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魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました  作者: ゆうひかんな
本章 魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました
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第一話 魔女は無能で役立たずだそうです


 大通りで馬車の事故が起きた。ひどい事故で、道路の損傷や馬車の損壊だけでなく怪我人が大勢出たそうだ。一報を受けて神殿は治療や手当のために聖女を二名派遣した。現場に到着すると、金の髪に翡翠色の瞳をした少女が一番ひどい怪我を負った人の傷口に手をかざす。


「癒しを」


 彼女の手から虹色の光がこぼれる。傷口に降り注ぐ光の粒はキラキラと輝いて、人々は感嘆のため息をついた。


「おお、傷が癒えていく……。ありがとうございます!」

「いいえ、聖女として当然のことですわ」

「噂に違わず、あなたは天使のようだ!」


 誰だって自分の命を救ってくれた人間が一番だ。彼らにとって彼女は優しく、賢く、清らかでなくてはならない。誰よりも優れているとそう思ってしまうのは仕方のないことだろう。ふと怪我人の視線がこちらを向いた。


「それに比べて、同じ聖女でもこんなに役に立たないとは思わなかった。がっかりだよ」


 でもね、だからって勝手に比較して他人を貶めるのは違うと思うのよ。


 対人用の治療器具を手に、黙々と手当を施す黒髪に紫水晶色の瞳を持つ少女は小さく息を吐いた。彼女は軽傷者の傷口を消毒し、手際よく包帯を巻いていく。治癒に頼りすぎると人間本来が持つ治癒力が衰えるため、こうして小さいものは手当てするよう神官から指示されているからだ。ところが、一人の怪我人が包帯を握る少女の手を弾いた。


「癒しが使える人間の手が空いているのなら、私は彼女に手当てしてもらいたい!」

「私も!」

「俺もだ!」

「ですが神官からは軽傷の患者は私が手当てするように指示されています」

「それは差別だ!」

「怪我に重いも軽いもないだろう、この人でなし!」

「いや、ですからね」


 理由を説明しようとした私をさえぎるように、そっと手が差し出される。視線を上げると、そこには金髪の少女が儚げに微笑んでいた。


「大丈夫です、アンジェリーナ様。私が代わります」

「ヘレナ様……それでは指示に背くことになりますよ?」

「いいのよ、私は平気」


 またか。あなたが平気でも神官に厳しく叱責されるのは私なのに。するとアンジェリーナの肩を男性が強く押した。アンジェリーナは地面に激しく体を打ちつけて、思わず呻き声をあげた。


「ふざけるな、こんな状況で神官の指示が何だと言うんだ、傷ついた人間に対する優しさはないのか!」

「きっと自分の才能がないから嫉妬しているのよ!」


 帰れ、邪魔だ! 人々は口々にアンジェリーナを罵って、その場から追い出そうとする。このままでは場が荒れて、新たな怪我人が出てしまう。仕方なくアンジェリーナは治療器具を収めた箱を抱えて立ち上がった。


「わかりました、失礼します」

「こんな無能と組まされて、ヘレナ様がかわいそうだ」

「皆さん、あれでも彼女は聖女です。ただちょっとどころかいろいろ足りていないだけ。悪気はないのです」


 あれでも聖女とか、完全に悪口じゃないの。


 誰が好き好んで彼女と組むものか。嫌っているくせにアンジェリーナばかりを指名する。こっちだって嫌々組まされているだけだというのに。罵声を浴び、人々の嘲笑う声を聞きながらアンジェリーナはヘレナを振り返った。民衆を従えたヘレナの翡翠色の瞳には蔑む色が浮かび、口元は愉悦に醜く歪んでいる。


 こんな子が天使だと評判なのだから笑える。

 

 もう帰ろう。怪我人だろうがこれだけ罵る元気があるのだから、間違いなく命に別状はない。踵を返したアンジェリーナに舌打ちとともに誰かの声が追い討ちをかけた。


「見ろよ、あの不気味な黒髪、意地悪そうな紫の瞳に青白く生気のない顔。そのうえ性格も冷酷で性根が腐っているから魔女と呼ばれるんだ、ざまあみろ!」


 わっと囃し立てるような声が上がった。ヘレナが天使なら、アンジェリーナは魔女。今までもさんざん比較されて貶されてきたのだ。いまさらこの程度で傷つくわけもない。さんざん説明しているのに自分にとって都合のいいことしか聞きやしないのだから。理解されることなど、とうの昔に諦めている。

