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3. 最悪の異世界生活

 絶無の世界の中をサミギナは歩き続けていた。

 だが歩けども歩けども、辺りの風景は変わってくれない。

 もしかしたら何か見つかるかも、という希望を捨てたのは10時間後だった。


 「何で…何で私がこんな目に会わなきゃいけないんですかぁっ…」


 サミギナは丸まって再びめそめそと泣き出した。

 相応の罪を犯してきただろう、という正論は意味を成さない。

 盗みも破壊も、果てには殺人さえも彼女は罪だとは考えていないのだ。

 勇者として数多の悪魔を殺し、金品を略奪してきたせいもあるが、元から彼女が限りなく自己中心的だったということが一番の要因だろう。 

 

 「お腹すいた…ごはん…」


 きゅるるる、という音が腹から鳴る。

 その時、後ろの地面にピシリと亀裂が入った。

 この世界に生き物は見当たらない。

 それは表面上での話だ。

 目の届かない地の底には確かに生命が潜んでいる。


 「ギイイイイイィィッ!」


 大地をくり抜いて現れたのはムカデのような化け物だった。

 頭だけでサミギナの倍はある。

 全長は10メートル以上あるのではなかろうか。

 

 「うわぁ…キモ…」


 その感想に怒ったのか、はたまた獲物を見つけて喜んだのか、ムカデは発達した牙を振り回しサミギナに攻撃を仕掛ける。


 「グギュッ」


 情けない叫びをあげたのは化け物の方だった。

 どろりとした緑の血を辺りにぶちまけながら真っ二つに分かれる。

 サミギナがすれ違いざまに腰に差していた短刀を振りかざしたためだ。

 

 「ちょっ、汚いじゃないですか!」


 不規則に降って来る血の雨を軽いステップで避けながらサミギナが愚痴をこぼす。

 そしてまたもや大地がめこりと膨らんだ。


 「「ガアアアァァ!」」


 新たに出現したのは同じムカデの化け物だった。

 その数、5体。

 ただでさえ醜悪なのに、群れで出てくると気色の悪さが倍増しだ。

 

 「もおおお!どっか行ってくださいよ!」


 異世界の怪物に人間の言葉が通じるわけもなく、サミギナの嫌悪は空振りした。

 普通なら敵に360度囲まれてしまったことを気にすべきなのだが、サミギナにとって今はそれどころではなかった。

 彼女はにょろにょろした虫が大嫌いなのだ。

 (うごめ)く脚を見ているだけで吐き気がする。

 そんなものが見渡す限りに存在しているため、彼女の苛立ちは頂点に達していた。


 「どっか行けっつってんのに……ッ!」


 去る気配を見せないムカデの群れに対してサミギナはどす黒い殺意を放ち、背負う大剣に手をかけた。

 聖剣エグゼキュージョン。

 魔王さえ屠った史上最強の武器である。

 それを没収せず彼女に持たせたままなのはせめてもの慈悲か、もう関係ないことなので捨て置いたのかのどちらかだろう。

 何にせよこれを使えばこの程度の怪物を殺すことなど造作もない。

 

 万全の状態であれば。


 するりと鞘から抜かれたそれはかつての美しさとは程遠い、黒く変色した剣だった。

 聖剣は神の加護があって初めてその力を発揮できる。

 大罪人として追放され、加護を取り払われたサミギナには聖剣の真の力を解放することはできないのだ。

 今彼女が手にしているのは錆び付いた、無駄に大きい剣状の鉄塊でしかない。

 

 一際大きい怪物が歯をカチカチと鳴らす。

 それが攻撃の合図であろうと予想したサミギナはゆっくりと大剣を構えた。

 しかし肝心の刃が錆びているため恐怖を与えるには至らない。

 

 「ギイイイイイ!」


 怪物は吠えると一斉に獲物をかみ砕きにかかった。

 過酷な環境下で進化したその牙は一撃でも人間の命を奪って余り有る。

 その5体同時攻撃となれば彼女は原形を留めることすら叶うまい。

 だがーーー

 

 「車裂き(デスロール)!」


 サミギナは無傷だった。

 怪物の5連撃はいずれも彼女に届くことなく、彼女の繰り出した神速の回転斬りによって牙ごと顔面を横一文字に両断されて絶命していたからだ。

 無残に切り殺されたムカデの頭がドスンドスンと地に落ちる。

 

 当然、普通の人間であれば錆びた剣で巨大な怪物5体を同時に斬るなどできるわけがない。 

 不可能を可能たらしめたのは、サミギナの規格外の実力によるものだ。

 その圧倒的な力を持ってすれば、武器が朽ちた剣だろうが果物ナイフだろうが少しの障害にもならない。 

 事実、彼女は聖剣を手にする前は素手で悪魔達を殴り殺してきたという過去がある。

 

 「うう…血、ついちゃった…」

 

 築き上げた死体の群れには見向きもせずにサミギナは立ち去ろうとする。

 そこでまたお腹がぐうと泣いた。

 動いたせいで余計に腹が空いてしまったのだ。


 「たべもの…」

 

 祈る気持ちで探しても、食べ物がそう簡単に見つかるわけが…

 いや、あるじゃないか。

 目の前に。

 彼女は覚悟を決めた。

 この際好き嫌いなど言っていられない。


 「…ボウ」


 手から発生させた魔法の炎がムカデの群れをこんがりと丸焼きにする。

 ほどなくして今日のご飯が出来上がったが、見た目も臭いも褒められたものではない。

 でも味は美味しいかも、とサミギナは淡い期待を抱いてかぶりついた。

 

 「…まっずい」


 外側はゴムのように固く、内側はべちゃべちゃしていて苦い。

 吐いてしまいそうなほどまずかったが、お腹を膨らませるために我慢して食べるしかなかった。

 鼻をつまみながら一通りの食事を終えたサミギナは、何で私はこんなことをしているのだと天を仰ぐ。

 本当なら好きなものを好きなだけ食べて、柔らかな布団で眠っているはずなのに。

 そうするだけの権利が私にはあるはずなのに。

 なぜ、私がこんな目に…?

 

 「ううっ、うええええん…」

 

 何度も同じことを思いながら、サミギナは固い岩を枕にして横になった。

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