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魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました  作者: ゆうひかんな
第四章 ユニウム・ラグイアーナオペラと嘆きの魔唱姫 

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第二十幕 終わった契約と、新たな契約を私と


 数日後、女王の聖杯の最終調整が終わったと連絡が入る。

 仕切り直しということで、四人そろって客間で待っているとすぐに扉が開いた。

 第一王子付きの側近だという男性がアンジェリーナへと深く頭を下げる。


「その節は大変ご無礼をいたしました。こちらが女王の聖杯にございます」

 

 彼の合図とともに一人の兵士が献上台を両手に掲げて部屋に入ってくると、かぶせてあった埃除けの布を取り去った。

 女王の聖杯の姿を見て、別の意味でアンジェリーナは驚いた。


「外装は相変わらず以前のままなのですね」


 充填部は見ていないからわからないが、少なくとも外装部は前回アンジェリーナが見たものと同じだった。

 すると側近の男性はもう一度深く頭を下げる。


「正直に申しますと、計画当初から外装部に手を加える予定はありませんでした」

「どうしてです?」


 理由がわからなくてアンジェリーナは首をかしげる。

 女王の聖杯を新たに作り替えるなら、ラグイアーナ王国の誇る装飾品で飾り立てられているものと思っていたのに。すると使用人は微笑んだ。


「古い時代のものではありますが、三種の宝具に使われている技術は当時の最先端のもの。歴史的価値があるものとして外装は保存すべきと判断しました。それからもう一つ、理由がございます」


 わずかに瞳を伏せると、側近の男性は静かに口を開いた。


「イグレーテ様のご指示によるものです」


 つい数日前に訪ねた相手の名前を聞いてアンジェリーナは目を丸くする。

 「またね」と、照れたように笑って手を振った彼女のおだやかな表情がアンジェリーナの脳裏に浮かんだ。


「あの方が、そのような指示を出した理由はご存知ですか?」

「はい、イグレーテ様はこうおっしゃったそうです。『魔除けの聖女は女王の聖杯に思い入れがあるはずだ。外装を変えないことで、ラグイアーナ王国に親しみを感じてもらえるなら、今後良い関係を築くきっかけとなるかもしれない』と。それを古くさいとか、計算高いと批判する声もありました。ですが私は、人の思いを大切になさるあの方らしい選択と思いました」


 彼の言葉になんとなく通じるものがあって、アンジェリーナは小さく笑った。


「本当ですねー、なんとなくわかります!」

「ですが、イグレーテ様の気遣いを逆にこの国は利用したわけです。ラグイアーナ王国の一国民として恥じております。重ね重ね、申し訳ありませんでした」


 その他の使用人と共に深く頭を下げた側近の男性は真剣な表情をした。


「作業を引き継いだ第一王子殿下も外装を変えない方針でおります。その代わり殿下からは、改修された充填部を事前にしっかりご確認いただきたいとのことでした」


 側近は技術者に指示を出して蓋を開けさせる。見たことのない形の充填部があってそこにはリゾルド=ロバルディア王国の紋章が刻まれていた。

 アンジェリーナは目を丸くして、ジルベルトを振り向いた。


「これは?」

「リゾルド=ロバルディア王国の技術者が充填部を確認したという証だ。今後は充填部にこの印が入っているのを確認してから、充填作業をしてもらうことにする」

「今後、同じことがないようにという配慮ですね。ありがとうございます」


 ジルベルトの言葉にアンジェリーナはほっと息を吐いた。

 ――――次回女王の聖杯に迷うことなく魔力を注げるかと聞かれたら、できる自信がない。

 アンジェリーナの、その言葉を聞いて検討した結果ということだった。

 女王の聖杯に手を伸ばしてアンジェリーナは指先で軽くふれた。なんとなく女王の聖杯が輝きを増したような気がする。


「また会えてうれしい」


 ここまでしてもらって、できないとは言えない。

 アンジェリーナはひとつ深呼吸をして聖杯に手をかざすと、慎重に魔力を流した。

 

「……あっ」

「どうした?」

「魔力を注ぐときの速度が段違いです。丁寧で、私の負担が少ない」


 驚く顔をしたアンジェリーナの口元に笑みが浮かぶ。

 この聖杯は関わった人達の優しさでできている。紆余曲折あったけれど、結果的には女王の聖杯の名にふさわしく愛にあふれた存在へと生まれ変わることができた。

 

