第2話
帰りはそこまで苦労はしなかった。互いに消耗しているとはいえ、襲いかかる敵はルーク一人で対処できるモンスターばかり。
「そう言えば騎士さん。今度の土曜日は空いていますか?」
リスナーと雑談しながら移動していた紬希が不意に訪ねる。
「なに? また手伝ってほしいの?」
スケジュールを確認して「空いているが」と答えつつ質問する。最初の頃はメールで日程の調整をしつつあったが、ここ最近では生放送中にアポイントを取って来るようになっていた。
「はい。私の所属している事務所、バックアップから新人さんが一人、D-WORLDをプレイすることになったんですよ」
「告知でもあったな。確か……誰だっけ?」
「知らないんですか!? それでもバックアップ名誉会員なんですか!?」
「名誉会員って、おまえ」
・ 名誉会員w
・ 本人が知らないうちに会員にさせられているとか
・ ちなみにサイトに紹介されている
「え、マジかよ?」
「本当ですよ。ちゃんとwikiさんにも乗っているんですから」
ほら、とそのページを見せて来る。確かに楯無紬希の紹介ページに補足してルークの名前があった。しかも名前が護衛騎士となっている。
「これ肖像権の侵害じゃないか?」
「ちゃんと言いましたね? 名前を使ってもいいかって」
「言ったけど、まさか会社のホームページに出すとは思わないだろうが」
「え? じゃ、じゃあ消すように依頼しときます?」
そうしてくれ、と頼もうとするがリスナーがそれを許さなかった。
・ 諦めろ ¥200
・ 消すなよ ¥100
・ 護衛騎士はもはやバックアップのメンバーだぞ ¥2300
・ 消しちゃダメ ¥1000
「わかった、わかったからスパチャを出すな!」
「わーい。じゃあ、この際だからバックアップの人達ともコラボしちゃわない」
「このゲーム以外はお断りだ」
そもそも紬希と会うまでV-TUBERなど興味すら持たなかったし、誰かとゲームをすることすらほぼしてこなかった。ぼっちプレイばかりしてきたルークにとって、女性と雑談することは高難易度のクエストを攻略するよりも困難であった。
「えー。もったいない。騎士さんならそこそこ人気も出ると思ったのに」
「おまえの手伝いをしているだけで充分楽しいから、これ以上は必要ないよ」
・ はい、デレました
・ 護衛騎士のデレッ、助かる
『ほんと天然なのか狙っているのかわからないよな』
「はいはい、うるさいうるさい」
会話に夢中で気がつけば目の前に出口が見えてきた。ようやく今回の企画も終わりかと安堵するルークだったが、パッシブスキルの[鑑定眼]が反応する。
「騎士さん?」
目の前に出口があるにも関わらず足取りを止めてしまったルークに怪訝に思ったのだろう。まさか敵が出たのかと身構える紬希にルークは何もない壁を指差して言う。
「ここ、最初はなかったが[鑑定眼]が反応した。おそらく隠し通路がある」
「え!? なんでですか?」
「理由はわからない。おそらくだが、帰還玉を使わず戻って来ることが出現条件なのかもしれない」
隠し通路。中にはモンスターを倒したり、あえて罠にかかることで隠し通路が出現することは周知の事実となっている。条件によって出現する隠し通路にはレアアイテムやレアモンスターが出てくることも希ではなかった。
「え、じゃあ……」
「決めるのはおまえさんだ。まあ、当然――」
「――行くに決まってるの! みんな、まだまだついてこれるよね!?」
・ 当然だ!
・ 行くしかないだろ!