 アンジェリーナは神殿に戻る道をのんびりと歩いた。どうせ叱責されるのだから焦って帰ることもない。そんな彼女の隣を興奮気味に子供達が駆け抜けていく。


「あ、あれは植物を育てる聖女様だ」

「ホントだ。あっちにもミルクを甘くする聖女様がいるよ!」


 実のところ、セントレア王国に聖女は珍しくない。たとえば武器に魔法を付与する能力に長けた聖女や、回復力を向上させる料理の得意な聖女、失せ物探しが得意な聖女とかもいる。個性的で、中には使いどころが微妙と思われる能力を持った聖女様もいるけれど、おおむね人々には好意的に受け入れられていた。


 一方で数多いる聖女の中でも飛び抜けて優れた能力の持ち主と有名な人達がいた。そのうちの一人がヘレナだ。彼女の能力は日常生活における病気や事故といった一般的な傷病に高い治療の効果を発揮する。いかにも聖女らしい能力というべきか。不治の病や、事故に巻き込まれて四肢を失うような大怪我でもある程度までなら癒すことも可能だ。


 そしてもうひとりが我が国の王妃であるリオノーラ様。彼女は強固な結界を張ることができるという。敵兵を弾くだけでなく、武器も魔道具もダメ、毒も効かないし攻撃力の高い魔法も使えない。かつて敵国が攻めてきたときもリオノーラ様の強固な結界のおかげで侵略を免れたとか。このときの功績を讃えて彼女は王妃になったのだと聞いた。彼女のものもまた聖女らしい能力かもしれない。そしてもう一人、別の意味で有名な聖女がいる。


 それが私、アンジェリーナ。能力は魔除け。


 魔獣でも魔神でも、悪魔でも、大魔王でもいい。とにかく人に害を及ぼそうとする魔とつくものから国と民を守護する。これぞ聖女と呼ばれるにふさわしい能力だと思うのだけれどね。私の場合、祈りも潔斎も厳しいとされる修行すらいらない。そこにいるだけで勝手に能力が仕事をしてくれる。それが強みでもあり、弱点でもあった。


「あ、聖女様だ!」


 通りすがりに男の子とアンジェリーナの視線が合った。聖女にのみ支給される白いローブを羽織っているからすぐにわかったのだろう。にこりと笑って手を振ると男の子は不思議そうに首をかしげた。


「ねぇ、あの聖女様何もしていないよ?」

「こらダメよ、あの魔女……魔除けの聖女と視線を合わせては!」


 アンジェリーナだと気がついた母親が子供を背後にかばい、そそくさと逃げるように去っていった。()除けの聖()、それを縮めて魔女だ。物語で魔女といえば嫌われ者だから、そう呼んだのが偶然かわざとなのかわからないけれど、いつのまにかこの呼び方が定着していた。


 でもね、目を合わせると呪われるとか、声を聞くと魅入られるとか、触れるとバカになるとか……いくらなんでもひどくない⁉︎


 先代の魔除けの聖女がいたころは、ここまでひどくなかったのにな。セントレア王国に魔除けの聖女は途切れることなく生まれるという。黒い髪に紫水晶色の瞳は魔除けの聖女の証。アンジェリーナは生まれると同時に神殿に引き取られた。だから家族の顔を知らない。その代わりに先代の魔除けの魔女……おばあさまと呼ばれていた彼女と一緒に暮らしていた。


 おばあさまは聖女として生きるために必要な知識を授けてくれた。魔除けの聖女はいるだけで魔を弾き、魔を退ける。効果が及ぶ範囲は個人の魔力量によって変わるそうだ。いるだけで魔除けの効果が継続的に発動するので、聖女らしいことは何もしない。先代が死ぬと同時に役目を引き継ぐ、課せられた使命はそれだけだ。セントレア王国が成立してから、ずっとそうなのだとか。そのほかにもおばあさまは魔法の基礎に、必要な儀式のこと、高位貴族に嫁ぐこともあるからと礼儀作法やそれ以外の高度な教育までみっちりと教えてくれた。


 聖女らしい仕事をしなくても一生懸命働いている人に対して役立たずなんて失礼だとは思わないのかしら?


