6. 開戦
枢要臣。
魔王ディア・クローネ・アルタミーゴが数ある部下の中で最も強い信頼を置く組織の名だ。
構成員は三体と極めて少ないが、一人一人が悪魔千体を優に超える力を有している。
言わば少数精鋭の代表のような存在だ。
さすがのサミギナも気を引き締めた。
彼女はその内の一人と交戦経験がある。
負けはしなかったが、かなり強かった。
先ほどは雑魚だと強がって見せたが。
それが一斉に襲ってくるとなれば手こずる可能性は十分にある。
こちらも万全の状態で挑まねばなるまい。
戦いに備えて力を蓄えている内に、スライムがポンと破裂する。
中から現れたのは人間とそう変わらない姿をした悪魔達だった。
恐ろしい外見とは程遠いが、サミギナは一目で理解した。
その全てが、絶大な魔力を持っていることを。
こうして互いに準備が整った。
ついに戦いが始まるーーー
ーーーことはなかった。
人型悪魔はサミギナではなく、ディアに飛び掛かったのだ。
「ディアちゃん!無事だったんだね!」
「魔王様!よくぞご無事で!」
「ちょっ…引っ付くな!今はそんなことしている場合ではない!」
最初サミギナは仲間割れをしているのかと思ったが、そういうことではないらしい。
話の内容から察するに、再開を喜んでいると言ったところか。
「皆、魔王様、困ってる、離れて」
一人冷静に制止したのはやけにカクカクした話し方をする悪魔だった。
生き物というよりロボットのような印象を受ける。
その雰囲気は魔王よりも遥かに不気味だ。
「はっ!申し訳ございません!お許しを…」
「えへへ…嬉しくてつい…」
ディアに引っ付いていた二人が離れ、その内の一人がぎょっと声を上げた。
サミギナの姿を認めたからである。
「ええっ!勇者!?なんでっ!?」
それを聞いて視線をこちらに移した残りの二人も口には出していないが相当驚いているようだった。
どうやら彼女らはディアがサミギナを倒し、その後に自分達を再召喚したと思っていたらしい。
普段なら魔王は私に負けました、と嬉々として言ってやるところだが、今はそんな気分にならない。
くだらない『仲良しごっこ』を見せつけられたせいでサミギナは萎えに萎えてしまっている。
とはいえ相手の心が乱れているなら先制攻撃のチャンスだ。
「訳なら後で説明する。今は奴を倒すことに専念しろ」
だが彼女らの驚愕もサミギナの企みもディアにより塗り潰された。
「うん!ディアちゃんがそう言うならそうするね!」
「承知」
「魔王様の仰せのままに!」
この場の全員が地に立つ一人を敵と認識し、魔力を研ぎ澄ませる。
言葉一つで感情を左右するカリスマはやはり本物だ。
奇襲の機会を失ったサミギナは真っ向から勝負をつけることにした。
「茶番は終わりましたか?そろそろ行きますよ」
「うむ、待たせて済まなかったな。さあ始め───っ!?!?」
ディアの言葉は不自然な形で中断した。
否、中断させられた。
喉を短刀で貫かれたせいで、声を出せなくなったのだ。
「油断しましたね?そういうとこですよ三流魔王」
ディアが苦痛に顔を歪め吐血したが、そんなものは気にしない。
サミギナはさらに深くへと刃を捩込んだ。
かっ、かっ、と声にならない声が不定期なリズムを刻む。
「これでわかったでしょう?貴方は私に勝てない。早く降参をーーー」
「…おめでたい奴よな、そなたは」
今度はサミギナが度肝を抜く番だった。
その声は間違いなく、喉を破壊されたはずのディアにより発せられたものだったからだ。
慌てて短刀から手を離し後退する。
するとサミギナの首の皮が浅く裂け、血飛沫が飛んだ。
ディアの手刀が赤く染まっている。
あと少し反応が遅れていたら首を落とされていただろう。
「そんなナマクラが余を殺しうると本気で思っていたのか?」
ディアが短刀を抜くとほぼ同時に傷は消え失せた。
超速再生。
悪魔ならば誰もが持っている能力ではある。
とはいえ深すぎる傷は瞬時に直すことはできない。
それを可能としたのは魔王の底無しの魔力によるものだ。
単純な能力でも、有象無象の悪魔と最強の魔王とでは天と地ほどの差がある。
「残念だったな。もうチャンスは回ってこんぞ?」
「…図に乗らない方がいいですよ」
投げ返された凶器を受け取り、鞘に収める。
一度勝った相手だからと言っても相手は魔王。
簡単に決着を付けさせてくれはずがない。
ならば、とサミギナは聖剣を構えた。
これならば再生の暇を与えることなく叩き潰せるはず。
しかし相変わらずディアは余裕の表情を崩さない。
「警告しておいてやる。それが切り札であるのなら万に一つも勝ち目などないぞ?」
「だったら受けて見なさいよッ!」
総重量100キロを超える大剣を神速で振り回す。
錆びているとはいえ、破壊力はこの世界の怪物との戦いで立証済みだ。
予想通り、斬撃はディアの体を苦もなく両断してみせた。
殺った。
その確信からうっかり気を抜いてしまう。
サミギナ自身の言葉を借りるなら、彼女もまた三流であったのだ。
次の瞬間、二つに分かれたディアの死体が大爆発を起こした。
突然すぎる出来事に反応できず、諸に被害を受けてしまう。
「私の、発明は、どう?」
真横から声。
そこにいたのはカクカク言葉のロボ悪魔だった。
瞬きもせずかっと目を見開いているその形相は端正ではあるがそれ以上に気味が悪い。
「失せろ!」
怒号とともに聖剣を突き出す。
そして選択ミスであることに気づいた。
なぜ何も考えず反応に任せて動いてしまったのか。
先ほどの経験があったのなら、警戒して然るべきだったのに。
案の定、貫かれたロボ悪魔の体も爆発した。
超高温の波が体を焼いていく。
「あっつ…!」
「もしかして、ばか?」
爆殺人柱。
攻撃してきた敵に自爆で反撃する身替わり人形だ。
魔学長の肩書を持つ彼女の、イルフィード・リリーナの最高傑作の発明品の一つである。
その火力は普通の人間であれば骨すら蒸発するほど。
頑丈なサミギナにも相当なダメージになる。
「…ッ天才ですけど!」
そう、彼女は天才であったが故に学習した。
打撃は効かない。
それどころか迂闊に近づけばこっちが危険に晒されてしまう。
ならば魔法で遠距離攻撃を行えばいい。
実は真っ先に思いつくべきことであったのだが、サミギナはドヤ顔で奇跡の言葉を紡ぎ始めた。
「不死鳥よ、我が手に止まれ。朽ちた血肉を灰燼に帰し、新たなる魂の色を纏い羽ばたくがよい!」
一分の狂いもない完全詠唱。
手の中でゆらゆらと燃えるその火球は、大きさこそ小さいが下手な術士であれば自らを焼き尽くしてしまうほどのエネルギーを持っている。
「煉獄魔弾!」
思い切り腕を振りかぶり、全力投球。
速度、狙いの正確さ、どれを取っても申し分ない一撃だった。
サミギナの分析によると、イルフィードは魔法に優れる半面、身体能力はそれほどだ。
火球を避けるどころか、目視さえ叶わないだろう。
まずは一人脱落だ。
サミギナはしてやったりとほくそ笑んだ。