第α話
それは突然だった。夢乃愛との配信が終わった護衛騎士、ルークは翌日も休みなのだから、このまま遊び倒そうとD-WORLDにログインし続けていた。
「さて、何からやろうか」
V-TUBERの楯無紬希の手伝いをするようになってから、ルークはあらゆる分野のゲームに手を出すようになってしまった。最初はFantasy WORLDだけに絞っていたもの、今では全WORLDに手を出してしまった始末。無課金勢として遊んでいたもの、多少ながらもお金を費やすようになってしまった。
「……あぁ。そう言えば、アイツのプレゼント、失くなってしまったんだっけか」
前の配信でルークはとっておきのプレゼントを前倒しで渡してしまった。前倒しでもプレゼントはプレゼントと言ってしまう事はできるが、達成したときに何もないと紬希は必ずごねるだろう。なければないで、何の無茶振りを要求されるかわからない。その対抗策がプレゼントであって、ルークにとっては無茶振りを回避するための一種のアイテムに等しい。
「しかし、フュージョンスキルを越えたプレゼントかぁ。何かあったかな?」
Fantasy WORLDがアプロードされてから、まだまだ追加されたスキルやアイテムは少なくない。しかし、配信者として目新しいものがあるかと問われたら意外と少なかった。
フュージョンスキルを選んだのも他の配信者が同様のスキルを持っていたら、初御披露目としてコラボ技を披露することができる。掛け合わせはスキルの数だけ存在しており、無限大に等しい。派手さとロマンが詰まったフュージョンスキルは派手さを好む紬希の子の好みにぴったりであった。
「……仕方がない。適当な代物を見繕うか」
熟考したが、フュージョンスキルに変わるプレゼントは思い付かなかった。だからといって何も用意しない訳にはいかない。
ルークは覚えている限りの情報を整理して、公道に移そうとした時、目の前にメールの着信が表示される。
「……すげぇ、嫌な予感がする」
差出人はバックアップ社の運営スタッフ、楯無紬希のマネージャーであった。
内容はこれを読んだら直ぐに連絡して欲しいとのこと。嫌な予感しかない。過去の経験則から「連絡するな、無視しろ」と命令している。命令を受諾したい。けれど、無視したら無視したで必ずこちらに被害が被られる可能性が高い。ならばどうする。そんなの言うまでもない。ルーク、護衛騎士に見て見ぬふりをする選択肢なんて最初から存在するしないのだった。
「……あ、お疲れ様です。わたくし――」
『よーす。メール、見てくれた?』
社交辞令の挨拶を交わすよりも早くフランクに返される。ルークはため息をついた。
「おまえ、仕事中なんだろ? そんなフランク口調でいいのかよ。これ、会社の電話番号だったはずだぞ」
『あんたの番号は登録済みだから、問題ないわよ。バックアップチューバーの親衛隊長、護衛騎士様』
「俺はゲームを遊んでいただけだ。あと、リアルの知人からその名前で呼ばれると蕁麻疹がでるからよしてくれ」
『にゃはは。まさか、紬希が追いかけ回していた男キャラがぼっち君のネットキャラだったなんて思わなかったわよ』
「俺もこっち世界とは無縁の存在だと思っていたギャル子が紬希を始めとしたバックアップチューバーのマネージャー様とは思わなかったぞ」
『誰がギャル子よ。ちゃんと愛を込めて菜月って呼びなさいよね』
ギャル子こと白雪菜月はルークの高校時代のクラスメイトであった。クラスでは陽キャラ筆頭グループに所属しており、陰キャのルークとは住む世界が異なる存在だった。
何の因果か三学年同じクラスであったから、互いに名前だけは覚えていたらしく、紬希の件で話し合う時に顔合わせした時は互いの顔を指差して驚嘆したほどである。
「んで、要件ってなに?」
