後日談 後編 そしてこれからも…
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そして当日。
メアリーと共に孤児院へと訪問し、しばらく子供たちと話をした後、私はある提案をした。
「今からサシェを皆で作ろうと思うの。材料はこちらで全て用意をしてあるわ」
テーブルの上には、サシェ作りに必要なラベンダーなどのハーブや袋、リボンなどが広げてある。
下準備は使用人に任せることが大半なのだけれど、今回は女中たちと一緒にお義母様も下準備を行ってくださったのだ。
「わあ、サシェ作り楽しそう!」
「へえ、こうやるんだ」
皆思い思いに黙々と作業を始めた。
私は、メアリーの隣で作業をしている女の子の手が止まっているのに気がつくと、小声でメアリーに対して耳打ちをした。
「隣の女の子を手伝ってあげて欲しいの」
「何故、私がやらなければならないのかしら」
「メアリーは調香が得意なのでしょう? あなたなら上手に教えられると思って」
「それはそうだけれど……」
メアリーは小さく息を吐くと、軽く頬を指で撫でてから隣の席の女の子に声をかけた。
「ねえ、やり方が分からないの?」
「うん。……お、お嬢様……⁉︎ ご、ごめんなさい!」
まだ十歳にもならないくらいの栗色の髪の女の子は、メアリーに対して身体を震わせている。明らかに怖がっているようね。
けれど、気楽に受け答えた相手が貴族であったから驚くのは無理もないし心配だわ。
「謝らないで。それより」
メアリーは不織布袋を広げて、ハーブやドライフラワーが載ったお皿を運んできた。
「ねえ、どんな香りが好きなの?」
「わ、私ですか?」
「他に誰がいるというのかしら」
「え、えっと」
怯えている女の子を手助けしようと立ち上がると、丁度、ほぼ同時にその女の子が声を上げる。
「私は……えっと……、あ! あのお花の香りが好きです」
「ああ、マリーゴールドね。それなら……」
メアリーは慣れた手つきで、空の小皿にマリーゴールドのドライハーブと香油の入った小瓶をいくつか取り出した。
「ドライハーブだけでは弱いから、香油も使うと良いわね。何種類か見繕ってみたから好きな物を選ぶといいわ」
「わあ……!」
女の子は目を輝かせた。
メアリーは相変わらず無愛想で言い方も決して優しくはないけれど、それでも屋敷にいた時よりも幾分か顔色が良くなったように見える。
そしてサシェは完成し、女の子は笑顔でメアリーと私に対して深くお辞儀をした。
「本当にありがとうございました。とっても良い香りで身につけるのが楽しみです。私の宝物にします!」
「そんな大層なことはしていないわ」
「いいえ、その……とても親切にしてれて、本当にありがとうございました!」
そう言って女の子は再び深くお辞儀をすると、軽い足取りで退室して行った。
「……私でも……誰かの役に立てるのかしら……」
「メアリーは教養もあるのだし、問題ないわ」
「お姉様……」
私の言葉に皮肉が含まれているのにすぐに気がついたのか、メアリーは眉を顰めて苦笑し私に向かって頭を下げた。
「お姉様、……申し訳ございませんでした。私はお姉様の立場に、ただ嫉妬をしていただけなのかもしれません」
皆、おやつの時間になったので食堂へと移動しているため周囲に人はいないので、心置きなくメアリーと向き合うことができた。
「顔を上げてメアリー。謝罪をしてくれたこと、とても嬉しく思います。勇気の要ることだったでしょう」
「……ええ」
メアリーは顔を上げると、緊張した面持ちで小さく頷いた。
「……昨年、社交界デビューをしたけれど、思うように婚約者を見つけることが叶わなくて……。そんな時、参加した夜会で人の記憶を塗り替えられる香水があると噂を聞いたの。それで……」
「……そう。そうだったのね……」
「今ではそれは愚かなことだったと後悔をしています」
メアリーはそっと顔を上げると、私に対して小さく頷いた。
何かが吹っ切れたような、そんな表情だった。
「……今日のように奉仕活動に参加をするなどして、少しずつ自分ができることを行っていくと良いと思うわ。……きっと幸せは追い求めている時ではなくて、そういった意識から離れている時にふっと訪れるものだと思うから」
「お姉様……」
