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魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました  作者: ゆうひかんな
本章 魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました

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悪夢のはじまり2 ※他者目線


 こうして癒しと回復の聖女ヘレナの治療は順調に進みはじめたように思えたのだが。


「聖女ヘレナ、これ以上は聖水が作れません」

「え、どういうこと⁉︎」

「神聖力を使いすぎて、祈りの力が使える神官がもういないのです」


 聖水を作るには祈りの力を持つ神官が必要だ。そして彼らの使う神聖力には限りがある。神聖なる神の力の一端は神から多用することが許されていないらしく、自然回復する以外で力を補うことはできない。たとえば補給薬などの薬の力を使うことも無理だ。


 聖水なしでどうしろというのよ!


 まだ目の前には聖水の到着を待つ怪我人の行列ができている。それどころか、国からは兵士の治療を優先するようにという通達が届いていた。押し寄せる魔獣や魔物を押し返すには兵士の力が必要で、そのためには離脱した兵士の戦線復帰が最優先だという理屈からだ。

 理解はできる。だから魔力が切れそうになるのを調薬の聖女特製の魔力補給薬を服用しつつ治療を継続しているのに。この魔力補給薬には副作用があって、服用するほど魔力が溜まる速度が落ちていく。最悪の場合、魔力補給薬がなければ魔法が使えなくなってしまう。それに普段から魔力の無駄遣いをしてきたヘレナは効率よく最小限の魔力で治療をするという経験が皆無だった。


 だって魔力の残滓であるキラキラした光を見ると皆が喜ぶの。聖女らしいと、天使だと崇めてくれる。


 だからこういう緊急事態の魔力の使い方をわかっていなかった。もちろん練習をしたこともない。だからいつものように派手に使い、すぐに枯渇して魔力補給薬に頼って、また魔法を使う。そうしているうちに癒しの魔法そのものの効きが悪くなってきた。効果が薄いから、さらに魔法を重ねる。そして枯渇するの繰り返しだ。


 もういや、やめたい。


 でも怪我人は増える一方で。しかも回復を使う余裕がないので治療を優先しているのだが、人々の回復力がおそろしく悪かった。傷はふさがっても副作用か体調が戻らないという人々の訴えを聞いたヘレナは青ざめる。


 治癒を使いすぎると人間本来の自己治癒能力が衰える。


 いまさらアンジェリーナの言葉を思い出した。あまりにも治療や回復の魔法に頼りすぎて、人々はヘレナの魔法なしでは自分自身の力で傷を治せなくなっていた。


 嘘でしょう、これではいつまで経っても終わらない。


 治療が終わってもきっと人々はヘレナの回復の魔法を望むだろう。そしてヘレナは魔力補給薬なしでは魔法が使えなくなって。このままではいつか魔法が使えなくなってしまう。


 魔法の使えない聖女は、聖女ではない。そんな未来はいやよ! 


 追い詰められたヘレナに、さらに追い討ちをかけるように聖水が作れないという悪い知らせが届いたのだ。そして状況はさらに悪化していく。最前線で戦う兵士の醜い傷跡に吐きそうになりながら治療を施していると、テントの外が騒がしくなった。静寂を切り裂くように、おぞましい咆哮が響く。


「魔獣だ! やつら、ここまできたのか!」


 あわてて振り向いたヘレナの視線の先には、野生の熊のような生き物が牙を剥き出し、鋭い爪で人々を襲っている。せっかく治療しても、これでは無駄になってしまう。焦ったヘレナは近くにいる神官に叫んだ。


「ナナリー様はどうされたの!」

「せ、戦闘の聖女は最前線で戦っておられましたが大怪我を負ったとのことで、間もなく運ばれてまいります」

「役に立たないわね、それではイルダ様は?」

「祝福の聖女は、おばあさまの残した書を参考に弱体化と聖力の効果を武具に付与しようとしたのですができないというのです。なんでも系統が違うと説明しているのですが……」


 弱体化は魔のつくものから力を奪い弱らせるもの、聖力は文字どおり聖なる力で魔を滅ぼす。対魔戦で武具に付与するにふさわしい付与魔法(エンチャント)。それを系統が違うだって、意味がわからないわ!