『聞きなさいよ!』
「ギャル子はギャル子で充分だ。んで、なに?」
「あんたねぇ。ま、いいわ。今から会える?」
「リアルで? それともネットでか?」
「本当はリアルでお酒でも飲みながらってのがいいけど、今回はD-WORLDでよ」
「じゃあ、合流場所は俺の家でいいか?」
「そこ、ついさっき愛に教えたばかりでしょ? 紬希も知っていることだし」
「なにか問題でもあるのか?」
「あるわよ。裏作業のお誘いとかで突貫されたの忘れたわけ?」
あーと間の抜けた声を上げる。最初に紬希と配信をした時、菜月とはV-TUBERである彼女達と会うのはあくまでも企画を手伝う時のみとするなんて約束事を交わしていた。その時に多少ながらの協力金やらを提示され、もともと裏で会うつもりなどさらさらなかったルークはそれを快く了承した。
しかし、あのお転婆娘は裏作業でも手伝えと言ってきた。はじめは運営やルークも「それはダメ」とNGを出したのだが、契約の文面に企画を手伝う為に裏作業は含まれると運営を論破してしまったのである。あのあと、菜月は上司に絞られたのだろう。無理やり酒の席に召喚され上司の愚痴の数々を聞かされる羽目になったのだった。
「んで、だったらどこにするんだ?」
「バックアップのギルドでいいかしら? そこならあの子達にも聞かれないしね」
「……了解だ」
「じゃあ、招待のメールを送るから必ず来なさいよ!」
直後、メールの着信が表示される。
ルークは渋々ながら画面を操作して、メールの本文にあるバックアップ社のギルド、ギルド名カバーリングフレアの本拠地に転移できるアドレスを押したのであった。
※
「来たわね、護衛騎士」
カバーリングフレアの本拠地に転移すると既に待っていた菜月ことキャラ名、ポーリーの姿があった。
「ポーリー。その名前で呼ばないでくれ。このキャラはルークと設定しているんだから」
「今さらよ。名前を非表示にしてるのが悪いわね」
「紬希から逃げる為に取った対応策だったのは知っているだろ?」
キャラ名は設定によって表示の有無を変えることができる。ゲームの運営の意図がわからないが、この設定によってNPCかプレイヤーを判別できる手段が限られた為によりロールプレイする事が可能になっていた。
中にはこの設定を悪用して出会い目的で合流しようとする者もおり、賛否両論とされていたりする。
「んで、わざわざ会社のギルドに招いた理由はなんだ? どうせ厄介事だろ?」
「第一声がそれなのは気にくわないけど、まあそんなものよ」
「やはりか」
「とりあえず、私の部屋に移動しましょう。そこなら会話を聞かれる心配もないしね」
「了解だ」
ポーリーの部屋に案内されたルークは「ほぉ」と感嘆の声を上げる。部屋の内装は全てバックアップ社に所属しているV-TUBER関連のものばかり。壁には全員のイラストが描かれていたポスターなどがずらりと並ばれていた。
「あまりみないでよね。仕事仲間意外で招いたのあんたが初めてなんだから」
「すまないな。物珍しく見てしまった」
「まあ、いいけど。コーヒーでいいわね。砂糖とかいる?」
「いや、ブラックで構わない」
「そ。わかったわ」
コーヒーを振る舞ったポーリーは一口飲んだあと、一人の女の子のイラストが描かれたポスターを指差して言う。
「あんた、猫屋敷タマ子ってV-TUBERは知っている?」
「お前の会社に所属している一期生の子ぐらいしか知らないな」
「そう。その子、高飛車お嬢様のキャラで通っているのだけど、実はとある企業の箱入り娘なのよ」
「……それ。一般人の俺なんかに言って大丈夫なのか?」
「許可は取ったわ。あんたも口外するつもりはないでしょ?」
「まあ、言う相手などいないしな」
「そこは信用しているわ。それで、その子からあんたに手伝って欲しいとお願いされたのよ」
