第一話 ボクは色鮮やかな夢を見る。
ここは惑星エアスにあるエメリア大陸のラスアン王国。
ボクは、娼婦に堕とされた元貴族令嬢の母に産み落とされた奴隷で、名は無い。
何故、産み落とされたのに…母が誰なのか分かったのか?なのだが、母はラスアン王国では有名な娼婦で誰もが知る存在のようだ。それで、奴隷の間でボクの顔が母とそっくりと噂になり、分かった。
あとはボクの年齢なのだが、それははっきりとは分かっていない。でも、実際に年齢が分かっている同年齢くらいの何人かの奴隷と、ボクとを身長の高さと身体つきで比較してみると、大体十歳位だと思っている。
実は…ボクには二つ秘密がある。
一つ目は…ボクは色鮮やかな夢をよく見る。しかも、その夢を見始めると自分では起きられない。それに、周りにはボクの身体が見えなくなるようだ。だから、誰もボクを起こせないし、探せない。
二つ目は…ボクの身が危うくなるので本当は言いたくないのだが、実は女だ。初潮を迎えている身体の為、一番困るのは…月経の時だ。月経期間に、色鮮やかな夢を見る事が出来るとやり過ごせるので嬉しいのだが、なかなかタイミングよくはならないのがキツい。
「おーい!名無し!!こっち来てみな?」
どうやら仕事のようだ。
ボクは、物心つく前にある貴族の屋敷にタダ同然で買われた。買われた理由はよく分からないが、この屋敷には他にも何人か同じ年齢くらいの奴隷が居る。
今ボクを呼んだのは、執事のジェドさんだ。何かにつけてボクを呼んできた。きっとボクが何でも卒なくこなすからなのだろう。そう思っている。
「はい!!ジェドさん、今日は何すか?」
「ちょっと、名無し。俺の頼みを聞いてくれよ。良いか?」
「良いっすけど…何すか?」
「今から話す事は他の誰にも言うなよ?」
「ボクが言った事あるっすか?」
「無いから俺も頼んでるんだがな?でだ、メイドのシーフィちゃんにこの手紙渡して欲しいんだ。お前なら、何故かどこでも出入り出来るし、良いだろ?」
「良いっすよ?」
「よし!頼んだぞ?渡せたら、後で欲しいもん言えよ?」
何でもない、いつもの事だった。何故かボクだけは、男子禁制のメイドのみの区画へも出入りが出来た。
――――
屋敷の女子禁制の区間を出た。
すると、共用区画に入るのだが、そこは客室や玄関などの来客が多く出入りする区画だ。
ボクみたいな小汚い格好の奴隷がウロウロしていると、折檻されたりする。だから足早に通過しなければいけない。
「あらぁ?名無しくん?」
ボクにとって一番会うと面倒な人と遭遇してしまった。
「お嬢様…こんにちは。」
そう、この屋敷に住む貴族の令嬢のアルリム様だ。
「名無しくん?これからどこに行くの?」
「仕事中ですので…申し訳無いです。」
ボクのことに興味があるようで、会う度に長話になってしまう。
「えー!?私、名無しくんとお話したいのになぁ…。誰!!名無しくんに仕事振ったの!もー!!」
怒りながら、アルリム様はどこかに向かって歩き出した。それを見計らうように、ボクは男子禁制の区画へと急いだ。
――――
男子禁制の区画へ入ってすぐの水場で、メイドのシーフィさんがシーツ等の洗濯をしていた。
「シーフィさん。シーフィさん。ちょっとだけ良いですか?」
ボクは小声で呼びかけた。
「あ、名無しくんじゃないですか!何でしょう?」
「これ…ジェドさんから手紙預かって来まして…。」
「執事のジェドさんからですか!?ありがとうございます。」
何故か、シーフィさんの表情が恥ずかしそうな表情に変わったので、ボクは水場を後にすると、男子禁制の区画を離れた。
そして、共用区画を通り抜けている時だった。
「名無しくーん?命令ですっ!!止まりなさい!!」
アルリム様からの一言で、ボクは凍ったかのように身体の動きを止めた。
「今、何をして来たんですか?」
「仕事ですが…。」
「見れば分かります!!何の仕事ですか?」
「ご依頼を受けた仕事です。」
「へぇ…?依頼ですかぁ?怪しいですねぇ?しかも男子禁制の区画へですか?」