「ああもう、どいつもこいつも使えない!」


 慈悲深い天使の仮面をかなぐり捨てて、聖女ヘレナは仲間の聖女を使えないと吐き捨てた。人目もはばからず醜く歪んだ形相に周囲の人々は不快そうに眉をひそめる。使えないのはおまえも同じだ。先ほどから遅々として進まない治療に、負の感情が伝播していく。そんなとき、建物から誰かがテントに駆け寄ってきた。


「お待ちください、聖水の代わりになる補助薬ができました!」

「本当ですか、さすがユリアンネ様です!」

「まだ試作段階ですが時間がありません。ひとまずこれを使ってください」


 調薬の聖女ユリアンネが、ドンと音を立てて床に薬瓶の詰め込まれた木の箱を置いた。薬瓶の見た目は聖水の入っていたものと同じだ。迷うことなくヘレナは瓶の蓋を開けて兵士の傷口に振りかけた。


「ギャーーーー!」


 痛みに慣れているはずの兵士が悲鳴をあげた。なんで、そんなに⁉︎ 呆然として言葉を失ったヘレナにユリアンネは急かすように声をかけた。


「今です、ヘレナ様。癒しを!」

「い、癒しを」


 魔法は効いた。瞬く間に傷口はふさがって、きれいになる。なるほど、効くことは効くらしい。だが兵士はあまりの痛みに気を失っていた。つまりこの壮絶な痛みを我慢しなければ治療ができないということになる。静まり返ったテントの中で聖女ユリアンネだけが生き生きとしていた。


「実験は成功ですね! あとは痛みを長引かせないために、振りかけてすぐに癒しをかけることがコツです」

「痛みのないものには改良できないの?」

「いろいろ試したのですけれど、痛みだけは取り除くことができませんでした」

「そ、そんな!」

「この痛みは副作用というよりも対価です。神聖なる力を使うことなく魔を取り除くために、神が課した試練というわけですね」


 もっともらしいことを言って調薬の聖女は背中を向けた。


「ちょっとどこにいくのよ!」

「これ以外にも作らなければならない薬はあるの。あなたの足元に転がっている魔力補給薬とかね!」

「くっ!」

「同期のよしみよ、忠告してあげる。もうすでに過剰摂取だわ。これ以上は何があっても責任取れないわよ」


 冷ややかな顔で足元の瓶を一瞥すると、眉を顰めながら神殿の奥へと消えていった。彼女は昔からそうだ。職人気質で興味のあること以外は手を出さない。


「わかっているなら手伝いなさいよ、役立たず!」


 いつのまにかテントの中には怪我人以外にヘレナしかいなくなっていた。治療を誰かに代わってもらいたくても、関わり合いになるのを恐れて姿をくらましていた。仕方なくヘレナは黙々と補助薬を垂らす。気絶するのはまだいい、あまりの痛みに耐えきれず怒りに任せてヘレナに暴力を振るおうとする者までいた。

 

「どうして私がこんな目に遭うの、おかしいでしょう!」


 ヘレナは髪を掻きむしる。彼女が壊れかけていることは誰の目にも明らかだ。魔力を使い続けていたため髪は艶を失い、肌は荒れて、翡翠色の瞳は輝きをなくして濁っていた。


 そしてついに最後のときが訪れる。


 足元に山と積まれた魔力補給薬の空瓶。もう何本飲んだかわからない。自分でもわかる、魔力補給薬なしで魔力を作り出すことができなくなっていた。なんの感情も浮かんでいない顔で、続けざまに二本飲み干し、兵士の傷口に手を当てた。


「癒しを……」


 だがかすかな癒しの光すら生み出すことはできなかった。もう一度、癒しの言葉をつむぐけれど奇跡は起きない。ああ終わった。ずっと立ち続けていたヘレナは崩れるように膝をつく。


 ――――魔法が使えなくなっている。


「アハハ、アハハハハ!」


 ヘレナは狂ったように笑った。こうなってしまえば、もう二度と魔法を使うことはできない。だがそのことを悲しいと思うよりも、今のヘレナはもう魔法を使わなくて済むという安心感のほうが上回っていた。


「笑っていないで、早く治療を!」

「無理よ、魔法が使えなくなってしまったの。だから私には誰も癒せない」


 ひび割れた自分の魔力の器さえ治せなくなってしまったのだから。理解の追いつかない人々は呆然として言葉を失った。聖女のくせに魔法が使えない、そんなバカな。きっと怠けているのだと勝手に思い込んでヘレナを罵倒する。


