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5. 力ずくで従えろ

「いつまでボーッとしてるんですか?」

 

 サミギナがイライラと声を掛ける。

 それでようやく召喚された少女は我に返ったようだった。


 「いや…あまりにも予想外のことだったのでつい、な」


 「勇者の血を引く者の手で復活すると言ったのは貴方でしょう?」


 「余を倒した本人の手で、とは思わんだろ普通…」

 

 ディアがそう言うのももっともだ。

 彼女はかつて人間界を脅かした悪魔の総大将である。

 その強さ、恐ろしさを一番よく知っているであろう人物に喚ばれるなど事実であっても疑わざるを得まい。


 「というかここは何処だ?見慣れない世界だが…」


 ディアが不思議そうにきょろきょろと辺りを見回す。

 だが問われてもサミギナには答えようもない。

 何処かわからないのは彼女とて同じだ。


 「知りませんよ。勝手に名付けでもしたらどうです?」


 「ん?調査か何かで来たのでは…」


 そこで事情を察したのかディアは嫌らしく、にぃと笑った。


 「そなた、追放されたな?」


 「!?なぜっ…」


 なぜわかった、と言いそうになり慌てて口をつぐんだがもう遅い。

 図星だとバレバレである。


 「いずれ捨てられると思ってはいたがこんなに早いとは、よほど嫌われていたらしいな?」


 「もう一度ぶち殺しますよ…?」


 凄む程度で魔王ディアが怯えるわけもなく、神経を逆なでる態度を崩そうとしない。

 本当に腹の立つ奴だ。

 力ずくで黙らせてやりたくなるが、行動には移さない。

 そんなことをすればわざわざ召喚した苦労がパアになってしまう。

 奥歯を噛み締めて長いこと我慢していると、ようやくディアの煽りが終わった。

 

 「で、そなたはなぜ余を復活させたのだ?追放された復讐に手を貸して欲しいのか?」

 「それです」


 「…ん?」


 冗談で言ったことに即答でYESと返され、ディアは再び混乱する。

 聞き間違いかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 サミギナの両の目にはガチだと書いてある。


 「話が早くて助かります。さあ、さっさとあいつらを皆殺しに…」


 「待て待て、ちょっと待て」


 勝手に話を進めようとするサミギナに待ったをかける。

 一つ確認しておきたいことがあるからだ。


 「そなた、勇者よな…?」


 「当たり前でしょう。私は今でも勇者です」


 「人間共を我々の侵攻から守るために勇者になったのよな?」


 「はあ?」 


 ディアもまた、サミギナの人間性を見誤っていた。

 確かに勇者にしては少々歪んでいると感じてはいたが、それは悪魔への憎しみ、あるいは勇者としての義務感が行き過ぎた結果だと考えていた。

 

 「自分より弱い奴を虐めるだけで周りから感謝されて、報酬も貰える。私は勇者なんだぞーって言ったらご飯も宿代もタダ。こんないい仕事他にないでしょう?だから勇者やってんですよ」


 勇者とは正義の為に戦う者。

 少なからずそう思っていたからこそ、彼女の口から出た言葉は衝撃的だった。  

 それは一分の正しさもない、身勝手で最悪な動機。

 こんなクズの権化みたいな奴に余は負けたのか…

 

 「なるほどな…」


 だが不快な気分とはならず、ディアは彼女により強い興味を持った。

 我を満たすために他者を殺す自己欲の塊。

 悪魔を押し潰すほどの暴力。

 邪悪の始祖として君臨するディアをして、サミギナの在り方は模範的な悪と言えた。


 「わかったのなら結構。早く貴方の力を使って下さい」


 「断る」


 それでも勇者は勇者。

 簡単には言うことを聞くまいと、ディアはきっぱり拒絶する。

 それがいたく気に入らなかったようで、サミギナは殺意満天の視線で応じた。

 本当に剣が飛んできそうな勢いである。

 

 「そなたに付くと退屈はしなさそうだ。だが弱者と並ぶつもりはない。余を従えたくば力をもって成し遂げてみせよ!」


 魔王らしくカッコよく、堂々と言い放つ。

 しかしサミギナは納得できていないようだ。


 「私、もう貴方に勝ってるんですけど?」


 そう、神話戦争は勇者サミギナ・ジェニスヴァインが魔王ディア・クローネ・アルタミーゴを倒したことで終わったのだ。

 当人である彼女が忘れるわけがない。

 

 「…過去に囚われるものではないぞ勇者」


 ディアは腕を組んでうんうんと勝手に頷いている。

 悪魔基準で過去というとはるか昔に聞こえるが、ほんの一月前なのだが…

 サミギナが呆れてため息をつく。

 ならば、とディアは新たな言い分を持ってきた。

 それはサミギナにとって効果バツグンのものだ。

 

 「まあ、負けるのが怖いのなら仕方ないな!」


 サミギナの全身がぴくりと跳ねる。

 彼女は極めて短気の上、煽り耐性がゼロなのだ。

 手応えありと感じたディアは指先でツンツンと突きながらまくし立てる。

  

 「喜べ、余は寛大だ!土下座して靴裏を舐めるのであれば『お願い』を聞いてやらんでもないぞ?」


 ぶちり、とサミギナの頭の中で何かが切れた。

 格下に見下されること。

 それは彼女が最も嫌う類いである。

 もう当初の目的など怒りによってさっぱり掻き消されていた。

 絶対コイツをギャフンと言わせてやる、それだけがサミギナの全てになっていた。


 「上等。そんなに死にたいなら望み通りにしてあげます」


 背中の得物を抜き、切っ先を鼻の頭に向ける。

 だが、かつて自身を屠った聖剣を突きつけられてもディアは少しも取り乱さない。

 それどころか口角を上げたようにさえ見えた。

 

 「構えなさい負け犬。今度こそ完膚無きまでに叩きのめしてやります」

 

 「そう急くな。こやつらもそなたに会いたいであろうからな」


 わざとらしく二の腕をさすった直後、ディアの姿が揺らぎ、消失。

 再び上空に浮かび上がっていた。

 その体からは目に見えるほど膨大で濃密な魔力が溢れ出ている。

 何かするつもりだ。


 「集え!忠実なる我が臣下!」


 詠唱に導かれ宙に走った黒い線は複雑な模様を描き、三つの魔方陣となった。

 ほどなくして円からドロドロとしたスライムが這い出て来る。

 さすがのサミギナも、これには驚かざるをえなかった。

 

 召喚魔法だ。

 私があれほど苦労したものをこうもあっさりと。


 「卑怯などと言ってくれるなよ?犬は群れねば強く出れぬのだ」

 

 スライムはぶるぶると震えながら人型シルエットを形成していく。

 そのどれもが尋常ではない魔力を放っていることは簡単にわかった。

 召喚されたのはおそらく、魔王の側近達だろう。

 だが驚きこそすれ、サミギナに恐怖はなかった。

 強いと言っても魔王を超える力は感じられない。

 ならば雑魚だ。

 

 「最後通牒だ。降参するか?」


 これでもかと嘲りを混ぜ込んだ慈悲を、サミギナはべえと舌を出して踏み付けにした。


 「寝言は寝て言えクソ野郎」



 

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