 聖女の勉強や手伝い以外にも、ほぼ毎日のように使用人や神官からも仕事を頼まれていた。神殿の掃除から食事の支度、洗濯に買い出し、子守りまで。依頼があれば朝早くから夜遅くまで働くこともあった。聖女らしい仕事ではないけれど、当時はそれ以外の生き方があるなんて知らなかったから一生懸命尽くしたわ。役立たずと呼ばれるよりは、小さな積み重ねでも役に立つと言われるほうがうれしいもの。


 さて大事なことだから二回言うが、魔除けの聖女は途切れることなく生まれる。


 つまりセントレア王国の国民は王族だけでなく、貴族、神官や兵士、平民に至るまで、生まれてから死ぬまでの間に一度も魔神も悪魔も大魔王も、それどころか魔獣すら見たことがなかった。魔獣なんて他国では普通に森を闊歩していて、国によっては多大な被害を出しているというのに。もはや空想の産物とか思われていそうだ。


「魔がどんなものか、想像もつかないのでしょうね」


 問題の根本はここにある。見たことのないものを恐れよというのは難しい。魔獣のいない日常に慣れきったセントレア王国の民はアンジェリーナの価値が全く理解できないのだ。


 だから平気で悪口を言うし、邪険にも扱う。きっと何もせずにただサボっているだけと思われているのだろう。最近はアンジェリーナのことを無能で役立たずだと蔑む者が一層増えた。ヘレナやリオノーラ様の他にも力を持った聖女がいるのだから、きっと彼女達が助けてくれる。無能で役立たずよりも、兵士や軍隊のほうが役に立つに違いない、と。聖女として、ここまで期待されていないというのも逆に珍しいのではないかしら。

 重い足を引きずってアンジェリーナは神殿の門をくぐる。上司である神官に事故現場での状況を報告すると、案の定、叱責された。


「なぜ役目を放棄した!」

「怪我人から手当ては不要と言われたからです」

「では怪我人を放置してきたのか⁉︎」

「いいえ、怪我人に頼まれてヘレナ様が癒しの魔法を」

「ハァ……だから繰り返し教えているだろう。魔法を使いすぎると人間本来の自己治癒能力が衰えると」

「それはヘレナ様に直接おっしゃっては?」

「言っても聞かないから君を補助としてつけたのだ。そこのところは君がしっかりフォローしてくれないと困るんだよ」


 さっぱり意味がわからない。導きは神官の仕事でしょうに、どうして私が。不満が顔に出ないよう表情を消して首をかしげたところ、神官は深々と息を吐いた。


「とにかくうまくやってくれ。信者からの苦情も増えているし、このままだと神殿は君をかばえなくなる」

「わかりました」


 わかりたくもないけどね。何度も言うけれどなんで私がヘレナに合わせてやらなければならないのか意味不明だわ。どうせ理解できないのだからと、アンジェリーナはさっさと見切りをつけて話を切り上げた。部屋の扉を閉めるとき、背を向けながら神官は吐き捨てた。


「あの作ったような笑顔の裏で何を考えているのかわからない。うす気味悪い、冷酷な女だ。だから聖女のくせに魔女なんて不名誉なあだ名をつけられるんだ」


 アンジェリーナは音を立てず、静かに扉を閉めた。理不尽の裏には無理解がある。さすがに疲れたな。部屋で休もうと踵を返したところで今度は侍女に呼び止められた。


「婚約者様が客間でお待ちです」


 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] これ現代日本へのアンチテーゼかな。 本当に大事な安全保障やら蔑ろにし、平和憲法の言霊に酔う。(まあ自衛隊への対応とか大分、良くなってきたけど)。 [一言] 庶民は仕方ないにしても、外…
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