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第三話 大魔法使いの黒い噂

「……これ以上は、もう無理です……」


 私は魔力を使い果たして、絨毯(じゅうたん)の上にうつ伏せに倒れた。


 自分では足が動かせないため、うつ伏せに倒れてしまうと、移動魔法や誰かの介助無しに寝返りを打つことはできない。私はフカフカの絨毯に顔を(うず)めると、子供のように両手を大きく広げた。


「私って、やっぱりダメな伯爵令嬢ですね……」


 私はふざけて、「うぅっ、うぅっ」と泣き真似をする。すると、オリヴィエが顎鬚(あごひげ)をさすりながら声を掛けてきた。


「う~む。マリア様の魔法が続かないのは魔力量も原因ですが、おそらくその使い方の問題でしょう。マリア様は、一度に大量の魔力を注ぎ込みすぎているのです」


「……そう言われましても、私は普通に魔力を使っているつもりなんです」


 私は絨毯に顔を(うず)めたまま、後方から話し掛けるオリヴィエに答えた。


「何か他の方法を考えた方が良いかもしれませんな。このままですと、マリア様が歩行できるようになるまでに、数年の歳月が必要になってしまうかもしれません。その頃には、運動不足で、マリア様のお身体(からだ)が真ん丸になっている可能性があります」


「えっ!!」


 私は最後の魔力で移動魔法による寝返りを打つと、仰向けのまま、前方のオリヴィエに「それだけはイヤッ!!」と必死に訴える。


 オリヴィエは私が顔を赤くして唇を震わせている様子を見て、ニッコリと微笑(ほほえ)みながら顎鬚(あごひげ)をさすった。


「実は昨日、他に何か良い方法がないかと思いまして、魔導評議会のメンバーから情報を集めてみました。そうしましたら、隣の魔法大国エスカトール王国に、人体の再活性化を専門にする大魔法使いがいることが分かりました」


 オリヴィエのその言葉に、私は仰向けのまま目を見張る。


「本当ですかっ!?」


「はい。あくまでも噂なのですが、歩行不能だった人々を、自らの足で歩けるようにまでに回復させているとか……」


 その話に、私は両腕の力で少しだけ上半身を起こした。


「オリヴィエ先生っ!! その(かた)に、私の両足の治療をお願いすることは可能なんでしょうかっ!?」


 すると、オリヴィエは少し困ったような表情を浮かべた。


「やはりご興味がおありですか。……ですが、同時に、怪しい噂もございましてな」


 オリヴィエはそう言いながら、部屋の(はし)にあるテーブルを指差す。


「マリア様は十分に魔法の練習をなさいましたので、少し休憩しながら、お話いたしましょうか」


 私が興奮しながら何度も(うなず)くと、オリヴィエは移動魔法を使って、私の身体を車椅子の上に移動させてくれた。


 それと同時に、エルザがお茶とお茶菓子の準備を始める。


 エルザは、給湯室から沸騰したお湯と温めた二客のカップを持ってくると、それらをテーブルの上に丁寧に置いた。そして、私の車椅子を押して、テーブルの前に移動させる。オリヴィエは、自分で椅子を引いて着席した。


 エルザが紅茶ポットにお湯を注ぐと、部屋中に紅茶の良い香りが漂う。


「いい香りね~」


 しかし、紅茶をすぐにはカップに注がない。しばらく時間が経過した後、エルザはポットの中を(さじ)でクルッとかき混ぜ、出来たての熱い紅茶を私達のカップに注いだ。


 私は紅茶のカップを口元に運ぶ。すると、それを見届けたオリヴィエも紅茶に口を付けた。


「お茶は落ち着きますなぁ」


 オリヴィエは一口紅茶を飲んだ後、カップをソーサーに戻して話を始めた。


「……さて、先程の話の続きなのですが、聞くところによると、その大魔法使いは変人なのです」


「変人?」


「その大魔法使いはとても人嫌いで、滅多なことが無い限り、人を治療しないそうです」


 私は、その話に首を(かし)げる。


「人嫌いなのに、多くの人の治療をしていらっしゃるんですか?」


「それが、その……、大魔法使いが行うのは『治療』ではないらしいのです」


 私はオリヴィエの話を理解できず、眉間(みけん)(しわ)を寄せる。


「……すみません。ちょっとお話が理解できないのですけれども、どういうことですか?」


 すると、オリヴィエが言いにくそうにしながら、私に真相を伝えた。


「『実験』です。大魔法使いが行うのは、彼が加工した魔石を試す『人体実験』なのです」


「…………」


 私はオリヴィエの説明に言葉を失った。


 「治療」と「実験」では、結果に対する熱意に大きな差がある。「実験」は試行錯誤が前提であるため、「失敗しても良い」という甘えがあり、必ず成功させようという意志は弱い。