「これからも、一緒にがんばろうね」


 しまい込まれたままではなく、大切に使ってもらえますように。

 アンジェリーナの願いも添えて、ふたたび魔力を流した。

 そこからは魔力を充填する作業に没頭する。

 時間の感覚を忘れて手をかざしていたアンジェリーナは、充填部から魔力が跳ね返ってくることを確認すると供給を切った。


「はい、おしまいです!」

「えっ、もうですか。か、確認します!」


 研究者は軽く魔道具を動かして、目を見開く。


「本当だ、終わっている」

「もともと彼女は魔力量が多い。余すところなく注げばそのぐらいで終わるはずだ。我が国で試算した時間もそのぐらいだし、驚くことではないだろう」

「では試験運用に移行します」


 ふたたび女王の聖杯が運び出されていく。

 うまくいくといいけれど。

 アンジェリーナは緊張してぎゅっと手を握った。握った拳の上に、ジルベルトは手を重ねる。


「大丈夫だ、アンジュはいつも我々の想像以上の結果を残してきた。今回だって逆境を跳ね返して、最善を尽くしたじゃないか。きっと、できる」

「ジルに言われるとできる気がしますね!」

「いや間違いなくできているよ」


 ジルベルトの言葉に迷いはなかった。

 勢いよく扉が開いて、研究者が声を張り上げる。


「正常に稼働しました!」

「ほらな」


 呆気に取られたアンジェリーナの横顔を見て、ジルベルトの口角が引き上がる。

 女王の聖杯は早速、魔の森を管理する兵士の元へと運ばれたという。

 ジルベルトと視線を合わせてアンジェリーナは拳を突き上げた。


「これで契約は終了です!」

「おつかれさま、よくがんばったな」


 ほっとした顔で側近がアンジェリーナに深々と頭を下げた。


「さまざまな不利益があったにも関わらず、最後までラグイアーナ王国のためにご協力いただきありがとうございました。本来であれば第一王子自らこの場で謝罪と感謝申し上げるのが筋ですが、現在は王位を継ぐため、多忙を極めております」


 王城を目指して国内各地を転々と巡りながら、後始末に奔走しているそうだ。


「戴冠後、速やかに王の名で謝罪する文書をアンジェリーナ様に送付させていただきます。そのうえで公式に非を認め、今回の騒動と顛末を各国にも公表する。これで謝罪の意とさせていただきたいとのことでした」


 アンジェリーナは言葉を失った。

 誠意を示すにしても、自国の恥を表に出すなんてずいぶんと大胆なことをするものだ。

 ジルベルトに視線を向けると驚いてはいないようだから、アンジェリーナが知らないだけで根回しは済んでいるらしい。

 この際だから全部聞いてしまおうと、アンジェリーナは側近の男性に視線を向けた。


「第一王子殿下が王位を受け継ぐということは、現在、ラグイアーナ王は?」


 アンジェリーナの疑問に、彼は淡々とした声で答える。


「ご存知かもしれませんが、聖杯の件があった直後にラグイアーナ王は体調を崩しました。高熱が出て、当初は症状から風邪のように思われておりましたが、高価な薬でも治療できなかったのです。医師もお手上げで、容態は悪くなる一方。このままでは回復が難しいと言われていました」


 そんな折に、聖なる果樹が実を落としたという知らせが王城に届いた。


「実を落としたとき、『汝が知る、もっとも高貴な者に届けよ』という精霊様のお告げがあったそうです。そこで聖なる果実は直ちに王の元へと届けられました。そして王はその実を口にしたのです」


 側近の男性が言葉を切ると、アンジェリーナは思わず手に汗を握った。

 無事なのだろうか、それとも……。

 お告げの内容に心当たりしかないアンジェリーナは息を呑んで次の言葉を待つ。そして彼は――――苦笑いを浮かべた。


「無事に回復されました。しかもそれだけではなく憑き物が落ちたように、まっとうな方になったようです」

「……は?」

「聖なる果実を食して一旦眠ったのですが、目が覚めた途端に今までの行為を悔いて、自ら第一王子殿下を国に呼び戻しました。しかも贔屓にされていた高位貴族やテオドーロ様の猛反対を自ら退けています」

「急にどうしたのでしょうか⁉︎」

「病を得たことで、罪の意識でも芽生えたのでしょうか。まあ、いまさら何を調子のいいこと言っているんだよという気持ちしかありませんが……あ、ここだけの話ですよ?」


 ジルベルトが側近の男性と視線を合わせて、輝くような笑顔を浮かべる。


「高齢であるし、過去にも王が病で気が弱くなって過去の行いを悔いたという話を聞いたことがある。珍しいことではないだろう」

「表向きはそういうことになっています。あ、これもここだけの話です」


 側近の男性は「ここだけの話」の障壁がずいぶんと低い人だった。

 関係者としてあえて聞かせているのかもしれないが、思わぬ舞台裏の話にアンジェリーナはポカンとした顔をする。

 

「王自ら、第一王子殿下に譲位する書類にも署名されました。余生は現王妃殿下と共に離宮で静かに過ごされると表明しております。とはいえ、今まで好き勝手してきたのを我々が幽閉程度で許すわけがありませんが」

 

 側近だけでなく、使用人の皆さんの笑顔も晴れやかだった。

 彼らは感謝の気持ちを込めてアンジェリーナに首を垂れる。


「そういうわけで順当に第一王子殿下へ譲位が決まりました。魔除けの聖女様が関わってからというもの、我々には良いことずくめ。感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」


