泣かないで、かわいそうに」
アレ、なんか想定していた感じと違う?
予想もしていなかった展開にアンジェリーナはピシリと固まった。