 そんな私の不安を感じ取ったオリヴィエは、説明を付け加えるように話を続けた。


「ただ、知人の魔導士によれば、それらの『人体実験』の成功率は非常に高いということでした。実験に失敗して死亡した事例はなく、結果として、多くの人々の歩行困難だった状況が改善されているそうです」


 しばらくの間、部屋に沈黙が流れる。


 エルザが何かを言いたげに、心配そうな目をして私をじっと見つめているが、私はエルザに視線を合わせない。


「……先生。もし、『人体実験でも良いから治療して欲しい』という場合は、どうすればよろしいですか?」


 私の言葉に、壁際に控えていたエルザが我慢しきれずに近付いてきた。


「マリア様っ!! なりません!! そのような命に関わる危険なことは、伯爵様がお許しになりません!!」


 私はエルザの言葉を、片手で制するようにして止める。


「エルザ。あなたの言うことは正しい。私もそう思う。……だけど、今の私に何が残っていると言うの?」


「マリア様っ!! また、そのようなことをっ!!」


「オリヴィエ先生とエルザが優しくしてくれることには、心から感謝してる。……だけど、私には何もないの。この両足のせいで、私は公爵夫人の地位だけじゃなく、伯爵家の嫡子(ちゃくし)としての権利も完全に失った。お父様がお優しい方でなかったら、私は平民の地位に落とされていたかもしれない」


 私は(うつ)いて、太腿(ふともも)を手でさする。


「今の私は、伯爵領の領民から巻き上げた税金や農作物で、日々美味しいものを食べて、丸々と太るだけ……。領民が毎日苦労して稼いだお金を、『伯爵令嬢』という地位で搾取して、何も恩返しできずに死んでいくの」


「マリア様っ!! いい加減になさって……」


「こんな私なんか、生きてたって意味ないよっ!!」


 私は自分の叫び声に驚き、ハッと顔を上げてエルザを見た。すると、自分の言葉を(さえぎ)られたエルザが、顔を青くして私を見ていた。


「エルザ……。強く言ってごめんなさい……。でも、今のが私の本音なの……」


 エルザは涙目で私を見ると、「気にしなくても大丈夫です」と言いながら、左右に首を振った。


「……グラディス様に婚約破棄された日、エルザにあんなに威勢がいいことを言っておきながら、今はこんな弱音を吐くなんて、私って本当に格好悪いね……」


 私は自嘲した後、オリヴィエに視線を移すと、じっとその目を見る。


「でも、格好悪くても、私は自分の足で歩けるようになりたいんです。そのためなら、どんな治療……いや、人体実験でも受ける覚悟があります」


「……やはり、この話はマリア様にお伝えすべきではありませんでしたかな?」


 オリヴィエは眉尻(まゆじり)を下げて、困った笑みを浮かべた。


「オリヴィエ先生。今更、意地悪を言わないでください。こんな希望のある話を聞いて、この私が黙っているとお思いでしたか? 幼少期からの長い付き合いなのに?」


 オリヴィエはしばらく黙り込んだ後、優しく微笑(ほほえ)む。


「……そうですな。マリア様の言われる通りです。申し訳ありません。……本来、私はこのような胡散(うさん)臭い話をする立場ではないのですが、不思議なことに、今回はマリア様にお伝えした方が良いと感じたのです」


 オリヴィエはそう言うと、一口だけ紅茶を飲んで()を置く。そして、意を決したように、私の目を真剣な表情で見つめた。


「マリア様。どのような結果になってもよろしいですな? 命を失った者がいないのは今までの話であって、今後は分かりませんぞ?」


 その問い掛けに、私はオリヴィエを見て軽く笑みを浮かべた。


「もちろん、死ぬのはイヤですよ。私は小心者なんです。ですから、私は、貴族として名誉の自死を選ぶことなく、こうして恥をさらしてオメオメと生きてきたんです……」


 私はじっとオリヴィエの瞳を見つめた。


「でも同時に、オリヴィエ先生が良く知る私は、伯爵家では有名な『お転婆マリア』です。人体実験であっても治癒する可能性があるのなら、私は挑戦します」


 次に、私は隣に立つエルザに視線を向けた。


「エルザも良く分かっていると思うけど、私は一度決めたことを簡単には変えない。……でも、もし私が命を落とすようなことがあったら、エルザは自由に生きてね。一生お金に困ることがないように、お父様に一筆書いておくから」


「マリア様……」


 エルザは両手を胸の前で握りしめると、私を見て一筋の涙を流す。しかし、すぐに諦めたように、一歩二歩と後ずさりして、侍女が本来いるべき壁際に戻っていった。


「オリヴィエ先生。どのようにすれば大魔法使いに連絡を取ることができるのか、詳しく教えていただけますか?」


 私の言葉にオリヴィエは軽く(うなず)くと、その方法をゆっくりと話し始めた。


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