第三話 私は勇者様の恋人のフリをする。
これは色鮮やかで、幸せな夢の中。
そして、この夢の中でも存在する時間。現実に忠実過ぎるが故に、夜の時間も毎日訪れるのです。私は…勇者パーティの皆との、寝るまでの間の夜のひとときが大好きです。
でも…いざ寝る時になると、次に目が覚めた時の得も言われぬ不安で押し潰されそうになります。
それは…私の目覚め方が二通りあるからなのです。
目が覚めた時、側にイルヴァス達が居た時の安堵感。
目が覚めた時、側に奴隷の仲間達がいた時の絶望感。
色鮮やかな夢の中と現実、どちらで目覚めるかは自分では選べません。夢の中で目覚めた場合、その一日一日を大事にしなければなりません。
だから、イルヴァスと付き合っていると、イルヴァスのご両親に嘘をついてしまったのにも、私なりの理由があります。現実で、名前も無い奴隷の私では…この先も、あんな愛の溢れる場所には縁も無いと思います。だったら、嘘でも…演技でも良いから、イルヴァスの恋人役になって…家族という愛に包まれてみたかったのです。
「全く、イルヴァスもやるじゃないの!!こんな可愛いお嬢さんを。」
「そうだぞ?しかも、母さんと一緒の治療師ときた!お前も俺に似て、女性に対する目の付け所が違うみたいだなぁ?」
あの後、食卓の二人掛けの椅子を、私とイルヴァスは案内されました。腰掛けているイルヴァスのご両親を見ると、脚と脚が触れ合うくらいのサイズ感でした。
私が椅子の右側に、イルヴァスは左側に腰かけたのですが、太腿同士が密着して…お互いの体温が伝わってきました。
奴隷の私にとって、狭い場所に奴隷同士で押し込められたりする事は慣れているので、平然とした態度で…ご両親のお話を聞いておりました。ところが、横に居るイルヴァスは…何故か照れてモジモジとしていました。
「もう…。イルヴァス様ったら…♡」
見かねた私は…イルヴァスに助け船を出してあげました。
「何だか、父さん達にアウリルの事言えたと思ったら…何だか急に、照れ臭くなっちまった。早く朝食にしようぜ?」
すかさず私の言葉に反応して、おかしな空気をイルヴァスが一蹴しました。
「ねぇねぇ、おねえちゃん?おにいさまのことすきー?」
さっきまでは居なかった筈なのに、急に…可愛らしい小さな女の子が私の隣に来ておりました。
「お?!ユレーヌ!?どうやって…あのベッドから!?母さんが連れて来たの?」
どうやら、この女の子はイルヴァスの妹のようですが、どう見ても三〜四歳くらいでしょうか。それにしても、こんな歳の離れた妹が居るとは、イルヴァスからは聞かされていませんでした。
「ええええっ!?ユレーヌ…どうやって来たの?!」
それ以上に驚いたのが、誰もこの食卓にユレーヌちゃんを連れて来た覚えが無い事でした。
「わたしね?おそら、とべるの!」
私含め、この場にいる皆んなの目が点になりました。
「ほら!」
その瞬間、ユレーヌの身体が宙に浮きました。
「あははははっ!!ユレーヌも勇者の力を受け継いだって事だ!!父さんな?お前達の事、ホント鼻が高いぞ!!」
夢の中の事なのに…私は凄く嬉しくなってしまい、イルヴァスに抱きついてしまいました。
「おいっ?!あ、アウリルどうしたんだよぉ?!」
――ギュゥゥゥゥッ…
「もう少し…このままでいさせて…。」
少しだけ…強くイルヴァスを抱きしめました。
「おねえちゃん、おにいさまとなかよしねー!!」
突然のユレーヌちゃんの登場でしたが、結果的には色々良い事が続いたので良かったです。
――――
それから、五人で食卓を囲みました。ユーシェさんお手製の朝食でした。私は、現実世界では常にお腹を空かせ…飢えている奴隷なので…目の前に出されたお肉と野菜のスープを、恥ずかしげもなく…勧められるがまま何度もおかわりさせて貰っていました。
私のそんな姿をイルヴァスは隣で、呆気に取られ眺めていたのは…私も食べながら、気づいてはおりました。
「アウリルちゃん、良い食べっぷりだ!!まるで、ユーシェの若い頃見てるみたいだな?」