メアリーは一筋の涙を流し、私は手持ちのハンカチを手渡した。
それを受け取ったメアリーがそっと微笑んだからなのか、優しい空気が室内中に漂っていくように感じたのだった。
◇◇
「ロラン様、お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま戻った」
同日の二十時頃。
侯爵家の別館の玄関でロラン様をお迎えした後、身支度を整えたロランとダイニングのソファに一緒に腰掛けた。
ロラン様はウエストコートから、簡素な衣服に着替えている。
今日も王宮で晩餐を済ませてきたとのことだったので食後にと、ハーブティーを二人分のティーカップに注ぎテーブルの上に置いた。
平時はもう少し遅い帰宅時間なのだけれど、今日は予定よりも早めに帰宅することができたということだった。
また、通常であればお茶を淹れるのは侍女の役割なのだけれど、ロラン様には私がいる時は私が淹れたいと前もって侍女頭には伝えてあるのだ。
「今日も一日お疲れ様でした」
「ああ、ありがとう」
ロラン様はティーカップを手に取り口につけると、小さく息を吐き出す。
「やはり、あなたの淹れてくれるハーブティーは格別だな」
「そうでしょうか」
「ああ」
ロラン様はティーカップをテーブルの上に置くと、隣に座る私の髪をそっとその手で掬ったのでたちまち両頬が熱くなる。
結婚してから一ヶ月が経つけれど、未だにこういった触れ合いに不慣れで、動作がぎこちなくなってしまうのよね……。
「ところで、今日は孤児院での活動だったはずだが、如何だっただろうか」
「はい、実は……」
今日の出来事を話してる間、ロラン様は私の話に対して始終真剣な様子で耳を傾けてくれ、話が終わると深く頷いた。
「そうか、それは何よりだ。妹君は、恐らくこれから前に進めるのではないかな」
「ええ、そうですね。加えてお父様に確認をしたところ、メアリーの意思さえ確認できれば謹慎は解き、慈善活動等の参加を許すと言っていました。ただ、しばらくはお母様かお姉様が付き添う形になるようですが」
「そうか。本当に良かった」
そう言ってロラン様は、今度は私の肩に自身の手を添えて私を抱き寄せた。
「それも全て、あなたが動いたおかげだ。本当によくやってくれた」
「い、いえ」
瞬く間に胸の鼓動が高鳴り、全身が熱を帯びてきた。
これまで何度も触れてもらったのに、どうにも未だに初めて触れてもらうかのような反応をしてしまうわ……。
「あなたがここにいてくれるから、安心して気を引き締めて王宮へと向かうことができるのだ。いつも感謝をしている」
「ロラン様……」
ロラン様は動きをピタリと止めて、苦笑したような表情を向けた。
「……前から気になっていたのだが」
「はい、何でしょうか」
「そろそろ、私の呼び名に対して敬称をとってはもらえないだろうか。私たちはもう夫婦なのだから」
今度は私の動きがピタリと止まった。
「そ、それは追々……」
「では今、呼んでもらえないだろうか。徐々に慣れるためには必要なことだと思うのだ」
「今ですか?」
「ああ」
鼓動が先程よりも勢いよく打ち付け始める。
ああ、どうしましょう。これまでも何度も挑んだのだけれど、本人を前にすると言葉が詰まってしまうのよね……。
けれど、誠実なロラン様の意志を蔑ろにすることはしたくないし……。
「分かりました」
そっと深呼吸をしてから、ロラン様の目を見て意を決した。
「ロラン」
ああ、ようやく言うことができたわ。
呼び名を変えることは、とても勇気が必要なことだったのね……。
「……やはり良いな」
ロラン様、いいえ、ロランは満面の笑みを浮かべて私の頬に自身の手を添えた。
「マリア、ありがとう。勇気を出してくれて」
「いいえ。ロランがずっと待っていてくれたから、言えることができたのですわ」
私はそっと頬に添えられた手に自分の手を重ねた。力強い温かさが心地よかった。
「これからもよろしくお願いします」
「ああ、私こそよろしく頼む」
ロランの手の温もりを感じながら、これからも何かが起こったとしても、二人で乗り越えていけると強く思った。
(後日談・了)
今作をお読みいただき、ありがとうございました。
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