・ まさかのどんでん返しキター
「よし。じゃあ――行くぞ」
拳を叩き付けると砕けないはずだった壁が砕けて新たな道がそこにあった。道治階段状になっており、いかにも何かがありますと匂わせていた。
「隠しボスの部屋でしょうか?」
「わからない。だが、油断はするなよ」
「了解」
二人は装備と道具の確認をして、ゆっくりと降りていく。道は途中から舗装されていき、徐々に物々しい雰囲気を漂わせて来る。
「紬希」
「は、はい?」
いきなり名前で呼ばれて声色をあげる。そんな彼女の様子など気にせずにルークは帰還玉を彼女に渡した。
「念のために持っておけ。何かあったらすぐに逃げろよ」
「え、でも……」
「護衛騎士なんだろ。主を死なせる間抜けな騎士にさせないでくれ」
「わ、わかりました。この人、ホント不意打ちが好きなんだから」
「なんか言ったか?」
「いーえ、何でもないです! さあ、いきましょう」
降り続けると大きな部屋にたどり着く。目の前には立派な扉が備え付けられており、どう見てもボス部屋に続く場所であると二人は判断した。
「紬希。これを使っておけ」
渡したのはステータスを一時的に向上させる補助アイテムだった。ルークも同じやつを使って攻撃力と防御力を向上させる。
「準備ができたら行くぞ」
「大丈夫です」
「よし!」
ゆっくりと扉をあける。部屋の中はまるで教会を思わせる礼拝堂であった。左右にステンドグラスが並べて設置されており、その絵柄がスライムを想像させるものばかりであった。
「これは……」
「まさか当たりか?」
しかし、部屋の中に他の気配はなかった。ひとまず辺りを三部作しようとする二人であったが、頭上から銀色の球体が落ちて来るのを確認する。
「騎士さん!?」
「プラチナスライム!? 本当に実在していたのか」
銀色のスライムのネームプレートにプラチナスライムとかかれている。間違いなく探していたレアモンスターがそこにいた。
「倒すぞ、紬希! 最初から全力だ」
「わかりました。ユニゾン……え?」
紬希の動きが止まる。ルークも目の前のスライムの行動に目を丸くさせた。
・ 切り抜け!
・ スクショだスクショ
・ 撮り遅れるな!
「み、見ないで! 騎士さんも顔を背けてよ!」
「無理言うな! 敵を目前として背中を見せられるか」
「じゃあ目隠し! 目隠しして戦って!」
「ムリゲーだろ、それ!!」
慌てふためく紬希。それも当然だった。目の前のプラチナスライムは自身の姿を紬希と全く同じ形状に変化させたのだ。けれど瓜二つなのは顔と身体付きだけで服装は再現していないから、まるで紬希が全裸で立っているように見えてしまっている。
「普段から下ネタ使っているだろ!? あれぐらいで慌てるな」
「無理です。コピーするなら騎士さんにしてくださいよ」
「それはアイツに言え! って、来るぞ」
プラチナスライムが弓矢を構えて二人に射る。ルークはそれを盾を構えて迎えうつが盾に触れた途端、大きく後方に流されてしまった。
「ノックバック付きかよ。だが、攻撃力は大したことは――」
刹那。ルークの盾が爆発した。不意打ちに近い爆破を受けたルークは扉に叩きつけられてしまう。
「騎士さん!?」
「っ。油断した。気をつけろ、エンチャントアローだ!」
エンチャントアローは属性を付与させた放つ弓矢の技スキル。しかもダブルエンチャントは高レベルの弓矢スキルだ。紬希が受けたら一溜りもないだろう。その証拠にルークのライフゲージが六割ほどもっていかれた。
「うぅ。なんで私の姿になるのよ。許さないんだから。ユニゾン・イン。サラマンダー!」
サラマンダーの力を借りた紬希に向けてプラチナスライムが同じように弓矢を射る。対して紬希は魔法スキル[イグニッション]を使用して機動力を向上させて壁目掛けて跳躍する。パルクールの容量で椅子や障害物を利用して距離を詰める紬希の機動力はただの弓矢では当たることはない。しかし、プラチナスライムが射た矢はそんな彼女を追うような軌道を描いて襲いかかって来た。
・ 今度はホーミングかよ
・ 上級弓スキルのオンパレードだな
リスナーの言う通り、あり得ない軌道を描く矢は[ホーミング]スキルの効力が及ぼした結果である。当たれば致命傷。それでも紬希は距離を詰める事をやめない。中・遠距離主体の彼女であるがそれでもプラチナスライムに一発でも直接的にぶん殴りたい。そんな執念が彼女のPSを向上させたのか、身体を捻らせたり、回転させることで全てを躱す。その動きにリスナー達は驚嘆した。