「…。」
執拗な質問責め。アルリム様は何か引っかかった事でもあるのだろうか。
「言えないのですね?なら、私自ら…名無しくんの身体に聞くしか無さそうですね?」
ジェドさんの名誉をボクは守りたかった。恐らくシーフィさんに向けた恋文の類だろう。
「…。」
「名無しくんも強情ですね?では、こちらに来なさい!!」
――――
薄暗い。血の匂いが部屋に漂っていて気持ちが悪い。
明らかにここは、使用人等を折檻する部屋のようだ。
ボクはアルリム様に折檻されるらしい。
「言わないのであれば、私自ら…名無しくんを再教育するまで!!」
そう言うとアルリム様は…ボクの着ていた、小汚い植物の繊維で編み込まれた奴隷服を破り捨ててしまった。
するとボクの裸体がアルリム様の目の前で晒されることに。
「名無しくん!?あなた、お…女の子なの?!」
月経期間もそろそろ終わりだったのだが、まだ経血が出たりしていた。あの服の色合いが小汚い感じで、経血が多少ついてしまった場合でも、奴隷故に汚くて当然の為、誤魔化せたので重宝していた。
「アルリム様…ボクの秘密、知っちゃいましたね?」
「ちょっとショック…。でも…私、名無しくんが女の子でも構わないから!!それに…。それにね…?女の子同士なら、ずっとお友達で居られるから…。」
薄暗い部屋の中で裸にされたせいなのか、身体が冷えてきた。月経期間…所謂、生理中な事も相まって、ボクの下腹部は一定間隔で殴られたような痛みが走る。太ももの辺りをぬめったものが伝う感触がした。
「名無しくん!!血が…!!」
「ボク、床汚しちゃってますよね…。ゴメンなさい…。」
「私の方こそゴメンなさい。まさか名無しくんが、女の子で生理中だったなんて。そんな状態の子を裸で居させるなんて…私、最低だよね…。」
何だか凄く眠い。アルリム様と話しているうちに、生理からくる強い眠気が襲ってきた。よりにもよってアルリム様の前で…。こう言う眠気の時、ボクは色鮮やかな夢を見る。すなわち、アルリム様の目の前で姿が消える。
きっと、大騒ぎをするだろうな。名無しくんが消えたと。
「ゴメン…なさい。ボク…生理で眠くて…。戻っても…いいです…か?」
「ダメだよ!!服、私が破いちゃったし…。私のお古で良ければあげるから…待ってて!!」
言うだけで言うと走ってアルリム様は部屋を飛び出した。
「これ…巻いて、戻ってたら…ゴメンなさい。」
聞こえたかは分からないが、言うだけボクは言った。
眠い…限界だ…。
――――
「…リル!!」
誰かの声が聞こえました。
「アウリル!!」
アウリル…それは、色鮮やかな夢の中での私の偽名。
それにこの声は…イルヴァスの声でした。
「起きてくれぇー!!アウリル!!君が居ないと無理なんだ!!」
しかも、イルヴァスは寝ている私に泣きついていたようです。
「んんっ…。おはよう?イルヴァス。」
アルリム様に連れて行かれた折檻部屋の中で、強い眠気に襲われ眠ったはずの私。
いつものように…色鮮やかな夢の中で私は目を覚ましました。
「アウリル?君は何日寝てたか分かるかい?」
この色鮮やかな夢の中で目を覚ますと、毎回続きから始まるのです。
「えっ?私…さっき寝たばかりですよね?確か…十二月十日の二十三時頃寝ましたよね?」
この色鮮やかな夢の中では、文明レベルが非常に高くて驚きます。まず、道を自動車というものが走り、空を飛行機と言うものが飛び交っています。
「あー!!またこれだぁー!!このスマホの日付と時間、見てご覧よ?」
スマホ…スマートフォンの略称で、各個人同士で手の上にありながら情報伝達や情報収集等を可能とする凄い装置です。
「え!?十二月十二日?!しかも八時!!ええええっ!!」
この色鮮やかな夢は…私がこの夢の中で目覚めるタイミングによって、普通に夜眠って朝起きる事もありますし、こうして数日後に起きる事もあります。
それで、私は…イルヴァスからこう二つ名をつけられたのです。
夢見のアウリル。
と。