第六話 ボクは所詮奴隷で道具だから。
あれから二日が過ぎた。ボクはもう三日も…きっとイルヴァス達が待っている、夢の中へ戻れていない。
相変わらず、後ろ手に拘束されたままの生活が続いていた。
「ねぇ…エルヴァスさん?ボクの手のコレ、いつになれば解放してくれるっすか?」
「そうですよ!!凄い不便そうですから。酷くないですか?名無しちゃん、年頃の女の子なんですよー??」
ボクのエルヴァスさんに対する慕情が、殆ど無い事を理解してくれたユリミさんとは、仲良くなっていた。
「お前ら、二人で俺を陥れようとしてるよな?!でも、仕方ないだろ?何日か前まで…名無しは何でもする奴隷だったんだ。周りの人に危害を与えないか、盗みなどを働かないか、身の潔白が証明されるまでは外させないそうだ。」
どうせ、ボクは所詮奴隷で道具だから…信用されない。それなのに、平気でボクを使う。都合の良いおもちゃ。色々思い出すだけで死にたくなる。
拘束くらい慣れている。四つん這いの姿勢で拘束されたこともある。寝る事も泣く事も許されなかった。そして、昼夜問わず酷い事をされ続け、身も心も疲れ果てたボクは…殺された方が楽だと、眠りに落ちた。
次に目を覚ますと、ボクの目の前には…色鮮やかな世界が拡がっていた。ふと身体を見ると、大人の女性の身体になっていた。ただ…酷い事をされた痕等はしっかりと残されていた。
苦痛しかない世界から逃げられた事を喜んでいた矢先、ボクは悪魔に襲われた。またも完膚無きまでに穢され生きる気力を失った。そんなボクを…悪魔は空間転移ゲートを使って、何処かに連れて行こうとした。その時だった。イルヴァス達勇者パーティの皆に救われた。その後、ボクは記憶喪失を装い、イルヴァス達に同行する事になった。そして、旅の途中でボクが治療師という事が判明する。生まれてからずっと名前の無かったボクは…治療師と言う職に恥じないように、アウリルと名乗るようになった。
「ならしょうがないっすね?ボク、名も無いくらいの…価値のない奴隷っすから!!」
――パシンッ…
「それがお前の…本心なのか?」
エルヴァスさんがボクの頬をはたきました。ボクの目から涙が溢れてきました。
「うぅっ…。違う…。違うよ!!でも…どうせボクがどんな良い事したって…奴隷は奴隷としか見て貰えない…。うっ…うっ…。」
「だから、俺はお前を…買い取ったんだ!!奴隷の烙印はそう簡単には解除出来ることではないがな?俺は…お前を奴隷としては扱わない。だから、お前も努力しろ!!諦めるな!!」
エルヴァスさんの気持ちが、凄く嬉しかった。でも、ユリミさんの事を考えると複雑な気持ちになった。
「あのぉ…エルヴァス様?何か…名無しちゃんへの愛の告白みたいじゃないですか?」
「こんなツルペタの男言葉な少年モドキに…この俺が興味あると思うか??」
エルヴァスさんの元で、男言葉を使う意味や理由が全く無い。それは分かっている。でも、使うのを止めれば…今までのボクを否定している気がしていた。だけど…エルヴァスさんに身体の事を、ここまで言われて…大人しく引き下がりたく無かった。
「エルヴァス様?私…お母様みたいに、綺麗になれますか?」
「何だよ…。お前が私って言うと…違和感しか無いんだが…。でも、お前…可愛い声してるじゃねぇか!!いつもの声は作ってるのか?」
違和感という割には食い付いてきた。
「あぁ!!エルヴァスさんは、こっちの声の方が好きなんすね?」
「そんなわけねぇ…と言いたい所だが、お前の声は…。どっちも嫌いじゃないぞ?」
嫌いじゃないとエルヴァスさんが言う前、何か微妙な間があった。
「ボクと、私。どっちが良いんですか?」
腕を組んで、無言で悩み始めるエルヴァスさん。