「なんだと、この役立たず」

「無能が!」


 できないものは、できないの。アンジェリーナもよくそう言っていたっけ。自分が無能で役立たずと呼ばれる日が来るとは夢にも思わなかった。でも今なら少しだけ彼女の気持ちがわかる。


 役立たずで無能。もはや誰も彼女を聖女とは呼ばない。ただ疎ましいものと、じっと見つめるだけだ。


 そして同じころ、王城でも別の騒ぎが起きていた。


「リオノーラ様、王の召集でございます。扉を開けてください!」


 王妃の部屋の扉を激しく叩く音がする。城門の前にも魔獣が姿を見せはじめていた。今はまだ数が少ないからなんとか対処できているけれど、手に負えなくなるのも時間の問題だ。


「私は悪くない、私は悪くないの」


 震えながら王妃リオノーラはクローゼットの奥に逃げ込んだ。結界の聖女であり、国を守るために結界を張ることができるという能力だけで王妃の座を得た。つまり彼女の価値は、彼女の張る結界と同等。結界に価値がなくなれば、彼女の価値もなくなる。


「私は悪くない。だって国の方針であり、王が決めたことなのよ!」


 彼女は血の気を失った唇を震わせる。なぜ彼女がこれだけ怯えているのか。それはリオノーラの張る結界が外部から侵入しようとする魔獣や魔物を防ぐと、今までさんざん説明してきたからだ。しかも国民にだけでなく、対魔戦の対策が不十分だと指摘する周辺各国にも同じように説明している。


 結界の聖女リオノーラがいるから魔のつくものが国を襲うことはないのだ、と。


 他国がどれほど魔獣や魔物対策に追われようともセントレア王国の王妃に手を貸せとは言えない。その理由だけでついた嘘だ。それがどうだ、結界が破られてしまっては嘘だとバレてしまう。

 リオノーラはちゃんと説明したのだ、私の張る結界は悪意を持つ人間や対人用兵器は弾くけれど人間ではないもの……魔獣や魔物の侵入を防ぐことはできないと。質が違うのだと何度も説明したのに。


「そうよ、私は悪くないの」


 王である夫がそう決めた。たかが平民の聖女の身分で国の最高権力者に異を唱えるなんてことはできない。魔除けの聖女の価値を落として、彼女の功績をリオノーラに振り替えたのも王と一部の高位貴族が率先して決めたことだ。


 建国以来、はじめて魔獣がセントレア王国を蹂躙する。全ての原因は聖女アンジェリーナが失踪したからだ。


 まさか担当者が噂に踊らされて手当ての支給を止めていたなんて知らなかったの。だから私は悪くない、私は悪くないわ!


「魔除けの聖女を鎖に繋いで閉じ込めておかなかった神殿が悪いのよ!」


 そうよ、国の犠牲となるべき聖女が役目を捨てるほうがおかしい。そんなの、聖女ではないわ。閉じこもるリオノーラの耳に一際激しく扉を叩く音がした。それはいらだつ兵士のものだった。


「結界が破られました、続々と魔獣が侵入しています。こんなところで閉じこもって何をなさっているのですか、あなたは結界の聖女でしょう!」


 聖女として役目を果たせ、彼らはそう言いたいのだろう。耐えきれなくてリオノーラは叫んだ。


「やってるわ、今だって結界を張り続けている!」

「ではなぜ魔獣が侵入するのですか、おかしいでしょう!」


 魔を弾き、魔を退ける。それは聖女アンジェリーナにしかできない。数多いる聖女の中で彼女にしかできないことだ。私は国の意向を受けて、その功績を借りていただけのこと。だから私は悪くない、そうよね?


「できないものは、できないのよ!」


 扉の向こう側では沈黙が落ちて、落胆するような深いため息が落ちた。


「王妃教育すら満足にこなせなかったのに、結界を張る以外であなたは役に立つことがあるのですか?」


 言外に役立たずと言われたような。

 城の外から勝ち誇るように魔獣の咆哮が響いた。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 神官長だけじゃなくて国の上層部からして腐ってたのか・・・
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