「もー!!アナタったら!!でも、アウリルちゃん?お腹空いちゃうよねー?分かる!!たくさん、食べてね?」
アルヴェンさんも、ユーシェさんもニコニコしながら私を見守る感じでおります。
「こんな食べたんだから、アウリルは僕の言う事、当分聞いてもらうからね?」
美味しいもの食べさせて貰ったお礼は…何でもするつもりです。例え…イルヴァスに、身体を差し出せと言われても、そんな事…奴隷の私は慣れています。目を瞑って耐えれば良いだけです。
「おいおい…。未来の嫁さんにそんな言い方あるのか?」
「そうよ?いつまた…今日みたいにお腹いっぱい食べれるか分かんないでしょ?」
全くユーシェさんの言う通りです。でも、ユーシェさんは勇者の妻です。三食摂るのも然程苦労しないでしょう。生活水準も良い人から…そんな言葉かけられたのが不思議でした。勇者の妻になる前は、食べる事に…生きる事に苦労されてきたのでしょうか。
「すみません…。私、イルヴァス様に拾われる前の記憶が無いんです。きっと…私は、食べ物に困る程の卑しい人間だったのかもしれません。だから…実は、勇者様の妻になるなんて…畏れ多くて…。」
「そんな事気にしてたの?!アウリルちゃんは心配しなくて、全然平気よ?こう見えて私、元奴隷だから!!」
ユーシェさんとの心の距離が、私の中で…グッと近くなりました。もしかして…ご飯の食べ方で…察してくれたのでしょうか。
「だから…アルヴェンと出会った頃は色々酷かったよね?」
「俺はありのままのユーシェが好きだったから。食べ方も豪快でさ?アウリルちゃんの食べ方見てたら、あの頃のユーシェ思い出してさ。」
もう…私の育ちの悪い事は、イルヴァスのご両親にはバレていたようです。以前からずっと、イルヴァスは私見たいな女よりも…身の綺麗な女性の方が好きそうに、見えました。
「お、父さんも?今更、母さんが元奴隷とか言われても、どこが?って感じだし。アウリルもさ?僕の中のアウリルはアウリルだから。今更、どんな秘密暴露されても僕は動じないからさ?安心して?」
「ぐすん…。ありがとうございます…。イルヴァス様。」
目から涙が溢れて止まりません。こんな言葉かけられた事も、かけられる事なんて無いと思っていました。これが夢の中で無ければ凄く嬉しいのですが。
「よしよし…。泣かなくたって良いだろ?アウリルはさぁ?僕をどんな男だと思ってたんだよ…。」
イルヴァスに始まり、ご両親もですが、私が…こうあって欲しいと言う願望が、夢の中で具現化されているだけなのでしょうか。
「おねえちゃん?ないてる?」
ユレーヌちゃんが自分の椅子から、私の所まで飛んできてくれました。
「あのね?」
何かユレーヌちゃんが、言いたげな顔です。
「ダメよー?おねえちゃんは、お兄ちゃんと今大事なお話中なの。」
「はーい!!」
ユーシェさんがユレーヌちゃんを連れて行きました。何を言いたかったのでしょうか?凄く気になりました。
「アウリル、ちょっとさ?部屋…行こうか。少し、アウリルと話をするから、また後でね?」
イルヴァスに、手を強めに握られました。そして、私達は…今まで食卓を囲んでいた部屋を後にしました。
――ギィィィッ…
――バタンッ…
イルヴァスに押し込められるようにして私は、イルヴァスの部屋に入りました。
「アウリル?僕達…本当の恋人じゃ無いのにさ?お互いの事、知り合ってしまったよね…。嫌じゃ無かった?」
「これは何かのご縁なのかも知れません。暫く…恋人のフリしてみませんか?」
「僕も今、アウリルにそう言おうと思ってた所だった!!もし…お互いに好き合えば…その時考えよう。」
こうして、私は勇者様の恋人のフリをする事になりました。
「すみません…。ベッドに横にならせて下さい…。」
急に…凄い眠気が襲って来ました。
――ドサッ…
自分ではどうにもならならず…イルヴァスのベッドに倒れ込みました。
「アウリル?また、起きなくても僕は待っ…」
目の前が真っ暗になり声が遠くなっていきました。