目前まで迫った紬希は杖を振り上げる。先端に炎の刃を形成させて渾身の一撃を繰り出した。
「[サラマンダー・クロー]」
炎の斬撃。奇跡に近い紬希の本日最高の一撃は誰もがプラチナスライムにダメージを与えたと思った。
しかし、炎の斬撃は見覚えのある盾によって防がれてしまう。
「っ!?」
先ほどまで自分の姿に変化していたプラチナスライムは今度はルークの姿に変化して彼女の斬撃を受け止めたのだ。受け止めた斬撃を押し返すように盾を付き出して紬希を突飛ばす。それは盾スキルの[シールドバッシュ]で間違いなかった。
「っ。大丈夫か?」
「は、はい」
後方に勢いよく突き飛ばされた紬希はルークが受け止めることで壁に激突することはなかったが、それでもダメージは甚大だった。
「今度は俺か。スライムは[メタモルフォーゼ]ってスキルがあるらしいが、人に化けるなんて聞いたことがない」
「距離を開ければ紬希。近づけば騎士さん。厄介な敵ですね」
「だな。対策を練る――。おいおい、ちょっと待て」
一旦、撤退を考えたルークの視界に信じられない光景が写る。
「あれは」
「あいつ、ユニゾンまで使えるのかよ」
再び紬希の姿に変化したプラチナスライムは紬希がユニゾンした姿と瓜二つ。そして右腕にはルークの必殺技に酷似したバンカーを装備している。
「まさかあれって」
「紬希。回避しろ!」
遅かった。撃鉄が打たれる鈍い音がしたと思えば風切り音が礼拝堂に響く。
プラチナスライムはルークの[ドリル・バンカー]を紬希の[サラマンダー・ブレイク]で射るのだった。
咄嗟に前に立って予備の盾を装備。盾スキル[シールド・プロテクト]で障壁を産み出してそれを受け止め――られなかった。ルークの盾もろとも障壁を食い破った一撃は僅かに軌道がそれて後方にそれたが、着弾した場所は凄まじい衝撃音を上げて後ろにあった扉を粉砕したのだった。
「まともに受けていたら即デスだな、ありゃ」
「どうするの、騎士さん」
「紬希、帰還玉を使え! それで脱出しろ」
「けどそれじゃあ」
「俺ならなんとかして逃げれるかもしれないが、そっちは無理だ。今すぐ帰還しろ」
戦略的撤退。それは決して間違いではない。トップランカーほどの実力者であるならばプラチナスライムを撃退することも可能かもしれないが、それでも苦戦を強いられるだろう。
「なんかないの? 誰かアドバイスして」
リスナーに助言を貰おうとするもの返って来る内容は無理の一択。二人パーティーの紬希達では目の前の強敵を倒せないとリスナー達もわかっているからだ。
「[バンカー]セット」
「騎士さん?」
「これで隙を作る。紬希はその隙に帰還玉を使え、いいな!」
「ちょ――」
言い終わる前にルークは突撃していく。一直線に突貫するルークの攻撃に脅威を感じたプラチナスライムは即座に弓矢を射って対応し始めた。
無数の矢が受けながらもルークの突撃はやめない。唸りを上げた槍を突きだし、渾身の一撃を叩き込む。
「[ドリル・バンカー]」
けれど、渾身の一撃はプラチナスライムの槍によって止められる。
「っ。こなくそ!」
力任せに押し込もうとするが、全く押し込める雰囲気がなかった。対してプラチナスライムの槍が回転し始めるとルークの槍が悲鳴を上げ始める。
「[パイル・バンカー]」
プラチナスライムの槍から雄叫びが上がる。それを合図にルークの槍は粉砕され、大きく後方に吹き飛ばされてしまった。
「がぁ」
ライフゲージがほぼ全てもっていかれた。スキル[最後の意地]がなければ全損していたであろう。かろうじてライフポイントが1ほど残った。
「騎士さん」
駆けつける紬希の姿が元に戻る。ユニゾンの有効時間が切れた様子など気にせずにルークに向けて回復魔法を施した。
「なんで逃げなかった」
「これは紬希の責任だもん。置いてく訳にはいかないよ」
「っ。大人しく言うことを聞いて欲しかったんだがな」
まだ完全に回復していないがルークは立ち上がり、プラチナスライムの追撃の矢を跳ね返す。相手もこのまま逃がすつもりはないのだろう。姿を紬希に変化し、無数の矢の雨を浴びせ始める。
「紬希、後ろに隠れてろ」
「はい」
言われた通りにルークの背中に移動し、そのまま回復魔法をかけ続ける。矢の雨はルークが剣でいなし、叩き付けるがそれでも全てを防ぐことはできない。紬希が懸命に回復しているが、回復量よりもダメージ数の方が大きかった。
・ このままではジリ貧だ
・ 誰か助けに行ってやれよ
・ 行けるならとっくにしてる。場所がわかんないんだよ!
