30. 華々しきデビュー
雑草をすり潰して作ったジュースをストローで啜りながら、サミギナはギルド本部へと向かっていた。
実験前はあと二日の自由期間があったはずなのに、気がつけば勤務当日だ。
イルフィードは命約に従って実験をちゃんとその日中に終わらせはしたものの、後は知ったこっちゃないと寝かせたままにしておいたらしい。
―――あんのバカ悪魔……いつかシメてやりますからね……
そんなわけで、今のサミギナはとても機嫌が悪い。
遠目からでも負のオーラがはっきりわかるほどにだ。
そんな彼女に不用意に近づけばどうなるか。
ちょうどそれを実践してくれる者が現れた。
「おい、そこどけよ。こっちは急いでんだからよ」
正面から歩いてきた男がサミギナにからんできたのだ。
分厚い鉄板のような鎧で全身を武装しており、肌が露出しているのは目の部分のわずかな隙間だけだ。
「聞いてんのか?こっちは今から任務なんだ。邪魔なんだよ」
だらだら説教垂れる男を前に、サミギナは目線も合わせずため息を吐いた。
まったく、悪魔というやつはどうしてこんなにも『なってない』のか。
いつもなら平謝りしてどいてやっていたかもしれないが、今回はそうはいかない。
「なッ!?やめろバカお前!そいつは……」
少し遅れて男の仲間らしき人物が彼を止めようとしたが、あまりにも遅かった。
「うっさ」
全てを伝えきる前に、サミギナの鉄拳がその体を吹き飛ばしてしまったのだ。
男はギルドの入口に激突し、勢いよく開門させる。
先ほどまでわいわいと騒いでいた戦闘員達も、突然起きた意味不明な光景に固まり釘付けになった。
「さーてと……」
大衆が見守る中、サミギナはまたもや信じがたい行動に出た。
なんと意識を失った男の身ぐるみを堂々と剥がしはじめたのだ。
ほどなくして財布を発見し、中身を確認。
「……ツマミ一つくらいは買えますかね」
そのままポケットに突っ込んだ。
意気揚々と任務に向かおうとしていたこの男は、新調した鎧を破壊され財布を奪われるという最悪の道を辿ってしまったのだ。
「ちょっとー!サッちゃんまた問題起こしてるじゃん!」
ベルゼビュートが受付から飛び出してきて文句を言う。
しかし当のサミギナはどこ吹く風だ。
「知りません。勝手に吹っ飛んだんですよ」
「吹っ飛んだだけでこんな拳の跡が残るわけないでしょ!貴重な戦力を勝手に削ぐのやめてよ!」
「知りませーん」
「もー!次から気をつけてよね!」
ちょっとした注意が終わり、サミギナが辺りを見渡すと、戦闘員達がこちらを見てヒソヒソと話している。
あれほどのことをやらかしたので目立つのは仕方ないが、流血沙汰が日常茶飯事の治安の悪さにしては反応がえらくオーバーだ。
「何ですかあいつら……感じ悪いですね」
「仕方ないでしょ。短期間に二回も傷害事件起こしてるんだから。それにサッちゃんは特別昇格者だし、良くも悪くも話題の人なんだよ」
「特別昇格者?」
「A型ファッカーを倒してタダでギルド入りした人のこと。今のところレオルちゃん、サッちゃんとあと一人、つまり三人しかいないからかなり珍しいの」
「ほえー」
無駄話が一段落したところで受付に着いた。
いよいよサミギナの初仕事の始まりである。
イマイチやる気は起きないが、せっかくなら難関な任務を達成し、ドドーンと報酬を貰いたいところだ。
「で、サッちゃんがそういうすごい人だって言った直後で悪いんだけど、今全然大した任務がないんだよね……」
「え?」
ベルゼビュートがカフェイン増し増しのコーヒーを飲みながら任務についての書類を渡してくる。
『D型ファッカーを50体討伐』
『高台での見張り』
『皿洗い』
『トイレ掃除』
なるほど、確かにくだらなそうなものばかりである。
というか最後の二つに至ってはただの雑用だ。
「どうする?見張りでもやっとく?」
「嫌ですよ。何でこの私がそんな地味なことしなきゃいけないんですか」
「……ほんっと、やる気はないのにプライドだけはいっちょ前だから困ったものだね……」
「うっさいですよ!」
その時、ふと隣の受付が騒がしくなっていることに気づいた。
「お願いします!私達だってやればできるってとこ見せたいんです!」
「お、お願い、します……」
「しかし貴方達のランクでこの任務を許可するわけには……」
文句を言おうと見てみると、二人の少女が受付の女性に詰め寄っている。
「どしたの?」
「ああ、イビさん。またこの二人が任務を受けさせて欲しいと……」
「おっけー、ベルが対応するからちょっと代わって」
ベルゼビュートが隣の受付へと移り、二人組と話しはじめた。
何か事情があるようだが、こちらを放置とはいただけない。
「ちょっと!私を無視しないでくださいよ!」
「えーどうせやる気ないんだしいいじゃん。トイレ掃除でもしてきたら?」
「なっ!また私を馬鹿にして!殺すぞ!」
「うるさいなぁ……そうだ!」
いいこと思いついた、とでもいうようにベルゼビュートはポンと手を叩いた。
「サッちゃんこの二人の任務手伝ってあげなよ!これなら両方の問題が解決するし!」
「はぁ!?何でそんな面倒なことしなきゃいけないんですか!嫌ですよ!」
必死で抗議するも、ベルゼビュートはまったく聞き入れず向こうで勝手に話をまとめてしまった。
「よかったね二人とも!この人が貴方達の任務のお手伝いしてくれるって!」
「本当ですか!?よろしくお願いします!」
「あ、ありがとう、ございます……!」
まいった、二人とも完全にベルゼビュートの発言を信じてしまっている。
嬉しそうに輝く目から察するに、ここで断ったら泣くだろう。
そうなればディアに報告され、罰を受ける羽目になってしまう。
これ以上問題を起こすわけにはいかない。
「ぐ……よろしくお願いします……」
最悪だ。
最初の任務が子守とは。
華々しいデビューとは掛け離れてしまった現状に、サミギナは静かに歎くしかなかった。




