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第四話 ボクは夢の中で眠っていたい。


 身体が冷んやりする感覚で、ボクは目を覚ました。ついさっきまで夢の中では、暖房の効いた部屋でイルヴァス達と楽しいひと時を送っていたのに。


 それに凄くお腹が空いた…。夢の中では、ボクにとっては初めて食べる温かいご馳走を…お腹いっぱい食べさせて貰ったのに…。


 だけど…目を開けたく無い。まだ…ボクは夢の中で眠っていたいのに。どうして、目覚めてしまったのだろう。イルヴァスと…良い感じになりそうだったのに…。

 こんなボクだって…一応女だ。夢の中くらい…良い男に胸ときめかせたって、バチは当たらないはずだ。

 この現実世界でのボクは、色々終わってるんだから…。


 ――カツ…カツ…カツ…カツ…カツッ!


 硬い底の靴で床を踏みつけながら、誰かが向かって来る音が聞こえた。


 「見つけた!!こんな場所で寝てたら、名無しくん…アナタね?死ぬわよ!!」


 ボクは…やってしまった。アルリム様に見つかってしまったのだ。


 「申し訳ございません…。今すぐ…この場所から去りますので…。お許しを…。」


 いつの間にか、ボクの手脚は…氷のように冷たくなっていた。そのせいで、手脚を思うように動かせなかった。


 「もうっ!!折角…掃除させた床が、血だらけじゃないの!!」


 そんな事言われても、生理中なのに裸にされたボクでは…どうにもする事も出来ない。

 そもそも…ボクの一張羅の奴隷服を、アルリム様が破り捨てたのが、一番の原因なのだが。


 「寒い…です。お腹痛い…です。頭…痛い…です。」


 栄養が十分に摂れていない中で…久しぶりに来てしまった生理。それに伴う出血…。更に、この時期特有の寒さも相まって、ボクは死を覚悟した。

 そもそも、ボクは…家族も名前も無い奴隷、よくこの歳まで生きてこれたと思う。肉体的な犠牲を払って…食糧を得る事もした。あの頃のボクは今より肉付きも良かった。

 だが、今はどうだ…?アルリム様にも男の子と勘違いされる程の骨と皮だけのような身体だ。食糧を貰うまでの価値などあるまい。


 「ゴメンね?私が、名無しくんの服破いちゃったんだった…。そうだ、私、服を取りに行ったんだ!本当にゴメン。もう一度取りに行って来るから!!待っててね?」


 そう言うとアルリム様は、この場にボクを残し走って行った。すぐに…アルリム様は戻って来られるだろうと踏んだボクは、またその場に横たわって待った。

 待てど暮らせども、アルリム様が戻って来る気配は無かった。その間にも、身体は冷えて行き、出血も止まらなかった。

 そして、遂にお腹が減りすぎて、意識が朦朧としてきてしまう。


 「おいおい。名無しじゃねぇかよ!大丈夫か?血も出てるし、顔色悪いぞ?」


 あまり面識のない、この屋敷の警護を担当する壮年の騎士だ。顔が良いので、ボクは警戒していた。何故だろう?ボクの顔を覚えているようだ。


 「ん?名無し…お前。女だったのか…?」


 「はい…。あのっ…!!お願いします…!!皆んなには…この事言わないで下さい…。何でもしますから…。」


 「言わない言わない。こんなんでもな?俺、一応…騎士だぞ?しかも…お前、ユーフェの子供って噂だろ?」


 「ユーフェ…?」


 初めて聞く名前。貴族から娼婦に墜ちたと言う、ボクの母と噂される女性の本当の名前だろうか。


 「知らないのか…なら俺が教えてやるぞ?代々俺の家はとある貴族の警護を担当していたんだ。その貴族の娘がユーフェだ。俺とお前との関係性、分かってくれたか?」


 「雇い主の血筋のボクと、仕えていた騎士の血筋の騎士さんって事ですか…?」


 この騎士からは、全く悪意を感じなかった。ボクが裸を晒し、床の上で横たわっているのに。


 「その通りだ。特に…雇い主はあらぬ疑いをかけられて取り潰しにされてな?二人いた娘は…一人は奴隷に、一人は娼婦にされていった。あとな…騎士さんって、お前。昔、俺の名前教えなかったか?」


