第1話
あれから一時間、ルークと紬希は暗闇の谷を彷徨い続けるのであるが、一向にプラチナスライムが現れる気配はなかった。捜索する間もポイズンバイパーやスケルトンアーミーと言ったモンスターに襲われる二人であったが、その全てをルーク一人で撃退している。
「いないね、プラチナスライム」
「いないんだろ、本当は。どうする? やめておくか?」
「ううん。ここまで来たんだから倒すまでやるよ」
「マジか」
回復アイテムや道具の類いは多く用意してあるから問題はないが、装備の消耗率が心配であった。装備の消耗率が低くなるにつれて攻撃力や防御力は低下してしまう。それを回復するには鍛治屋に言って修繕をしてもらわないといけないのだが。
「わかった。装備の回復をさせるから少しだけ時間をくれ」
ルークは鍛治スキルを購入していた。実質戦えるのがルーク一人しかいないので、装備の消耗率を蔑ろにすることはできない。故に本来必要のない生産系スキルをルークは安くない金額を使って購入したのであった。
「じゃあ、この間に恒例の質問タイム! 騎士さん宛でもオッケーだよ」
・ 待っていた
・ 今日の下着の色は?
・ 今日の下着は?
・ 笑
・ 先を越された
少しの間、沈黙が流れる。
「今日は……。赤のレースだよ」
・ うそ言うな
・ うそじゃん
・ クマさんパンツじゃないの?
「違うよ! みんな紬希のことお子ちゃまだと思っているでしょ。立派なレディよ、紬希は」
・ はいはい
・ 無理するな
・ タマちゃんがこの前はネコちゃんパンツって言っていたよ
「ち、違うもん。ちゃんとスケスケのえっちぃやつだもん」
・ で、騎士さんは?
「聞いてよ!? てか、なんで騎士さんの下着の色なんて気になるのよ」
「俺は白のブリーフだな」
「騎士さん!?」
・ ブリーフ!?
・ 騎士はブリーフ派か
・ しびれるぜ、護衛騎士
「え、え。なんで騎士さんのパンツでそんなに盛り上がるの? おかしいよ。てか、え? 騎士さん」
「んなわけあるか。俺は褌派だ」
「ふんどし!? え、本当? ちょっと見たいかも」
「冗談だ、たわけ」
・ 草
・ 草
・ むっつりスケボ
・ 護衛騎士の褌。次はそのネタでいくか
「いくないくな。毎回、こいつとの絡みのある同人誌のデータを送られる俺の気持ちも考えろ」
「騎士さん!?」
・ え、なにそれ
・ うわー
・ お世話になりました
「ちょっと騎士さん。それは内緒にしてって言ったじゃない」
「だったら自重してくれ。姉貴と妹に見られた俺の気持ちも少しは考えろ」
・ あちゃー
・ どっちを見られたんだろ?
・ つむちゃんTSものの方だったら面白いな
「そっちだよ、まさかの。あれを見られた時の姉貴と妹から生温かい目で見られた俺の気持ちを察しろよ」
・ 大爆笑
・ 御愁傷様
・ 護衛騎士に敬礼を ¥1500
「あれかぁ。結局紬希が受けだったから、今度は攻めでお願いします」
・ 了解
・ 任せて
・ 楽しみにしていな
「お前らなー。この際、ハッキリと言うが俺はあんな鬼畜な性格はしていないぞ」
「え!?」
「なぜそこで驚く」
・ またまたぁ
・ 鬼畜騎士はもはや定番
・ ドSじゃない護衛騎士なんて護衛騎士じゃない
・ つむちゃんがMだから、自然とそうなる
「待って! 紬希は苛められるより苛めたい派だよ。むしろ嫌ってほどたくさんご奉仕するタイプだから」
・ 素人はみんなそう言う
・ 経験ないんだから無理するな
「あるよ。嫌ってほどタマちゃんにご奉仕したもん」
「おい。あまり変な事を口にするな。BANされても知らないぞ」
「うぐぐ」