リスナー達の何人かが援軍に出てくれているようだが、間に合う可能性は少ない。
「……仕方がない」
ルークは諦めることにした。
「騎士さん?」
「紬希、こいつを渡す」
剣から盾に持ち変えて攻撃を受け止めながら、ルークは画面を操作して紬希にある物を渡した。
「これは……。[フュージョン]スキル!?」
「あぁ。アップデートで新しくできたスキルの一つだ。本来なら10万人記念に渡したかったんだけどな」
フュージョンスキルは所用者同士の技や魔法スキルを合わせて繰り出す連携スキルであった。新スキルの中で手に入る確率が低くなかなかお目にかかることが出来ない代物である。そのため、楯無紬希のフォロワー10万人記念の時に送ろうとしていたとっておきのプレゼントであったが、記念日用の贈り物にすることをルークは諦めたのであった。
「こいつに賭けよう、紬希。アイツに俺達の必殺の一撃を食らわせてやろうぜ」
「騎士さん……。っ、はい!!」
フュージョンスキルは紬希も知っていた。しかし、手に入れるには莫大な金額か高難易度のクエストをクリアする必要があった。いづれかは手にいれたいと考えていたけど、自分では難しいかな、と諦めていた代物を贈られて、紬希のやる気は俄然羽上がる。
「ユニゾン・イン。サラマンダー!」
「[バンカー]セット!」
二人同時に動いたことに対してプラチナスライムも動きを変える。先ほどと同様に右腕にバンカーを装備し、炎の槍を装填し始めた。
「真っ向勝負か。いいね」
「騎士さん、やはりここは」
「当然正面突破だ!」
並び立つ二人。互いに必殺の一撃を放つ為に準備を施し、そして――。
「行くぞ、紬希」
「はい!」
突貫する。ブースターの推進力で爆発的な早さで突撃する二人に目掛けてプラチナスライムも槍を射出するのだが、深紅の稲妻と貸した二人を捕らえることはなかった。攻撃を避けられたプラチナスライムはルークの姿に即座に変化して、盾を構えて防御体制に入るのだが。
「[サラマンダー・バンカー]」
二人の必殺の技を受け止めきれなかった。稲妻は盾を貫通し、そのまま腹部を貫いて行く。大きな風穴が出来たプラチナスライムは奇妙な悲鳴を上げると爆散したのだった。
勢いを殺しきれず壁に衝突した二人が後ろを振り向く。そこにプラチナスライムの姿はなく、あるのは討伐に成功した証の宝箱が鎮座しているだけである。
「……勝った?」
「そうらしいな」
安堵のため息をつく。強かった。とてつもなく強かった。フュージョンスキルは一度使ったら12時間経たないと使えないデメリットがある。
「か、勝った勝った!」
全身で喜びを表現する紬希はリスナーに向けて勝利のVサインを披露していた。
・ やば
・ 凄かった
・ おめでとう!
・ 神回だな、こりゃ
・ 切り抜け切り抜け!
賛辞のコメントが乱舞する。リスナー達も興奮しているのか、それ以降はスパチャの嵐だった。金額は恐ろしいほど高額になっていたので 数えるのをやめることにしたルークに対して、ルンルン気分でお宝に近づいて開封する紬希であった。
「見て見て騎士さん。ちゃんと指輪もあったよ」
「みたいだな」
ルークの[鑑定眼]も指輪が幸運の指輪であることを確認する。
「おめでとう、紬希。欲しかった指輪が手に入ったな」
「うん! しかも二つも入っているよ」
「へー。そうなんだ」
はい、と渡された指輪を見る。[鑑定眼]には絆の指輪と表示されている。
「へえ」
指輪の効力を確認したルークは紬希の手をつかむ。
「えっと騎士さん?」
「ついでだ。これも装備しときな」
大きさからして薬指がちょうどよかったので、ルークは彼女の右手の薬指にそれをはめる。
「いいんです? 紬希だけこんなに特をしちゃって」
「いいんだよ。こんな楽しい体験をさせてもらったんだ。これはそのお礼だ」
「じゃ、じゃあ! ついでにこっちもはめてくれると嬉しい、かな」
「はいはい」
指輪を受け取り、同じように左手の薬指にはめる。妙に緊張していた紬希であったが、指輪をはめてもらうと上機嫌でリスナー達に報告するのであった。
「はーい、みんな! 今日はここまで! 面白いと思ってくれたらチャンネル登録とグッドボタンを押してね」