「好きにしろ!!」
エルヴァスさんのお母さんの事もあるので、なるべく男言葉は使わないように努力する事に決めた。
――――
何故だろう。二日経っても三日経っても、イルヴァス達の居る夢の中へ行けなかった。しかし、普通の夢は見るので、夢を見れないわけではなかった。
最近、嬉しいことがあった。ようやく後ろ手に拘束していた物が外されたのだ。
あとは…毎日二回しっかりと食事が摂れているのもあり、身体が僅かだが女性らしいラインが出来てきた。それに…胸が出てきた。そのせいか、ボクの身体を洗う担当のエルヴァスさんが恥ずかしそうにする。
就寝時、エルヴァスさんの大きなベッドで左にユリミさん、真ん中にエルヴァスさん、右にボクの順で並んで横になる。寝る時、何故かエルヴァスさんがボクの手を握ってくる。少し、ユリミさんに悪い気がしているので、今日は手を組んで寝ようと思う。
「名無し?そろそろ…お前、名前欲しく無いか?」
この日も、ボクは寝ようとしていた。するとエルヴァスさんが難しい質問をしてきた。
「私は私だから。名前無くてもよくないですか?」
「本当に良いのか?もし、俺がお前娶って…良い雰囲気の時でも、名無しって呼ばれるのか?」
先の事、ボクは考えた事も無かった。生まれながらの奴隷だから。自分の幸せなんて、考える余地も無かった。だって、道具だから都合良く使われて、都合悪くなれば棄てられる。
「そうですよね…。なら、万一の話です。そう言う関係になれたのなら…ボクのこと、アウリルって呼んで下さい。それまでは、今まで通り…名無しで呼んで下さい。」
イルヴァス達にも名乗っているこの名前、エルヴァスさんには特別な関係になった時、呼んでもらおうと考えた。騎士の妻の名前が無いのは、名前も無いくらいの奴隷を娶った事が明白で…流石にエルヴァスさんの家が笑いものにされる。
「良い名前!名無しちゃんにピッタリ!!ねぇ…?エルヴァス様ぁ♡今夜も…♡」
最近、私の寝てる横で…愛の逢瀬が繰り広げられる。とは言っても、ボクが寝た後だが。
「名無し?承知した。ユリミは待ってろ!!今俺は名無しと将来の事、話してるんだ。」
「はぁーい♡名無しちゃん?私達二人とも、エルヴァス様のお嫁さんになるんだよー?」
そんな話、ボクは聞いてないし…認めていない。そもそも…妻が二人なんて可能なのか。
「おい…!?ユリミ!!何で…今言うんだよ!!名無し、急に言われても無理だよなぁ…?はぁ…。」
ボクに関しては…いずれ、と言う思いがエルヴァスさんの中にはあったのだろう。それを、エルヴァスさんの屋敷内で妻候補と噂のユリミさんに、承諾を取っていたと言う事だろうか。即ち、ユリミさんが妻になる事は確定と言うことか。
「私、寝ます…。」
ボクは静かに計画を実行した。
「お?名無し?今日はどうしたんだ??良いのか?」
予想外のボクの行動に…驚いたようなエルヴァスさんの声が聞こえた。でも、ボクは今日は…手を繋がないと決めた。
「名無しちゃん、きっと…私達に気を遣ってくれたんですよ!!もう!!」
「何でだよ…。こいつ、寝てる時も…何かに怯えて身体がビクビクしてるのに…。寝れるのかよ??」
ボクは…大丈夫。だんだんと眠くなってきた。
「なぁ?まだ、寝てないんだろ?」
「寝かせてあげよ…?名無しちゃん、最近疲れてるみたいし…。」
「そんな事言ったら余計に…心配になるだろうが!!」
何だか嬉しくて…気が緩んだ途端にボクは強い睡魔に襲われた。
「ほら?名無しちゃん笑ってるよ?良い夢、見てるんじゃないかなぁ?」
「本当だな。名無しの笑った顔…可愛いんだな。」
「当たり前でしょ…」
エルヴァス達の声が遠くなっていった。