 呆然とした顔でアンジェリーナはジルベルトと視線を合わせる。

 この国で、こんなふうに感謝される日が来るとは欠片も思っていなかった。

 ……やっぱり人間が一番謎かもしれないなぁ。

 失礼だから口には出さないけれど、心の中でつぶやいてアンジェリーナは遠い目をする。そして窓の外を見ながら聖なる果樹の上でのほほんと昼寝をしているだろう、精霊様の姿を思い浮かべた。


 精霊は、祈りの対価として王家に必要なものを与える。

 正直なところ、アンジェリーナは果実の効果を毒と疑っていた。それがまさか()()()とは……想像もしていなかった結果に苦笑いを浮かべる。


 さすが精霊様のなさることだ、一味違った。


 ーーーー


 横に流れる運河はセイレーン騒動が嘘のように静まり返っている。


「少しだけ二人きりで話したい、いいか?」

「もちろんですよ!」


 彼に真剣な顔でそう言われたら、いいという以外にアンジェリーナの選択肢はなかった。ジャミルとアレスティオとは別行動にして、公館を出たアンジェリーナはジルベルトと二人で宿への帰り道を歩く。


「こうしていると思い出しますね、リゾルド=ロバルディア王国の道を二人で歩いた日のことを」


 空を見上げたまま、アンジェリーナは小さく笑った。

 このままどこまでも二人で歩いていけるような気がした、あの日の空の青さをアンジェリーナが忘れることはないだろう。

 並んで歩きながら、ジルベルトはアンジェリーナの手を握った。


「あのときは魔獣の大移動のこともあって、ゆっくり話すこともできなかったな」

「そうですねー」


 笑いながらアンジェリーナは心の中で小さく首をかしげる。

 この会話の行きつく先はどこなのだろう、と。


「相手を尊重するなら黙るのではなく、話すこと。セレネ嬢の言葉は正しいと私も思う」


 ジルベルトは慎重に言葉を重ねる。


「アンジュは私に婚約者がいないことを不思議には思わなかった?」

「はい、思っていました」

「アンジュなら簡単に予想がつくことだ。十年くらい前に何があったか」

「十年くらい前にといえば……魔獣の大移動ですか!」

「そうだ。私に婚約の話が持ち上がるくらいの年齢のときに兆候があった。実際に起きたのは半年ほど経ってからだったが、兆候があれば起きるのは確実だ。それと同時に代替わりのことを考慮し、はじめて私が最前線に立つことになった」


 ジルベルトの表情が険しくなる。


「これはどのような状況にも当てはまるが……はじめての戦場が一番死にやすい」


 アンジェリーナは息を呑んだ。

 そうだった。自分と同じように彼にだって、はじめて魔の巣窟に立ち向かった日がある。無事に生き残ったから今ここにいるわけだけれど、現実には未来のことなんて誰にもわからない。


「実際、最前線で王子が亡くなったこともあったから誇張ではないんだ。だから父は『魔獣の大移動に対処するため』という理由で私の婚約話を断っていた」

 

 しばらく黙っていたけれど、やがてジルベルトは深く息を吐いた。


「私の場合、婚約者ができるということは魔獣の大移動が終わったという象徴だ。そして魔獣の国を守り切ったという証拠でもある」


 ジルベルトはアンジェリーナと向かい合うように立った。

 つかんだ彼の両手が緊張のためか、手袋越しでも冷え切っているのがわかる。彼の顔を見て、このときようやくアンジェリーナはジルベルトが何を言おうとしているのか気がついた。けれど彼の言葉を聞き逃したくなくて、きつく唇を閉じる。


「私にとって婚約は褒美で、国を守り切った勲章のようなもの。アンジュにとってはつらい思い出につながる出来事だから口にすることはなかったけれど、今も昔も私にとっては特別な言葉だ」


 緊張のために震えそうになる手でアンジェリーナはしっかりと握り返した。

 言葉にならないうちから、うれしくて泣きそうなのはなんでだろう。


「アンジュ、婚約してほしい。心からそれだけを願っている」


 きっと、その言葉を待っていたからに違いない。

 アンジェリーナはしっかりと言葉を咀嚼して、呑み込んで。それから満面に笑みを浮かべた。


「光栄です、末永くよろしくお願いします」


 途端にほっと息を吐いて、ジルベルトは崩れ落ちそうな体を根性で支える。

 驚いたのはアンジェリーナだった。


「ちょっと、ジル。大丈夫ですか⁉︎」

「体はすこぶる元気なのだが、断られたらと思うと心臓が」

「断るわけがないじゃないですか。なんでそう思ったのです?」

「『無理やり結ぶような婚約はこりごりだ』と言っていたから」

「婚約に限らず、ジルは無理やりどうこうする人ではないでしょう。わかってますよそれくらい!」


 アンジェリーナは、ふふっと笑った。

 そして内緒話をするように耳元へと顔を寄せる。

 

「お嫁さんにしてもらおうと画策するくらいですよ。むしろ望むところです!」


 真っ赤になったジルベルトが黙った。

 こういうところがかわいらしいのだと、アンジェリーナは瞳を閉じる。


 

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