「ほら、修繕が終わったから先に向かうぞ。エーテルだけはちゃんと飲んでおくんだぞ」
ルークは魔法スキルを所持していない。そのため、暗闇で配信するためには紬希のライトが必要不可欠なのだが、ライトを継続するにも魔力は微量だか消費してしまう。アイテムボックスから魔力回復薬であるエーテルを渡し、紬希が飲み干したのを確認して一同は動きだす。
「なかなか見つからないね」
「存在自体が怪しまれるモンスターだからな。……あ、そこ。罠があるから踏むなよ」
「え?」
遅かった。ルークが注意するよりも早く紬希の足元からカチっとスイッチが押ささった音が耳に届く。
同時に彼女の右横にある壁から無数の人の腕が伸びて来る。
「っ!?」
咄嗟に紬希を突き飛ばし、防御しようとするがそれよりも早く無数の腕はルークの胸目掛けて伸びていき、拳を叩き着けてきた。
「くそ!?」
防御力に長けているとはいえ、ダメージを受けてしまう。2割ほどライフゲージが持っていかれたのを確認しつつ、剣で腕を全て切り落とした。
直後、断末魔が上がり前後左右からゾンビ型モンスター、リビングデッドが出現した。
「うわ!? きも! きっも!」
「口より手を動かせ。タウント、発動」
即座にタウントを発動させ、敵を自身に引き付ける。
「攻撃されたら回避優先だ。やつらの攻撃を受けたら毒異常になるぞ」
「わ、わかった!」
互いに背中を預けるように構え、ルークは盾を紬希は装飾された杖を構え同時に攻撃スキルを放つ。
「[ディバイダー]」
「[ファイアーショット]」
閃光と火球がリビングデッドに放たれる。しかし、ルークは一撃で倒せたものの紬希の方は火力不足だったために火だるまになりつつも歩みを止めることなく向かって来ている。
「火力がたりないよ!」
「レベルがたりないからな。ユニゾンしろ」
「わかった!」
言われるがままに紬希はレアスキル[ユニゾン]を発動する。彼女はエルフ族。魔法と弓を得意とするエルフ族はある条件を満たすと精霊を憑依させてパワーアップする[ユニゾン]と呼ばれるスキルを得ることができる。
「ユニゾン・イン。サラマンダー」
炎が紬希を覆う。同時にアイテムボックスから弓を装備した彼女は炎のドレス姿に変身した。
「[サラマンダー・ブレイク]」
身体から炎が噴き出し、弓を射る体制になっていた彼女の手に矢が産み出される。即座に放った炎の矢は無数に枝分かれして多くのアンデッド達を火葬させた。
「あっちは大丈夫そうだな。後は……」
群がるアンデッドを切り捨てながら、後方から現れる巨体のアンデッドを睨む。
アンデッド・リーゼ。大型のゾンビにターゲットを絞ったルークは槍先を向けて群がるアンデッドをものとせずに突進する。
チャージランスと呼ばれるスキルでアンデッド・リーゼ目掛けて襲いかかるが、ルークの槍はアンデッド・リーゼによって捕まれてしまった。
「っ!?」
咄嗟に槍を捨ててバックステップで距離をおく。ルークが先程までいた場所にアンデッド・リーゼの拳が振り下ろされた。
「騎士さん!」
「こっちはいい! 紬希は雑魚を頼む」
「はい!」
ルークは普段は自分の事を生枝では呼ばない。余裕がなくなった時、希に自分の名前を言う事を知っている彼女は炎の精霊、サラマンダーの力をふんだんに使用してアンデッドを倒していく。けれど、この力は時間制限が課せられている。高性能であるがそのぶん使用回数も24時間に3回と制限されているため、あまり多様化できない紬希の奥の手だ。だから早く敵を殲滅して助成しようと試みるのだが、倒しても倒せた敵は出現してくる。
・ ヤバいんじゃない?