「は? なんで俺が? その子とは面識すらした事がないぞ」
「あんたがFantasy WORLDの中ではそれなりの実力者だからよ。彼女、紬希のメンバー10万人記念にある物を送りたいらしいのよ」
「なるほど。それで、その物はなんなんだ?」
「天使の羽衣よ」
「……聞き間違いか? 今、天使の羽衣と言ったか?」
「残念ながら聞き間違いでも何でもないわ。タマ子は紬希に天使の羽衣を送りたいんだって」
天使の羽衣。Fantasy WORLDがアップデートされた時に追加されたレア装備。一定時間であるが空を飛ぶことができる天使の羽衣によって空中戦もできるようになるとユーザーから期待されていた代物であるが手に入れるには超難関ダンジョンである追加ダンジョン、悪魔の試練とやらに挑戦してボスを倒す必要があった。
「なんでまた、そんなレアアイテムを選んだんだか」
「タマ子、友人らしい友人がバックアップのチューバーだけみたいなの。だから、もっと仲良くしたいから――」
「レアアイテムを送りたいって訳か」
「あんたはタンクだし、高火力のパイルバンカーだって使えるでしょ? 防御技を貫通させる技スキル、ドリル・バンカーの使い手はあんたを除けば数えるほどしかいないからね」
「だからと言って俺一人では無理だぞ。回復役と支援役が最低限必要だ。あとは紬希のような援護射撃ができる子がいないと達成することは難しい」
悪魔の試練に出るボスの情報は前に掲示板でみたことがあった。敵は高スキルの結界を身に纏っているため、大抵の攻撃を無力化させてしまうぐらい防御力がある。それに加えて遠距離から魔法を放ってくるらしいから、紬希のユニゾン状態の射撃能力がないと接近するのも難しい。
「その点は考慮しているわ。タマ子は召喚師だからSummon WORLDの子達を召喚する事ができる。あの子の召喚獣ならあんたをフォローする事ができるわ」
「ほぉ。課金ジョブの召喚師とは。さすがはお嬢様と言ったところか」
Fantasy WORLDだけに限らないが課金でしか手に入らない限定ジョブやアイテムなどが存在する。召喚師もその一つであり、召喚師は他のWORLDの物を別の世界に呼び寄せる事ができる。そん世界に呼び寄せる存在しないものなどを呼べることからバランスブレイカーなんて呼ばれる事もあったが、運営が試行錯誤することで今ではすっかり落ち着いていた。
「もちろん、報酬は払うわ。リアルマネーは払えないけど、Gコインかあんたが望む物を送らせてもらうわよ。望むなら私との一夜でも構わないわよ」
「枕営業じゃないか、それ。おまえ、まさかそんな事を他でもしていないよな?」
「す、するわけないでしょ! 私はまだしょ……。何でもないわよ!」
「いや、すまないな。冗談が過ぎた」
「あんた、次にそんな事を言ったら紬希達に襲われたって言うわよ」
「社会的に抹消させようとするなよ。最初に振ったのはおまえだろうが」
「ま、流石に冗談が過ぎたわね。それで? どうかな?」
「……わかった。俺も一度は挑戦したいところであった。手伝わせてもらおう」
「そうこなくっちゃ。いやー。あんたがそんなにノリがいいなら、高校の時にもっと話しかければよかったわね」
「まあ、今と変わっていない性格だったら、楽しかっただろうよ」
「なによそれ」
それから二人は今後について話し合った。
まず、猫屋敷タマ子と顔合わせするのが翌日の日曜日。時間は紬希と愛が配信する時間に定めた。
「じゃ、今日は助かったわ。明日はお願いね」
「やれるだけやってみるさ」
カバーリングフレアの本拠地から去ったルークは早速行動に移す。
まずは情報収集し、次に必要なアイテムの補充。
そして――。
「ドリル・バンカーを強化させとかないとな」