 「ゴメンなさい。覚えてないです。」


 はぁ、と深いため息を騎士はついた。


 「俺の名前は、エルヴァス。よろしくな?ユーフェの子よ。そうだ…お前、食べ物欲しさに…自分を貶める事はもう二度とするな!!腹が空いたら、俺のところに来い。俺の家には、お前の家への恩義が返しても返しきれない程、残ってるからな?」


 「ありがとう…。」


 ――ぐぅぅぅぅ…ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる…


 お腹が減りすぎていて、お腹が泣いた。大泣きだ。


 「お前、ろくな物食べてないだろ…?女のくせに何も肉が無いじゃないか。それに、ユーフェの年齢からして…お前は歳頃のはずだぞ?」


 「周りの子の体型と比べて…十歳位かなって思ってる…。」


 歳頃と言われても、夢の中の記憶が混じっていてあやふやだ。小さな頃から、夢の中と現実を行き来しているからだ。


 「はぁ?!何言ってんだお前…。ユーフェが十六で娼婦に墜とされたんだぞ?その頃俺は、お前が言う十歳だった。で、今年俺は二十九だぞ?どう考えても十六〜十八くらいだろ?もう、お前は俺が雇う。飯はうちに来い。最悪、お前の事うちに貰っても良い。」


 ボクは母の事を何も知らない。産み落とされたのだから、知る由も無いのだけど。何故か分からないが、エルヴァスさんはボクに誰かを重ねて見ている気がした。


 「え!?ボクの事、エルヴァスさん…雇ってくれるんすか?!あぁ…ボクのこと貰うのだけは、絶対辞めといた方が良いっす…。もう、大事なところ壊れてるかも…知れないっすから。」


 ――ガシッ…


 エルヴァスさんが無言でボクの側で屈んだ。そして、床に横たわる力無いボクの肩辺りを掴んだ。


 ――ギュッ…


 次の瞬間、ボクの身体はエルヴァスさんの腕の中に居た。


 「子供産むだけが、女の悦びじゃ無いんだぜ?」


 「ダメっすよ!!血が…エルヴァスさんの鎧に!!」


 経血が垂れてきて、ボクの身体からエルヴァスさんへと伝い始めていた。


 「ん?それくらい。そうだ…お前に言っておく!!俺が貰うのは、お前を好きになってくれる男が本当に現れなかった場合だ。そこは、勘違いするんじゃねぇぞ?」


 「うん…。どうせ、無理っすよ。歳頃なのに…十歳位の男の子みたいな身体してるんすから。」


 「あははははっ!!バカだなお前。ちゃんと飯を食っていけば…お前は、ユーフェの子だぞ?周りも羨むような、それなりにの身体つきにはなると…思うぞ?きっとな?まぁ、ならなきゃ残念だが…俺が貰う。」


 ボクのことを貰うと言う時、エルヴァスさんは嬉しそうな感じがした。さっきからそうだ。


 「やっぱり…エルヴァスさん?ボクのこと…狙ってるっすか??憧れのユーフェの子だからっすよね?」


 「いや?実を言うと…前からずっとお前の事狙ってたんだ。」


 一瞬、ボクは凍りついた。身体も身構えるように一瞬にして、強張ってしまった。


 「とか言う奴はキモいだろ?ははははっ!!ないない。怖がらせて悪かったな?今、俺の中にあるお前に対する感情は、恩義からの同情心だけだ。今後のお前次第では、変わるかも知れないがな?」


 「良かった…。ボク言われた時、急に…エルヴァスさんの事、怖くなっちゃったんすから…。」


 本当に怖くて…漏らしてしまいそうだった。


 「でもさ?好意を向けて貰ってた方が、女としては嬉しく無いのか?」


 「こっちが好意を持ってる人なら…凄く嬉しいっすけど。興味すらない人から受ける好意は…恐怖でしか無いっすね。あ、エルヴァスさんの事じゃないっすよ?もしかすると、ボクのこと貰ってもらうかもなんで、少しずつ好意持ってこうかなって…。あははは…。」


 そう言ったボクの頭を何故か撫でできた。


 「あーっ!!エルヴァス様!!」


 ボクに着せる服を探しに行っていたアルリム様の声が、部屋に響いた。

 タイミング悪く、またボクは眠くなってしまった。


 「エルヴァスさん?ボク…寝る時姿が消える事があるんだ…。でも、絶対…戻ってくるから、ボクの事…見捨てないで?」


 「言ってる意味が分からないが、とりあえず分かった。」


 「ありがとう…。」


 そう言ってボクは眠りに落ちた。

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