・ あんな罠があるのかよ
・ 平気平気。騎士にはあれがある
・ 見れるか、あれが
・ 使いどころだ、護衛騎士
「簡単に言ってくれるぜ」
しかし、リスナーの言う通り生半可な攻撃では倒せない。ならば、こちらも奥の手を出すべきだと覚悟する。
「『バンカー』セット」
右腕が槍を仕込んだガントレットに換装される。先端の仕込み槍が高速に回転し始めて、柄の部分からブースターが噴き出す。
「取って置きだ、持っていけ『ドリル・バンカー』」
ブースターの推進力を生かして高速移動で突進するルークにアンデッド・リーゼは奪ったルークの槍を投げた。槍はルークの左肩を貫通させるが勢いを落とすことなく距離を詰めた必殺の一撃はアンデッド・リーゼの喉元を食い破った。
首から上がなくなったアンデッド・リーゼは力尽きたのか膝から崩れ落ち、折り曲げるように倒れ、戦場から姿を消したのであった。
それが引き金となったのか周囲のアンデッドも次々と姿を消していく。あの罠はアンデッド・リーゼを倒すまで無限に湧くモンスタートラップだったようだ。
「終わったようだ」
「そうみたいだね。つ、つかれたぁ」
ユニゾンを解いた紬希はアイテムボックスからエーテルを取り出して一気飲みする。ルークも突き刺さっている槍を抜いてアイテムボックスに収納してから、回復薬のポーションを取り出そうとすると、バンカーに設置されていた槍が悲鳴を上げた。
「……持たなかったか」
亀裂が走った槍は一瞬で砕け散って消失していく。ルークの奥の手である[ドリル・バンカー]は槍の攻撃力を五倍にさせて、自信の防御力を加算させて繰り出す超強力な技スキルであるが、武器の消費量も普段の約八倍まで消費してしまう。そのために紬希のユニゾンと同じように多様できない必殺技であった。
「おつかれさん」
失った武器を労い、[バンカー]を解除。改めて回復薬を取り出そうとする時に紬希から待ったがかかった。
「あ、騎士さん。回復魔法を取得したので待ってください」
「回復魔法? 回復系はエルフ族のおまえさんでは取得できないだろ? 購入したのか?」
「はい。他の皆さんに頼んでちゃんと稼いで来ました」
魔法や技スキル、またはパッシブスキルはレベルやクエストで得られる以外にスキル屋で購入することができる。しかし、スキルは高性能なものに比例してお値段がバカ高い。回復魔法スキルなんてそれこそ億は下らないだろう。
「見ててくださいね。[アクアヒール]」
紬希の手のひらから小さな雫が飛び出し、ルークの肩に着弾する。
「確かに回復した。しかも防御力の効力付きとか高かっただろ?」
「はい。ちょっと予算を軽くオーバーしちゃいました」
「そっか。ありがとな」
・ 無意識でやっているのか?
・ いつものことだ
「……さて、お互いに切り札を一回使ってしまった。まだ続けるか?」
ルークとしてはここらが潮時だと思った。互いに奥の手を使ってしまったし、それなりに回復薬を使用している。まだ手持ちは余裕があるけど紬希のキャラレベルはお世辞にも高くない。今回の戦闘でそれなりに経験値を稼いだと思うが、まだまだこのフィールドの適正レベルには程遠い。
「そうですね。悔しいけど、今回はここまでです。リスナーの皆さんも同じ意見みたいですし」
コメントもこれ以上は危険だと流れている。企画倒れもいいところであるが、このトラップでそれなりに撮れ高も撮れたから良しと考えたのであろう。
「じゃあ帰りましょうか?」
「わかった。じゃあ、帰還玉を出してくれ」
帰還玉。最後に訪れた街に一瞬で移動する魔法の道具。冒険をするのに必須なアイテムを出すように言うと付きは「あっ」と小さく声を上げて気まずそうに言った。
「あの、それが……」
「まさか忘れたのか?」
「そうなんです。回復魔法スキルを買ってあまりお金がなくて」
「マジか」
帰還玉は一人のキャラクターに最大一個しか所持できない。本来ならば責めるところであるが、回復魔法を買ったと聞いて攻めに攻められなかった。
「……わかった。じゃあ、あるいてここを抜け出すぞ」
「了解です」